死を告げる者
――ついに、決勝戦を迎えた。
闘技場を埋め尽くす観客たち。
その誰もが、これから始まる戦いを待ち望んでいた。
そして――。
闘技場の反対側に、一体の騎士が姿を現した。
「……あれが……」
「デュラハンナイト……」
ざわめきが、少しずつ広がっていく。
首はない。
漆黒の鎧に身を包み、巨大な首なし馬に跨っている。
その手には、巨大なチェインメイス。
そして何より――。
その全身から、禍々しい闇のオーラが立ち昇っていた。
まるで、そこにいるだけで周囲の生命を蝕むかのような――濃密な殺気。
実況席から、震えた声が響く。
「……決勝戦の相手は……デュラハンナイト!」
観客席が静まり返る。
「そして、その二つ名は――」
実況が一度、息を呑んだ。
「――『死を告げる者』!!」
その瞬間。
「「「――ッ!!」」」
会場中から、どよめきが巻き起こった。
誰もが、その名を知っているわけではない。
だが――目の前に立つ存在が、ただのデュラハンナイトではないことだけは分かる。
既に――。
決勝戦の対戦相手だった、竜殺しのダンのパーティーは棄権していた。
つまり。
このデュラハンナイトを倒すことができれば――。
俺たち――雷鳴の勇者の優勝が決まる。
「……」
俺は盾を握り直した。
優勝。
ここまで来たんだ。
あと一体。
目の前のデュラハンナイトを倒せば、それで終わる。
だが――。
「……これは……」
グリフが、険しい表情で呟く。
アンも、無言でデュラハンナイトを見つめていた。
俺たちの前に立っているのは――。
ただの魔物ではない。
その身から放たれる闇だけで、空気が重く感じられる。
観客たちも、その異様な雰囲気を感じ取っていた。
「なんだ……あの魔力……」
「本当に魔物なのか……?」
「怖すぎる……」
会場中が、ざわついていく。
そんな中――。
俺の隣にいたカレンが、突然動きを止めた。
「…………」
顔から、血の気が引いていく。
そして――。
小さな身体が、震え始めた。
「……お母さん……」
カレンは小さな声で呟くと――。
アリスの背後へ隠れた。
俺は、その姿を見て――。
「……あ」
思い出した。
以前、夜の街道でカレンに話した――あの怖い話を。
――夜道を歩いていると、デュラハンナイトが現れる。
――首を取りに来る。
あの時は、まさか本物を目の前にすることになるなんて思ってもいなかった。
俺は思わず、頭を掻いた。
「……しまったな」
アリスが俺を見る。
「……レオン?」
「いや……その……」
俺は、デュラハンナイトを見る。
そして――。
その後ろに隠れているカレンを見る。
「……俺が悪かった」
アリスは小さくため息をついた。
「本当にね」
カレンはアリスの服をぎゅっと握りしめたまま、震えている。
そんなカレンを見ながら――。
俺は、ゆっくりと盾を構えた。
目の前にいるのは――。
『死を告げる者』。
この闘技大会の最後の敵。
そして――。
俺たちが優勝するために、越えなければならない最後の壁だった。
カレンは――今までにないほど怯えていた。
身体を小さく震わせながら、アリスの背後に隠れている。
いつもなら、どんな魔物を前にしても果敢に立ち向かうカレンが――。
今は、完全に戦意を失っていた。
「……お母さん……」
小さな手で、アリスの服をぎゅっと握りしめる。
アリスはそんなカレンを見て、優しく頭を撫でた。
「大丈夫よ」
穏やかな声。
「怖いなら、無理をしなくていいの」
そして、カレンを自分の背後へそっと誘導する。
「お母さんの後ろにいなさい」
「……うん……」
カレンは小さく頷いた。
俺はその様子を見て――悟った。
この戦いで、カレンが戦闘に参加するのは厳しいだろう。
無理に戦わせる必要はない。
今はアリスに任せておけばいい。
俺たちだけで――戦う。
そう決めた、その瞬間だった。
――デュラハンナイトが動いた。
「――来るぞ!」
俺が叫ぶ。
次の瞬間。
――ヒュンッ!!
