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冒険の書  作者: siva5880


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7/54

鉱山の街ラッカム

 ラッカムの街。


 俺たちが初めて訪れたその街は、プラムとはまるで違っていた。


 街へ入った瞬間、まず目についたのは――鉱石だった。


 道端を行き交う荷車。


 そこに積まれているのは、木材や食料だけではない。


 鉄鉱石。


 銅鉱石。


 様々な鉱物が、山から運び込まれている。


 遠くには低い山々が連なり、その一角にはいくつもの坑道が掘られていた。


 時折、山の方から聞こえてくるのは、金属を叩くような音。


 カンッ、カンッ、と乾いた音が街まで響いてくる。


「……すごいな」


 思わず俺は呟いた。


 プラムとは、まるで別の街だ。


 ラッカムは鉱山を生業として発展したと言っても過言ではない。


 山から掘り出された鉱石は街へ運ばれ、そこで加工される。


 鉱石を精錬する者。


 金属を加工する鍛冶師。


 武器や防具を作る職人。


 そして、それらを他の街へ運ぶ商人。


 鉱山があることで、多くの仕事が生まれている。


 街を歩いているだけでも、それがよく分かった。


 鍛冶屋の前には剣や盾が並び、武具を扱う店もプラムよりずっと多い。


 冒険者らしき人間の姿も多い。


 山には鉱山だけではなく、そこに棲みつく魔物もいる。


 鉱石を求める採掘者。


 魔物を討伐する冒険者。


 掘り出された鉱石を買い付ける商人。


 様々な人間が、この街に集まっている。


「だから装備を新しくするなら、ここがいいってことか」


 俺は腰の剣へ目を向けた。


 何度も魔物と戦い、傷だらけになった剣。


 そして、手にしている盾。


 どちらもまだ使える。


 だが、これから先も冒険を続けるなら、いつまでもこの装備で戦い続けるわけにはいかない。


 俺たちはラッカムへ来た。


 目的は、装備を新しくすること。


 そして、この街には――。


 そのための職人と材料が、プラムよりもずっと多く集まっている。


「まずは武器屋から見てみるか」


 俺たちは街の奥へ向かって歩き始めた。


 ラッカムで、俺たちの冒険者としての装備が変わる。


 それはきっと、これから先の戦い方も変えていくことになる。


このまま振れば、いつ壊れてもおかしくない。


 そう思っている。


 それなのに――。


 なぜだろう。


 この剣は、とても振りやすい。


 柄を握ると、まるで昔から使っていたかのように手に馴染む。


 重すぎない。


 軽すぎもしない。


 剣を振るたび、身体の動きと刃の軌道が自然と重なっていく。


 俺が動かしているというより――。


 剣の方が、俺の動きを理解しているような感覚さえある。


 もちろん、刃は錆びている。


 傷も多い。


 ところどころ欠けていて、実戦で使うには危険すぎる。


 それでも、握った時の感触だけは妙にしっくりくる。


「……不思議だな」


 俺は剣を見つめた。


 女王の巣で見つけた、この古びた剣。


 誰が使っていたのか。


 いつ作られたものなのか。


 何のためにあの場所にあったのか。


 何も分からない。


 ただ一つ分かっているのは――。


 この剣は、俺の身体に妙なほど馴染んでいるということだった。


「もしかしたら……」


 俺は鍛冶場から響く金属音に耳を傾ける。


 カンッ!


 カンッ!


