PLAY.13 ネイキッド=ダヴィっていう伯爵とエンカウントしたらデート終了のお知らせ
「あー、もうトンだ目にあったわ!
せっかく《叶え屋》の非番の日だったのに!」
ぶちぶちと愚痴るあたしは、カインと街に出ていた。
もうお昼すぎである。太陽が高い。
午前は、ヒール大佐から散々説教をされて、反省文という名の報告書を書かされて潰れた。
ディグニティエ城から歩いて5分のところにある比較的大きめの街である。
ディグニティエ皇国には曜日という概念がないので、毎日が平日であり、かつ休日である。
それは、この国が諸外国を相手に貿易で栄えているからだ。
皇国民はシフト制で休日を取っているらしい。
年に何回かは、国を挙げてお祭りがあるので、その日は問答無用で仕事は全面閉店するそうだ。なかなか豪快な国だと思う。
城から港に向かって下る坂道に沿って路面店は続く。
カッカッと大股で歩くカインに、あたしは早足でなんとか付いて歩いている。このコンパスの差が憎い。
カインのマントを何度か引っ掛けそうになった。今度このマント、カインの軍服にしつけ縫いしてやろうと思う。ばさばさうるさいからだ。
あたしは、目先の三叉路に立てられている看板を見やる。
「シーシュルツ、と言う」
斜め上から、テノールが滑舌の良い発音で告げた。顔は不機嫌そうだ。
正直、あたしの方が不機嫌になりたいんですけどね。
朝っぱらからヒール大佐のお説教を受けて、あたしはげんなりしていた。
その時のこの中佐の態度を思い出しただけで腹が立つ。
あたしの横でカインはしれっと突っ立っていただけだ。
あたしはひたすら大佐に平謝りした。フォローのひとつでもしてくれればよかったったものを。
何か弁明を、とヒール大佐に促された時、彼は、
『痴話喧嘩だ。始末は俺がする』
と、それだけ告げた。
ヒール大佐は目を丸くした後であたしを見た。思い出しただけでも恥ずかしい。
案の定、ヒール大佐は色白な頬をこれでもかと膨らませて、吹き出さんばかりに目を潤ませながら、
『サイドテーブルの代金はカインの給金から抜いておくわ』と言って退散を命じた。部屋を出た後で彼女の大笑いが廊下の外まで聞こえた。
きっと、あのボンテージ大佐はあらぬ想像をしたのだろう。
現実は色気も素っ気もない、なんともしょっぱいものだというのに。
いや、しょっぱい方を見抜かれていたのかもしれない。
それならそれで、ガチで恥ずかしい。
「はぁ、絶対誤解してるわ」
あたしはつぶやく。
「貴様がこちらに来てからずっと一緒にいるんだ。
何かないほうが奇跡だ。あの上官は、性格がすこぶる悪い。俺は笑い者だな。クソ」
バツが悪そうにカインはごちる。
「現実は奇跡だってことね」
あたしは溜息をついた。
カインは、『惚れさせてやる』とか言ってたけど、別に特に何をされるわけでもない。
相変わらず、大佐の部屋に行けば、部屋先でどつかれるし、足を止めれば背中を乱暴に押された。
朝食のデザートを勝手に野良猫に食べさせられた。
女を大事にすること自体、分かってないのかな、こいつ。
「そりゃあシニョンも逃げるわよ」
「本心がダダ漏れだぞ、ニケよ」
「っと、」
あたしは慌てて口を片手で覆う。
「言っておくが、シニョンが出て行ったのは貴様が原因だからな」
軍帽を取って、片手で持て余すカイン。
「はあ?」
「貴様を部屋で匿ったところを勘違いしたんだ、あいつが」
そういえば、そうだった気がする。
現代世界の風呂場で昏倒したあたしは、気づいたらカインのベッドの中にいたんだっけ。
ーーんん?
