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冒険の書  作者: siva5880


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英雄王ジーク 再び

首都ギースには――。


 今までにないほど、多くの人々が集まっていた。


 街の至る所に魔族や人族の姿があり、普段なら静かな通りさえも、大勢の人々で埋め尽くされている。


 その理由は――。


 百年に一度だけ開催される、巨大な祭典。


 ――闘技大会。


 魔族領だけではない。


 遠く離れた人族の国からも、多くの者たちがこの大会を見るために訪れていた。


 そして大会当日。


 俺たちは、巨大なコロシアムへと足を運んでいた。


「……すごいな」


 思わず、俺は呟いた。


 目の前に広がっていたのは――。


 円形に造られた、巨大な闘技場。


 何層にも積み重なるように造られた観客席には、すでに大勢の観客が詰めかけている。


 魔族。


 人族。


 様々な種族の姿が見える。


 歓声や話し声が重なり合い、コロシアム全体が震えているようだった。


「百年に一度……っていうだけあるね」


 隣にいたアリスも、珍しく驚いた表情を浮かべている。


 観客席を見渡せば、一般の観客だけではない。


 闘技場を見下ろすように設けられた、豪華なテーブル席。


 料理や酒が並べられ、ゆったりと観戦できるようになっている。


 そして――。


 そのさらに上には、明らかに造りの違う観客席があった。


 広々とした空間。


 専用の入口。


 周囲には護衛らしき魔族たちまで立っている。


「あれは?」


 俺が尋ねると、近くにいた案内役の魔族が答えた。


「上級魔族の方々が観戦される席です」


「なるほど……」


 その席には、見るからに身分の高そうな魔族たちが並んでいる。


 中には、人族では見たこともないような姿をした者もいる。


 角の大きさも。


 身体の大きさも。


 身に纏っている衣服も。


 普通の魔族とは明らかに違っていた。


 そして――。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 突然、コロシアム中から凄まじい歓声が巻き起こった。