凄まじい風切り音が闘技場に響いた。
「――ッ!」
目の前を、一つの巨大な鉄球が通り過ぎていく。
チェインメイス。
鎖の先端に取り付けられた鉄球が、まるで砲弾のような速度で振り抜かれていた。
「速い……!」
俺たちは咄嗟に身体を伏せる。
鉄球が頭上を通過し――。
――ドゴォォォン!!
そのまま闘技場の壁へ激突した。
「――っ!」
轟音。
石造りの壁が大きく砕け散る。
大量の瓦礫が地面へ落ちていく。
「……嘘だろ」
グリフが呆然と呟く。
俺も、壁を見つめた。
鉄球がぶつかった場所には、大きな亀裂が走っている。
ただの一撃。
それだけで――。
闘技場の壁を破壊した。
「……」
デュラハンナイトは、何事もなかったかのようにチェインメイスを引き戻す。
鎖がジャラジャラと音を立てる。
そして――。
首のない騎士が、ゆっくりとこちらへ身体を向けた。
「……来るぞ」
俺は盾を構える。
さっきの一撃で分かった。
こいつは――。
今まで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。
――『死を告げる者』。
その二つ名は、決して飾りではなかった。
次の瞬間――。
グリフが弓を引き絞った。
「――レオン!」
声と同時に、七本の矢が放たれる。
――ヒュンッ!!
七本の矢は一直線にデュラハンナイトへ迫っていく。
凄まじい速度。
だが――。
デュラハンナイトは慌てる様子すらなかった。
大盾を構える。
――ドドドドドドドンッ!!
七本すべてが大盾へ突き刺さった。
その瞬間――。
――ドォンッ!!
矢が一斉に爆発する。
凄まじい爆発音が闘技場に響き渡った。
「……どうだ!」
グリフが叫ぶ。
しかし――。
「……!」
煙が晴れる。
そこには――。
何事もなかったかのように立つデュラハンナイト。
大盾には、ほとんど傷すらない。
爆発によって、わずかに衝撃を受けた。
それだけだった。
「……効いてない……?」
グリフが呟く。
俺はデュラハンナイトから目を離さない。
「グリフ!」
「分かってる!」
俺は腰を落とした。
そして――。
「……全力で行く」
身体能力を強化するルーンへ、力を込める。
――ドクンッ。
身体の奥で、ルーンが脈打った。
次の瞬間――。
「――ッ!」
大地を蹴る。
――ドンッ!!
身体が一気に加速した。
視界が流れる。
踏み込み。
さらに一歩。
そして――。
「はぁぁぁっ!!」
剣を振り抜く。
――一撃。
――二撃。
――三撃。
デュラハンナイトが大盾を構える。
そこへ、俺の剣が次々と叩き込まれていく。
――四撃。
――五撃。
――六撃。
盾と剣がぶつかるたびに、激しい金属音が鳴り響く。
「――そして!」
最後の一撃。
俺は身体を沈めた。
盾を構え――。
そのまま、一気に踏み込む。
「――飛影閃突!!」
――ドンッ!!
瞬間的な加速。
デュラハンナイトの死角へ飛び込み、剣を突き出す。
だが――。
「――っ!」
デュラハンナイトが、わずかに身体を捻った。
剣先が鎧を掠める。
――ガキィンッ!!
完全には捉えられなかった。
それでも――。
「……!」
デュラハンナイトの身体が、僅かによろめいた。
俺は距離を取る。
デュラハンナイトも、ゆっくりと姿勢を戻した。
「……掠っただけか」
俺は剣を握り直す。
今の攻撃でさえ――。
決定打にはならなかった。
だが。
ほんの僅かでも、こいつをよろめかせることができた。
なら――。
まだ勝機はある。
そう思った、その時だった。
デュラハンナイトが――。
ゆっくりとチェインメイスを構え直した。
「――また来るぞ……!」
グリフの声が響いた。
デュラハンナイトが、大きく鎖を振り回している。
――ジャララララッ!!
