PLAY.25 そして、ドSはこのように吠えた。
「おはようございます、ニケさん。よく眠れましたか?」
南に位置する寝室からリビングに向かうと、ボサボサの鳥頭を乱雑にゴムでとめたひょろひょろ男があたしに微笑みかけてきた。
この前会った時とまったく変わらない。同じ着流しを来ている。あたしと同じ現代世界からの異邦人星霜 マミヤだ。
「おはよう、マミヤ。相変わらずスゴいクマね」
「はは、恥ずかしいな。なかなかとれないんですよ」
スタンフォード大学で宇宙工学を研究していたという超天才の彼は、レンの家の地下で次元の歪みを生成している。
現代世界のたべものやアイテムを取り寄せては、カインたちに有料で振舞っている。なかなかの商売人である。
「本当に、特殊メイクと見紛うほどだぞ。若造、しっかり寝てしっかり食えよ!」
苦笑するマミヤの奥の席で、さっき堂々とあたしたちの朝の支度を覗いていたネイキッドがひとり、うむうむ、と頷いてコーヒーを飲んでいる。
その隣に、ネイキッドの側近である白狼のメジェドがゆで卵をチマチマと剥いている。
でかい図体を小さく丸くしている様子がどこか憎めない。っていうか、後ろでフォンフォン揺れてる尻尾を今すぐモフモフしたい。
「さっさと座れ。更地女」
チッと舌打ちをして、カインは自分の横の席を雑に引いて、こっちに来いと促す。
「はっはっは! あからさまな我が物主張だね、カイン!」
褐色肌に白いナポレオンコートを着たネイキッドは白い歯を惜しげも無くさらして、大口あけて笑う。
「ふん」
と、カインは憎々しげにネイキッドを一瞥して、テーブルの上のDr.ペッ○ーを片手であける。
あたしはさっきからの気まずさはあるものの、カインの横に座った。
「ニケさん、何か食べれますか?」
と、マミヤがたっぷりのハムとたまごをはさんだサンドイッチを乗せたプレートをあたしの前に置いてくれた。
パンは黒パンで、ぎっしりと雑穀が練りこんである。
「わあ、美味しそう。ありがとう」
あたしはマミヤに礼を言うと、さっそくがぶりとサンドイッチにかじりついた。
かみごたえのある黒パンと、薄くスライスされたたっぷりのハム、そして恐らくメジェドが剥いてくれたゆで卵の相性は格別で、昨日の疲れを癒してくれる。
「おいひぃ〜ひあわへぇ〜」
両手でパンを掴んで、むごむごと堪能するあたしに、
「食いながら話すな。じゃじゃ馬め」
と、カインはいつもの憎まれ口をたたく。
「らって、おいひいもん」
「どら、食わせろ」
カインは軽く身を乗り出し、あたしの右手を掴むと、そのまま自分の口に向けてひっぱった。
がたん
あたしは椅子ごとカインの方に向かされる格好になる。
カインは、ずい、とさらに体を屈めて、あたしのかじり跡のついた黒パンにななめにかぶりつこうとする。
目の前にカインの顔が来て、思わずフリーズしてしまう。カインの厚い唇がやたら近く感じる。
あたしに構わずカインはむしゃりと豪快にサンドイッチをかぶりついて、
「ふん、まあまあだな」
と、舌なめずりをしてみせた。
「な、こんのタラシの末裔がぁっっ!あたしのハム返せっっ!」
「はっ、無茶言うな。
無駄な脂肪にならずにすんで感謝してほしいくらいだ」
と、しれっと席に座り直してから、カインは肩をすくめてみせる。
「ひゅー、見せつけてくれるなよ、お二人さん。さっきのでお腹いっぱいのところだぜ」
ネイキッドが楽しそうに囃し立てて来るので余計に恥ずかしい。
ああ、この場から今すぐ逃げ出したい。
「なんか、仲良くなってますね。ニケさんとカインさん」
と、マミヤが照れ臭そうに頬をかき、メジェドの隣の丸い椅子に腰をかけた。
「ちょ、ふざけないでよ!マミヤ!?」
たまらずあたしは声を上げる。
「はいはい、本当に君らが来るとうちが賑やかでかなわないよ」
割って、アルトの声が地下室入り口の扉の方から聞こえた。
満点の夜空をうつしこんだようなローブを纏った銀髪の男、この家の主、レン=ブラックスターである。
「おはよう、レン。
ごめんなさい、朝から騒がしくて」
「ニケちゃんは悪くないよ」
人差し指をおっ立てて、レンはウインクしてから、ダイニングテーブルのお誕生日席に座った。
「まあ、その通りなんだけども」
正論を言われ、あたしはごもごもと返す。
なんだかすわりが悪くて、レモネードをごくん、と飲む。乾いた喉に爽やかな刺激が心地良い。
レンは、
「はい、ニケちゃん、これを受け取って」
と、あたしにネックレスを差し出した。
500円玉ほどの大きさはあるペリドットがキラリと光り、金の鎖がしゃらりと繊細な音を立てる。
昨日の夜に、カインから預けるように言われて、レンに渡したものだ。
「見事な橄欖石だね。
それくらいの代物はなかなか見ないよ」
「《叶え屋》の初仕事の時に、報酬で頂いた物なの」
「へぇ、それは素敵だね」
レンは、前下がりの銀髪をさらり、と揺らすと白銀色の瞳を細めて微笑んだ。
「レンよ、うまくやったか?」
カインがタバコに火を付けながら問う。
「うまく?」
あたしはレンを見やる。
