PLAY.15 超天才 星霜 マミヤの実験
「あなたも、現代世界から来たの?」
あたしの瞼が、緊張して少し痙攣している。
「……」
無言のままのカインからの視線を感じる。
あたしの事を横目で見ながら、コクリ、と喉を鳴らしてDr.ペ○パーを飲み下した。
かたん
缶が置かれる。視界の隅に。
あたしは、棒立ちで星霜 マミヤと名乗る気弱そうな男を見上げた。
あたしより背が高いが、ここにいる男性陣の中では一番背が低い。
する、と着流しの両方の袖口にそれぞれ手を収め、マミヤは細く黒目がちな瞳を少し開いた。
「なんとなく、来るなとは思ってました。
レンが五月蝿かったですし」
と言って、裸足であたしたちに近づいてくる。
ぺたぺた、ぺた
中肉中背の捉えどころのない顔をした男だった。
目の下のクマが酷い。
少し無精髭が生えている。
鳥の巣のようにボサボサな髪の毛を、雑にゴムでまとめている。
茶髪のそれは、彼の肩甲骨の下あたりまであった。あたしより長い。
「あなたは現代世界の匂いがしますね」
寂しそうに失笑するマミヤは、この世の不幸を全て背負ったようなどこか悲しそうなオーラを纏っていた。
「白咲 ニケさん、ですね」
マミヤは、両手を左右の袖口におさめたままで、へら、と笑いかける。
あたしと同じ年くらいだろうに、疲れた表情で老けて見える。
カインたちは、マミヤとあたしの様子を見守っているようだ。動く気配すらない。
「あんた、日本人なの?」
「そうです。ニケさんと同じで。
自分は、今年で23になります」
「あたしの、一個下」
「ニケよ、いい加減椅子に座れ。
落ちつかねぇだろ」
カインはそう言って立ち上がると、あたしを手近の椅子に座らせて、その椅子に寄っかかった。
少しの間だけ触れたカインの手は、冷たく冷やされた缶のせいで少し濡れていて、あたしは少しだけ冷静になれた。
椅子の板越しに感じるカインの体重が、安心をくれたのかもしれない。
だって、考えつく訳がないじゃないか。
あたし以外に、現代世界から来ている人間がいるなんて。
しかも、向こうの世界のモノを異世界に持ち込んでいるなんて。
つまり、そこには行き来できる【道】があるってことじゃないか。
ーー現代世界に、元の世界に戻れるかもしれないんだ。
そう思うと、あたしの心臓は不規則に跳ねた。
少しの恐怖を、混ぜ込んで。
「マミヤよ。
この通り、ニケは事態のあり得なさに付いて行けてねぇ。
カンタンに説明してやってくれねぇか?」
カインはマミヤに提案した。
着流しの鳥の巣男は、
「そうですね。
そんなに難解なお話ではないですし、そうさせていただきましょうか」
と、困ったような顔をしてから、レンの隣の椅子に腰掛けた。
「自分がこの世界に来たのは、3年前になります。自分が20歳の時でした」
アタリの良い優しい声色で、マミヤは語り始める。
「自分は宇宙工学を専門に勉強していました。生まれは東京です。
15歳の時に、スタンフォード大学に入学しまして。
修士号を取り、博士号を取るべく研究に明け暮れていた頃でした」
「……はあ?」
スタンフォードって言えば、片田舎の無難な大学を出た田舎モンのあたしでも流石に知ってる。
「それ、マジで言ってんの?
作り話だとかじゃないでしょうね?」
「これで証明できますか……?」
マミヤは、おずおず、と学生証を見せた。
一枚のセキュリティカードには、少し幼い顔立ちのマミヤの顔写真に、彼の名前とサイン、そして有名エリート大学のロゴ、学生番号にICチップがハイセンスに配置されている。
「ホンモノ……」
あたしは開いた口が塞がらない。
カインは物珍しそうにセキュリティカードを凝視している。
「へへへ……、ココでは何の意味を持たないガラクタでしたが、やっと役に立って嬉しいです」
と、マミヤはヘラッと笑った。ちょっとホッとしたようだ。花がパヤパヤっと舞うような可愛らしい笑い方をする。
レンがビスクドールなら、マミヤは蝋人形だ。
全く正気を感じない。青白い肌は、彼が全く日の光を浴びていない証拠だろう。
「信じてもらってよかったね。マミヤ」
レンはそう言って、マミヤに湯気の立つ湯のみを差し出した。かすかに日本茶の香りがする。あたしはなつかしくて切なくなった。
マミヤは続ける。
「自分は、スタンフォードで次元の歪みを生成する方程式を研究していたんです。
ある日、ようやく長い研究が実を結びました。
次元の歪みを生成する実験をしていたんです。
その時に事件は起こったのです」
マミヤは、湯のみを受け取りながらポソリポソリと話す。下手をしたら波の穏やかなセレーネ海の波音でかき消されてしまいそうなボリュームだ。
「気づいたら、こちらに飛ばされていました。
この家の崖の下の海岸に打ち上げられていたのを、レンさんが助けてくれたんです」
マミヤは、ずず、とお茶を啜る。
熱いのか、細い目をさらに細めて唇をとがらせて口に含んだ。
「そうだったの……。
じゃあ、3年間ずっとこっちに?」
「そうです。
最初は信じられなくて、自分は狂ったのではないかと鬱になりました。さすがにね。
今は、おかげさまで元気にやっていますよ」
ーーいや、全然元気には見えないですけども。
「ふふん。確かに肉はついたかもな!
