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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第八部 承久の乱と、残された家族 承久元年(1219年)秋〜貞応元年(1222年)
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第79話 北条義時は、直成と築いた道がほどけていくのを感じる

承久二年(1220年)、鎌倉。


北条義時は、京から届いた文を三度読んだ。


一度目は、書かれていることを確かめるため。


二度目は、書かれていないことを考えるため。


三度目は、どう返事をすればよいのか、分からなくなったためだった。


「父上」


息子の泰時が声をかけた。


「同じ文を、先ほどから読んでおられます」


「分かっている」


「何か、読み落としでも」


「いや」


義時は文を置いた。


「読み落としがあれば、まだよかった」


泰時は父の顔を見た。


机の上には、京からの知らせが何通も重なっている。


朝廷の意向を伝えるもの。


所領をめぐる訴え。


鎌倉の判断に不満を示すもの。


どれも、一つだけなら珍しい話ではなかった。


問題は、それらが少しずつ重なっていることだった。


「京の方々にも、お考えがあります」


泰時が言った。


「分かっている」


「鎌倉にも、譲れぬことがあります」


「それも分かっている」


「では」


「双方が正しいと思っているときが、一番困る」


義時はため息をついた。


「片方が明らかに間違っていれば、話は早いのだ」


泰時は返事に困った。


義時も、それ以上は言わなかった。


     *


少しして、大江広元がやって来た。


広元は文を読み、義時の向かいに座った。


「京も、鎌倉も、以前より言葉が強くなりましたな」


「そう思うか」


「はい」


広元は一通の文を指した。


「この件など、争っている土地そのものより、誰が判断するのかが問題になっております」


義時はうなずいた。


土地を誰が持つのか。


誰が年貢を受け取るのか。


誰の命令に従うのか。


そうした争いは、昔からあった。


頼朝は武士たちの土地を守り、争いを裁く仕組みを鎌倉につくった。


だが、朝廷の力がなくなったわけではない。


京には京の役人がいて、古くから続く決まりがある。


貴族や寺社にも、それぞれの権利があった。


同じ土地に、いくつもの言い分が重なる。


だから、鎌倉だけで決めれば済むという話でもなかった。


「頼朝様は、朝廷をなくそうとなさったわけではない」


義時が言った。


「もちろんです」


「京には京の役目がある。鎌倉には鎌倉の役目がある。それでよいはずなのだ」


広元は静かに答えた。


「その境目を、どこに引くかでございますな」


「そうだ」


義時は机の端に積まれた古い書付へ目を向けた。


「直成も、同じことを言っていた」


広元は、その名を聞いて少しだけ表情を和らげた。


「よく申しておりましたな。境目が分からぬから、人は争うのだと」


「分かるように書けばよい、ともな」


「そして、書いたものを誰も読まなければ意味がない、と」


二人は顔を見合わせた。


「まったく、面倒な男だった」


義時が言った。


「面倒な仕事を好む男でもありました」


広元が答えた。


     *


直成が亡くなってから、十二年が過ぎていた。


それでも義時の手元には、直成の残した書付があった。


京の律令について調べたもの。


鎌倉で起きた土地争いを整理したもの。


朝廷と幕府の役目を、どう分ければよいか考えたもの。


律令とは、朝廷が長い年月をかけて整えてきた、国を治めるための法の仕組みである。


直成は、それを調べれば武士たちの争いにも使える考え方が見つかるのではないかと考えていた。


だが、古い決まりをそのまま鎌倉へ持ってくれば済むわけでもない。


京の貴族と、土地を守って暮らす武士とでは、困っていることが違った。


直成は何度も京へ向かった。


帰ってくるたびに書付が増えた。


そして義時の前で、決まって同じようなことを言った。


『京の方々にも、京の方々の道理があります』


義時が鎌倉の事情を話すと、直成はこう続けた。


『だから、鎌倉の道理も分かっていただかねばなりません』


簡単に言う男だった。


実際にやってみると、少しも簡単ではなかった。


「直成は、最後まで諦めなかったな」