 俺たちは思わず闘技場へ視線を向ける。


 中央の舞台へ、一人の魔族が姿を現したのだ。


 その瞬間――。


 さらに大きな歓声が響き渡る。


「始まるぞ!」


「今年の優勝候補だ!」


「あいつに賭けるぞ!」


「いや、今年は人族の剣士が凄いらしいぞ!」


 そこかしこから、様々な声が聞こえてくる。


 百年に一度。


 魔族も人族も関係なく、この大会を見るために集まっている。


 その熱気は――。


 これまで俺が見てきたどんな祭りよりも凄まじかった。


「……カレン、大丈夫か?」


 俺が振り返ると――。


「うわぁ……!」


 カレンは目を輝かせながら、コロシアムを見渡していた。


「すごい! 人がいっぱい!」


 その隣では、アンとグリフも苦笑している。


「本当に凄い人数ね……」


「これだけの人間が集まる大会なんて、俺も初めて見るぜ」


 そして――。


 カレンの腰にあるポーチさんも、いつものポーチの姿のまま、まるでこの騒ぎを楽しんでいるように小さく揺れていた。


 俺はもう一度、巨大な闘技場へ視線を向ける。


 百年に一度。


 この日のために集まった、数え切れないほどの人々。


 そして――。


 この中には、これから俺たちが戦うことになる者たちもいる。


 胸の奥が、僅かに高鳴った。


 ――いよいよ。


 闘技大会が始まる。


闘技大会の参加者たちも、ただの冒険者ばかりではなかった。


 闘技場へ続く通路には、数多くの参加者が集まっている。


 その中には――。


「……あれ、あの人たちって」


 グリフが驚いたように声を漏らした。


 俺も視線を向ける。


 そこにいたのは、各地で名を知られている有名な冒険者たちだった。


 長年にわたって数々の依頼をこなし、名を上げてきた高ランク冒険者パーティー。


 中には、俺たちでも名前を聞いたことがあるほどの有名パーティーまでいる。


 さらに――。


 揃いの鎧を身につけた集団もいた。


「……騎士団か?」


 俺が呟く。


 どうやら各国の騎士団からも、代表として参加している者たちがいるらしい。


 そして、それだけではない。


 魔族の戦士。


 人族の剣士。


 魔法使い。


 格闘家。


 様々な種族、様々な国から集まった強者たちが、この大会に参加していた。


「本当に……凄い大会なんだね」


 アリスが闘技場を見渡しながら呟く。


「ああ」


 俺も頷いた。


 これほどの強者が一堂に集まる光景など、今まで見たことがない。


 そして――。


 俺たちは観客席へ目を向けた。


 その中でも、ひときわ豪華に造られた特別席。


 そこには――。


「……あれは」


 俺は思わず目を細めた。


 見覚えのある人物がいる。


 人族の王都ハルディオ。


 その国を治める女王――。


 オヴェリアだった。


 その隣には、王族や随行してきた者たちの姿も見える。


「オヴェリア様まで来ているのか」


 まさか、ここまで来ているとは思わなかった。


 百年に一度の大会。


 それだけ、この闘技大会が人族にとっても重要なものなのだろう。


 さらに視線を移す。


 別の特別席には、見慣れない衣装を身につけた人々が座っていた。


 豪華な装飾品。


 身分の高さを感じさせる衣服。


 そして、その周囲を固める護衛たち。


「あれは……?」


 アンが尋ねる。


「おそらく、他国の王族だろうな」


 さらにその隣。


 そこには、ひときわ大きな席が設けられていた。


 豪華な衣装を身につけた者たち。


 その周囲には、数多くの護衛と貴族たちが並んでいる。


「あれが……帝国か」


 アリスが呟いた。


 人族の国々の中でも、大国として知られる帝国。


 その皇族や貴族たちも、この大会を観戦するために訪れているらしい。


 そして――。


 魔族側にも、王族や上級魔族と思われる者たちの姿がある。


 普段なら決して同じ場所に集まることのないような者たちが、同じ闘技場に集まっている。


 魔族。


 人族。


 各国の王族。


 貴族。


 冒険者。


 騎士団。


 そして、名も知られていない数多くの戦士たち。


 俺は改めて、巨大なコロシアムを見渡した。


 ――百年に一度。


 その言葉は、決して大げさではなかった。


 これは単なる闘技大会ではない。


 世界中から強者と権力者が集まる――。


 まさに、百年に一度の一大祭典だった。


選手控え室。


 俺たちは、出番が来るのを静かに待っていた。


 控え室には、俺たち以外にも多くの選手がいる。


 誰もが自分の出番を待ちながら、武器の確認をしたり、身体を動かしたりしていた。


 緊張した表情を浮かべている者もいれば、仲間と談笑している者もいる。


 だが――。


 その誰もが、一流の戦士であることは間違いなかった。


「……それにしても」


 俺は壁の向こうへ耳を澄ませる。


 すると――。


「オオオオオオオオオオオオッ!!」


 ――ドオオオオオオッ!!


 まるで地面そのものが震えるような、大歓声が響き渡った。


「……すごいな」


 思わず呟く。


 コロシアムを埋め尽くした観客たち。


 その声援が、分厚い壁を越えてここまで届いてくる。


「オオオオオオッ!!」


「いけぇぇぇぇ!!」


「負けるなぁぁぁ!!」


 次々と響き渡る歓声。


 戦いが始まるたびに、会場全体が沸き上がっているようだった。


「なんだか、こっちまで緊張してくるわね」


 アンが苦笑する。


「俺は逆に燃えてきたぜ!」


 グリフは拳を握りしめる。


 そして――。


「……カレンは?」


 俺が振り返る。


 するとカレンは――。


「…………」


 控え室の壁に耳をぺたりと当てていた。


「オーッ! って、すごいね!」


 どうやら緊張するどころか、会場の歓声を楽しんでいるらしい。


「カレン、もうすぐ俺たちの番だからな」


「うん!」


 元気よく返事をするカレン。


 その腰では、ポーチさんがいつものように揺れている。


 そして――。


「次の試合、終了!」


 控え室の入口から、係員の声が響いた。


 俺たちは顔を見合わせる。


 どうやら――。


 俺たちの出番が、近づいてきたようだ。


 俺は腰の剣を確認し、盾を手に取る。


 そして――。


 静かに息を吐いた。


 壁の向こうから、再び大歓声が響き渡る。


「オオオオオオオオオオオオッ!!」


 ――さあ。


 いよいよ、俺たちの番だ。


そして――。


「お待たせいたしました!」


 会場中に、司会の声が響き渡った。


「数多くの名だたる冒険者たちが集う、今回の闘技大会!」


 観客たちのざわめきが大きくなる。


「その中でも――この名前をご存じない方は、いないはずです!」


 一瞬。


 会場が静まり返った。


「――雷鳴の勇者一同様、ご入場です!」


 その瞬間だった。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」


「雷鳴の勇者だぁぁぁぁ!!」


「来たぞおおおおおっ!!」


 ――ドオオオオオオオオオオッ!!


