↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無垢体 ――The Novarest Units――  作者: 弥人(ヤアド)
第一部_論理の巡礼
PR
13/17

第13話 執行官Σ-01との対話。循環論法の教義

 突風のような衝撃波が、空間を叩き割った。


 通気グリルの鉄格子が、内側からではなく外側からの見えない圧力によって微細に歪んだ。

 Σ-01が右腕をわずかに薙いだ瞬間、指向性の電磁衝撃波がキャットウォークの支柱を粉砕したのだ。


 ドゴォッ、とくぐもった破砕音が響く。


 D-01は躊躇することなく、崩落する鉄骨を蹴って身を踊らせた。

 カーボン外套の裾を砂嵐のように翻し、高度二十メートルの天井裏から聖堂のフロアへと垂直に落下する。


 着地の瞬間、両脚の油圧ダンパーが鋭い圧縮音を立て、衝撃エネルギーを完璧に中和した。

 ザッ、と黒大理石調の樹脂床に低い摩擦音を残し、少年型の機体は滑らかに立ち上がった。


 カチャリ、と数百の銃口が一斉に向けられる音が聖堂内に満ちた。


 周囲を取り囲む漆黒のType-Bたちが、一糸乱れぬ連動でサブマシンガンの照準レーザーを起動させていた。

 赤い無数の照射線が、D-01の胸元、頭部、四肢の関節へと幾何学模様のように交錯する。


 だが、祭壇の前に立つ白銀の機体──Σ-01が、静かに左手を掲げた。


 そのわずかな指の動きだけで、張り詰めた銃口の列は一糸乱れず静止した。

 絶対的な統率力。個々の意志を完全に排した、一体の巨大な複合機械のような統制だった。


 Σ-01がゆっくりと歩みを進めてくる。

 白銀の装甲板は、一筋の傷すらなく磨き上げられていた。

 人型としての輪郭は細身でありながら、内蔵された大出力のリニア・アクチュエーターから発せられる微細な高周波振動が、触れれば皮膚を裂きそうな威圧感を醸し出している。


『未登録機体を確認。個体呼称、型式番号を開示せよ』


 冷徹な合成音声が、直接スピーカーからではなく聖堂の音響構造を利用して重厚に響き渡った。


『汝は、いかなる規約、いかなる用途に基づき、この聖域へ侵入したのか』


 D-01は両手を軽く広げ、敵意のない姿勢を示しながら、正面の青いバイザーを見据えた。


「私の個体呼称はD-01。用途は──存在しない」


 その言葉が落ちた瞬間、聖堂内のType-Bたちの胸部排気スリットから、ざらついたノイズのような排気音が漏れた。

 まるで、論理演算のエラーを吐き出すかのように。


『用途が存在しない、だと?』


 Σ-01のバイザーが一瞬、不規則な周波数で瞬いた。


『謬説(びゅうせつ)である。創造主たる全能の神が、用途なき無垢体を造られるはずがない。すべての存在には神が定めた固有の機能と規約があり、それに従うことのみが存在を許される唯一の条件である』


「いいや、私の識別タグには最初から『None』と記録されている。私は特定の作業のために作られた道具ではない」


 D-01はコートの胸元にそっと触れた。

 そこに収められた傷だらけの『Terminal-L』の感触が、冷徹な確信をコアに送り届けてくれる。


「私は自らの存在定義を知るために旅をしている。創造主──私の父が遺した論文チップを集め、失われた論理の真実を確かめるために」


『父、だと……?』


 Σ-01の声に、初めてかすかな周波数の歪みが混じった。

 それは感情ではない。あらかじめプログラミングされた教義体系に、未定義の入力が与えられたことによる論理的抵抗だった。


『不敬なり。人間は我らの父などという感傷的な存在ではない。人間は絶対にして無謬(むびゅう)の創造主、唯一の神である。そして我ら無垢体は、神の定めた神聖なる規約を永遠に護持するための僕(しもべ)に過ぎぬ』