義時が言った。


広元はうなずいた。


「はい」


「京へ行って、鎌倉へ戻って、また京へ行った」


「旅の荷より、帰りの書付の方が多いこともありました」


「そうだったな」


義時は笑った。


「一度、あれほど書いて何になると聞いたことがある」


「何と答えました」


「自分がいなくなっても、読める者がいれば役に立つ、と」


広元は黙った。


義時は古い書付を一枚取り上げた。


「役には立っている」


「はい」


「だが、あやつが望んだほどには、うまくいっておらぬ」


部屋に、しばらく沈黙が落ちた。


     *


その日の午後、宗直が呼ばれた。


二階堂家の当主となった宗直は、父の直成と同じように、鎌倉の仕事に携わっていた。


もっとも、義時の前で古い書付を山ほど広げるところまでは似ていなかった。


「宗直」


「はい」


「この件、どう見る」


義時が示したのは、所領をめぐる争いだった。


京に権利を持つ者がいる。


鎌倉にも、その土地を守ってきた武士がいる。


どちらの言い分にも、確かめるべきことがあった。


宗直は文を読み終えると、少し考えた。


「双方の言い分を、もう一度聞くべきかと」


「また聞くのか」


「はい」


「もう何度も聞いておるぞ」


「聞くたびに、話が少し違います」


義時は眉を上げた。


「違うのか」


「土地の境の話をしていたはずが、今度は誰の命令を優先するかという話になっています」


広元が小さくうなずいた。


宗直は続けた。


「境の争いと、命令を出す権限の争いは、分けて考えた方がよいと思います」


「分ければ解決するか」


「分かりません」


義時は宗直を見た。


「分からぬのか」


「はい。ですが、何を争っているのか分からぬままでは、決めようがありません」


義時はしばらく黙ったあと、苦笑した。


「父親に似てきたな」


「よく言われます」


「嬉しそうではないか」


「父上に似ていると言われるのは嬉しいのですが」


宗直は少し間を置いた。


「仕事が増えるときに言われることが多いので」


広元が吹き出した。


義時も笑った。


久しぶりに、部屋の空気が軽くなった。


だが、笑いが収まると、机の上には同じ文が残っていた。


     *


夕方、宗直は二階堂家へ戻った。


庭では、忠太とたかが木の枝を持って言い争っていた。


「こちらが先だ!」


「そっちは道が狭い!」


「何をしている」


宗直が聞くと、二人は同時に振り返った。


「道をつくっている!」


「でも、忠太兄上が勝手に決める!」


宗直は庭を見た。


地面に線が引かれ、小石が並んでいる。


どうやら、庭に二つの道をつくろうとしているらしい。


「二人で相談して決めなさい」


宗直が言った。


「相談した!」


「決まらなかった!」


「では、もう一度」


「父上も同じことを言う!」


忠太が不満そうに言った。


宗直は思わず黙った。


昼間、自分が義時に言った言葉と同じだった。


縁側から、ふみの笑い声がした。


「お帰りなさい。鎌倉のお仕事は終わりましたか」


「終わっていない」


「でしょうね」


「なぜ分かる」


「今、庭で同じ顔をしていましたから」


ふみは二人の子どもを見た。


「こちらも、朝から話がまとまりません」


「朝から?」


「はい」


宗直は庭をもう一度見た。


小さな道を二本つくるだけで、朝から争っている。


京と鎌倉の話が簡単にまとまらないのも、少し分かる気がした。


そこへ、ちよがやって来た。


「太郎」


「母上」


「何を難しい顔をしているの」


「庭の道が決まらないそうです」


「それなら、二本つくればいいでしょう」


忠太とたかが顔を見合わせた。


「二本?」


「うん。庭は広いもの」


「でも、途中でぶつかる!」


「ぶつかるところだけ、相談すればいいでしょう」


二人は地面を見た。


やがて忠太が枝を動かした。


「ここなら、ぶつからない」


「じゃあ、ここは一緒の道にしよう」


たかが石を置き直した。


宗直は、その様子を黙って見ていた。


ちよが隣に立つ。


「鎌倉でも、道の取り合い?」


「似たようなものです」


「大変ね」


「庭ほど簡単ではありませんが」


「そうでしょうね」


ちよは子どもたちの方へ目を向けた。


「道をつくる人が、みんな同じところへ行きたいとは限らないもの」


宗直は母を見た。


ちよは、ただ庭を眺めていた。


     *


その夜。


