PLAY.17 38代目《叶え屋》の出撃!
夜のあたしたちのミッションは、なかなか面白い。と、思う。
昼間は、皇国民の雑用係みたいなこともやるけど、それは《叶え屋》の本分ではない。
夜にやる勧善懲悪こそ、《叶え屋》の存在意義だ。
ディグニティエ城から5キロほど離れた歓楽街に、ド派手な金細工を施されたマスクをする男と女が舞い降りる。無論、あたしたちのことだ。
月の光を受けて、仮面に埋め込まれた宝石が青白い光を放つ。
ひたり、と扉のノブを握り、あたしはカインを見上げた。
勧善懲悪厨のカインは、唇を吊り上げてそれはそれは愉快そうに顔を歪めている。
ーーこいつのスイッチって分かりやすい。
普段はおっさん風吹かせる癖に、《叶え屋》の懲罰系ミッションになると人が変わったように極悪人オーラを放つのだ。
カインは、くい、と顎を突き出してGOサインを出す。
あたしはこくりと頷く。
ばあんっ!
勢いよく、バーの木製で出来た扉を開け放ってやる。
ざわっ!
小さなバーにいた客人全員が、あたしたちに振り向く。
うむ、なかなかの快感だ。
高鳴る鼓動のせいで、口元が興奮して緩むが、あたしは奥歯を噛み締めていなす。
あたしの後ろ斜めには、カインが長剣を肩に担いで、トントン、と肩口を叩いている。臨戦態勢はバッチリらしい。
あたしは、すう、と息を吸い、
「皇国軍つき《叶え屋》参上っ!
今宵も、勧善懲悪させていただきますっ!」
人差し指を、びしっとおっ立てて、一番奥でチビりそうになっている顔面蒼白の男を睨みつけた。
今回のミッションのターゲット、恐らくあいつが、ジャミル=キンダー。裏の世界では有名なシャブの売人だ。
「《叶え屋》だって!?」
「あの皇国軍直属の始末屋か!?!」
若い男たちが安っぽく叫ぶ。説明台詞乙。
ドタドタと物音が続く。
バーカウンターは木製だ。
その上に、ガラス板が置かれている。
問題は、それに乗った黒い粉。
ーーまちがいない。麻薬 《シャイン》だ。
カイン曰く、持続性と中毒性に関してはピカイチの夢のシャブ。
「お楽しみのところ悪いな」
全然申し訳なさそうにない様子でカインは前に出て店の中にいる者全員をギラリと見据えた。
「軍つきの犬だろ、……遭遇したら二度と日の目が見れないっていう」
「運が悪ぃぜ……、誰がタレこみやがったんだ」
入り口のすぐ近くにいた男二人組は、農夫のような出で立ちをしていた。
こちらを見て、完全に怯えて小さくなっている。この国での《叶え屋》の知名度は、なかなか高い。裏社会では知らないものはモグリだと思っても問題ない程度だ(ディグニティエ皇国軍調べ)。
店内は蝋燭の照明のみで暗い。
さらに、マスク越しだと視界はすこぶる悪い。
さらにさらに、店内は煙が焚かれている。
葉っぱを燻したような匂いがする。
「この臭いは……」
あたしが言い切るより前に、
ぐい、
カインがあたしの肩を強く引いてきた。
「痛いわよ、カイン!」
見上げた漆黒の軍服にド派手なマスクをした男は舌なめずりをしていた。
どうしようもなく、背徳感を誘うそれ。
「ニケ、呼吸を控えろ」
カインは短く告げると、空いた手でうなじをガリガリと掻く。すこぶる面倒臭そうだ。
「……」
あたしはこくりと頷いて息を止めた。
《歓楽街 カーナンのバー『時計屋の暇つぶし』で取引されているシャブ 《シャイン》の密売人を捕獲せよ》
これが、今回のあたしたちのミッション。
煙を吸えばトリップする可能性もあるので、カインはあたしを後ろに避けさせたのだろう。
すらっ
カインは長剣を鞘から抜いた。
白く光る刀身を、カインは愛おしそうに見やると、
「さあ、悪よ、懲らしめてやろう」
夜の闇の中で、低く響き渡るテノール。
「俺を、待っていたのだろう?
