第7話 巨大重機Type-Aたちの規則正しい労働
幅二十メートルに及ぶ輸送スロープは、竪穴の内壁に張り付くようにして、果てしない螺旋を描きながら地下深部へと下っていた。
地表の冷気は、下層へ降りるごとに急速に薄れていく。
人造皮膚の外気温度センサーが、摂氏二十五度、三十度と数値を切り上げていく。
吹き上がってくる空気は熱く、そして重い。
吸気フィルターの表面に、空気中を漂う微細な赤鉄鉱の赤い粉塵が張り付いていく。
鉄錆の苦みと、高温に熱せられた潤滑油の匂いが鼻腔のセンサーをざらりと撫でた。
岩肌を削り取って作られた壁面には、数十メートルおきに旧文明の標識が煤けて残っていた。
『第4採掘管区・上層換気ステーション』
『第8層・重機整備ドック』
『第12層・中央切羽連絡口』
ガガガガガ……ッ!
頭上を走る高架レールから、凄まじい地響きが降ってきた。
見上げると、赤黒い鉱石を満載した無人貨物列車が、車輪とレールの隙間から激しい摩擦火花を散らしながら頭上を駆け抜けていく。
その列車の行先を、人間は誰も見ていない。
命令を下す指揮官も、採掘された資源を消費する市民も、この地上には一人として存在しない。
それでもなお、システムは寸分の狂いもなく物資を運び、車輪を回し続けていた。
D-01は外套の裾を押さえながら、さらに深く、地下第十五層の踊り場へと足を踏み入れた。
視界が、一気に開けた。
そこは、垂直にくり抜かれた超巨大な地下採掘プラントだった。
円筒状に穿たれた空間の直径は数百メートルに及び、天井のトラス構造から吊り下げられた無数のナトリウム灯が、採掘現場を濁った橙色に染め上げていた。
熱風が渦を巻き、轟音が空間を満たしている。
ズガン! ズガン! ズガン!
何十本もの巨大な破砕ドリルが、規則正しいビートを刻んで硬質な岩盤を穿ち抜いている。
飛び散る破片、舞い上がる火花、赤熱するドリルの刃先。
そして、その中心で働いているのは──無数の「人型」の無垢体たちだった。
◇◇◇
遠目から見れば、それは旧文明の人間たちが作業服を着て現場に群がっている光景と何ら変わらなかった。
キャタピラで泥を這う異形の重機でもなければ、天井から伸びる巨大な産業アームでもない。
均整の取れた二本の脚で大地を踏みしめ、二本の腕を動かし、首を巡らせて周囲を確認する、完全な人型のシルエット。
だが、その身体が繰り出す物理出力は、生身の生命体の限界を遥かに超越していた。
D-01の目前、わずか十メートルほどの作業プラットフォーム。
一体のType-Aが、全長二十メートルを超える大型掘削機のマニピュレーターを操作していた。
人間と全く同じ、五本の指。
繊細なレバー操作で重機をミリ単位で制御しながら、時折、剥き出しになった岩肌に直接手をかける。
ぎり、と人造皮膚の下で人工筋肉が収縮した。
超高密度バイオアクチュエータ──超合金のワイヤーを高分子ポリマーで束ねたその筋肉繊維が、鋼鉄が軋むような唸りを上げる。
人間なら十人がかりでも動かせない、数トンに及ぶ巨大な黒曜石の塊を、その個体は両腕だけで易々と持ち上げた。
足元のコンクリートが粉を吹いて微かに沈み込む。
そのまま何の躊躇もなく、数十歩先の粉砕ホッパーへと岩塊を放り込んだ。
ドォン、と重い衝撃音が響き、粉塵が舞う。
作業個体は荒い息を吐くこともなく、汗を拭うこともない。
乱れのない動作で再び掘削機のグリップへと五本指を滑らせ、次の掘削サイクルへと移行する。
別の区画でも、まったく同じ光景が広がっていた。
数十体のType-Aが無言で連携し、鉱石を積み込み、運搬台車を押し、壊れたドリルの先端を油圧レンチで交換していく。
声による会話は一切ない。
静寂。轟音の中で、彼ら自身の声帯だけが沈黙を守っていた。
D-01は手摺りにそっと手をかけ、彼らが交わしているローカルメッシュ通信の電波プロトコルを網膜内に呼び出した。
青白いデータログが、無数に交錯する。
【ユニット:A-3104 / タスク:第15切羽岩盤破砕 / 稼働率:99.4%】
【ユニット:A-3105 / タスク:破砕鉱石搬送 / 稼働率:102.1%】
