PLAY.14 とある異邦人と白銀の錬金術師の数奇な運命。
あたしとカイン、そしてネイキッド=ダヴィと彼の側近である獣人、白狼のメジェドは、セレーネ海を一望できる崖っぷちの上にちょこんと建つレンの家を尋ねるべく、炎天下の下をえっちらおっちらと歩いている。
「なんで、こんな道の悪い所にッ、住んでるのかしらねッッーーはぁーっ、しんどいっっっ」
足を止めて、あたしはごちる。
鼓動が速くなっていて、呼吸が苦しい。
「人里離れた所で安穏と生きたいんだろ。あいつ、根暗だからな」
カインはケロっとしている。
漆黒のマントを翻し、減らず口の男は「鍛え方が足りねぇんだよ、だらしねぇ奴」とあたしに向かって嫌味を垂れた。
「うっさいわね!」
あたしとカインの前を歩くのは、白いナポレオンコートの大男のネイキッドに、ベージュのフードを纏った獣人、メジェドだ。
ネイキッドを先頭にメジェドが続いている。
「はっはっは、女はそれくらいが可愛いじゃないか。
あまり逞しいのもなあ?」
ネイキッドは大きな口を開けて豪快に笑う。白い歯が眩しいほどだ。異世界にもホワイトニングはあるのかしらと疑いたくなる。
ナポレオンコートは膝丈まであるのだが、暑くないのだろうかといらない心配を抱いてしまう。少し身軽そうに見えるのは、先ほどシーシュルツで出会った時に上に羽織っていたマントを馬に置いてきたからのようだ。
昼間のセレーネ海は、エメラルドグリーンから紺碧のグラデーションを描いている。
メジェドは黙って歩いている。フードは取っていた。暑いのだろう。
錬金術師 レン=ブラックスターの家に着いた時、高台特有の強風がカインのマントを煽った。
その風に、あたしのスカートも煽られる。
「わあ、きもちいいな」
汗かき気味のあたしのおでこを、海風が撫でる。
「やあ、よく来たね」
聞こえてきた涼やかな声は、レンのものだった。ブルーベルベットのローブから、ビスクドールも顔負けの白く細い腕が覗いている。これでカインよりも年上らしいのだから、異世界は不思議だらけだ。
レンは、手に大きなボトルを二本持っている。ちょうど、自宅の横にある井戸から戻ってきたようだった。前回水をぶっかけられた思い出が蘇った。
白銀の前下がりの髪をサラリと揺らして儚く微笑む。
「レン! 先日はすまなかったよ!今日は礼を言いに来たのだ」
ネイキッドは、大柄の体を思わせない軽い足取りでレンに駆け寄ると、肩を抱いて、無遠慮に叩いた。
どうやらこのスタイルがネイキッド流の挨拶らしい。
「全く、この年になって、女装をする羽目になるとは思わなかったよ。
まだコルセットで締め付けた後が残っていてね。痒くてたまらない。
手土産はあるのかい? ダヴィ伯爵殿?」
と、レンはぺらぺらと喋ると、銀色の瞳を細めて意地悪そうに微笑んだ。
「全く、僕は三十路前のおっさんなんだよ?若作りはしているけどね。ねぎらっておくれ」
とクスクスと喉を鳴らしてレンは口を吊り上げた。イタズラが好きそうな顔だなあと思う。
「とっておきの手土産があるとも!」
ネイキッドはそう言って、赤みがかったブラウンの瞳をウインクさせ、ど太い指をパチンと鳴らした。
メジェドが背負っていたズタ袋から肉の塊を出した。
ハムのようだ。子供の頭くらいある大きさの巨大なハムに、あたしは思わず「でかっ」と声をあげてしまう。
「ニケちゃん、カイン、いらっしゃい。
今日はバケツの水をかけ損なったよ、残念だ」
至極残念そうに眉を八の字にするレンに、あたしは、
「金輪際ご遠慮するわ!」
と、すかさずツッコミを入れた。
レンと言う男は、どうも掴めないなあと思う。
「にしても、どうしたんだい? 君たち二人揃って」
レンは井戸からあげたばかりのよく冷えたワインボトルをネイキッドに押し付けながら、あたしたちに聞いてきた。
「あ、ごめんなさい」
そういえば、アポなしだったと内心焦る。
「そこの舌がだらしない男が、ニケにマミヤの事を話したんだ」
カインが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言う。
「ああ、バラしちゃったの?」
「まだ全てではないが、全てのようなもんだ、クソ」
あっけらかんと笑うレンに、カインは舌打ちをした。
「さっきね、地下から上がってきたんだ、あの引きこもり男はね。
今も調査書を書いているよ。
君たちが来たなら、あの桶も井戸からあげちゃおうかな。アレがあった方が話が早そうだし」
レンは独り言のようにブツブツと言うと、
「ようし、百聞は一見にしかず、だ。メジェド君、手伝ってくれないか?」
と、メジェドを手招きして、井戸の方に消えていった。
「全く、俺の大事な側近だというのに、相変わらず人使いが荒いな、レンは」