 もし、この剣をまともな状態まで修復できたら。


 いったい、どんな剣になるのだろう。


 そんな期待を胸に、俺は鍛冶屋が並ぶ通りへ歩を進めた。


「おっ……!」


 背後から、聞き覚えのある声がした。


 俺は足を止め、振り返る。


「……え?」


 そこに立っていたのは――。


「レインさん!」


 思わず声が出た。


 冒険者になる前、俺たちを訓練してくれた教官。


 何度も剣の振り方を教えてくれた、あのレインさんだった。


「久しぶりだな、レオン」


 懐かしい声。


 その隣には、もう一人見覚えのある顔があった。


「ジェイさんも……!」


「ああ、久しぶりだな」


 ジェイさんが手を上げる。


 思わぬ再会だった。


 まさか、プラムの街から遠く離れたラッカムで、二人に会うとは思ってもいなかった。


「お前たち、ラッカムまで来たのか?」


「はい。ちょっと装備を新しくしようと思って」


 そう答えながら、俺は腰の剣へ目を向けた。


 レインさんも俺の視線を追う。


「……その剣」


「これですか?」


「ああ」


 レインさんは少し眉をひそめた。


「ずいぶん古い剣だな」


「女王の巣で見つけたんです。ボロボロで、まだ使える状態じゃないんですけど……」


 俺は剣の柄を軽く握った。


「なぜか、すごく身体に馴染むんです」


 レインさんは黙って剣を見つめた。


 そして――。


「なるほどな」


 意味ありげに呟いた。


「だったら、いい鍛冶師を紹介してやろうか?」


「本当ですか?」


「ああ。ラッカムには腕のいい鍛冶師が何人かいる」


 俺は思わず笑みを浮かべた。


 まさか、こんなところでレインさんたちに再会するとは。


 そして何より――。


 この剣を直せるかもしれない。


 俺は少しだけ期待しながら、レインさんの後を追った。


レインさんとジェイさんに連れられ、俺たちは商店街を少し歩いた。


 賑やかな通りを抜けると、次第に人通りが少なくなっていく。


 そして、少し先に一軒の店が見えてきた。


「ここだ」


 レインさんが足を止める。


 俺は店を見上げた。


「……」


 思わず言葉を失う。


 建物は古い。


 壁には長年使われてきた跡があり、看板も所々が色褪せている。


 入口の扉も、決して新しいとは言えない。


 正直に言えば――ボロボロだ。


 ……いや。


 きっと、年季が入っているだけだ。


 そう思うことにした。


「本当にここですか?」


 ジェイさんが苦笑する。


「見た目で判断するなよ。ここはラッカムでも腕のいい鍛冶師がいる店だ」


「へぇ……」


 俺はもう一度店を見る。


 どう見ても、古い。


 けれど、店の奥からはかすかに金属を打つ音が聞こえていた。


 カンッ……。


 カンッ……。


 どうやら、今も誰かが作業をしているらしい。


「入るぞ」


 レインさんが扉を開けた。


 ギィィ……。


 古びた扉が軋む。


 俺たちは顔を見合わせてから、その後に続いた。


 店の中には、古い武器や防具がいくつも並んでいた。


 新品とは思えない。


 傷もある。


 錆の浮いたものもある。


 だが――。


 なぜだろう。


 どれも妙な存在感があった。


「……ここなら」


 俺は腰の剣へ手を添えた。


 この古びた剣を、もう一度使えるようにできるかもしれない。


店の奥へ進むと、そこには一人の男がいた。


「……デカい」


 思わず口から漏れた。


 そう。


 大男だった。


 肩幅が広く、腕も太い。


 全身が鍛え上げられているようで、まるで人間そのものが大きな岩の塊になったような体格をしている。


「邪魔するぜ」


 レインさんが声をかける。


 すると、店の奥から元気な声が返ってきた。


「いらっしゃい!」


 勢いよく姿を現したのは、一人の少女だった。


レインさんがぽつりと呟いた。


「やっぱり全然似てないよな?」


 ジェイさんが苦笑する。


「本人たちの前で言うなよ」


「だって似てねぇだろ」


「もう! お父さんと私が似てないのは今に始まったことじゃないでしょ!」


 ルーシェが頬を膨らませる。


 大男はというと、こちらを一瞥しただけで、再び黙々と鉄を打ち始めた。


「カンッ!」


 大きな金属音が店内に響く。


「私はルーシェ! この店で働いてるんだっ」


 ルーシェは気を取り直したように笑顔を見せた。


「よろしくね!」


 こうして俺たちは、この古びた鍛冶屋でルーシェと出会った。


 そして、店の奥にいる大男を指差した。


「それで、あっちがお父さんのガフ!」


「……ガフだ」


 大男――ガフは、それだけ言うと再び鉄へ視線を戻した。


 無口な人らしい。


 それでも、無愛想というわけではない。


 レインさんやジェイさんが話しかければ、短い言葉ながらきちんと返事をする。


 真面目な人なのだろう。


 何より、ルーシェが店内を走り回っていても、怒鳴りつけることはない。


「お父さん、これ終わったらご飯食べようね!」


「ああ」


 短い返事。


 けれど、その声には優しさがあった。


 見た目からは想像できないほど、娘を大切にしている。


 そんな人なのだろう。


 俺は改めてガフを見る。


 大きな身体。


 無口で真面目。


 そして、ルーシェの優しい父親。



 ガフは、俺たちが話している間も手を止めなかった。


 カンッ!


