PLAY.23 それでも僕らは運命を共にする。
がちゃり。
「やあ、よく来たね」
崖っぷちにある白い家の玄関を静かに開ける。
いつもと同じ調子のレンになんだかホッとした。
「おはよう、レン」
あたしはぺこりとお辞儀をする。
海風にアンミラワンピが二度はためいた。
「他人行儀だなあ」
クスクスと苦笑する声を見上げると、銀髪で白銀の瞳を持った前下がりボブの男は、穏やかに微笑みをたたえている。
いつ見てもこの世離れしている、レン=ブラックスター。
「おはよう、ニケちゃん」
小首を傾げる眉目秀麗の色男は、あたしとカインを迎え入れると、一番奥の応接間に通してくれた。
あたしがマミヤと初めて会った、あの部屋だ。
テーブルにあたしとカインは並んで座る。
「鳥たちがうるさかったからね。
君たちが来るのは分かっていたよ。
カインの来る時は、ヒューがうるさいんだよ。
あ、ニケちゃん、ヒューってのはカラスだよ、オスの」
とレンは言いながら、あたしにハーブティーを差し出してくれた。
「相変わらずよく喋りやがる」
カインには例のアレ、Dr.ペ○パーを差し出す。
カインは受け取るなりプルタブを開けると、喉を鳴らして一気飲みした。
「ふー、不味い」
ぐい、と口元を手の甲で拭うカイン。
じゃあ飲むなよ、というツッコミは無駄なのでしない。
あたしのすっかり疲弊している心身は、無駄な動きを極力避けたがっているのだ。ねむい。
ごしごしと目をこすると、予定調和にあくびが出た。
「眠そうだね、ニケちゃん」
「う、あ、ごめんなさい、つい」
「寝ていないからな」
カインは、空き缶を手で弄びながら、何か考えているようだった。
缶を潰したり戻したりしている。
べこべこと缶が潰れる音が部屋に響く。
「ふふ、なかなか様になってきたね、ニケちゃん」
テーブルの上に茶菓子を置きつつ、レンは言う。その物腰の柔らかさは、視界に優しい。
「へ?」
「カインの隣にいるのが自然になってきたねってね。思ったんだよ」
言って、レンはウインクをしてみせた。さすが歩く異世界代表。やることがあざとい。
「あ、そ、そうかな?」
あたしは曖昧にかわして、頭を掻く。嬉しいと思う反面、自分の中で気持ちがそっちに振り切らない。
軽くどもってしまう。
カインをチラ見したら、レンの声はばっちりと届いていたようで、あたしのことを俯瞰している。
「…………」
いつもなら捻くれたセリフのひとつふたつ飛んでくるのに、何も来ないのに違和感があった。
「?」
無意識に覗き込んでいたあたしと視線が合うと、
「……、あ?」
と、案の定凄まれた。
「あ、いや、なんでもないわよ?」
座りが悪いまま、あたしは視線をティーカップに落とした。
レンは立ったままあたしたちを眺めてニコニコしつつ、
かたん
と小さく音を立てて、手近の椅子に座った。さらり、と瑠璃色のローブが衣擦れの音がする。
「さて。そろそろ聞いてもいい頃かな?
朝一番に、何のご用かな?」
顎の下で両手を組んで、小首を傾げる美青年。
アルトの声は、寝不足の頭にすこぶる優しい。
レンの小ぶりの唇はすこし赤みを帯びていて、形のよい鼻はすう、と天を向いている。
顔のどこを見ても、まるでビスクドールのような愛らしいつくりをしている。これでカインより一個上というのだから、世の中おかしい。こんな可愛いおっさん居たらアイドルも顔なしである。
あたしが言いよどんでいると、
「サウザンドアイズに動きがあった」
と、カインがはっきりと告げる。
ペリドットの瞳を、レンの白銀のそれに向けて。
その光にどんな思いを孕ませているのか、今のあたしにはわからなかった。
レンの動きが止まり、その瞳孔が開かれる。
「…………そっか」
白銀の瞳が、3秒ほど見開かれた後で、ゆっくりと息を吐くようにレンは言う。
あたしは二人の様子を見守る事しかできない。
「ヒール大佐から、俺とニケはミノタウロス島に行くように命令が出た」
「ニケちゃんも?」
レンは俯かせていた顔をすこしあげた。珍しく、彼の周りの空気が緊張しているように思う。
「ああ。とりあえず、腹を探りに行く。それだけで終わらすつもりは毛頭ないがな」
カインの表情に、少しの狂気が滲んで見えた。
《叶え屋》の時に見せる、あの表情だ。
あたしは膝の上で両手の拳を握り込んだ。
