PLAY.22 夜更けの海沿いを駆ける、復讐心と乙女心
夜更けの道を、馬が駆ける。
あたしとカインは、セレーネ海沿いの崖っぷちにある白い家に向かっていた。
バカラッバカラッバカラッ
馬の蹄の音が、音のない夜の海に響いて行く。耳を澄ますと波音がかすかに聴こえる。
カインの馬は、彼と同じく闇色をしている。図体が無駄に大きく、美しい毛並みは月の光を受けて毛先がキラキラと煌めいている。
手綱を握るカインの後ろに乗ったあたしは、ぽんやりと横目でセレーネ海とだいぶ沈んだ月を見た。
少し上が欠けている。
異世界でも月があるんだな、などと思う。眠い。だって、《叶え屋》の後のヒール大佐からの乗馬だ。
ほんと、勘弁してほしい。
ぐらっ
「うわったぁ?!」
油断して、バランスを崩しそうになる。
ぱし
「貴様は死にたいのか。
ここで落ちたら闇ドワーフの朝ごはんになっちまうぞ」
カインは腹に回されたあたしの手を掴むと、ぐい、と前に引っ張った。
革手袋は、彼の体温を滲ませてあたたかい。海風に冷えた手をぬくめてくれた。
「や、闇ドワーフ?」
すぐに離された手が、なんだか勿体無い気がした。
「ああ、夜に人間を惑わすスキモノだ。騙して酔わせて殺すのが趣味の奴らだ。見た目もやることもえげつなくて俺は好きだが」
さらりと怖いことを言う。
「う、へぇー、」
「しっかり掴まれ。もうすぐ着く」
短く告げて、カインは一度強く手綱を引いた。
「何も、夜中に出発しなくても」
ぼそりとあたしはごちる。
「……すまない」
返ってきたのは予想外の答えだった。少し鼻にかかったような声だ。
「へ?」
「サウザンドアイズについては、貴様を、ニケを巻き込むつもりはなかった」
そういえば、ヒール大佐に《叶え屋》を剥奪しろとかなんとか言ってたような。
「さっき言ってたやつね」
「ああ」
あたしはカインの声に集中したくて、広いカインの背中にぴたり、と右耳をくっつけた。
予定調和で、あたしは彼と密着する形になる。
カインのマントは、言うまでもなく上等な布を使っている。肌触りは抜群に良く、マントから香る彼の好むイランイランの香りは相変わらずあたしをうっとりさせた。
溜息をひとつ、つく。僅かに、カインが身じろぎをした気がした。
「《叶え屋》をやっていた父、ミカエル=リーアガイツには相棒がいた」
心なしかいつもより低い声は、彼の体を振動させてあたしの耳に届く。
「相棒? あたしみたいな?」
「まあ、貴様よりはかなりハイレベルな相棒だったがな」
クック、と苦笑するカイン。
「悪かったわね」
「名は、マリオ、マリオ=ラグナドール。伝説の錬金術師と言われた男だった。偉大な錬金術師だった」
「伝説の錬金術師」
鸚鵡返しにするあたしに、カインはこくりと頷く。
「五年前に、ダグラス国のミノタウロス島で二人とも死んだ。
当時、ダグラス国はディグニティエ皇国と敵対していた。
サウザンドアイズは、ダグラス国のテロ組織だった」
「相棒の方も亡くなったんだね」
あたしは、固唾を飲んだ。
「まだ若かったんだ。親父は四十過ぎていたがな」
現代では考えられないような、物語の中のような話に、気後れする。
「マリオの術で、今はミノタウロス島は半分は死の島になってる。
草木一つ生えない。人が住めない土地だ。
未来永劫変わらないと伝えられている。
その時に使われた術が、マリオを伝説の錬金術師たらしめてるってわけだ」
「ミノタウロス島って、ここから見えるの?」
あたしはカインに問う。
すると、カインは、右手をすう、と南にのばす。
「あれが、ミノタウロス島だ」
その先にはセレーネ海。そして、大きな陸があった。
海岸からフェリー船でいけば一時間くらいだろう位置に、ディグニティエ皇国を囲い込むようにある陸地が見える。まあ、この世界にフェリーなんてないんだろうけど。
「え、あれ、大陸じゃないの? 島なの?」
すっとぼけた答えを出すあたし。
夜明け前のわずかな陽の光を頼りに目を凝らす。
その島肌には緑はなく、真っ黒だ。
「炭のような色をしているだろう」
「あんまりわかんないけど」
「マリオが、すべてを焼き払ったんだ。
自らの命を賭けて、聖剣の力を解放した結果が、あれだ」
「……すごい」
魔法とか錬金術とか、正直実感わかないんだけど、壮大すぎて圧倒される。
「サウザンドアイズの残党がいるとは言われていた。
俺は、《叶え屋》を襲名してからずっと、ヒール大佐とそいつらを追ってたんだ」
カインはそう言ってから、短く吐き捨てるように、ハッ、と嘲笑めいた声をあげた。
「仇でも、取るつもりなの?」
ぼろりと飛び出したセリフに、あたしは自分でびっくりして急いで口を噤む。
「………《叶え屋》のポリシーは、勧善懲悪だからな」
背中越しに聞こえてきたカインの声は、どこか心もとなくて、あたしは彼を掴む腕を少しだけ強くした。
ばからっ!
「ヒヒンッッ」
馬が鳴く。
空はだいぶあかるくなってきていた。
崖の上を見上げると、朝焼けの中、白い家にふわりとした明かりが灯っているのが見えた。
「起きてるのかな?」
「レンは、夜型だからな」
「ぽいね」
あたしは苦笑する。
「今回は、マミヤの協力も必要だな」
「さすがにお尻が痛いよ」
あたしはお尻を軽くさすってから、伸びをした。
「Dr.ペッ○ーを飲みたい気分だ」
カインも背伸びをする。
レンのうちの明かりは、まるであたしたちが来るのがわかっていたかのように、柔らかい光を放つ。
あたしたちを歓迎してくれているようだと思う。
「ニケよ」
カインは、ペリドット色をした瞳をまっすぐに向けてあたしを見つめてくる。
少し疲れた目元に、眉間のシワが目立っているけど、瞳の中の光はあたしをとらえて離さない。
「なに?」
鼓動が、不自然なリズムを刻む。
「…………なんでもねぇ」
何か言いかけた後で、カインは顔を背け、さっさと歩き出してしまった。
「なに、それ」
「なんでもねぇよ」
「ふぅん」
その時の彼の雰囲気は、張り詰めているのに、なんだか隙があった。
あたしは、初めて彼に甘えられたような頼られたような気がして、心がくすぐったくてたまらなかった。
緊張感の中のほんの少しの隙間に甘さが潜り込んでくるような、感覚。
それどころじゃないと、制する気持ちを感じながらも、あたしはその居心地のよさに少しだけ口元が緩んだ。