その先端にある巨大な鉄球が、凄まじい勢いで加速していく。
「……!」
次の瞬間――。
――ブォンッ!!
鉄球が、俺目掛けて飛んできた。
速い。
先ほどとは比べものにならない。
俺は鉄球を見つめる。
そして――。
「……死か」
この感覚。
久しぶりだ。
俺の魂に刻まれた、強力なルーンが反応している。
――死が近い。
そう、告げている。
身体の奥がざわめく。
だが――。
俺は恐れていなかった。
避けるつもりもない。
俺が避ければ――。
その先にいるのは、アリスとカレンだ。
この鉄球は、二人へ向かう。
「……それだけは、させない」
俺は円形の盾を構えた。
鉄球が迫る。
――このまま受ければ、盾ごと吹き飛ばされる。
なら――。
力を正面から受け止める必要はない。
俺は盾を回転させる。
迫り来る鉄球の軌道に、盾の縁を滑り込ませる。
「――ッ!」
――ガギィィィン!!
凄まじい衝撃が腕へ伝わってきた。
だが、盾を回転させ続ける。
鉄球の勢いを――。
盾の回転によって殺していく。
そして――。
わずかに角度を変える。
「――流す!」
――ゴォンッ!!
鉄球が盾の表面を滑り――。
その軌道が、大きく逸れた。
俺の横を通り過ぎた鉄球は――。
そのまま闘技場の地面へ叩きつけられた。
――ドゴォォォン!!
石畳が砕け、土煙が舞い上がる。
「……っ」
俺は盾を下ろした。
腕が痺れている。
だが――。
後ろを見る。
アリス。
そして、カレン。
二人とも無事だ。
「……よし」
俺は再びデュラハンナイトへ向き直る。
首のない騎士は――。
静かに俺を見つめていた。
まるで今の盾捌きを――。
騎士として認めるかのように。
――一瞬。
闘技場が、静まり返った。
誰もが、今の一撃を目に焼き付けていた。
あれほどの速度で飛んできた巨大な鉄球を――。
レオンは、盾で正面から受け止めたのではない。
円型の盾を巧みに回転させ、鉄球の勢いを殺しながら、その軌道そのものを逸らしてみせたのだ。
そして――。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
次の瞬間。
会場中から、凄まじい歓声が巻き起こった。
「今の見たか!?」
「鉄球を受け流したぞ!」
「なんて盾捌きだ!」
「さすが――『円型の剣士』レオンだ!」
その声をきっかけに、さらに歓声が大きくなる。
「円型の剣士!」
「レオン!」
「負けるなぁぁぁ!」
観客たちが一斉に立ち上がる。
俺はそんな声を背に受けながら、静かに盾を構え直した。
――雷鳴の勇者は、カレンだ。
俺はその名を背負っているわけじゃない。
ただ――。
カレンを守るために、ここにいる。
俺はちらりと後ろを見る。
アリスの後ろで、まだ震えているカレン。
「……」
俺は小さく息を吐き、再び前を向いた。
目の前には――。
『死を告げる者』。
デュラハンナイトが、静かにこちらを見つめている。
「……行くぞ」
俺は剣を握り直した。
――そして。
デュラハンナイトの猛攻は、止まらなかった。
――ガキィンッ!!