「なんでまた? ニケちゃんまで?」
「地下牢で見たろう? ニケの力を」
そう言ったカインの顔はいつもの仏頂面に戻っていた。
「まったく、あの女はマリオのことになると見境がなくなる」
カインは腕を組みながら、だるそうに天井に仰いだ。
あたしも意味が分からず、カインを見る。
「リンダの時の……あれか。ああ、君は話したんだね、大佐に」
レンは合点がいっているらしい。一人で頷いている。
「仕方ねぇだろ」
カインはバキリ、と缶を潰した。
リンダの時とは《運命の金の糸少女行方不明事件》のことだろうか。
地下牢で何かあったっけ、と思考を巡らすが、まったく分からなかった。
「昨日の夜、《ソレ》がまた発動した。
今度は、ターゲットが半殺しだ」
《ソレ》を表すものに、覚えのあるあたしは、背中にぞっとしたものを感じる。居心地が悪くて小さくなるしかない。
その時に、あたしはリンダの時にあたしの《ソレ》が発動していたことを理解した。《ソレ》ってまさか。
「それはまた、……興奮するね」
レンは、にっこりと微笑んでから、置いてあった自分用のマグカップに口をつけ、
「なるほどね。それであの大佐殿はこの采配をしたわけか。
ニケちゃん、運が悪いね」
ふふふ、と笑うレン。どこまでも愉快そうだ。
「えっと?」
あたしは眉を顰める。
「まあ、一目は置かれたってことさ。
あの人は《あの事件》が絡むと形振り構わなくなるからね。
少なくとも、《カインの愛玩動物》から《使える駒》には昇格したってことさ」
その反応にカインは口をへの字にする。
「チッ、貴様が一番性格が悪い」
なに? 愛玩動物って、ねぇなに?
このレン=ブラックスターという人物はちょいちょい暴言をぶちこんでくるから困る。
ねぇ。
「君は真面目だからね。変なところで振り切る癖に」
かたん、とレンは立ち上がる。
「ふん、下衆め」
続いてカインも立ち上がり、マントを外し始めた。
ぽかんと見上げるあたし。
「マミヤも呼ぶんだろ?」
あくびをしてから、レンはスタスタと地下の階段に向かう。
「昼前にはネイキッドも来る。それまで休ませてもらえるか?」
「いいとも。南の客間を使うといい。武器庫を開けるのはそれからでもいいかな?」
線の細い指は、南に位置する白い扉を指す。
「問題ない」
ごきり、と肩を鳴らしたカインは、「はああ」と大きく溜息をついてから、
「寝るぞ、ニケ」
とナチュラルに寝床に誘ってきた。
「おやすみー」
レンはヒラヒラと手を振って地下の階段をおりていった。
「え、あ、はい……?」
ナチュラルに同衾促されてるんですけど。
あれ? あたし、こいつと付き合ってるつもりないんだけど。
カイン曰く「あたしのことを気に入ってて、ハナから同衾してるってことは付き合ってるんだ」らしい。けど。けども。
確かに「気に入ってる」とか言われたけど、…………あたし返事してないし?
「ニケ……?」
甘い低い声が頭の上から降って来るのに、体温が急激にあがる。
おそるおそる顔をあげると、ペリドットは少し潤んであたしを待ち受けていた。
「ぁ」
どくん
鼓動が大きく跳ね上がると、カインはふっと笑う。
「さすがに疲れた、癒せ」
ぽそりと子供のように弱音を吐いて、カインはあたしの肩口に顔をぐりぐり、とうずめてきた。
「ッッッ」
ぐりぐりぐり
肩口に心地よい人肌のぬくもりと、漆黒の黒髪がくすぐったい。
「な、に、いきなり」
「今ふたりきりだろ、いいだろ」
「ここ、人んちだし! リビングだし!」
ふやふやした反抗は、今のカインには全くの無意味で。
「部屋の中なら、いいのか?」
ぴたり
二人の動きが止まる。
鎖骨にカインの喉仏が当たっている。
そろり、とあたしの背中に彼の腕が回る。
ぎゅ、と革手袋が鳴る音が、乾いた空気に響き渡る。
呼吸が、地下にいるレンとマミヤに届いてしまいそうで、
「あ……、う、」
あたしはそれきり何も言えなくなってしまった。
「あー、クソ眠い……」
カインはそのままで大きな犬みたいにあたしにじゃれついてくる。
ーー流されてる。
あたしは確実に
このおっさんに流されてる。
色々と片付けなくてはいけない事があるけど、あたしも寝不足の限界が来たので見ない振りした。
思いのほか、カインの甘え方が可愛かったから、なんて死んでも言ってやらないんだからね。