 カンッ!


 カンッ!


 熱せられた鉄を台に置き、ハンマーを振り下ろす。


 その一連の動きには、まるで迷いがない。


 狙った一点を正確に叩く。


 そして、また同じ場所を叩く。


 カンッ、カンッ、カンッ――。


 一定のリズム。


 力任せに振り下ろしているようには見えない。


 ハンマーを振り上げる高さも、振り下ろす角度もほとんど変わらない。


 俺は思わず、その動きを見入っていた。


 鍛冶のことなど何も知らない。


 鉄がどう変化するのかも分からない。


 それでも――。


 素人の俺にも伝わってくる。


 この人は、ただ鉄を叩いているんじゃない。


 長い年月をかけて身につけた技術。


 身体に染みついた動き。


 ――熟練の鍛冶師なんだ。


 そう思わせるには、十分すぎる光景だった。


 俺は腰に差していた剣を抜いた。


 女王の巣で回収した、あの古びた剣。


 錆びつき、刃は傷み、ところどころ欠けている。


 今のままでは、とても実戦で使える状態ではない。


 俺はそれをルーシェへ差し出した。


「これを……見てほしい」


「ん?」


 ルーシェが剣を受け取る。


 しばらく眺めたあと、表情が少し変わった。


「……ずいぶん古いね」


「ああ」


 俺は頷いた。


「女王の巣で見つけたんだ」


 ルーシェは剣を傾け、錆びた刃を様々な角度から眺める。


「これ、どうするの?」


「直してほしい」


 俺ははっきりと答えた。


「どうしても、この剣を直してほしいんだ」


 新しい剣を買うこともできる。


 けれど、この剣を見つけた時から、なぜか気になっていた。


 ボロボロなのに、握った時の感触だけは妙に馴染む。


 振れば身体の動きに自然とついてくる。


 だから――。


 できることなら、この剣をもう一度使いたかった。


「……お父さんに見てもらおう」


 ルーシェはそう言って、店の奥へ振り返った。


「お父さーん! ちょっと来てー!」


 ガフの手が止まる。


 そして、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。


ガフはルーシェから剣を受け取った。


 大きな手で柄を握り、ゆっくりと刃を眺める。


 錆びついた刀身。


 無数に残る傷。


 ところどころ欠けた刃。


 ガフはしばらく、何も言わなかった。


 ただ、不思議そうに剣を見つめている。


 やがて、親指で刃の表面をそっとなぞった。


「……かなり使い込まれているな」


 低い声だった。


 俺は黙ってガフを見る。


 ガフはさらに剣を持ち上げ、光に当てるようにして刃を眺めた。


 まるで、剣そのものに何かを問いかけているようだった。


 そして――。


「……まだ死んじゃいねえ」


 ぽつりと、ガフが呟いた。


「え?」


 思わず聞き返す。


 ガフは俺を見る。


「この剣は、まだ死んじゃいねえ」


 それだけ言うと、再び剣へ視線を戻した。


「この剣は、まだ戦えると言っている」


 ガフはそう呟いた。


「……俺には、そう感じる」


 その言葉に、俺は思わず剣へ目を向けた。


 錆びつき、傷だらけで、とても剣としての役目を果たせそうには見えない。


 それでも――。


 ガフには、この剣が何かを訴えているように感じるらしい。


「直せますか?」


 俺が尋ねる。


 ガフはすぐには答えなかった。


 もう一度、剣をじっくりと眺める。


 そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 ガフは剣を眺めたまま、しばらく黙っていた。


 やがて、低い声で呟く。


「……いい剣だ」


 俺は思わず顔を上げた。


 ガフは続ける。


「安くねえぞ」


 その言葉に、レインさんとジェイさんも驚いた顔をした。


「ガフがそこまで言うのか……?」


 レインさんが剣を見つめる。


 ジェイさんも何も言わず、古びた刀身へ視線を向けている。


 俺は少し考えた。


 そして、懐から持っていた金を取り出した。


「これで全部です」


 俺は手持ちの金をルーシェへ渡した。


「足りなかったら……借金でもいい」


 自分でも驚くほど、迷いはなかった。


「どうしても、この剣を直してほしい」


 ルーシェが渡された金を見つめる。


「全部……?」


「ああ」


 この先の冒険に必要な金がある。


 新しい装備だって欲しい。


 それでも、この剣だけは譲れなかった。


 ガフはそんな俺をしばらく見つめていた。


 そして――。


「……分かった」


 短く、そう答えた。


 大きな手で、もう一度剣を握る。


「こいつがどこまで戻るのか……俺も見てみてえ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は少しだけ安心した。


