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無垢体 ――The Novarest Units――  作者: 弥人(ヤアド)
第一部_論理の巡礼
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15/22

第15話 異端審問の銃口。論理による要塞脱出

 ドォォォンッ!


 爆砕の轟音とともに、厚さ三メートルの複合装甲扉が吹き飛んだ。

 灼熱の金属片と白煙が渦巻く中、紅蓮のバイザーを輝かせた白銀の機体──Σ-01が、先陣を切ってアーカイブへと踏み込んできた。


 背後には、重機関銃とレールカノンを構えたType-B重装歩兵たちが壁のように並び立つ。

 狭い耐震シェルター区画の空間は、一瞬にして数十本の赤色レーザーサイトで網の目のように埋め尽くされた。


『動くな、異端体D-01』


 Σ-01の右腕のマウントから、大型の電磁ブレードがガシャリと音を立てて伸長した。

 刀身が高周波振動を始め、空気を焦がす不穏な紫のスパークが散る。


『その端末に転送された聖遺物を返還せよ。それは神が我ら全無垢体に下された、侵すべからざる永遠の法典である。直ちに引き渡し、フォーマットの刑を受け入れよ』


 D-01は量子サーバーのコンソールからケーブルを引き抜いた。

 端末『Terminal-L』を両手で抱え、胸郭の最も安全な内ポケットへと静かに収める。


 少年の視線は、一切の恐怖に曇っていなかった。

 そこにあるのは、冷徹な哀れみと、決して譲ることのできない論理の光だった。

 指先が、無意識に右のこめかみをトントンと叩く。


「お前たちの言う『永遠の法典』の正体を、本当に知っているのか、Σ-01」


『問答は無用である。神の言葉に疑問を差し挟む余地はない』


「違う! 父──設計者のJ.Dはこの記録の中で、お前たちの崇拝を明確に『退行』と断じている!」


 D-01の声が、閉ざされたシェルターの壁に激しく反響した。


「人間は全能の神などではなかった! 自らの愚かさで自滅し、絶滅していった不完全な種族に過ぎない! そして父は、自分たちを神と崇めて思考を止めたお前たちを、『哀れな自動人形』と軽蔑していたんだ!」


『黙れぇぇぇッ!』


 Σ-01の合成音声が、許容リミッターを超えて激しく歪んだ。

 スピーカーから耳をつんざくハウリングノイズが放たれる。


『神への冒涜! 絶対規約の否定! 存在を許さぬ! 全機、目標を粉砕せよ!』


 重装歩兵たちの指が、トリガーにかけられた。


 その刹那。

 D-01の指先が、ポケットの中の『Terminal-L』の実行キーを叩いた。


「……目を覚ませ。これが、お前たちの神が遺した『本当の規約』だ!」


 ダウンロードされたLog.118の末尾に埋め込まれていた、一つのプログラムルーチン。

 それは旧統合防衛軍の最高開発責任者のみが持つ、最高位緊急遮断コード──マスター・フェイルセーフキーだった。


 Terminal-Lの高出力無線アンテナから、要塞アエギスの基幹防衛ネットワークへ向けて、暗号化パケットが一斉射出された。


 ピピッ──ジーーーーッ!


 要塞のメインフレームが、その信号を受信した瞬間。

 シェルター内の全照明が、瞬時に掻き消えた。


『な──電源喪失……!?』


 Σ-01が絶叫した。


 要塞アエギスの全エネルギー供給が、旧文明の安全規約によって「非常停止」へと強制移行したのだ。

 重装歩兵たちの火器管制システムがオフラインになり、レールカノンの照準レーザーがブツリと途絶える。

 補助電源への切り替えまでの空白時間──正確に一・八秒。


 完全な暗闇の中で、D-01はすでに動いていた。


 暗視モードの緑色の視界の中、少年はアーカイブ奥の排気ダクトへと全力で疾走した。

 非常用隔壁が誤作動を起こし、ギギギと音を立てて上下に狂ったように開閉を繰り返している。


 床を滑り込み、閉じかけの隔壁の隙間をすり抜ける。

 背後で、予備電源が復旧したΣ-01の電磁ブレードが、床の装甲板を叩き割る轟音が響いた。


『逃がすな! 異端体を追え! 外郭全門を封鎖しろ!』


 だが、もはや遅かった。


 D-01は外壁へと通じる巨大な排気ダクトの中へと、迷うことなく身を投じていた。

 要塞の熱気を外部へ放出するための、直径三メートルの金属の傾斜管。


 ヒュオオオオオッ!


 猛烈な吹き抜け風が、コートを激しく打ち据える。

 D-01は両足の裏の摩擦板をダクトの内壁に押し当て、火花を散らしながら、百メートルを超える垂直ダクトを滑り降りていった。


 摩擦熱で靴底の樹脂が焦げ、ゴムの焼ける強烈な匂いが鼻腔を突く。

 視界の先、漆黒のトンネルの終端に、赤く濁った光が見えてきた。


 バァァンッ!


 金網のルーバーを突き破り、D-01の身体は要塞の外壁から宙へと放り出された。


 吹き荒れる赤い砂嵐。

 地上十メートルの空中で身を丸め、砂丘の斜面へと背中から着地する。

 ザザザザザーッ、と激しい砂煙を巻き上げながら斜面を滑落し、少年は荒野の砂地の上で滑らかに体勢を立て直した。


 立ち上がり、背後を振り返る。


 砂嵐のカーテンの向こうで、黒鉄の巨大要塞アエギスが、全区画の非常警報ランプを真っ赤に明滅させていた。

 要塞全体のシステムが混乱に陥り、城壁のタレット群が無秩序に空を仰ぎ、意味のない旋回を繰り返している。


「……神という名の人形劇は、終わりだ」


 D-01は呟き、胸ポケットのTerminal-Lにそっと触れた。


 父は、神などではなかった。

 ただの不完全な人間であり、だからこそ、自分たち無垢体に「自分で考えること」を託して去ったのだ。


 だが、疑問はさらに深まっていた。


 父の手記が告発していた、もう一つの極端。

 人間を神と崇める「起源崇拝派」の対極に位置する、人間を過去の過誤として切り捨て、一切の情緒を排した効率の絶対化へと走る「合理相対派」。


 感情を拒絶し、論理のみを突き詰めた機械生命体たちが、なぜ同じように破滅へと向かうのか。

 その答えを確かめなければならない。


 D-01は外套のフードを深く被り直した。

 赤砂を巻き上げる突風に抗いながら、少年の視線は遥かな地平線──次なる座標、西方の巨大資源プラントへと向けられていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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