 コロシアムを揺らすほどの大歓声が巻き起こった。


「……っ!」


 俺は思わず足を止めそうになった。


 控え室で聞いていた歓声とは、まるで違う。


 何万人もの観客が、一斉に俺たちへ声を上げている。


「す、すごい……」


 アンも目を丸くしている。


「おいおい……俺たち、こんなに有名だったのか?」


 グリフまで驚いた表情を浮かべていた。


 そして――。


「わぁぁぁ!」


 カレンは嬉しそうに手を振っている。


「みんなー!」


 その姿に、さらに歓声が大きくなった。


「カレンちゃーん!」


「雷鳴の勇者ー!」


「頑張れー!」


 俺たちはゆっくりと闘技場の中央へ歩いていく。


 巨大なコロシアム。


 そのすべての視線が、俺たちへ向けられている。


 そして――。


 俺は観客席の中に、見覚えのある姿を見つけた。


「……あれは」


 人族側の特別席。


 そこにいたのは――。


 オヴェリアだった。


 俺たちに気づくと、オヴェリアは嬉しそうに笑い――。


 大きく手を振ってくれている。


「……オヴェリア様だ」


 アンも気づいたようだ。


 俺も小さく手を上げる。


 オヴェリアはさらに大きく手を振ってくれた。


 遠く離れた場所からでも、応援してくれていることがはっきりと分かる。


 その光景を見ていると――。


 不思議と身体の力が抜けていった。


 俺は仲間たちを見る。


 グリフ。


 アン。


 そして――カレン。


 俺たちは、この大会のためにここへ来た。


 ならば――。


「行こう」


 俺がそう言うと、皆が頷いた。


 再び、会場中に歓声が響き渡る。


「雷鳴の勇者ぁぁぁぁぁ!!」


「頑張れぇぇぇぇ!!」


「負けるなぁぁぁぁ!!」


 その声援を背に受けながら――。


 俺たちは、闘技場の中央へと歩みを進めた。


俺たちの前に姿を現したのは――。


 巨大な狐だった。


 美しい毛並みを持ち、九本の尾がゆらゆらと揺れている。


「……妖狐だな」


 グリフが相手を見ながら呟いた。


「幻術や炎を得意とする魔物だ。ランクは……Cってところだな」


 妖狐は鋭い目で俺たちを見つめている。


 その身体からは、僅かに魔力が漂っていた。


「へぇ……」


 グリフが妖狐を眺めながら、隣にいるカレンへ視線を向ける。


「……あの見た目、可愛いから使役する感じか?」


「うん!」


 即答だった。


 カレンはすでに妖狐を見つめながら、目を輝かせている。


「……まだ戦ってもいないんだけどな」


 グリフが苦笑する。


「だって、可愛いもん!」


 カレンはそう言うと、腰にあるポーチさんへ手を伸ばした。


 そして――。


 一枚の魔法カードを取り出す。


「大きいクマさん!」


 カレンがカードを掲げた。


 次の瞬間――。


 闘技場の中央に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 ――ズンッ!!


 大地を揺らすような音とともに、巨大な魔物が姿を現した。


 ジャイアントグリズリー。


 その巨体は、普通のワイルドベアとは比べ物にならない。


「クマさん!」


 カレンは嬉しそうに駆け寄ると、その背中へひょいっと乗った。


 巨大なジャイアントグリズリーの背中から、カレンが妖狐を見つめる。


 その光景に――。


「…………」


 一瞬。


 会場が静まり返った。


 そして――。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 コロシアム全体が爆発したような歓声に包まれた。