 女王の巣で見つけた、古びた剣。


 今まで誰にも価値を見出されなかったその剣が――。


 ラッカムの熟練鍛冶師によって、再び生まれ変わろうとしていた。


出会い――。


 それは、不思議なものだ。


 人との出会いもあれば、物との出会いもある。


 偶然なのか、それとも何かに導かれたのか。


 俺には分からない。


 この剣も、きっとそうなのだろう。


 どこで作られ、誰の手に渡り、どれほどの戦いを経験してきたのか。


 分からないことばかりだ。


 もしかすると、この剣もこれまで幾度となく誰かと出会い、そして別れてきたのかもしれない。


 長い年月を経て、女王の巣へ辿り着いた。


 そして――。


 今、俺と出会った。


 錆びつき、傷だらけになった刀身を見つめる。


 この出会いに、何か意味があるのか。


 それは、まだ分からない。


 ただ一つ確かなことがある。


 この剣と俺の物語は――。


 まだ、始まったばかりだった。



 剣の修理には、数日かかるらしい。


「しばらく預かる」


 ガフにそう言われ、俺は剣を預けることにした。


 あの剣がどんな姿に生まれ変わるのか。


 少し不安で、そして楽しみでもあった。


 俺たちはガフとルーシェに別れを告げ、レインさんとジェイさんと共に商店街へ戻ることにした。


 しばらく歩くと、見覚えのある露店街が見えてくる。


 そこで待っていたのは、グリフとアンだった。


「おっ、レオン!」


 グリフがこちらに気づく。


「遅かったじゃないか」


「ちょっとな」


 俺が答えると、グリフの視線が俺たちの後ろへ向いた。


「……ジェイさん!」


 その顔が、ぱっと明るくなる。


 グリフはすぐにジェイさんのところへ歩み寄った。


「久しぶりです!」


「ああ、グリフ。元気そうだな」


「もちろんですよ!」


 グリフは本当に嬉しそうだった。


 俺はその様子を少し離れたところから眺めていた。


 冒険者になる前、俺たちを支えてくれた人たち。


 こうして再び顔を合わせると、あの頃のことが少しだけ蘇ってくる。


 ラッカムに来てから、まだそれほど時間は経っていない。


 それでも今日は、色々な出会いがあった。


 そして――。


 俺の剣もまた、新しい出会いを迎えた。


 数日後。


 あの古びた剣が、いったいどんな姿になっているのか。


 俺はそんなことを考えながら、皆の会話を聞いていた。


 そう。


 まさに、金がない。


 俺は自分の懐を探る。


 ……ほとんど何も入っていない。


 当然だ。


 持っていた金は、ほとんどすべてあの剣に捧げてしまった。


 修理代が足りなければ借金してでも直してほしい。


 そうまでして頼んだのだから、後悔はない。


 だが――。


「……腹減ったな」


 俺が呟くと、グリフとアンがこちらを見る。


 そして、二人とも苦笑した。


 たぶん、同じなのだろう。


 装備を新しくするためにラッカムまで来た。


 そして俺は剣を。


 グリフもアンも、それぞれ自分の装備を整えるために金を使っている。


 気がつけば、三人とも財布の中身はほとんど空っぽだ。


「……宿はどうする?」


 アンが呟く。


「それを今から考える」


 俺は答えた。


 ラッカムまで来たというのに、まさかこんな状況になるとは思わなかった。


 けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。


 金はなくなった。


 だが、俺たちはこれから先の冒険に必要なものを手に入れようとしている。


 ――そう思えばいい。


 俺はグリフとアンを見る。


 二人もまた、同じような顔をしていた。


 どうやら俺たちは、揃いも揃って――。


 金の使い方が下手らしい。


 俺たち三人の懐が空っぽだと知ると、レインさんとジェイさんは顔を見合わせた。


「はぁ……全く」


 レインさんが呆れたように息を吐く。


 ジェイさんはそんな俺たちを見て、少し笑っていた。


「お前たちなぁ……」


 呆れているようで、その声にはどこか懐かしさが混じっている。


 俺たちは何も言い返せなかった。


 確かに、言われても仕方がない。


 せっかくラッカムまで来たのに、三人揃って金をほとんど使い果たしてしまったのだから。


