12話
ホースで水をかけながら俺は、車用ブラシで焦茶の毛をといていく。アキはびしょびしょに濡らされながらも大人しく座っていた。っていうか、気持ちが良いのかもしれない......目をつむり微動だにしない。
「痒いとこございませんか〜?」
俺がそう聞くと、こくり頷くアキ。
「それじゃあ次はシャンプーしていきますね〜」
「なんで敬語なんですか」
「......美容師ごっこ」
「はあ」
「はあ」って言われた!猫に、「はあ」って!!なんたる屈辱。そんな感じで内心ぐぬぬぬ、と俺がなっていると、猫がアキの周囲をくるくる回りだした。
「はーい、こんにちは〜!結構伸びましたね〜。今日はどんな感じにいたしますか?カラーは入れますかぁ?」
お前もやるんかいっ!
「いやカラーなんて入れらんないだろ」
「雰囲気です、雰囲気」
「......ああ、雰囲気か。すまん」
雰囲気で始めたごっこ遊びについツッコんでしまった。猫の演技がリアルだったから。......とにかくシャンプー泡立てないと。
「はーい、シャンプーしまーす」
犬用シャンプーをつけブラシをかける。するともこもこと白い泡が立ち始め、良い匂いが漂う。
泡が宙に舞い、まるで洗車している感覚になる。
「はい、綺麗綺麗ですよ〜!よかったですねえ〜!」
いやどーいうキャラだってばよ。もうそれ美容師じゃなくない?
アキはこくりこくりと頷く。心なしか喜んでいるようにも見える。
「とってもスッキリ!あんがとね、おにーちゃん」
「......ん?」
ふいに聞こえた声。声質的に猫のものではない。猫は透き通るような透明感があるどちらかといえば静かな声色だが、今聞こえは反対の明るくわんぱくな感じの声だった。
「とってもスッキリ!とアキが言ってます!ありがとうと!」
「え、ああ......あれ?」
「?、あれって......なんですか?」
「いや、もしかしたらアキの言葉がわかるかも」
「「えっ!?」」
猫とアキの声が重なる。
「ど、どこから聞こえてたんですか......」
「いや、聞こえるようになったのは今さっきだけど。とってもスッキリ〜のくだりあたり」
「よ、良かった」
ホッとしている猫。何が良かったんだ?不思議に思っているとアキがこう言った。
「ホントに良かったね、ナデコ。名前つけてほしいからって名前無いふりしてたのバレなくて!」
「な、ちょ!!?」「......ん?」
「あ」
アキが口を両手で塞ぐ。可愛いなそれ。つーか、どういう事だ?名前をつけてほしくて名前が無いふり?なんで?
「名前あるのか、猫」
「あー......あ、今思い出しました!あー、良かったあ、そーだそーだ!」
慌てふためきくるくるとその場を回る猫。
「......ごめんね、ナデコ」
アキがしゅんとする。まあ、なんだか分からないがとにかく猫は名前を思い出したんだな。
「えっと、それじゃあさっきからアキが言ってるなでこナデコっていうのが猫の名前か?」
「で、です......はい」
「そっか。わかった」
しょんぼりモードの猫のナデコさん。理由はわからないけど、さっきの今思い出したっていうのは嘘なんだろう。なんで今思い出したのにアキが先に知ってるんだよって話になるからな。
けど、名前をつけて欲しかったってのは本当なんだな。この残念そうなオーラからもわかるように。......だったら。
「あー、ナデコ」
「はい......?」
「夜の月と美しいの美で......月美ってどう?」
「月、美......?」
「おまえの名前。ほしかったんじゃないのか?ナデコって呼んだ方がいい?」
シュバッと猫は俺の脚に飛びついてきた。
「いえ!!それがいいです!!月美と呼んでくださいっ!!」
「お、おお」
即興で考えた奴だから気に入らないかもと思ったが、なまら喜んでるな......良かった。
「良かったねえ、ナデコ!じゃないか、ツキミ!おめでとう!」
「アキ!ありがとうございます!途中までは思わずぶっ飛ばすぞこの熊!って思っていましたが、結果的には非常にグッドです!!ありがとう!!」
「ぶっ飛ばす!?こわっ!ツキミ怖いよ!!」
「ふふっ、冗談です!」
二人の会話が面白い。猫と熊が仲良く談笑しているとか、もうアニメとか漫画の世界だよな。
「そういえば」
月美が思い出したかのように言う。
「なぜ急にアキの言葉がわかるようになったんですかね?」
確かに。今はまだ昼間だし月は出ていない。
「......うーむ」
「僕はずっと喋ってたけどねえ。なんでだろう」
一人と一匹と一頭が「「「うーん」」」と頭を悩ませる。
「もしかして、ブラシで洗ってる時に魔力が流れて......アキに入ったのか?それで一定量蓄積されて会話が出来るようになった、とか?」
「「あー」」
「その可能性はあるかもですね」
「ふんふん」
月美とアキが頷く。
「あと、助けてくれたっていうのもあるのかなあ?」
「!」
「助けたから?」
「うん。さっきね、僕の胸の奥がすごく温かくなったんだ。体が綺麗になった時に、ああスッキリした!ありがとう!って思ったとき」
「そうなのか......なるほど。もしかすると条件的な物もあるのかもな」
その条件を満たせばアキももしかすると人の姿に?この子が人になったらどんな姿なんだろう。声色的には幼い子供のような......僕って言ってるから男の子か?
そこで俺はハッとする。
「マズイぞ月美!!」「なんですかっ!?」「!?」
俺は汗をたらりと垂らしながら言った。
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