初めてレンにマミヤを紹介された時は、ミイラかと思ったぞー」
と、ネイキッドはプラム色の空き缶をテーブルの上でもてあましながら言う。
メジェドは、あまり興味がないのか、ネイキッドの隣で眠たそうに二度、ぱしぱしとまばたきをした。
レンは、
「僕も、ついに自分に死神が来たのかって思ったよ。
使い魔にしようかなって連れて帰ったら異邦人っていうから驚いたさ」
「レン、使い魔にしよーとしてたの?」
あたしはたまらずツッコミを入れる。死神だったら使い魔にするっていう選択肢が浮かぶのは、レンか某死のノートを記述する天才くらいだろう。
「うん」
と平然と答えるレンに、あたしは二の句が告げれない。
「ま、そんなわけで、僕はマミヤを連れて帰ったのさ。
自分で拾った手前、捨てる訳にもいかなくて。
しばらく様子を見てたんだよ。
そうしたら、『地下で実験をする』って言いだしてね。
次元の歪みを作るなんて言うからさ。
錬金術師の僕からしたら奇跡だ。
マミヤは聡明でね。話も合うし、元の世界に戻れるまで一緒に住もうということになったのさ」
レンはそこまで一気にベラベラ喋ると自分用に入れた日本茶を啜った。
こうして並べてみると、
銀髪に白銀の瞳を持つローブ男と黒縞の着流しを着た和風男の雰囲気はなんだか似ている。同類というやつなのだろーか。
入れ替わりでマミヤが口を開き、
「最近、異世界とのルートが通りまして。
まだ不安定ではありますが、小物程度ならば、こちらに持ってくることができます」
そう言って、マミヤは空き缶を人差し指でコンっと押してみせる。
「あんたの、その次元の歪みの生成と、あたしがこっちに来ちゃったのとは、関係あるのかしら?」
あたしは問う。
「確証はないですが、僕の方程式で生成した歪みが暴走したのかもしれません」
まさかの現代世界逃避行の原因が、カモネギ鍋状態である。
「その歪みって、また作れるの?」
自分が前のめりになっているのは分かるが、止められなかった。
マミヤは、しばらく沈黙した後で、
「……すみません、それは分かりません」
と、すまなそうに首を横に振った。
「そう……」
「すみません。ニケさんの事はレンさんから聞いていました。
自分のせいでご迷惑をかけたのかもしれないと思って、謝りたかったです。
ごめんなさい」
ぺこり、とマミヤは頭を下げる。
「や、やめてよ!
あんたが原因だって決まったわけじゃないし。
だって、ホラ、あんたの方程式で出来る歪みだっけ?
人ひとり移動できるような規模のもんじゃないんでしょ?」
「ええ、そうなんですけど……」
言って、マミヤは俯いた。
その頭はボサボサだった。
髪の毛の分け目が見えない程だ。
不意に、頭に櫛は通るのだろうか、と思う。通したが最後、100本単位で抜けるだろう。くだらないもの思いでもしなければ、冷静でいられなかった。
「はーあ、すぐには戻れないかぁ……」
あたしは大きくため息をついた。
どこかで安堵しているのは、気のせいだと思う。
あたしは元の世界に戻りたいんだ。
そう自分の感情を決めつけて、深呼吸した。気持ちを無理やり落ち着かせる。
テーブルにつっぷした。
マミヤは、あたしが落ち着くのを見届けてから、
「今は、レンさんの錬金術の手伝いをしながら、現代世界の食べ物とかをこちらに持ち込んで、カインさんたちに振舞ったりしています」
と言った。
「そっか」
あたしは気のない返事を返して、目の前に置かれた缶ジュースを煽った。そういや、これは、カインが飲んでた奴だったっけとか思う。
「ぐっ、げほ、」
むせたジュースは、鼻につんと来て、涙が出た。
「ちょっと、外行ってくる。風当たってくるわ」
たまらず席を立った。
帰れるという期待が裏切られて、悲しいはずなのに、うまく気持ちが掴めない。
「おい、ニケ」
あたしがドアのノブに手をかけると、カインが追ってきた。