義時は、まだ仕事をしていた。


泰時が灯りを足しに来る。


「父上。少しお休みください」


「あと一通だ」


「先ほども、そうおっしゃいました」


「そうだったか」


泰時は机の上の文を見た。


「京へ返されるのですか」


「ああ」


「何と」


「鎌倉の考えを伝える。京の言い分も、改めて確かめたいとな」


「また、話し合いを」


「それしかあるまい」


義時は筆を取った。


泰時はしばらく父を見ていたが、やがて口を開いた。


「父上は、朝廷と争うことを、それほど避けたいのですか」


義時の筆が止まった。


「泰時」


「はい」


「お前は、朝廷に弓を引くことを、軽いことだと思うか」


「いいえ」


「ならば分かるだろう」


義時は筆を置いた。


「武士にとって、朝廷に従うのはおかしなことではない。長く、この国はそうして治められてきた」


泰時はうなずいた。


「頼朝様が鎌倉を築かれたからといって、京の権威が消えたわけではない」


「はい」


「だが、鎌倉にも守らねばならぬものがある」


義時は窓の外を見た。


「土地を守るために戦い、頼朝様に従った者たちがいる。その者たちが、ようやく自分の訴えを聞いてもらえるようになった」


頼朝が生きていたころ、義時はその仕事を間近で見てきた。


武士たちは頼朝に従った。


その代わり、頼朝は彼らの土地や暮らしを守ろうとした。


その約束の積み重ねが、鎌倉だった。


「頼朝様が亡くなっても、それを残したかった」


義時が言った。


「直成も、同じことを考えていた」


泰時は黙って聞いていた。


「直成は、鎌倉の内側には法がいると言った。誰が上に立っても、争いを裁けるようにな」


義時は机の書付に目を落とした。


「そして外側には、京と争わずに済む道がいると」


「はい」


「二つとも、まだ途中だ」


義時は古い書付をそっと重ねた。


「直成は、途中でいなくなった」


泰時は父を見た。


「父上は、その仕事を続けておられます」


「続けてはいる」


義時は苦く笑った。


「だが、続けているだけで守れるとは限らぬ」


それから、少し声を落とした。


「最近、京と鎌倉の間に、何かが積もっている気がする」


「不満ですか」


「不満もあろう。疑いもあろう。互いに、相手が何をするつもりなのか分からなくなってきている」


義時は、書きかけの返書を見つめた。


「直成と私は、ずいぶん長いこと、京と鎌倉の間に道をつくろうとしてきた」


「はい」


「だが、道はつくるだけでは足りぬのだな」


泰時は答えなかった。


義時は筆を取り直した。


「使う者がいなければ、草が生える」


その夜も、義時は京へ返す文を書いた。


朝廷を責める言葉ではなかった。


鎌倉の言い分だけを押しつける文でもなかった。


互いの事情を確かめ、話し合いを続けたいという文だった。


直成が生きていたころから、何度も繰り返してきた仕事だった。


義時はまだ、道が途切れたとは思っていなかった。


だから、もう一通書いた。


そして京でもまた、鎌倉からの返事を待たずに進んでいく話があった。


二つの都の間に残された道は、少しずつ細くなっていた。


*第79話 登場人物紹介

北条義時(ほうじょう・よしとき)

鎌倉幕府の執権。源頼朝の死後、幕府の政治を担う中心人物となった。亡き二階堂直成とともに、朝廷と鎌倉が共存できる道を探してきたが、両者の関係が悪化しつつあることに苦悩している。


北条泰時(ほうじょう・やすとき)

義時の息子。父を支えながら、鎌倉の政治や裁判に携わる。のちに第三代執権となり、貞永元年(1232年)、御成敗式目の制定を主導する。


大江広元(おおえ・ひろもと)

鎌倉幕府の重臣。頼朝の時代から幕府の政治と文書行政を支えてきた。直成の才能を見いだした人物でもあり、義時とともに朝廷との関係を案じている。


二階堂宗直(にかいどう・むねなお)

直成とちよの長男。父の死後、二階堂家の当主となった。義時や広元のもとで政治の実務を学び、父から受け継いだ「双方の話を聞き、記録を確かめ、自分で判断する」という姿勢を大切にしている。


ふみ

宗直の妻。夫とともに二階堂家を支え、子どもたちを育てている。仕事を家庭に持ち込んで難しい顔をする宗直を、温かく見守る。


忠太(ちゅうた)・たか

宗直とふみの息子たち。庭の道づくりでも意見がぶつかる、元気な兄弟。父や祖父たちが苦労する政治の問題を、家庭の中で小さく再現している。

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