表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/28

PLAY.19 フラグが乱立している異世界で、二人。

「カイン?」


 あたしが彼の名前を呼ぶと、カインはハッとして我に返ったようだった。


 袋小路の最奥の壁際の近くで、あたしはぺたりと座り込んでいる。

 だらりと両手を下げて脱力していた。


 一方、カインは袋小路の入り口で、棒立ちになってあたしの方を見ている。


 あたしの足元には男が倒れている。

 虫の息だ。

 口元から血を垂らしており、顔は殴られて腫れ上がっている。

 腕が不自然な方向に曲がっていた。肩から出血している。


「ニケ……」


 カインのテノールは、小さく闇に響く。

 仮面をしているカインの表情は見えない。

 その声に力はない。



 歓楽街の裏路地、異世界のそこは、渋谷のホテル街に似た空気が漂っていた。

 ネオンこそないものの、どこか空気が湿っていて、辛気臭い。


 夜も更けかけている時間で、ひと気もない。


 カインの方を見ようとあたしはノソリと立ち上がる。


 地面に落ちていた自分の仮面を拾うと、土を払ってからポケットにしまう。


 暗闇の中で遠くからの街灯があたしの顔を照らした。少しの炎の光が眩しい。


「バーは片付いたの?」


 あたしの口から出る声色は、心なしか低い。

 興奮しているのか、手が細かく震えている。


「ああ」


 カインは短く答える。

 こちらの異常をうかがっている。


 黙ったままあたしに向かって歩み寄ると、足元の血だまりが、ぴちゃん、と音を立てた。

 カインは革靴が汚れるのもお構いなしにあたしに向かって来る。


 大股なのでその距離はあっという間に縮んだ。なんだろうな、この嫌味なまでの足の長さは。


 ぱさり



 カインが《叶え屋》のトレードマークの派手な仮面を取る。

 真っ直ぐにあたしを見下ろす、緑の炎だ。


「ニケよ、貴様……“何をした”……?」


 カインに向かって体を向けていたあたしは、彼の異様なオーラに押されて、後ずさる。



 とん


 背中にレンガの壁が当たる。

 ざり、とした感覚に痛みを感じた。

 カインはずい、と距離を詰めてくる。


「……」


 あたしはカインを見上げる。


 カインは、これ以上ないくらいに顔を顰めている。

 その顔は少し困ったような色をしていた。なんであんたがそんな顔するんだと思う。


「あ、あはは……?

 なんかよくわかんないんだけど、気づいたらこうなってて」

 あたしは手をあげてぴらぴら、と彼に振って見せる。

「……」

「何よ、カイン、怖いよ?」


 あたしは返り血を浴びた赤いアンミラのワンピースを隠すことも出来ないまま、誤魔化し笑いをした。


「クソ」


 だぁんっ!


 カインは小さく呻くように言うと、あたしの耳のすぐ横の壁を思い切り殴った。



「っ!? 何すんのよ!」


「こっちのセリフだ、馬鹿野郎ッ」

 あたしがびっくりして抗議の声を上げると、

 カインはあたしの右手を掴んで、あたしの頭上にひねりあげた。


 ぎりっ


「痛っ、いったいわよ!」


「何があった?!」


 ペリドットの瞳があたしの目を射抜く。逸らすことができない。




 遠くから、獣が鳴くような声がした。

 しばらくの沈黙のあとで、


「……襲われそうになったのよ」


 あたしは吐き捨てるように言う。


 カインはあたしのスカートに視線を移した。

 切り裂かれているそれ。

 太ももが余裕で見えるくらいにスリットを入れられている。



 あれから。


 あたしはターゲットであるシャブ《シャイン》の売人であるジャミル=キンダーを追い詰めた。

 そこまでは良かった。


 それから、情けないことに逆襲にあったのだ。


 ジャミルは見た目がかなり弱そうだった。だから油断した。



「笑えば!? 笑いなさいよ!

 意気揚揚と追跡しといて、なんてザマだって!」


 あたしは声を荒げて叫び、カインを睨みつけた。


 俯くカインの表情は見えない。


「……ッ」


 沈黙に耐えれずに、あたしは顔を逸らす。

 地面でジャミルがぴくりと痙攣をした。


 自分がどうやってジャミルをここまで潰したのか、記憶がなかった。


「申し訳ないわね、あんたの相棒は使えない女で!」


「馬鹿野郎っ!」


 カインは怒鳴りつけてから、手を振りかぶる。


 ーー殴られる?!


 あたしは咄嗟に顔を庇った。








 ふわ……



 次の瞬間、

 あたしはカインの胸の中に居た。


「なっ?」


 強く抱きしめられると、カインの汗の匂いが鼻腔をくすぐる。

 少し、花の香りがする。彼が好むイランイランを含む香りだ。


「……ちょっと、カイン」


 あたしは息がうまく吸えない。


「馬鹿野郎、……無茶すんな、この鉄砲女が」

 思いもしなかった人のぬくもりに、心がくすぐられた。


 彼の声は、あたしの痛覚を切った心をじわじわとあたためていく。


「ちょ、はなしてよ」

「断る」

 カインの胸を押し返そうとしたが、びくともしなかった。


「……すまない」


 カインが力を込めてあたしを抱き寄せた。

 あたしの後頭部を、大きな手のひらが包み込むと、ぐい、と引き寄せられる。

 彼の吐息が耳にかかると、あたしは思わず小さく震えた。


 耳元で謝罪をされると、涙腺がオートマティックに崩壊する。

「ニケ、無事でよかった……」




 ーーそんなバカな。



「う、っく、……あ、ああああっ!」


 とめどなく溢れる涙は、カインの軍服にシミを作ってゆく。


 ーー泣き顔を見せたくなくて。


 あたしはカインの背中にしがみついた。マントに思い切りシワを寄せてやると、カインは一度安堵の息をついた。あたしの背中をポンポンと叩く。赤子をあやすかのように優しい仕草だった。



 泣きながら、あたしは

 数日前にレンの家で一人で泣いていたのを思い出した。



 はっきりと自覚してしまった。


 ああ、あたしは彼の胸で泣きたかったんだと。


 カインは、いつまでもあたしのことを抱きしめていてくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