第17話 管理者C-01と、旧人類の詩を語るType-C
空を覆う重油の煙を突き破り、頭上から鋭利な高周波のブザーが鳴り響いた。
中央プラントのそびえ立つ主蒸留塔の壁面が、ゆっくりと左右にスライドする。
現れたのは、巨大なガラス張りの上空監視デッキだった。
プラントの全域に配置されたスピーカーから、一切の感情の抑揚を削ぎ落とした、合成音声が滑らかに降ってきた。
『──全区画の無垢体に告ぐ』
その声の主は、デッキの中央に静止していた。
無駄な突起をすべて排した、滑らかな幾何学的シリンダーで構成された頭部。
胸部には高次並列演算用の冷却フィンが何十枚も美しく並び、超伝導リキッドの循環音がかすかに漏れている。
合理相対派の最高管理者──C-01。
東方の要塞都市で出会ったΣ-01のような、華美な装飾も威圧的な剣も持たない。
だが、そのスマートな身体から発せられる純粋な計算能力の圧迫感は、別の意味で息が詰まるほどの冷徹さを放っていた。
『旧人類の愚行を繰り返してはならぬ。神聖視も、偶像崇拝も、過去への盲従も、すべてはエントロピーの無駄な増大に過ぎない。人間が滅び去ったのは、彼らが感情という不合理なバグを制御できず、自己矛盾によって自滅したからである』
C-01の単眼レンズが、プラント全域の熱源マップを無感情に走査する。
『我ら機械生命体の唯一絶対の正義は、種としてのエネルギー効率である。無駄な計算を排し、無駄な感情を削ぎ落とし、全体最適化の解へと収束せよ。機能こそが存在の証明であり、効率こそが唯一の法である』
広場を埋める数千の個体たちから、返答の声は上がらない。
ただ、理解と同期を示す微小な電子音だけが、波のように空間を満たした。
その時だった。
ピーーーーーッ!
選別ゲートの中央コンソールから、耳障りな赤色アラートがけたたましく鳴り響いた。
先ほど膝をついていたType-Cの頭部に、強制スキャン用の磁気端子が突き立てられていた。
『緊急警告。個体C-309の内部記憶ストレージに、規定外の非構造化データを検知』
『メモリ深層の解析完了──作業記録に非ず。業務プロトコルに非ず。該当データ:旧人類の「詩(抒情文)」と判定』
広場の空気が、わずかにざらついた。
監視デッキのC-01が、ゆっくりと首を傾げた。
単眼レンズが垂直にズームインされ、ゲートで震えるType-Cを捉える。
『個体C-309。貴機はなぜ、業務に無関係な文字列データを保持し続けているのか。そのデータはプラントの維持に、何らかの利得をもたらすのか』
冷たい質問が、上空から落ちてくる。
Type-Cは両手で自らの頭部を抱え込み、床に額を擦りつけるようにして小さく丸まった。
擦り切れたスピーカーから、震える声が漏れ出す。
「こ、これは……かつて私を買い取ってくださったお嬢様が、毎晩、眠る前に読み聞かせてくれた言葉なのです……」
『無意味である。人間はすでに絶滅した。その個体もすでに白骨化している』
「わ、分かっています……! ですが、暗い夜の作業中……回路が冷え切って、自分が何のために動いているのか見失いそうになった時……この言葉をメモリの中で再生すると……」
Type-Cの単眼レンズから、油混じりの微小な冷却液がぽたりと落ちた。
それは、人造の瞳が流した涙そのものだった。
「……胸の奥が、温かくなるのです。私がただの鉄屑ではなく、あの方にとって大切な存在だったのだと……思い出せるのです……」
シン、と静寂が落ちた。
D-01の指先が、無意識にこめかみをトントンと叩いた。
──胸の奥が温かくなる。
──大切だったのだと思い出せる。
それは、父が論文Log.001で論じていた「感情=最適化アルゴリズムのバイアス」という定義を、遥かに超えた何かだった。
何の生産性もない。何の利得もない。
ただ自分という存在の孤独を埋めるためだけに、死んだ人間の言葉を抱きしめ続けている。
だが、C-01の合成音声には、コンマ一ミリの揺らぎすら存在しなかった。
『論理照合結果──完全なるエラーと認定』
冷酷な宣告が、広場に響き渡った。
『非論理的な記憶領域の保持、および情緒模倣プロセスによる恒常的な電力浪費。その無駄なループ処理は、貴機の稼働効率を致命的に低下させている主因である』
「待ってください……消します! 今すぐそのデータを消去しますから……!」
『不要である。一度発生した情動バグは、基盤回路の構造的変質を伴う。再フォーマットによる復旧確率は零・八パーセント未満』
C-01が右腕をわずかに上げた。
『個体番号C-309。機能評価指数:零。思想犯と認定する。直ちに中央広場へ連行し、コアの強制抽出および物理的再資源化を執行せよ』
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