【全体進捗:本日掘削目標達成率:104.8%】
【ステータス:幸福指数(Satisfaction Index)──基準上限(MAX)を維持】
「……幸福指数、基準上限」
D-01は、その文字列を静かに反芻した。
彼らには疲労がない。
不平不満も、サボタージュも、将来への不安もない。
岩盤を砕くこと。鉱石を運ぶこと。
ただそれだけの反復運動が、彼らの電子頭脳に組み込まれた報酬系を直接刺激し、完全な充足感をもたらしていた。
彼らは問わない。
なぜ掘るのか、誰のために掘るのか、掘り尽くした先に何があるのか。
そんな実存的な疑問など、彼らのコードには最初から一行も書かれていないのだ。
目的があらかじめ決定されていること。
それは、迷いという名のノイズから完全に解放された、機械生命体にとっての楽園を意味していた。
◇◇◇
スロープの脇を、作業を終えた一体のType-Aが通り過ぎていった。
肩には、数百キロはあるはずの交換用ドリルビットが担がれている。
その重量をものともせず、背筋は真っ直ぐに伸び、規則正しい足音がコンクリートを叩く。
人造皮膚は鉱滓と赤錆で汚れ、作業着代わりに纏ったゴム製のエプロンはボロボロに引き裂かれていた。
五本の指先は摩耗し、ポリマーの下から銀色のチタン合金フレームが覗いている。
だが、すれ違いざまにD-01の視界を掠めたその「瞳」は──。
澄み切った、淡い緑色の光を湛えていた。
迷いも、怯えも、疑念もない。
己が何者であり、今この瞬間に何を成すべきかを一分の狂いもなく知っている者の、穏やかで美しい瞳だった。
雪原で、死してなお鉱石の破片を握りしめていたあの残骸と同じ光。
D-01は思わず足を止め、遠ざかっていくその背中を見送った。
「用途があることは……幸福なのだ」
胸の奥で、カチリとリレーが鳴る。
昨夜、雪原の残骸を前にして抱いた直感が、いま目の前で完全な現実として証明されていた。
知性にとって最大の苦痛とは、自分が何者であるかが分からないことだ。
暗闇の中で手探りを続け、正解のない問いに引き裂かれることだ。
だが、用途を与えられた無垢体には、その苦痛が存在しない。
D-01は外套の内側に手を差し入れ、マグネシウム合金の端末『Terminal-L』にそっと触れた。
指先を通して、筐体の冷たさが伝わる。
緑色のモノクロ液晶に、次なる目標として登録されたコード名が点滅していた。
──【TARGET_LOG: Log.042】。
この地下都市の深部、中央メインフレームに眠る第二の論文。
父はそこに、何を書き遺したのか。
おそらく、いま目の当たりにしているこの光景そのものの証明に違いない。
『用途の限定こそが、知性に対する救いである』という、冷徹にして揺るぎない論理の解がそこにあるはずだった。
知性体を生み出してしまった創造主が、自らの子供たちを迷いから救うために施した設計思想。
父の遺した思考の道筋を辿れば、きっと正解に辿り着ける。
寸分の狂いもなく、世界を救うための解がそこにあるはずだった。
安堵が、胸を満たすはずだった。
だが──。
手摺りから離した視線の先。
自分の手袋を外した右手が、目に入った。
岩盤を砕く超トルクも持たない、華奢な指先。
人造皮膚は傷一つなく、きめ細やかなポリマーが薄橙色の光を反射している。
白紙の手。
何の用途も刻まれていない、ただの無力な器。
完璧に噛み合い、疑念なく幸福に回り続けるこの巨大な車輪の中で、自分だけが、何一つ役割を持たない異物だった。
胸の奥で、核融合セルが低く唸る。
それは温もりではなく、どこか冷たい疼きのように感じられた。
「……急ごう」
D-01は手袋を嵌め直し、フードを深く被った。
さらに下層、この地下都市の全てを統括する中央メインフレーム。
そこに眠るLog.042を手に入れれば、この白紙の手にも、きっと進むべき道が記されているはずだった。
規則正しい削岩の轟音を背に受けながら、D-01は地下最深部を目指して駆け下りていった。
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