絶望しながら死ぬがいい」
ニタァ、と笑う。
バーにいる全員の総毛立つ音が聞こえた気がした。
「構うな、殺せぇ!!」
あたしに睨まれてビクビクしていた蒼白の男が、不安定な声で無理やり叫ぶ。
それをきっかけに、ガタガタと椅子が倒れる音がする。
店内の人間が一斉に立ち上がったのだろう。
煙のせいでまったく様子がわからない。
「うぁぁぁぁああああああっっ!」
店の中から男の声がしたのと、
カインの前に痩せた男が突っ込んで来たのは同時だった。
手にナイフを持っているのが見えた。
無知とは恐ろしいものだ。
飛んで火に入る夏の虫とはこんな感じなのだろうなと、あたしは特攻してきた男に小さく同情した。
共闘が積み重なると、カインを心配することは全くなくなった。
このカイン=リーアガイツという鬼中佐は、チートである。その強さは、草が生えるばかりだ。
男はまっすぐにカインめがけて突っ込んでくる。
カインはそれを俯瞰しながらすっと右に避け、
「一番槍で来たことは褒めてやろうか」
言いながら、長剣の持ち手を握り込む。
長剣を立ててから、
カインの左に抜けて行く男の手首に垂直に落とした!
「いてぇっ!?」
かぁん!
ナイフが床に落ちる。
あたしの足元に転がってきたそれを、すかさずそれを拾う。
ずしりと重い凶器に思わず唾を飲む。
カインは、間髪入れず、くっ、と体をくの字にして、長い足の膝を前に突き出して膝蹴りを見舞った!
どがっ!
「ぐっは、ッッ!?」
ずるりと崩れる男に、
「邪魔だ。終わったらさっさと潰れろ。
ーー虫のようにな」
と、カインは嘲笑を浮かべて、
ぱぁんっ!
床にずり落ちていく男を右足で払う。
どんっ!!
男はサッカーボールみたいに壁に向かって飛ばされてぶつかる。
衝撃で、バー全体が揺れた。
壁から絵画が何枚が落ちる。
「ぐっぅ、」
弾かれた男は、入り口の角で丸くなり、動かなくなった。
店内の温度が、氷点下に下がったような気がした。
「おい、誰か行けよっ!」
「冗談、お前が行け!」
男たちが、次の特攻人を譲り合っている。
恐らく、ほぼ全員が《シャイン》で頭はトンでる。
カインにとっては赤子の手を捻るようなものだろう。
皆が、突然現れたこのマスクの男に慄いている。
「ふん、どうした? もう仕舞いか?
はるばる城から来たのだ。
楽しませてくれよ……なあ?」
カインは挑発するように両手を広げて見せる。
「……」
カインは、店の入り口に佇んでいる。
あたしは彼の少し後ろに待機していた。
店内の様子を伺うべく目を凝らす。
ーー店内の一番奥の男が、店の奥にある扉を開けて出て行くのが見えた。
「ターゲットが裏に逃げたわっ!」
あたしが叫ぶ。
「かかれぇ!!」
野太い男の声が店に響くと、10人は軽くいる人影がカインに襲いかかってきた!
「ニケ、裏に回れ!」
カインはあたしに指示を出すと、
とん
軽く踏み込んでから、店の中に飛びこんだ!
「そうこなくてはつまらないな。
ストレスが溜まっているからな、発散に付き合っていただこうかッ!」
空中でくるりと回転し、店の奥まで入り込む!
「了解っ!」
あたしはそう呼びかけてから、店の裏に回りこむべく、ダッシュをかけた。
中のシャブ厨には悪いけど、あの程度の人数なら三分あれば十分だろう。
「往生際が悪いわよね……っ」
ずざあっ!
店の裏に続く隙間道を抜けて、角を曲がる。
裏口の扉が空いていた。
ぎいっぎいっ
扉は音を立てて軋んでいる。音がまだ大きい。
ここを通ってからそんなに時間は経っていない。
歓楽街の裏道は、そんなに選択肢はない。
街灯がない代わりに、店から漏れる燭台の光が足場を照らしている。
店の裏は一本道だった。
「選択肢はナシ」
あたしは追跡を開始した。
横切ったバーの中からは、阿鼻叫喚地獄さながらの断末魔の声が聞こえてきていた。




