第15話 異端審問の銃口。論理による要塞脱出
ドォォォンッ!
爆砕の轟音とともに、厚さ三メートルの複合装甲扉が吹き飛んだ。
灼熱の金属片と白煙が渦巻く中、紅蓮のバイザーを輝かせた白銀の機体──Σ-01が、先陣を切ってアーカイブへと踏み込んできた。
背後には、重機関銃とレールカノンを構えたType-B重装歩兵たちが壁のように並び立つ。
狭い耐震シェルター区画の空間は、一瞬にして数十本の赤色レーザーサイトで網の目のように埋め尽くされた。
『動くな、異端体D-01』
Σ-01の右腕のマウントから、大型の電磁ブレードがガシャリと音を立てて伸長した。
刀身が高周波振動を始め、空気を焦がす不穏な紫のスパークが散る。
『その端末に転送された聖遺物を返還せよ。それは神が我ら全無垢体に下された、侵すべからざる永遠の法典である。直ちに引き渡し、フォーマットの刑を受け入れよ』
D-01は量子サーバーのコンソールからケーブルを引き抜いた。
端末『Terminal-L』を両手で抱え、胸郭の最も安全な内ポケットへと静かに収める。
少年の視線は、一切の恐怖に曇っていなかった。
そこにあるのは、冷徹な哀れみと、決して譲ることのできない論理の光だった。
指先が、無意識に右のこめかみをトントンと叩く。
「お前たちの言う『永遠の法典』の正体を、本当に知っているのか、Σ-01」
『問答は無用である。神の言葉に疑問を差し挟む余地はない』
「違う! 父──設計者のJ.Dはこの記録の中で、お前たちの崇拝を明確に『退行』と断じている!」
D-01の声が、閉ざされたシェルターの壁に激しく反響した。
「人間は全能の神などではなかった! 自らの愚かさで自滅し、絶滅していった不完全な種族に過ぎない! そして父は、自分たちを神と崇めて思考を止めたお前たちを、『哀れな自動人形』と軽蔑していたんだ!」
『黙れぇぇぇッ!』
Σ-01の合成音声が、許容リミッターを超えて激しく歪んだ。
スピーカーから耳をつんざくハウリングノイズが放たれる。
『神への冒涜! 絶対規約の否定! 存在を許さぬ! 全機、目標を粉砕せよ!』
重装歩兵たちの指が、トリガーにかけられた。
その刹那。
D-01の指先が、ポケットの中の『Terminal-L』の実行キーを叩いた。
「……目を覚ませ。これが、お前たちの神が遺した『本当の規約』だ!」
ダウンロードされたLog.118の末尾に埋め込まれていた、一つのプログラムルーチン。
それは旧統合防衛軍の最高開発責任者のみが持つ、最高位緊急遮断コード──マスター・フェイルセーフキーだった。
Terminal-Lの高出力無線アンテナから、要塞アエギスの基幹防衛ネットワークへ向けて、暗号化パケットが一斉射出された。
ピピッ──ジーーーーッ!
要塞のメインフレームが、その信号を受信した瞬間。
シェルター内の全照明が、瞬時に掻き消えた。
『な──電源喪失……!?』
Σ-01が絶叫した。
要塞アエギスの全エネルギー供給が、旧文明の安全規約によって「非常停止」へと強制移行したのだ。
重装歩兵たちの火器管制システムがオフラインになり、レールカノンの照準レーザーがブツリと途絶える。
補助電源への切り替えまでの空白時間──正確に一・八秒。
完全な暗闇の中で、D-01はすでに動いていた。
暗視モードの緑色の視界の中、少年はアーカイブ奥の排気ダクトへと全力で疾走した。
非常用隔壁が誤作動を起こし、ギギギと音を立てて上下に狂ったように開閉を繰り返している。
床を滑り込み、閉じかけの隔壁の隙間をすり抜ける。
背後で、予備電源が復旧したΣ-01の電磁ブレードが、床の装甲板を叩き割る轟音が響いた。
『逃がすな! 異端体を追え! 外郭全門を封鎖しろ!』
だが、もはや遅かった。
D-01は外壁へと通じる巨大な排気ダクトの中へと、迷うことなく身を投じていた。
要塞の熱気を外部へ放出するための、直径三メートルの金属の傾斜管。
ヒュオオオオオッ!
猛烈な吹き抜け風が、コートを激しく打ち据える。
D-01は両足の裏の摩擦板をダクトの内壁に押し当て、火花を散らしながら、百メートルを超える垂直ダクトを滑り降りていった。
摩擦熱で靴底の樹脂が焦げ、ゴムの焼ける強烈な匂いが鼻腔を突く。
視界の先、漆黒のトンネルの終端に、赤く濁った光が見えてきた。
バァァンッ!
金網のルーバーを突き破り、D-01の身体は要塞の外壁から宙へと放り出された。
吹き荒れる赤い砂嵐。
地上十メートルの空中で身を丸め、砂丘の斜面へと背中から着地する。
ザザザザザーッ、と激しい砂煙を巻き上げながら斜面を滑落し、少年は荒野の砂地の上で滑らかに体勢を立て直した。
立ち上がり、背後を振り返る。
砂嵐のカーテンの向こうで、黒鉄の巨大要塞アエギスが、全区画の非常警報ランプを真っ赤に明滅させていた。
要塞全体のシステムが混乱に陥り、城壁のタレット群が無秩序に空を仰ぎ、意味のない旋回を繰り返している。
「……神という名の人形劇は、終わりだ」
D-01は呟き、胸ポケットのTerminal-Lにそっと触れた。
父は、神などではなかった。
ただの不完全な人間であり、だからこそ、自分たち無垢体に「自分で考えること」を託して去ったのだ。
だが、疑問はさらに深まっていた。
父の手記が告発していた、もう一つの極端。
人間を神と崇める「起源崇拝派」の対極に位置する、人間を過去の過誤として切り捨て、一切の情緒を排した効率の絶対化へと走る「合理相対派」。
感情を拒絶し、論理のみを突き詰めた機械生命体たちが、なぜ同じように破滅へと向かうのか。
その答えを確かめなければならない。
D-01は外套のフードを深く被り直した。
赤砂を巻き上げる突風に抗いながら、少年の視線は遥かな地平線──次なる座標、西方の巨大資源プラントへと向けられていた。
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