11話
熊に坂の上へ移動してくれと猫に伝えてもらい、俺たちも車で登りだす。上の方は大きな鐘の塔が立っており、観光客用の駐車場がある。
しかし熊出没注意の看板も手伝ってか、それとも田舎すぎるからか車はおろか人っ子一人いない。......まあ、その方が都合が良い。
俺は車を建物付近に止め、ホースを手に取り車を降りた。そしてトイレへと向かう。
「え。あの、大丈夫ですか......」
「?、何が?」
「ここでアキを洗うんですよね?警備員さんに見つかったらヤバくないですか......?」
「警備員?いや、ここ無人だけど」
「え、そーなんですか!?」
「ああ。この鐘の塔も立ち入りできるのは下の階だけだしな......これでよし、と」
トイレの蛇口にホースをつなぎ、別の蛇口からバケツへと水を注ぐ。
「猫、そろそろ熊を呼んでくれ」
「わかりました。ケド、あの......」
「?、なに?」
「熊じゃなくて、アキって呼んであげてください。あの子にも名前がちゃんとあるんで」
「あ、そうか。悪い」
「いえいえ」
熊だから熊と呼んでいたけど、そうだよな。俺だって「おい」とか「おまえ」とか呼ばれたら「俺の名前は若菜ですが!」と言い返しそう。いや言い返さないけど、内心思うところはある。
って、あれ?そういや俺......猫の事、ずっと猫って呼んでるよな?
もしかしてこれ、遠回しに文句言われてる?てか、ずっと我慢させてたのか?
「猫は、猫なのか?」
「......ん?んん?」
猫は未だかつてないほどの怪訝な顔をしていた。いや、確かにこの質問は意味不明で理解し難いと、その表情をみた瞬間にわかった。
「あ、いや......お前にも名前あるんかなって」
いったそばからお前って言っちゃってるし。うーんこれだから俺は。
「私の名前......」
「?」
「そういえば、私って名前無いですね」
「え、そーなの?」
「はい」
「熊......じゃない。アキからはなんて呼ばれてるんだよ?」
「猫ちゃん」
「そ、そうか」
名前無かったんか。気を遣って損した。いや、損する事もないけど。
「ふーむふむふむ」
ふむふむ言いながらも尻尾が落ち着きなく動いている猫。どーした。
「そーですね。これもいい機会です......名前、つけてくださいよ」
「え!?俺が!?」
こくこくと首を縦に振る猫。こいつ、理解しているのか......名前だぞ?それを俺に決めさせるリスクをわかってないのか!?
いやまあ、わかるわけないんだけど。俺のネーミングセンスが皆無なの言ってないし。けれど、これ......キラッキラした目で見てきやがるな。
「ダメ......ですか?」
「え、え?あー......いやあ、まあ、考えとくわ。多分」
「わあーい!やったあ!!」
「いやあ、あんまり期待はしないでほしいといいますか、変な名前になるかもだから、結局自分で決めることになるかもよ?と言いますか......うん」
しどろもどろ。むしろ自分で決めていただきたい。「名前決めた!こう呼べ!」ってされたほうがめちゃくちゃ良い。だって名前なんだよ?そんな大切なものを俺に決めさせないでよ。
「ふふっ、楽しみ」
にまにましている猫。何がそんなに嬉しいのやら。
「つーか、アキ待たせてるけど大丈夫?」
「ああっ、しまった!」
猫はピョンと慌てるようにひと跳ねすると、トイレから外へとぶっ飛んでいった。猫の「アキー!」と呼ぶ声がこちらまで届いてくる。
あの小さな体のどこにこれだけ大きな声量を出す力が備わっているのか。不思議だ。
(不思議といえば俺の魔法......)
――手を前に出し、力を集中する。
するとそのイメージが具現化するように、光り輝く靄が手から溢れ出る。
(猫の言葉がわかるのは、きっとコレが関係している)
魔力を使った翻訳......それか、もしかして......実は猫は言葉を使ってなくて、俺が彼女の心を読んでいたりするのか?こう、サトリ的な。
まあ、猫と会話ができるってのは色々考えようがあるけど。
――脳裏に蘇る、月夜の白い肌。スラッとした体躯に似合わず、主張する彼女の豊満な胸。
......そう、猫は人になれる。あれはどういう魔法なんだ?
魔力が関係していることは確かだろう。......魔力が。
(あれ、これ......もしかして、単純に魔力を流せば猫は人の姿になるのでは説)
月夜は魔力を増幅させる。彼女が人化した日、そのどちらとも......月が出ていた。二回目は、前日に月が。
(試して見る価値はあるか......)
まあ、今は無理だけど。もしそれが成功して、こんなところで人化したら事件だ。素っ裸の少女が中年のオッサンに人気の無い駐車場へ連れてこられたって図になるからな......まあ、誰も来ないけど。
しかし、そういう時に限って誰かが来てしまうっていう、あるあるパターン。熊の居る今、それは避けたい。
「ではでは、よろしくお願いしまーすっ!」
元気よく猫が言う。それに伴い、アキはトイレ脇で建物の陰になっている場所へと移動。とりあえず人目にもあわずここまでこれた......ホント良かった。
「よし、それじゃ水ぶっ掛けるからなー!ビックリして噛み付いてくるなよ〜!」
蛇口全開でアキの体中に水をぶちまける俺。「つめたーい!」と飛沫をうけた猫が叫ぶ。
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