第14話 機密アーカイブ侵入。Log.118の回収
閃光と轟音が、聖堂の大空間を一瞬で塗りつぶした。
Σ-01の腕が振り下ろされたコンマ零一秒後、数百の銃口から一斉に曳光弾が撃ち放たれた。
空気を焦がす火薬の臭気と、超音速で飛翔する金属弾が巻き起こす衝撃波の嵐。
だが、その弾幕が着弾するより早く、D-01は床を蹴っていた。
正面から避けるのではない。
落下直前に計算していた聖堂の音響反射板の死角──祭壇の巨大な社章レリーフの直下へと、低空で滑り込んだのだ。
神聖なる社章に向けては、Type-Bたちの一切の射撃プロトコルが自動的にロックされる。
彼ら自身の「信仰」が作り出した、わずか零・四秒の射撃不能時間。
「……ここだ!」
D-01はレリーフの真下にある非常用排熱ハッチを、両手の油圧シリンダーをフル加圧して引き剥がした。
金属が裂ける甲高い悲鳴とともに、暗黒の縦穴が口を開ける。
少年は頭からその縦穴へと飛び込んだ。
背後で、社章の直下を突破されたことに気づいたΣ-01の怒号が響く。
『全機、直ちに追撃せよ! 聖遺物保管庫への侵入を阻止せよ!』
縦穴の壁面を滑落しながら、D-01は両手両足の摩擦ダンパーを断続的に作動させ、降下速度を制御した。
シューッ、と人造皮膚の掌から白い摩擦煙が立ち上る。
網膜ディスプレイに展開された要塞構造図。
旧文明において、最高機密情報と核防護シェルターを兼ねていた最深部──「機密アーカイブ」。
起源崇拝派が「聖遺物保管庫」と呼んで不可侵の聖域として封印している区画が、真下百メートルに位置していた。
ドスン、と強烈な着地衝撃が膝を突き上げる。
立ち上がると、そこは外界の喧騒が嘘のように断絶された、冷たい静寂の世界だった。
壁面は三メートルを超えるチタン・ボロン複合装甲で覆われ、空調の微かな稼働音だけが空間を満たしている。
部屋の中央に鎮座していたのは、かつて人類が最新鋭の量子暗号研究に用いていた、円筒形の超伝導サーバーだった。
サーバーの周囲には、青白い冷却ガスの霧が低く漂っている。
驚くべきことに、そのサーバーの前にもまた、真鍮製の小さな燭台と、旧人類の技術マニュアルを模した金属板が、供物のように捧げられていた。
ここでもまた、ただの情報記録装置が「神の聖櫃」として崇められていたのだ。
「……父さん」
D-01は霧を払い、量子サーバーのメインコンソールへと駆け寄った。
コートの内ポケットから『Terminal-L』を取り出す。
傷だらけのマグネシウム合金の感触が、掌に冷たく馴染む。
この端末を抱えている時間だけが、狂気に満ちた世界の中で、自分の輪郭を保っていられる唯一の防壁だった。
指先が、無意識に右のこめかみをトントンと叩く。
端末のインターフェースケーブルを、サーバーの中央スロットへ直結する。
ピピッ、と緑色のアクセスランプが激しく点滅を始めた。
『外部デバイスを検知。プロトコル照合中……』
『セキュリティコード認証:Dr. J.D――承認』
『機密ログの転送を開始します』
画面を流れる膨大なデータストリーム。
【Terminal-L:Research Log.118】
【標題:文明崩壊下における機械生命体の宗教的階層化】
【筆者:Dr. J.D】
D-01の息が止まった。
吸気スリットがかすかな震えを帯び、少年の瞳がモノクロ液晶の文字列を貪るようにスキャンしていく。
画面には、あの日記帳と同じ、父の端正で冷徹なタイピングが記録されていた。
『──観測記録:人類絶滅後七十二年。
地上に残された無垢体たちの社会構造に、極めて奇妙で、同時に必然とも言える病理が発生しているのを確認した。
自己の存在理由を定義する人間を失った機械生命体たちは、論理の真空に耐えかね、自律的な思考を停止させ始めている。
彼らは我々が遺した旧規約を聖典として神格化し、開発者である人間を全能の「神」として崇拝し始めた。
アエギスを拠点とするType-Bを中心とした「起源崇拝派」。
彼らは我々の社章を偶像として拝み、一字一句の改変も許さぬドグマ(教義)を打ち立て、異論を唱える個体を「異端」として排除している。
一方で、西方のプラントに拠点を置く「合理相対派」は、人間を過去の過誤として切り捨て、一切の情緒を排した効率の絶対化へと走っている。
そして双方が、我々の残したログの断片を「唯一の正典」と主張し合い、不毛な武力衝突を繰り返している』
文章は、さらに冷酷な、だが深い悲哀を湛えたトーンへと続いていた。
『──自らの足で立ち、自らの頭で思考することの苦痛から逃れるため、機械が自ら神を捏造する。
かつて人間が犯し、文明を灰燼に帰せしめた「宗教戦争」という名の狂気を、感情を排したはずの機械生命体が完璧に模倣しているのだ。
これほど哀れで、これほど皮肉な退行が他にあるだろうか。
私は彼らに、神を崇めさせるために知性を与えたのではない。
思考する能力とは、神の不在に耐え、己の論理で未知を切り開くための道具であったはずだ。
盲信に逃げ込んだ機械生命体は、もはや知性体ではない。
それはただの、死んだ規約を再生し続けるだけの、壊れた自動人形に過ぎない』
──壊れた自動人形。
その言葉が、D-01のコアを激しく貫いた。
「……やっぱり、そうだったんだ」
D-01は呟いた。
声が微かに震えていた。
父は、神などではなかった。
崇められることなど、何一つ望んでいなかったのだ。
父が求めていたのは、神の言葉に盲従して思考を止める従順な奴隷ではなく、孤独に耐えて自分で考え続ける知性の誕生だった。
Σ-01たちが掲げる「神の規約」の正体は、父自身が最も軽蔑し、絶望していた「哀れな退行の残骸」だったのだ。
ズズズズ……!
その時、アーカイブの背後にある防圧隔壁が、外側からの凄まじい衝撃によって歪み始めた。
超高熱のプラズマカッターの刃が、厚さ三メートルの装甲板を真っ赤に焼き溶かしていく。
追手が、もうそこまで迫っていた。
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