「やだなぁ、僕を誰だと思っているんだい? 滞りなくやっているよ。問題は全くないさ」
親指と人差し指でL字を作り、顎に軽く当てつつドヤァ顔をするレンに、
「あの?」
と、話についていけないあたしは小声をあげる。
「そのペリドットに、術を施したんだよ。カインからの依頼でね。
なんたって、僕は凄腕錬金術師だからね☆
依頼されれば、不可能なんてないのさ」
「へぇ、そんなことが」
あたしはペリドットを覗き込んだ。どこか変わったようには見えないけども。
細かくダイヤモンドのようにカッティングされたペリドットは、いつもどおり、うっとりするほど美しい。
「どんな術をかけたのですか?レンさん」
マミヤが尋ねると、
「ひ、み、つ♥︎」
と、レンはウインクひとつして、答える代わりにマミヤにレモネードを催促した。
まったく、あざとい錬金術師もいたもんである。
カインを横目で見ると、どことなく満足そうにしていた。こいつのことだし、呪いの術のひとつやふたつ込めさせそうだ。おお、想像しちゃったじゃん。こわい。
「と、とりあえず、お礼言っとく……ね?」
「どーいたしまして」
シャラ、と首飾りをつけつつ、あたしはため息をついた。
「さて、と。
本題に入ろうかな? カイン中佐殿」
レンは、あたしが落ち着くのを待った後で、微笑みつつカインに視線を送った。
カインは覚悟を決めたように一度俯き、
「朝っぱらから皆に集まってもらったのは他でもねぇ。
ーーーーサウザンドアイズが動いたんだ。
5年ぶりにな。
みんなに、手を貸して欲しい」
と、どこか虚ろにそう言った。
そのセリフに、メジェドはゆで卵を皿に落として固まり、ネイキッドはガタン、と立ち上がった。
「それは本当か!?」
ネイキッドの顔に、いつもの快活さはなかった。
その表情には、明らかな嫌悪感が浮かべられている。
どうやらやはり、このメンバーは全員がすべての事情を知っているようだ。
サウザンドアイズとは、ディグニティエ皇国と敵対関係にあったダグラス国のテロ組織だそうだ。
先代の《叶え屋》で、カインの父親であるミカエル=リーアガイツと、その相棒であるマリオ=ラグナドールを殺したと見られている。
緊迫した空気の中で、レンだけが、ニコニコしながら彼らの様子を眺めていた。
「場所は??」
とネイキッド。
「ミノタウロス島だ。
しかも、諜報部隊の情報によると、やつらを確認したのは、5年前のあの戦場だという」
「そんな馬鹿な?!」
声を上げたのはメジェドだった。
「だって、あそこは先代のマリオ殿が《最期のシルシ》として、島半分を焼き払ったはず!
未来永劫、生物は生きれぬ死の島のあの土地で、奴らが動ける訳がない!」
いつもは穏やかな白狼の彼が珍しく狼狽している。
「ーー聖剣の術が薄れている可能性がある。
地下に封印しているマキナが、あいつらに渡ると厄介だ。クソ共がコソコソと這い回りやがる」
カインが心底憎らしそうに言い放つ。
「ふむ、マキナの回収と、あいつらの情報収集をして来いってことか……。
現在、セレーネ海戦争以降、中立国を誓っている我が皇国では公式に兵は出せんからな」
ネイキッドは顎をさすり、天井を見上げて息をついた。
「親父とマリオを暗殺した奴らは、サウザンドアイズに間違いねぇ。
必ず突き止めて、皆殺しにしてやる。
ーーーー絶対に、だ」
カインは、奥歯をぎしり、と強く噛み締めた。そのペリドット色の瞳には狂気が爛々と光る。
ネイキッドは、しばらく唸っていたが、あたしと目が合うなり、
「……まさか、ニケも連れて行くとか言うんじゃないだろうな?」
と、カインに問うた。髪色と同じ太い蜂蜜色の眉毛をこれでもかとしかめている。
「そのまさかだ」
「なんということだ! 何を考えているのだ。ヒール大佐はっ!」
だあん!
ネイキッドがテーブルに拳を叩きつける。
「使える駒なんだよ、ニケちゃんは」
レンがヘラッと笑うと、
「レンさん、それ、どういう意味ですか?」
と、マミヤがこの世の終わりのような顔をしてレンにすがりついた。レンはカインに視線を流す。
あたしはここまで来てやっと、そのサウザンドアイズっていうテロ組織がとんでもない奴らかもしんないってことが分かってきた。
全員の視線がカインに集まる。
「俺は、ニケには、戦わせたくねぇんだ」
カインは、響きのあるテノールで言うと、眉間に思い切り皺を寄せ、
「だから、俺が守る。絶対に、だ」
と、彼らに訴えた。
あたしは、腹の奥に熱いものを感じるが、どう反応したらいいのか分からずひたすら困惑するしかない。
しばらくの沈黙のあとで、
「……なるほどね。
だから、助っ人がいるわけ、か」
と、口火を切ったのは、ネイキッドだった。
ふふん、と不敵に笑う彼の隣で、メジェドもカインに強く頷いて見せる。
「まったく、馬鹿ばかりでよかったねぇ、カイン?
ギャラ高くつくんだからね?
覚悟してもらわなくちゃ♫」
レンは心の底から愉快そうに言うと、
「さあさあ、マミヤ。
武器庫を開けようじゃないか。
留守を頼むよ。その前に僕にフレンチトーストをくれないか」
と言った。