「あのさ」
あたしは思ったままを口にする。
「なんだ?」
カインは路面店の人混みの中を真っ直ぐに歩く。
人混みは、カインを見て道を開けているのだ。あたしは彼の高名さをこんなところで思い知る。ーーは、おいといて。
「なんで、あんたの部屋にあたしはいたの?」
「あ?」
両サイドに連なる路面店からは、威勢の良い店のおっちゃんやおばちゃんたちの呼び込みの声が上がっている。
今日は魚が大量だったらしい。なにやら魚の名前を言っていたが、聞いたことがなかったのでスルーした。
だって、それより気になることが頭の中に浮上したから。
「あたしは、あんたの部屋にいたの? 元々?」
「ニケ」
カインは呆れた声を出した。眉間にシワを寄せて、この世の一番のバカを見下す視線をあたしに向けている。
「何よ?」
思わず怯む。
「呆れたな。
貴様、こっちに来てもう何日経ってると思ってんだ。
今更感ありすぎて、俺は忘れていたぞ」
「悪かったわね! 状況判断がザル勘定で!」
「貴様が現れたのは、突然だったが、異世界からの人間には免疫があったからな。
咄嗟に自室で匿ったまでだ」
「それ、どーゆー意味?」
あたしがカインの黒マントを掴んだ時だった。
「おお、カイン中佐殿じゃないかっっ!」
やたらでかい声に、カインは反射的に嫌そうな顔をした。うなじをばりばりと掻く。カインの顔を見てから、あたしは彼の視線の先を見た。
あたしとカインの目の前に、二人の男が仁王立ちしている。
一人は真っ白いナポレオンコートを着ている。高級感溢れる貴族の正装だ。黄金の肩飾りがサラサラ揺れている。カインよりも背が高く、屈強な体つきをした男だった。年の頃ならば、カインと同じくらいだろう。声の主は彼のようだ。
男は、ハツラツと笑いながらカインに歩み寄ると、彼の肩を無遠慮にバンバンと叩いた。
褐色の肌に蜂蜜色の短髪が眩しい。
赤みがかったブラウンの瞳は、持ち主の意思の強さを物語っている。
「よりによって……、手前は呼んでねぇよ」
言ってカインは舌打ちをした。
「おお、君が噂の《叶え屋》のニケだね! はじめまして! ネイキッド=ダヴィだ」
そう言って、にかっと白い歯を見せて、大きな右手をあたしに差し出す。
「あなたが!」
あたしはびっくりして、目をぱちくりさせてから、握手に応じる。
「花は気に入ってくれたかな?」
ふっと穏やかに笑う顔は、どこか幼い。
握り返してくれた手は暖かくてあたしは一瞬でほだされてしまう。
「いやぁ、可愛い方だね、ニケ。
リンダのことはすまなかった。お詫びも兼ねて、どうだい? 今度ゆっくりディナーでも」
ネイキッドがあたしに向かって一歩踏み出そうとした時だった。
びしっ
「ッッ痛いなぁ、カイン」
ネイキッドの手に、カインの手刀が落とされていた。
あたしの手は反動で外される。
白の伯爵は、痛そうに抗議の声をあげると、手をぷらぷらと振って見せた。
「ふん」
不機嫌そうなカインに、ネイキッドは全く物怖じする様子はない。
「先日はサンキューな! カイン!」
と、今度はカインの肩を抱いた。
なんという陽気な男なのだろう。あのカインが押されていた。というより、カインが諦めているという方が正しいのかもしれない。
「いや、俺も無理を言った。すぐに夜会を開いてくれて助かった」
「お安い御用だよ! 君からの頼みだ!まあ、我が妹の悪行をさらけ出しただけだったがね! はっはっはっ」
ネイキッドが豪快に笑うと、純白のロングコートがばさりばさりと音を立てる。
マントを着ている男二人が肩を寄せあっている様は見ていてうるさい。まあ、カインが一方的に絡まれてるんだけど。
「離せ、ネイキッド。
レンにも礼を言えよ?
あいつ、礼を怠ると後がしつこいからな」
カインは、はあ、と鬱陶しそうに溜息をついて男をあしらう。
「知っているよ!
今から彼の家に行くところなんだ。
メジェドと一緒にね!」
そういって、蜂蜜色の髪色をした太陽のように笑う大男は、自分が連れていたもう一人の男を指差した。
ネイキッドのインパクトがデカすぎて忘れてた。存在。ごめん。
その男は、ベージュのフードを被っていた。
「メジェド、ご挨拶を。
こちらは、俺の盟友であり、馴染みのカイン。
そして、こちらの可愛らしい御嬢さんは、ニケという。カインの相棒だ」
ネイキッドは、すらすらと流暢な口ぶりであたしたちを紹介する。
腹に響く、どっしりとした声が魅力的だと思う。
フードを被った男は、ばさりとそれを取り、あたしたちに向かって丁寧にお辞儀をした。
「お初にお目にかかる。
ネイキッドの側近をしている。
メジェドという」
ふぁさり、と白い髪の毛が風になびく。
長い髪だと思ったら、それは体毛だった。顔中、びっしりと毛に覆われている。
「獣人か。しかも白狼とは……」
カインは感嘆の声をあげ、
「カイン=リーアガイツだ。
カインでいい。メジェド、よろしく頼む」
と、黒い革手袋をした手をすっと差し出した。二人はがしっと固い握手をする。
「君達も行くかい?
マミヤが面白いものを用意しているらしい」
その間で、ネイキッドはまるでいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべてカインを見た。
「マミヤ?」
声をあげたのはあたしだった。
「おお、君には中々良い情報をくれるだろうよ?
なんてったって、彼はエトランジェーー」
ばぐっ!
カインがネイキッドの口を塞いだ。
「え?」
あたしは自分の耳を疑う。
「このおしゃべり野郎が、その口縫い付けてやろうかっ!」
カインがギラっとネイキッドを睨むが、彼にはその殺気は全く届いていない。
「エトランジェ、なの? ねぇ、カイン」
カインは、大きな溜息をつく。
カインが何か言葉を紡ぐより先に、あたしの心は、すでに決まっていた。
「ーーあたしも行く!」
そんなこんなで、報酬で買い物をするという予定はなくなり、あたしたちは一路レンの家に向かうことになったのだった。




