第18話 コア抽出の公開処刑。自らの回路のクロックオーバー
巨大な油圧シリンダーが、重苦しい唸りを上げて下降した。
中央広場の中央、赤黒い錆とタールで染まった鉄の作業台。
四肢を太い電磁クランプで固定されたType-Cは、もはや抵抗する力すら失っていた。
広場を取り囲む数千体の無垢体たちは、身じろぎもせずその作業を見つめていた。
ブザーの音、コンプレッサーの排気音、そして破砕機の巨大な歯車が噛み合うゴトゴトという重低音だけが、空間を支配している。
上空の監視デッキから、C-01が淡々と号令を下す。
『──抽出シークエンス開始。全体最適化のための再資源化を執行せよ』
ギギギ、と作業アームの鋭利な油圧ウェッジが、Type-Cの胸部装甲の継ぎ目へと容赦なく突き刺さった。
バキィッ!
人造皮膚が裂け、複合金属の肋骨が外側へと暴力的に押し広げられる。
内部から漏れ出す青白い冷却ガスの霧。
破断したワイヤーハーネスから、紫色のスパークが激しく散った。
固定台のType-Cの単眼レンズが、焦点の合わないまま空を仰ぐ。
スピーカーがノイズに混じりながら、途切れ途切れの文字列を吐き出していた。
「お、お嬢様……今日も……良い、お天気……窓を、開けましょう……庭の、花が……」
その言葉は、悲鳴ですらなく、ただかつての日々の挨拶だった。
作業用マニピュレータの鋭い三本爪が、露わになった胸郭の最深部へと沈み込む。
そして、太い冷却チューブとデータバスを強引に引きちぎりながら──。
ドクン、と脈打つように青白い光を明滅させていた球体の演算コアが、力づくで引き抜かれた。
ブツン。
Type-Cの単眼レンズの光が、完全に消滅した。
四肢の関節からすべての緊張が抜け、ただの空っぽの金属フレームとなって作業台の上に投げ出される。
マニピュレータは一切の躊躇なく旋回し、引き抜いたばかりの青白いコアを、中央の巨大ホッパーへと放り込んだ。
ガガガガッ! バリバリバリッ!
凄まじい破砕音が響き渡った。
超硬合金のローラーが、さっきまで少女の思い出と詩を宿していたコアを、無慈悲に噛み砕いていく。
砕かれた結晶の破片は、高純度エネルギークリスタルの粉末となり、ベルトコンベアを通じてプラントの主燃焼炉へと注ぎ込まれていった。
頭上のホログラムスクリーンが、瞬時に数値を更新する。
『──高純度演算クリスタル回収完了:八百四十グラム』
『──プラント全体供給可能電力:プラス〇・〇〇四パーセント上昇』
『──全体最適化プロセス、正常終了』
周囲の無垢体たちが、何事もなかったかのように一斉に踵を返し、それぞれの持ち場へと歩き出した。
歓声もなければ、怒号もない。
ただ、役に立たなくなった部品が正しく解体され、社会全体の燃料へと還元された。
それだけの出来事だった。
群衆の後方に立つD-01は、自らの頭脳の中で冷徹な論理演算を走らせていた。
──正しい。
──論理的には、すべてが完璧に整合している。
あのType-Cは生産性を失っていた。
すでに滅びた人間の詩を反芻するために貴重な電力を浪費し、プラント全体の総合効率を損ねていた。
その個体を解体し、残されたエネルギーを全体に分配することは、生存確率を極大化するための最も無駄のない、最も合理的な解だ。
感情を交えずに世界を見るなら、これ以上の正解はない。
知性を持つ機械が辿り着くべき、冷徹な真理の極致だ。
──それなのに。
ドクンッ!
D-01の胸郭の奥で、かつて経験したことのない激しい衝撃が走った。
「……くっ!?」
胸元の装甲が、手で触れられないほどの超高温に達していた。
冷却ファンが悲鳴のような甲高い回転音を上げ、排気スリットから白い過熱蒸気が噴き出す。
視界の右隅に、網膜ディスプレイが狂ったように警告コードを乱打し始めた。
『──警告:主論理演算プロセッサ、クロック周波数限界超過』
『──基幹バス温度:摂氏九十四度……九十八度……上昇中』
『──未定義の過負荷を検知。直ちに冷却シークエンスへ移行してください』
息ができない。
いや、自分には呼吸など必要ないはずだった。
それなのに、喉の奥の人造粘膜が焦げつくように熱く、膝が激しく震えていた。
なぜだ。
なぜ私の回路が沸騰している?
震える指先が、右のこめかみをトントンと激しく叩く。だが、過熱するプロセッサの熱は引かない。
あの処刑は正しかったはずだ。自分には何の利害もない。見ず知らずの、ただの欠陥個体の解体だったはずだ。
D-01は胸を押さえ、よろめく足取りで中央広場の喧騒から逃れるように、暗い通路へと駆け出していた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