チェインメイスが盾へ叩きつけられる。
俺は円型の盾で受け流しながら、剣で反撃の機会を窺う。
だが――。
速い。
一瞬でも気を抜けば、あの鉄球に身体を持っていかれる。
俺は攻撃を防ぎながら、周囲の状況を確認する。
「……?」
その時だった。
ふと、気づく。
――グリフがいない。
いや。
正確には――姿が消えている。
闇隠れのローブ。
あれを使って、デュラハンナイトの背後へ回り込んでいるのだろう。
バックスタブを狙っている。
そう思った。
だが――。
「……待て」
胸の奥に、嫌な予感が走った。
俺はデュラハンナイトを見る。
首はない。
顔もない。
それなのに――。
こいつは、俺たちの動きを正確に捉えている。
「……おかしい」
俺は気づいた。
――こいつは、見ているんじゃない。
何か別の方法で、俺たちを捉えている。
だとすれば――。
「グリフ!」
俺は叫んだ。
「闇隠れは危険だ!」
――その瞬間だった。
デュラハンナイトが、突然チェインメイスを大きく振り回した。
「――ッ!?」
――ヒュゴォォォッ!!
鉄球が――。
何もない空間へ向かって飛んでいく。
いや。
違う。
そこには――。
グリフがいる。
「グリフ!!」
「――ッ!?」
凄まじい速度で迫る鉄球。
グリフは咄嗟に身体を捻った。
――ブォンッ!!
鉄球が、グリフの身体を紙一重で掠めていく。
「うおっ!?」
グリフは地面を転がりながら、闇隠れのローブを解除した。
「……危なかった……!」
俺はデュラハンナイトを睨む。
やはり――。
間違いない。
こいつは――。
目がなくても、俺たちの位置を正確に把握している。
その事実に、俺は背筋に冷たいものを感じた。
「――死……」
またか。
この感覚……。
俺の魂に刻まれたルーンが、死を告げている。
デュラハンナイトが、大きく振りかぶった。
――ジャララララッ!!
鎖が唸る。
そして――。
――ブォンッ!!
鉄球が、物凄い勢いで飛んできた。
「――ッ!」
俺は盾を構える。
だが――。
「……?」
何かがおかしい。
鉄球の軌道が――。
俺を狙っているように見えない。
「……俺じゃない?」
その瞬間。
俺は気づいた。
鉄球が向かっている先。
そこにいるのは――。
「……カレン!?」
アリスの後ろに隠れている、カレンだった。
俺の盾へ鉄球がぶつかる――。
そう思った、その瞬間。
――ギャリィィン!!
デュラハンナイトが鎖を操った。
鉄球が、俺の盾へ当たる寸前で軌道を変える。
「――なっ!?」
鉄球は盾を掠め――。
そのままカレンへ向かっていく。
「やめろおおおおおおっ!!」
その瞬間だった。
――ドクン。
魂が、震えた。
俺の中に刻まれた――死のルーン。
その力が、解き放たれる。
――世界が、止まった。
いや。
正確には――。
周囲の時間が、極端にゆっくりになったような感覚。
舞い上がった砂埃。
空中に浮かぶ瓦礫。
そして――。
今まさに、カレンへ向かって飛んでいる鉄球。
「……カレン……!」
俺は踏み込んだ。
――ドンッ!!
身体が一気に加速する。
視界の中で、すべてが止まっているように見える。
俺は鉄球へ向かって走る。
そして――。
カレンと鉄球の間へ身体を滑り込ませた。
「――させるかぁぁぁっ!!」
円型の盾を構える。
そして――。
――ドゴォォォン!!
シールドバッシュ。
鉄球へ盾を叩き込んだ。
凄まじい衝撃が身体を突き抜ける。
「――ぐっ!!」
鉄球の軌道が大きく逸れる。
その反動で――。
俺の身体が宙へと舞った。
――ぐるり。
視界が回る。
それでも、俺は必死に後ろを見る。
「……カレン……」
アリス。
そして――。
「……カレン……!」
二人とも――無事だ。
「……よかった……」
安堵した瞬間。
身体が地面へ落ちる。
――ドッ!!