「なんだ、あの魔物は!?」


「ジャイアントグリズリーだと!?」


「まさか、あれを使役しているのか!?」


「おおおおーー!!」


 観客だけではない。


 王族や貴族たちが座る特別席からも、驚きの声が上がっている。


「……あの力は!!」


「一体、あの少女は何者なんだ!?」


 俺は観客席へ目を向けた。


 そして――。


 オヴェリアの姿も見えた。


 オヴェリアも驚いたように目を見開いていたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべている。


 その隣では、王族や貴族たちまで身を乗り出して、カレンとジャイアントグリズリーを見つめていた。


 そして当の本人は――。


「……ふふっ」


 ジャイアントグリズリーの背中の上で、楽しそうに笑っている。


 その視線は、目の前の妖狐から一度も離れていない。


 どうやら――。


 カレンの頭の中では、もう決まっているらしい。


 この妖狐を――。


仲間にする。


ジャイアントグリズリーが姿を現した瞬間――。


 目の前にいた妖狐の身体が、びくりと震えた。


 先ほどまでの鋭い眼差しは、どこへやら。


 ジャイアントグリズリーを見上げたまま、明らかに怯えている。


 それも当然だ。


 大きいクマさん――ジャイアントグリズリー。


 その巨体は、もはや魔物というより建物に近い。


 一般的な民家ほどの大きさがあり、その巨大な腕から繰り出される一撃を受ければ――。


 まともに喰らえば、即死してもおかしくない。


 そんな存在が、今。


 妖狐の目の前に立っている。


「…………」


 妖狐はジャイアントグリズリーを見上げる。


 そして――。


 ちらりと、その背中に乗っているカレンを見る。


 カレンはジャイアントグリズリーの背中の上から、妖狐へ笑顔を向けていた。


「ねえ」


 カレンが声をかける。


「お友達になる?」


「……?」


 妖狐が首を傾げる。


「それとも――」


 カレンは少しだけ考えると、もう一つの選択肢を口にした。


「戦う?」


 その言葉を聞いた瞬間――。


 妖狐の耳がぴくりと動いた。


 そして――。


「……」


 ゆっくりと身体を倒していく。


 ごろん。


 妖狐は仰向けになった。


 そして四本の足を上げ――。


 自分から腹を見せる。


「…………」


 会場が静まり返る。


「……え?」


 カレンが目を丸くする。


 妖狐はそのまま動かない。


 完全な服従の姿勢だった。


 どうやら、この妖狐は理解したらしい。


 ――戦う。


 そんな選択肢は、自分には存在しないということを。


「……賢いな」


 グリフが呟いた。


「まあ……あれを見たら、そうなるわよね」


 アンも苦笑している。


 俺も巨大なジャイアントグリズリーを見上げる。


 確かに――。


 あれと戦えと言われたら、俺だって少し考える。


 いや。


 かなり考える。


 そして――。


「お友達になる!」


 カレンが嬉しそうに叫んだ。


 すると妖狐は、仰向けのまま尻尾をぱたぱたと揺らした。


 どうやら――。


 新しい仲間が、一匹増えたらしい。


 その光景を見ていた観客たちは――。


「…………」


 しばらく、言葉を失っていた。


 そして次の瞬間。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 先ほど以上の大歓声が、コロシアム中に響き渡った。