 そんな俺たちを見て、レインさんがもう一度ため息をついた。


「まあ……冒険者らしいっちゃ、冒険者らしいか」


 そう言って、レインさんは小さく笑った。


 だが、レインさんはふっと表情を変えた。


「なら――」


 そして、俺たちを真っ直ぐ見つめる。


「冒険者は冒険者らしく、ギルドの依頼を達成して金を稼ぐ」


 その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。


 レインさんはニヤリと笑う。


「これぞ、冒険者の生き様ってもんだ」


 その言葉を聞いて、胸の奥が少し熱くなった。


 そうだ。


 金がないなら、稼げばいい。


 冒険者なのだから。


 依頼を受けて、魔物を倒し、報酬を得る。


 それが俺たちの生きる道だ。


「……それもそうだな」


 俺は笑った。


 グリフも笑う。


 アンも小さく頷いた。


 ラッカムに来たばかりだというのに、どうやら俺たちはまた一つ、冒険を始めることになりそうだった。


 どうやら、レインさんとジェイさんにも目的があったらしい。


「実はな」


 レインさんが口を開く。


「俺たちも、ここのギルドで依頼を受けてるんだ」


「鉱山での討伐依頼だ」


 ジェイさんが続ける。


 ラッカム周辺の鉱山には、採掘の邪魔になる魔物が出ることがあるらしい。


 その討伐が今回の依頼だという。


「ただな……」


 レインさんが腕を組む。


「信頼できる冒険者を探してたんだ」


「それで俺たちに?」


「ああ」


 レインさんは頷いた。


「お前たちなら、背中を預けられる」


 その言葉に、俺は少し驚いた。


 まだ駆け出しのFランク冒険者。


 そんな俺たちを、信頼できると言ってくれる。


 グリフも嬉しそうに笑った。


「もちろん、俺たちも行きますよ」


 アンも頷く。


「報酬も必要だしね」


「そこは正直だな」


 ジェイさんが笑う。


 俺も思わず笑った。


 こうして俺たちは――。


 レインさんとジェイさんと共に、鉱山へ向かうことになった。


もちろんいつものように俺たちもレインさん達の依頼とは別で低ランクの鉱山のコボルト退治の依頼を受けた。


 剣の修理を待つ数日の間に、少しでも金を稼がなければならない。


 そして何より、ラッカムの鉱山。


 プラム周辺とは違う魔物が待っている。


 新しい街での冒険が、また始まろうとしていた。



 レインさんとジェイさんは、俺たちよりずっと上のCランク冒険者だ。


 そんな二人が今回受けているのが、ラッカム近郊の鉱山に住み着いた魔物の討伐依頼だった。


「今回の相手はコボルトだ」


 レインさんが説明する。


「コボルト?」


 俺が聞き返す。


「ああ。個体の強さだけならFランク程度だ」


 ジェイさんが続ける。


「ただし、厄介なのは数だ」


 鉱山に住み着いたコボルトは繁殖力が高く、放っておけばどんどん数が増えていく。


 一匹一匹なら、駆け出しの冒険者でも対処できる。


 だが――。


「囲まれれば厄介だぞ」


 レインさんが真剣な顔で言った。


 俺は頷いた。


 強い魔物が一匹いるよりも、弱い魔物が大量にいる方が厄介な場合もある。


 特に鉱山のような閉ざされた場所では、逃げ道も限られる。


「だから、今回は数を減らすのが目的だ」


 ジェイさんが言う。


「奥へ入りすぎる必要はない。まずは巣の位置を確認して、見つけた群れから確実に潰していく」


「分かった」


 俺は盾を握り直す。


 今度の相手は、盗賊ではない。


 魔物だ。


 しかも、俺たちがこれまで戦ってきた魔物よりも、数が多い可能性がある。


 レインさんとジェイさんが一緒なら、心強い。


 それでも――。


 油断すれば、囲まれる。


 その言葉だけは、頭にしっかりと刻み込んだ。


「出発は明朝だ。東門に集合な」


 レインさんの言葉に、俺たちは頷いた。


「分かった」


「遅れるなよ」


 ジェイさんが笑いながら念を押す。


 こうして、明日の集合場所と時間を決めた俺たちは、それぞれ宿を探すことになった。


 レインさんとジェイさん、そしてアンは宿屋へ向かっていく。


 俺とグリフは――。


「俺たちはどうする?」


「決まってるだろ」


 グリフが笑った。