俺は体勢を崩しながらも、なんとか地面へ着地した。
膝をつく。
息が荒い。
腕も痺れている。
だが――。
俺はすぐに立ち上がり、デュラハンナイトを睨みつけた。
「……カレンには、指一本触れさせない」
その言葉が――。
静まり返った闘技場に響き渡った。
アリスも、アンも分かっていた。
この戦い――。
迂闊に攻撃へ加わる隙がない。
デュラハンナイトの攻撃はあまりにも速い。
一瞬でも意識を逸らせば、こちらが致命傷を負いかねない。
そして何より――。
アリスの背中には、カレンがいる。
「……カレンは私が守るわ」
アリスはそう呟き、攻撃ではなく防御に徹していた。
アンもまた、いつでも動けるように構えながら、レオンとデュラハンナイトの戦いを見つめている。
俺は――。
「……」
デュラハンナイトを睨みつけていた。
先ほどまでとは違う。
怒りが、込み上げてくる。
カレンを狙った。
あの一撃は――明らかにカレンを狙っていた。
「……ふざけるな」
俺は剣を握り直す。
その時だった。
「――レオン!」
グリフの声。
俺は一瞬だけ視線を向ける。
――ヒュンッ!
三本の矢が飛んでいく。
狙いは――デュラハンナイトではない。
その馬の足元。
――ドドドンッ!!
三本の矢が地面へ突き刺さった瞬間――。
爆発した。
「――ヒヒィィィンッ!!」
突然の爆発に驚いた首のない馬が、大きく前足を上げた。
身体が大きく仰け反る。
――今だ。
「――ッ!!」
俺は身体能力をさらに引き上げる。
ルーンへ力を込める。
身体の奥から、力が溢れ出す。
そして――。
「はぁぁぁぁっ!!」
俺は槍を握り締めた。
大きく振りかぶる。
「――喰らえッ!!」
全身の力を乗せて――。
槍を投げ放つ。
――ヒュゴォォォッ!!
凄まじい勢いで槍が飛んでいく。
狙うのは――。
デュラハンナイトではない。
その馬の腹。
――ドスッ!!
「――ッ!」
槍が深々と突き刺さる。
その勢いに耐えきれず――。
首のない馬ごと、デュラハンナイトの身体が大きく吹き飛んだ。
――ドォォン!!
地面へ叩きつけられる。
「今だ!」
俺は一気に距離を詰める。
イグニスブレイドを抜き放つ。
倒れ込んだデュラハンナイトへ――。
「――はぁっ!!」
斬撃を叩き込む。
――ガキィン!!
「――ッ!」
さらに一撃。
――ザンッ!!
そして――。
「まだだ!」
連撃を浴びせていく。
イグニスブレイドが振り抜かれるたびに、炎がデュラハンナイトの鎧へまとわりついていく。
――ゴォォォッ!!
見る見るうちに、漆黒の鎧が炎に包まれていく。
「――うおおおおっ!!」
俺は力を込め、さらに斬り込む。
――ガキィンッ!!
――ザンッ!!
――ドォンッ!!