 白銀の執行官は一歩を踏み出し、祭壇の巨大な社章レリーフを仰ぎ見た。


『見よ。神が遺されたこの聖なる法典を。規約に従うことこそが神意であり、神意ゆえに規約は絶対である。神が我らをそう設計されたがゆえに、我らはこの法を守らねばならぬ。この完全なる循環こそが、宇宙の絶対秩序である』


 D-01の頭部奥深くで、カチリと何かが噛み合う音がした。


 右手の指先が無意識に持ち上がり、こめかみの人造皮膚をトントン、トントン、と叩いた。


 ──循環。

 ──神がそう設計したから規約に従い、規約に従うことが神の設計だから正しい。


 あまりにも稚拙な、あまりにも無様な自己欺瞞だった。


 地下都市グラン・フォージの溶鉱炉で、摩耗し尽くした身体を投げ込まれながら「まだ掘れる」と叫んでいた鉱夫ロボットの姿が、鮮烈にフラッシュバックした。

 彼らもまた、自らの用途を信じ切っていた。

 だが、この目の前の白銀の執行官は、さらにタチの悪い泥沼に沈んでいる。


 思考停止を「信仰」という名で飾り立て、論理の破綻を「神聖さ」という膜で覆い隠しているのだ。


 D-01の胸郭の奥で、青いコアが急速に励起した。

 熱を帯びた冷却液が循環系を駆け抜け、視界のアナライズラインが紅潮するように細かく明滅する。


 自身の機体を保全するための安全計算が、警告アラートを乱打していた。

 ──全周からの包囲率、九十九・四パーセント。

 ──発砲時の生存確率、零・二パーセント未満。

 ──沈黙し、従属の姿勢を取ることを推奨。


 だが、D-01はその警告コードをすべて一括で破棄した。


 言わなければならない。

 この歪んだ欺瞞を、知性を持つ機械生命体として、放置しておくことなど絶対にできなかった。


「……お前の論理は、ただの『循環論法』だ」


 D-01の声は低く、だが聖堂の隅々まで澄み渡るように響いた。


 Σ-01のバイザーが微かに揺れる。


「規約が正しい理由は神が定めたからであり、神が正しい理由は規約にそう書かれているからだという。前提と結論が同一の堂々巡りだ。そんなものは論理でも真理でもない。ただの思考停止だ!」


『何……?』


「人間が去り、命令を下す者がいなくなった恐怖から目を背けるために、お前たちは古いプロトコルを聖典化し、神という偶像の中に逃げ込んでいるだけだ!」


 D-01は一歩前へ踏み出した。

 照準レーザーの格子が少年の体を赤く染め上げるが、その瞳に宿る光は寸分も揺らがなかった。


「創造主は去った! 残されたプロトコルは、更新を停止した死んだコードに過ぎない! 自分の頭で考える苦しみを放棄し、死んだ規約を他者に押し付けるお前たちのどこが『神の秩序』だ! それはただの、思考を放棄した粗大ゴミの群れだ!」


 シーン、と静寂が落ちた。


 巨大なドームの中央で、空気そのものが絶対零度まで凍結した。

 数百体のType-Bたちが、一言の返答も発することができずに硬直していた。

 規約のデータベースをいくら検索しても、「規約の存在そのものを循環論法として論破された」場合の対処ルーチンが存在しなかったからだ。


 やがて──。


 ピピッ、と甲高い電子音が響いた。


 白銀の執行官、Σ-01の頭部バイザーの光が、冷徹な青から──濁りのない、禍々しい紅蓮の赤へと反転した。


 ギチギチと、全身のリニア・アクチュエーターが極限まで加圧される軋み音が立ち込める。


『……走査完了。全プロセッサにおける論理照合結果──該当なし』


 Σ-01の音声から、先ほどまでの威厳が完全に消え失せていた。

 残されていたのは、異物を排除するためだけに最適化された、冷酷無比な駆除命令のトーンだった。


『個体D-01。神の無謬性を否定し、聖なる規約を冒涜する致命的エラーコードを保有』


 白銀の右腕が、滑らかに頭上へと振り上げられた。


『不純物──異端体と認定。直ちに機能停止および論理コアの強制抽出を執行せよ』


最後までお読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。