PLAY.24 いつもの朝は、きっとギリギリ守られてる
朝が来た。みんなの朝だ。
ぱちり
瞳を開けると、目の前には疲れたおっさん(とりあえずヒーロー枠のはず)の顔。
あれから、あたしはいつものようにカインと一緒にベッドで寝た。徹夜明けだったのも手伝ってあたしたちは目を瞑って三秒で夢の世界にトリップしたようだった。
「すー、すー」
カインの寝顔を見上げる。
少し日に焼けた肌に、あつい唇は僅かにあいている。
ーー、いいんですけどね。
もう慣れたけど。
あたし、こいつの腕の中で寝てるの、慣れてきてなんかムカつく。
そう。あたし白咲 ニケは今日も今日とて《叶え屋》の相棒、カイン=リーアガイツの腕の中にすっぽり収まった状態で朝を迎えていた。
いちおー断っておくけど、この演出は恋愛モノだという主張をするための救済措置とかではないから。断じて。
「ん……ニケ? 起きてんのか?」
横向きに寝ているあたしが見上げる男、カインは掠れた声を上げた。
薄目でこちらを見ている。
無駄に長いまつ毛がペリドット色の瞳に簾を落としている。なんて綺麗な宝石のような瞳なんだろーか。性懲りも無く一瞬見惚れた自分がどこまでも悲しい。
「あんたさ」
あたしは眉をひそめつつ話しかける。
「ああ?」
くあ、とあくびするカイン。
あたしの腕枕になっている腕はそのままで、体を開く。
ほどよく筋肉のついた腕に、シックスパックの腹筋が朝から眩しい。目に毒だ。筋肉は正義だもん。目がいくのは仕方ない。
「腕、痺れないの?」
べつに痺れよーが、知ったこっちゃないけど、毎晩腕枕にしてるわけだし。
「他の女たちにもこうしていたから、今更どうということもねぇ」
「…………」
朝から嫌なことをきいた。
ーーって。嫌なことってなんなん?
「ーー」
自分の思考回路が、ぱやぱやな方向に直進している。
「ニケ?」
「あ? うん、なんでも?」
奥歯を噛みしめる。
「ふぅん?」
どうでもよさそうに相槌を打つカインは、身体を起こして身支度を始める。
新しいシャツに袖を通し、漆黒のミリタリーパンツを履く。
「さっさと服を着替えろ」
「言われなくても着替えるわ!」
「顔を洗ってくる」
と言うと、カインは部屋を出て行った。
もそもそと起き上がり、あたしはキャミソールワンピースの上に、アンミラワンピースに着る。
カインのがっちりホールドのおかげであたしの脱ぎグセはなくなった。
なんだかんだで、寝心地がいいから困る。言ってやらんけども。うん。言わんよ。言わないって。
かちゃ
「ふー、さっぱりした。ニケ、水飲むか?」
言いながら部屋に戻ってきたカインは、水が八分目まで入ったグラスを持っていた。
さっぱりしたような声を出しているが、カインの表情はどこかくたびれている。やはりどこかおっさんくさい。
「ありがと」
受け取り、五分目まで飲む。コップから口を離すと、
ずい、とゴツゴツした大きな手が差し出される。
「はい」
いつものように、あたしは残ったコップの水を彼に差し出した。
「む」
ゴクゴグゴク
カインは残った水を全て飲んでから、空になったグラスをサイドテーブルに置き、
「くあ、ぁぁあ、目ェ覚めた」
眉間にシワを寄せて、カインは大きなあくびをする。
それから、彼は髪をヘアオイルで整えて、クラバットを付ける。
それを横目に、あたしはワンピースのコルセットを、きゅり、と上に縛り上げてちょうちょ結びに結んだ。
いつもの朝だ。
「それで、お前たちは付き合ってないのー?」
「!?」
突然の男の声に、あたしは驚愕してあたりを見渡す。
声はベランダからだった。
真っ白のナポレオンコートを着た蜂蜜色の短髪の男がニヤニヤこちらを覗いている。
「ネ、ネ、ネェネイキッド??!」
不安定な叫びが部屋に響く。
「おはよう、ニケちゃん」
白い手袋をはめた手を、ちゃっとおでこあたりまで上げて敬礼の真似をする、ネイキッド=ダヴィ伯爵。
カインの馴染みの独身貴族である。
よく日に焼けた肌に、赤みがかった茶色の瞳は、彼の快活さを十分すぎるほど代弁している。
その時。
びしゅっ!
あたしの横を鋭い銀の光が抜けていく!
「へ?」
「うおったっ!」
ネイキッドは筋肉隆々の身体を屈めてその光を避けた。
振り返ると、カインが何か投げた後の姿勢を決め込んでいる。
こいつ、今短剣投げやがった。
「チッ、外したか」
「ちょっとカインっ!?」
「はっはっは! 嫉妬かい? カイン」
「へぁ?」
「心配しなくてもニケちゃんのキャミソール姿はバッチリ見てるよ。
気にしないで」
いけしゃあしゃあと言う、褐色のタラシ野郎の言葉に、あたしは瞬時に赤面する。
「気にしますよ!!」
非難の声を上げるが、ネイキッドには全く届かない。
「いやぁ、眼福眼福。はっはっは!」
爽やかに高笑いしながら、ネイキッドは部屋を突っ切ってリビングに抜けて行った。
「……なんなの、あのひとは」
ぽかんとするあたしに、
「おい、そこの獣人」
カインは鋭い視線を、さっきまでネイキッドが居たベランダに向けている。半端ない殺気を纏いながら。
「……見てない」
観念したようにひょっこりと窓から顔を出したのは、白狼のメジェドだった。
「メジェドまで!!最低!」
あたしは獣人を指差す。
「だから、見てないっっ!」
白狼は大きな図体を少し丸めてすまなそうに部屋に入ってくる。手にカインの投げた短剣を持っている。
まさかこいつキャッチしたんかい。
「ネイキッドと共に、ついさっき着いた。そしたら、主が、覗きを……、止めたんだが」
両手の人差し指をちょいちょいと付き合わせつつ、ネイキッドの付き人は弁解している。
「はあ、もういい。貴様も苦労するな」
カインはバリバリとうなじを掻いて、しっしっとネコでも払うように手を振る。
「失礼する」
メジェドは部屋を後にした。
ばたん
扉が閉まると、二人きりになった。
なんと、空気の気まずいことか。
「行くぞ」
それ以上はなにも言わず、カインは先に部屋を出て行った。
あたしの頭には、ネイキッドの言葉がいやな感じにリフレインされ続けている。
『それでお前たちは付き合ってないの?』
「……、参ったなぁ……」
あたしはぽりぽりと鼻頭を掻いて、小さくため息をついた。
ベランダを見やると、空は曇り空だった。