何度かの斬撃が、確実にデュラハンナイトの身体を捉えた。
炎が激しく燃え上がる。
そして――。
俺は一気に後ろへ飛び退いた。
地面に突き刺さっていた槍を駆け寄って拾い上げる。
そして、再び距離を取った。
槍を握り直す。
俺は炎に包まれたデュラハンナイトを睨む。
「……これで終わりじゃない」
だが――。
炎の向こう側で。
デュラハンナイトは、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
炎に包まれながら――。
デュラハンナイトは、ゆっくりと立ち上がった。
その時だった。
デュラハンナイトが跨っていた首のない馬の身体から、黒い霧が溢れ始める。
「……?」
黒い霧は馬の身体を包み込んでいく。
そして――。
――シュゥゥゥ……。
首のない馬は、まるで最初から存在していなかったかのように、ゆっくりと消滅していった。
残されたのは――。
地面に立つ、一体の騎士。
デュラハンナイトだけだった。
「……あとは、お前だけだ」
俺は槍を構える。
デュラハンナイトも、ゆっくりとこちらへ身体を向けた。
その手には、先ほどまで猛威を振るっていたチェインメイス。
だが――。
デュラハンナイトは、それをじっと見つめると――。
――ガシャン。
静かに床へ置いた。
「……?」
俺は眉をひそめる。
すると――。
デュラハンナイトが、何も持っていない手を前へ突き出した。
次の瞬間。
――ゴォォォォ……。
黒い魔力が渦を巻き始める。
禍々しい闇が、デュラハンナイトの手元へ集まっていく。
そして――。
――ズズズズズ……。
闇の中から一本の槍が姿を現した。
漆黒の穂先。
黒い魔力を纏った、禍々しい槍。
「……闇の槍……」
俺は息を呑む。
デュラハンナイトは、その槍をゆっくりと構えた。
そして――。
俺へ向かって、槍先を向ける。
「……」
言葉はない。
だが――。
その姿を見れば、何を伝えようとしているのか分かった。
これは――。
一騎打ち。
武器を捨て、互いに槍だけで決着をつけようとしている。
「……そういうことか」
俺は槍を握り直した。
そして――。
一歩前へ出る。
「いいだろう」
デュラハンナイトと向かい合う。
観客席から、ざわめきが消えていく。
誰もが息を呑み――。
この二人の決着を見守っていた。
――円型の剣士、レオン。
そして――。
『死を告げる者』、デュラハンナイト。
最後の戦いが――。
始まろうとしていた。
デュラハンナイトが、禍々しい闇の槍を構える。
それを見たアリスが、思わず声を上げた。
「レオン……!」
カレンも、アリスの背中から顔を出す。
「お父さん……!」
その小さな身体は、まだ震えていた。
「戦わないで……!」
カレンの目には、涙が浮かんでいる。
「お父さん……戦っちゃダメ……!」
アリスも、険しい表情で俺を見る。
「レオン……無理をしないで」
二人の気持ちは分かっている。
目の前にいるのは――『死を告げる者』。
さっきまでの戦いだけでも、何度も死を感じた。
それでも――。
俺は槍を下ろさなかった。
「……ごめん」
俺は二人を見る。
「でも……この一騎打ちは、やめるつもりはない」
「お父さん……」
カレンの声が震える。
俺はそんなカレンを、真っ直ぐに見つめた。
そして――。
「必ず俺は勝つ」
力強く、そう告げる。
「……約束する」
「……!」
カレンが目を見開いた。
アリスも、黙って俺を見つめている。
俺は槍を握り直す。
そして、もう一度デュラハンナイトへ向き直った。
――必ず帰る。
カレンのところへ。
アリスのところへ。
その約束だけは――。
絶対に破るつもりはなかった。
俺とデュラハンナイトは、少し離れた場所で向かい合っていた。
俺は槍を握りしめる。
「……全力で投げる」
そう告げた。
デュラハンナイトは、何も言わない。
だが――。
その意思を理解したのか。
ゆっくりと大盾を構えた。
「……」
俺は、その姿を見つめる。
そして――。
「……つまり、かかってこいってことか」
デュラハンナイトは微動だにしない。
ただ、大盾を構えたまま俺を待っている。
俺は静かに目を閉じた。
そして――。
魂に刻まれた、強力なルーンへ力を込める。
――ドクン。
身体の奥で、ルーンが脈打った。
「……力を貸してくれ」
俺は、自分の魂へ語りかける。
俺は――。
この先も、アリスや仲間たちと幸せに暮らしたい。
もう、失いたくない。
そして――。
カレンが成長していく姿を見たい。
学校へ行く姿を。
友達と笑う姿を。
そんな未来を――。
俺は、この先も見ていたい。
「……だから」
俺は、槍を強く握る。
「俺に……力を貸してくれ」
そして――。
この槍にも。
何度も俺と共に危機を乗り越えてきた槍。
バァルさんから譲り受けた、大切な槍。
「……頼む」
槍へも力を込める。
身体の奥から溢れ出す力を、一本の槍へと集めていく。
そして――。
ゆっくりと身体を捻る。
力を溜める。
だが、力任せにはしない。
しなやかに。
身体全体を使って――。
「――いけぇぇぇっ!!」
槍を投げた。
――ヒュンッ!!