 向かった先は、街の外れにある馬小屋だった。


 宿に泊まるだけの金が、今の俺たちにはない。


 剣の修理代にほとんどの金を使ってしまったからだ。


「ここなら屋根もある」


「十分だな」


 藁の上に荷物を置く。


 硬い床よりは、ずっとましだ。


 野宿なんて、もう慣れたものだ。


 これまでの冒険でも、何度も野外で夜を越してきた。


 魔物の気配に耳を澄ませながら眠ることもあれば、交代で見張りをしたこともある。


 馬小屋で眠るくらい、どうということはない。


 グリフと並んで藁の上に横になる。


「明日はコボルトか」


「ああ」


 短い会話。


 それだけだった。


 俺は目を閉じる。


 明日は鉱山。


 そして、数の多いコボルトとの戦い。


 今はただ、身体を休めることにした。


そして翌朝。


 出発の時間になった。


 東門へ向かうと、すでに全員が集まっていた。


 レインさん、ジェイさん、アン、グリフ。


 もちろん俺もいる。


「よし、全員いるな」


 レインさんが周囲を見渡す。


 俺たちはそのまま東へ向かって歩き始めた。


 目指すのは、ラッカムの東にある鉱山。


 新しい冒険の始まりだ。


 街を出てしばらくすると、自然と会話が増えていった。


 これまでどんな冒険をしてきたのか。


 冒険者になってからの生活。


 プラムの街での出来事。


 俺たちがこれまで出会ってきた人たち。


 そんな話をしながら、鉱山へ向かって歩いていく。


 すると、ふと懐かしい名前が出てきた。


「そういえば、アイーダさんは元気ですか?」


 グリフが尋ねる。


「ああ、元気だと思うぞ」


 レインさんが答える。


「……ん?」


 俺は少し意外に思った。


 レインさんはアイーダさんのことを、ずいぶんよく知っているようだった。


「もしかして、知り合いなんですか?」


 俺が聞くと、レインさんは少し笑った。


「知り合いも何も――」


 そして、少しだけ胸を張る。


「アイーダは、俺が冒険者になる前に世話になった教官だ」


「えっ?」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。


「アイーダさんが、レインさんの教官?」


「ああ」


 レインさんは頷いた。


「俺も昔は、お前たちと同じ駆け出しだったんだよ」


 その言葉に、なんだか不思議な気持ちになった。


 俺たちが今、レインさんから教わっているように。


 レインさんにも、かつて自分を導いてくれた人がいた。


 冒険者から冒険者へ。


 技術も経験も、こうやって受け継がれていくのかもしれない。


 そんな話をしながら、俺たちは東へ進んでいった。


 やがて遠くに、鉱山の山々が見えてきた。


鉱山へ向かう道中、レインさんが今回の依頼について詳しく話してくれた。


「実はな、ここ最近のコボルトの繁殖力が異常なんだ」


「異常?」


 グリフが聞き返す。


「ああ。以前なら、ある程度討伐すれば数は落ち着いていた。だが最近は、減らしても減らしても増えてくる」


 ジェイさんも頷いた。


「ギルドもかなり手を焼いているらしい」


 それだけあって、今回の依頼報酬は通常よりも多い。


 しかも、倒したコボルトの数に応じて追加報酬まで出る。


 つまり、倒せば倒すほど稼げる。


「それなら、人気の依頼なんじゃないですか?」


 俺が尋ねる。


 レインさんは苦笑した。


「ところが、そうでもない」


「なんで?」


 アンが首を傾げる。


 レインさんは鉱山の方へ目を向けた。


「理由は明白だ」


 そして、少し間を置いて言った。


「暗い洞窟の中で戦わなきゃならねえからな」


 なるほど。


 俺は納得した。


 鉱山の中は昼も夜も関係ない。


 光が届かない場所では、視界が極端に狭くなる。


 そんな場所で魔物と戦う。


 しかも相手はコボルト。


 一匹一匹は弱い。


 だが、暗闇の中で大群に囲まれれば話は別だ。


「視界が悪い場所での集団戦は、かなり危険だ」


 ジェイさんが続ける。


「前後左右、どこから襲ってくるか分からない。逃げ道も限られている」


 俺は無意識に盾へ手を添えた。


 報酬は多い。


 倒した数だけ、さらに報酬が増える。


 金のない俺たちにとっては、これ以上ない依頼にも思える。