カラカラと笑いながら、ネイキッドはあたしに微笑みかけた。
「ネイキッドさんも、レンとは古くからの知り合いなの?」
あたしが尋ねると、
「ネイキッドでいいよ、ニケ。
そうだね、俺とカインとレンは腐れ縁なんだ」
と、ニカっと笑って答えた。
「幼馴染か」
「ニケにもいるかい?」
「ええ」
あたしは、カインをチラリと見た。
目があった漆黒の軍服男は、
「さっさと来い、ニケ。
ネイキッドの奴と一緒にいるとタラシがうつる」
と悪態をついた。
あんたに言われたくないと思うけど、と内心思ったが、カインがあまりに凶悪な顔で睨んでいるので、口には出さないことにした。
「さあ、入っておいで」
いつのまにか家に入っていたレンに呼ばれて、あたしはカインからの視線を振り切るように扉を開けて中に入った。
リビングには、大きめのダイニングテーブルを中心に、大きさが不揃いの椅子がまばらに並べてある。
「前はこの部屋までお通しできなかったからね。中々広いでしょ?」
レンは、言いながらあたしにコップを差し出した。レモンが刺さっている、キンと冷えたレモネードだ。
「ええ、驚いたわ。結構広いのね」
「ふふふ、自慢の隠れ家を気に入っていただけて嬉しいよ」
「レン、アレは?」
カインは、レンに向かって催促をするように人差し指をクイクイっと手前に引いて見せる。
「せっかちな中佐だなぁ、さっき井戸からあげたばかりだよ。
まったく、運んでくれたメジェド君に感謝するんだよ?」
そのやりとりを見守るメジェドは、灰色の瞳を細めてふっと笑っている。
ふさふさとした白い体毛が海風を受けてなびいている。触ったら気持ち良さそうだ。
「御託はいいから、さっさと寄越せ。代金はツケで」
と急かすカインに、レンは「はいはい」と言ってから、桶の中から赤い缶を取り出した。
「んん?」
あたしはその缶に見覚えがあった。
カインは仏頂面のまま、その赤い缶を受け取ると、革手袋をつけたままプルタブをプシッと引いた。
勢い良く煽る。
ごくっごくっごくっ
「ぷはぁ、うまいな。いや、不味いんだが、その不味さがたまらん」
風呂上がりにビールを煽る親父のように、カインはそれを飲み干して、満足そうに大きく息をついた。
そこはかとなくおっさんくさい。
ってちょっと待て。
ーーあたしは、その缶に見覚えがあった。(二度目)
赤い、というよりプラムに近い、毒々しい色の缶に、筆記体で描かれた白いロゴ。
見紛うはずがない。
カァンッ!
カインがテーブルに置いたその缶は、
ーーーーDr.ペッ○ーだった。
「ちょっっっ!な、にそれ?!」
あたしは前のめりでその缶をぶん取ると、穴が開くほどに見つめた。
「Dr.ペ○パーだろ」
カインはしれっと答える。
「やっぱ知ってた? ニケちゃん」
隣でレンはレモンをかじりつつニコニコしている。
「カイン、それよく飲めるな!
俺はどうもその甘ったるいのが苦手だ」
一番奥の席にどっかりと座ったネイキッドは、舌を出して眉を顰めている。
その隣でメジェドも同じDr.○ッパーをゴクゴクと飲み、
「俺は結構好みだぜ、ネイキッド」
と、尻尾を振っている。なにこのよくわからんけど幸せそうなワンシーン。違和感仕事しろし。
「なんで?? なんで、コレがここにあるのよ??」
あたしは立ち上がって口をパクパクさせながら、全方位に向かって問うた。誰に聞けばいいのかわからないくらいに混乱している。
「答えはカンタン♩現代世界のモノを持ち込む者がいるんだよ、ニケちゃん」
人差し指を立ててレンが答える。
「そんなバカな!」
そういえば。
カインはあたし(の乳)に向かってチータラとか暴言を言ってのけていたことがあった。
出会ったばかりなのに、ハリセンを見舞われた。
思い返してみれば、不自然な点はあった。
ーー現代世界に免疫があったってのは、そういうことなの?
「ーーー正確には、
時空の歪みを生成して、
君の住んでいた世界のものを時空移動させてるんです」
あたしは、弱々しい声に振り向く。
神経質そうな、男の声だった。
地下に続く階段の入り口に、一人の男が佇んでいる。
中肉中背の男だった。年の頃ならばあたしと同じくらいだ。
ぼさぼさの茶髪の鳥頭に、長く伸びた髪を後ろでくくって、黒い縞の着流しを着ている。
「あなたが、マミヤ?」
「そうです。自分の名前は、マミヤ。
星霜 マミヤです」
おどおどとした様子であたしを上目遣いで見てくる。
「星霜、マミヤ」
あたしは熱に浮かされたように繰り返した。
「あなたも、現代世界から来たの?」
あたしの唇は細かく震えていた。
もしかしたら、元の世界に帰れるかもしれない、そんな希望が胸をつく。
絶望を帯びた希望を前に、あたしは言葉を失った。