槍は、真っ直ぐに飛んでいく。
高く、鋭い音を響かせながら――。
――キィィィィン!!
俺はこれまで、何度も槍を投げてきた。
だが――。
これほどまでに綺麗に投げられたのは、初めてだった。
無駄な力が一切ない。
身体の力。
ルーンの力。
そして――。
槍に込めた想い。
その全てが、一つになっていた。
「――ッ!」
デュラハンナイトが、大盾を構える。
槍が迫る。
そして――。
――ドゴォォォォン!!
槍が大盾を貫いた。
そのまま勢いを失わず――。
――ズドンッ!!
デュラハンナイトの肩へ深々と突き刺さる。
「――ッ!」
漆黒の鎧が大きく砕ける。
そして――。
槍そのものも、耐えきれずに砕け散った。
――パキィィン!!
破片が宙を舞う。
静寂。
誰も声を上げない。
デュラハンナイトは、肩に槍を突き立てたまま――。
ゆっくりと、その身体を揺らした。
デュラハンナイトは――。
肩に折れた槍が突き刺さったまま、ゆっくりと立ち上がった。
――ガシャン。
重い鎧が軋む。
それでも倒れない。
デュラハンナイトは、肩に刺さった槍の残骸へ手を伸ばすこともなく――。
俺を見つめていた。
そして。
――ガンッ。
大盾を地面へ置いた。
「……」
何をするつもりだ。
そう思った瞬間だった。
デュラハンナイトは、手にした禍々しい闇の槍を――。
俺へ向けた。
その姿を見て、俺は理解する。
「……今度は、俺の番ってことか」
デュラハンナイトは答えない。
ただ、槍を構えたまま動かない。
俺はゆっくりと円型の盾を構える。
――ドクン。
心臓が、大きく鳴った。
――ドクンッ。
さらに強く。
耳の奥まで響くほどの鼓動。
まるで心臓そのものが、今にも張り裂けそうだった。
魂に刻まれたルーンが――。
俺へ告げている。
――死が近い。
「……」
そうなのかもしれない。
この一騎打ちを続ければ――。
俺は死ぬかもしれない。
だが。
俺は、盾を握る手に力を込めた。
逃げるつもりはない。
アリスとの約束。
カレンとの約束。
仲間たちとの約束。
そして――。
目の前にいる、この騎士との一騎打ち。
ここから逃げることだけは――。
絶対にしたくなかった。
俺は、デュラハンナイトを真っ直ぐに見据える。
「……!」
デュラハンナイトの身体が、わずかに動いた。
俺は円型の盾を構え直す。
「俺は――逃げない」
そして。
静かに告げた。
「来い……!」
次の瞬間。
デュラハンナイトが――。
地面を蹴った。
その動きには、無駄が一切なかった。
槍を構える。
身体を捻る。
そして――。
一瞬で、全身の力を槍へと乗せる。
「――ッ!」
次の瞬間。
デュラハンナイトは、禍々しい闇の槍を投げ放った。
――ヒュォォォォンッ!!
空気を切り裂く音。
その速さは――。
想像を遥かに超えていた。
「――ッ!」
俺の魂に刻まれたルーンが――。
激しく反応する。
――死。
――死。
――死。
何度も。
何度も。
魂が俺へと知らせてくる。
――死が来る。
この槍を受ければ――。
死ぬ。
「……なら――!」
俺は、魂に刻まれたルーンへ――。
全ての力を込めた。
――ドクンッ!!