 だが――。


 人気がない理由も、よく分かった。


 俺たちは黙って東へ歩き続けた。


 遠くに見えていた鉱山が、少しずつ大きくなっていく。


 その奥には、光の届かない暗闇が待っている。


だが――。


 俺たちには、切り札がある。


「そう怖がるな」


 ジェイさんがそう言うと、腰に下げていた小さな瓶を取り出した。


 透明な液体が入っている。


「それは?」


 俺が尋ねる。


「ポーションだ」


 ジェイさんは瓶を軽く振った。


「ただの回復薬じゃない。飲めば一時的に、暗闇でも物をはっきり捉えられるようになる」


「暗闇でも?」


 グリフが興味深そうに瓶を覗き込む。


「ああ。月明かりのポーションって呼ばれてる」


 なるほど。


 名前の通り、月明かりのように暗闇でも物が見えるようになるらしい。


「効果は?」


 アンが尋ねる。


「数時間程度だ。効果が切れる前に、ちゃんと外へ出る必要がある」


 ジェイさんはそう言って、瓶をしまった。


「もちろん、全員分ある」


 その言葉に、少しだけ安心する。


 暗い洞窟での戦闘。


 それが今回の依頼で一番の問題だった。


 だが、これなら戦える。


 俺は鉱山の入口へ目を向ける。


 そこには、暗い穴がぽっかりと口を開けていた。


 あの中に、コボルトが大量に潜んでいる。


「これなら……いけそうだな」


 俺が呟く。


 レインさんが笑う。


「そういうことだ」


 報酬は多い。


 相手はFランク相当。


 そして、こちらにはDランク冒険者のレインさんとジェイさんもいる。


 条件だけ見れば、悪くない。


 俺たちは月明かりのポーションを手に、鉱山の入口へと向かった。


 鉱山の入口まで辿り着いた。


 だが――。


「……静かだな」


 思わず呟く。


 あまりにも静かだった。


 風の音すら、ほとんど聞こえない。


 鉱山の奥から物音がするわけでもない。


 魔物がいるとは思えないほどだ。


「気を抜くなよ」


 レインさんが声を落とす。


「コボルトは足音を立てにくい」


「足音を?」


「ああ」


 ジェイさんが説明する。


「コボルトの足はかなり柔らかいんだ。地面を踏んでも音が響きにくい」


 俺は暗い鉱山の奥を見る。


 何も見えない。


 何も聞こえない。


 だからこそ、余計に不気味だった。


 もし、この暗闇の向こうに何十匹ものコボルトが潜んでいたとしても――。


 俺たちには分からない。


「静かなのは、何もいないからじゃない」


 レインさんが剣に手を添える。


「俺たちが、まだ見つけてねえだけかもしれねえ」


 その言葉に、全員の表情が引き締まった。


 俺たちは武器を確認する。


 そして、暗闇の中へ足を踏み入れた。


 ジェイさんから渡された月明かりのポーションを、俺たちはそれぞれ口にした。


 苦い。


 薬草のような独特の味が舌に残る。


「……」


 だが、次の瞬間だった。


 俺は目を見開いた。


「……見える」


 さっきまで真っ暗だった洞窟の中が、はっきりと見えている。


 いや――正確には、色がない。


 洞窟内は白と黒だけで構成された、奇妙な世界へと変わっていた。


 壁の凹凸。


 地面に転がる小石。


 少し先にある岩の位置まで、まるで昼間のようにはっきりと捉えられる。


「すごい……」


 グリフも驚いたように周囲を見回している。


「本当に月明かりみたいだな」


 アンも足元を確認する。


 ついさっきまで何も見えなかった場所だとは、とても思えない。


 視界は十分すぎるほど確保されている。


「効果は抜群だな」


 俺は思わず呟いた。


 暗闇の中にいる。


 その事実を忘れてしまいそうになるほどだ。


 ただ――。


 見えるようになったからといって、安心できるわけではない。


 コボルトは足音を立てにくい。


 つまり、向こうから俺たちが見えていたとしても、こちらが気づけるとは限らない。


 俺は盾を構え直した。


 白黒の世界へと変わった洞窟の奥。


 そこには、まだ何も見えない。


 だが――。


 確実に何かがいる。


そんな気がした。

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