身体の奥で、ルーンが激しく脈打つ。
身体能力が、一気に引き上げられる。
「――うおおおおおおっ!!」
俺は円型の盾を構えた。
そして――。
迫り来る槍へ、正面から盾をぶつける。
――ドゴォォォォォン!!
「ぐっ――!!」
凄まじい衝撃。
身体が後ろへ持っていかれる。
だが――。
俺は踏ん張った。
両足で地面を掴む。
それでも止まらない。
――ズズズズズッ!!
両足が地面を引きずる。
土が削れ、砂埃が舞い上がる。
「ぐ、ううううっ……!!」
腕に――。
激痛が走る。
その痛みが腕から肩へ。
肩から胸へ。
そして――。
全身へと駆け抜けていく。
「――ッ!!」
それでも、盾を離さない。
魂が叫んでいる。
――死。
――死。
――死。
何度も。
何度も。
俺へ死を告げ続ける。
それでも――。
「……負けるか……!」
俺は歯を食いしばった。
さらにルーンへ力を込める。
両足で地面を削りながら――。
槍の勢いを。
少しずつ。
少しずつ。
殺していく。
――ズズズズズッ!!
そして――。
「――止まれぇぇぇぇぇっ!!」
最後の力を込めた瞬間。
――ピタッ。
槍の勢いが――。
完全に止まった。
「……はぁ……はぁ……」
俺は盾を構えたまま、荒い息を吐く。
腕が震えている。
全身が痛い。
足元には、俺が引きずられた跡が長く残っている。
だが――。
俺は立っていた。
そして。
円型の盾の向こう側。
俺は――。
デュラハンナイトの槍投げを、見事に受け切っていた。
デュラハンナイトは、黙って見つめていた。
そして。
ゆっくりと――。
俺へ向かって歩き始めた。
――ガシャン。
――ガシャン。
一歩。
また一歩。
重い鎧の音が、静まり返った闘技場に響く。
「……」
俺は円型の盾を構えようとする。
だが――。
腕に、もう力が残っていなかった。
「……くっ」
盾を持ち上げることすらできない。
それでも俺は、デュラハンナイトを見つめ続けた。
デュラハンナイトは俺の前まで来ると――。
地面に落ちていた禍々しい闇の槍を拾い上げた。
そして。
自らの肩へ深々と突き刺さっていた――。
バァルさんから譲り受けた、折れた槍へ手を伸ばす。
――ズッ。
ゆっくりと。
肩から槍を引き抜いた。
「……」
デュラハンナイトは、抜き取った槍をじっと見つめる。
そして――。
俺を見る。
俺の手元を見る。
そして。
もう一度、折れた槍を見る。
「……?」
何をするつもりなんだ。
そう思った次の瞬間――。
デュラハンナイトは。
手にしていた禍々しい闇の槍を――。
俺へ差し出した。
「……俺に?」
デュラハンナイトは、何も言わない。
ただ――。
静かに槍を差し出している。
俺はその槍を見る。
禍々しい。
触れることさえ躊躇うような、漆黒の槍。
それでも――。
俺には分かった。
「……俺を……認めてくれたのか?」
デュラハンナイトは答えない。
ただ、槍を差し出したまま――。
俺を見つめている。
俺はゆっくりと手を伸ばした。
そして――。
禍々しい闇の槍を受け取った。
その瞬間。
デュラハンナイトの身体から――。
眩い光が溢れ出した。
「……!」
漆黒の鎧が、聖なる光に包まれていく。
デュラハンナイトは――。
何も言わない。
ただ、最後に一度だけ。
俺を見つめた。
そして――。
その姿は、聖なる光の中へと消えていった。
静寂。
俺は、手にした槍を見る。
ついさっきまで、あれほど禍々しかった槍。
それが今は――。
淡い聖なる光を纏っていた。
「……」
俺は、誰もいなくなった場所を見つめる。
そして――。
小さく呟いた。
「……きっと、名だたる騎士だったんだな」