こうして――。


 闘技大会、一回戦。


 その開始早々。


 カレンは――。


 新しい「お友達」を一匹増やしたのであった。


「やったぁ!」


 カレンはジャイアントグリズリーの背中の上で嬉しそうに笑っている。


 そんなカレンを――。


 観客席にいる多くの魔族たちが、呆然と見つめていた。


 やがて。


 一人の魔族が、ゆっくりと立ち上がった。


「……まさか」


 そして――。


 その場に跪いた。


「……っ」


 続いて、別の魔族も跪く。


 さらにその隣でも。


 一人。


 また一人。


 次々と魔族たちが膝をついていく。


 そして――。


「おお……!」


「我らが英雄……!」


「ジーク様の力だ……!」


「我らが英雄、ジーク様の力を宿し――」


 魔族たちが祈りを捧げ始めた。


「勇者様……!!」


 その声は、瞬く間に広がっていった。


 コロシアムのあちこちで魔族たちが跪き、カレンへ向かって祈りを捧げている。


「おおおお……!」


 その光景は、まるで宗教的な儀式のようだった。


 そして――。


 俺たちが座る場所からも、その光景ははっきりと見えていた。


「……何が起きてるの?」


 アンが困惑したように呟く。


「俺にも分からん……」


 グリフも唖然としている。


 カレン本人は――。


「……?」


 ただ不思議そうに首を傾げている。


 そして――。


 魔族たちの祈りは、さらに大きくなっていく。


「ジーク様……!」


「我らが英雄……!」


「再び我らを導いてくださるのだ……!」


 その言葉を聞いた瞬間。


 アリスの表情が変わった。


「……ジーク」


 小さく呟く。


「ジーク……」


 そして、もう一度。


「……ジーク・ハロルド」


 アリスは魔族たちを見つめる。


 その表情には、驚きが浮かんでいた。


「みんな……ジーク・ハロルドのことを言っている……?」


 かつて――。


 レオニダスと共に魔神と戦った、鬼人族の英雄。


 ジーク・ハロルド。


 その名を――。


 この時代の魔族たちが、今もなお語り継いでいる。


 そして今。


 カレンの身体に宿る、あの不思議なルーンを見て――。


 彼らは、カレンをその英雄の力を受け継いだ存在だと思っている。


 アリスは、カレンを見つめる。


「……まさか」


 その瞳に――。


 長い年月を生きてきた彼女でさえ、予想していなかった何かが浮かび始めていた。


そして――。


 一回戦を終えた俺たちは、選手控え室へ戻っていた。


 ようやく一息つけると思っていた、その時だった。


「雷鳴の勇者様方。魔族の王がお会いしたいとのことです」


「……魔族の王が?」


 突然の申し出に、俺たちは顔を見合わせた。


 だが、断る理由もない。


 案内役の魔族に連れられ、俺たちは控え室を後にした。


 しばらく廊下を歩き――。


 一つの大きな扉の前へと辿り着く。


「こちらです」


 扉が開かれる。


 俺たちは部屋の中へ入った。


 そこにいたのは――。


 魔族の王。


 そして、その隣には王女の姿。


 さらに――。


「……オヴェリア?」


 そこには、人族の王都ハルディオの女王、オヴェリアもいた。


 俺たちは一斉に姿勢を正す。


「お初にお目にかかります、魔族の王よ」


 俺たちは王族に対して礼をする。


 すると――。


 カレンだけは、俺たちとは少し違った格好をしていた。


「……」


 カレンの肩には――。


 先ほど仲間になった妖狐が乗っている。


 カレンが魔法で身体を小さくしたのだ。


 大きな狐だった妖狐は、今では猫ほどの大きさになっている。


 そして、その九本の尻尾のうち何本かが――。


 カレンの首へふわりと巻き付いていた。


「……」


 まるで暖かいマフラーのようだ。


 カレンはそんな妖狐を肩に乗せたまま、何事もなかったかのように頭を下げる。


「こんにちは!」


「…………」


 魔族の王と王女が、カレンの肩に乗る妖狐を見つめる。


 先ほどまで闘技場で戦っていた相手。


 それを――。


 カレンはすでに「お友達」にしてしまっている。


 そして、その妖狐はというと――。


 カレンの首に尻尾を巻き付けたまま、気持ちよさそうに目を細めている。


 その様子を見ていたオヴェリアが、思わず微笑んだ。


「ふふ……」


 そして――。


「相変わらずね、カレン様」


「えへへ!」


 カレンは嬉しそうに笑った。


 俺はそんなカレンを見ながら、思わず苦笑する。


 つい先ほどまで――。


 この国の観客たちを震撼させていた存在とは、とても思えない。


 だが――。


 俺たちはまだ知らなかった。


 この面会が――。


 カレンに宿る力。


 そして、かつてこの世界を救った英雄――ジーク・ハロルド。


 その二つを結びつける、大きな出来事になることを。


すると――。


 それまで立っていた魔族の王が、ゆっくりとカレンの前へ歩み出た。


 そして――。


 膝をついた。


「……え?」


 カレンが驚いた声を漏らす。


 だが、それだけではなかった。


 魔族の王に続くように、王女も膝をつく。


 さらに――。


 部屋にいた貴族らしき魔族たちも、次々と膝をついていく。


 やがて、部屋にいる魔族のほとんどが、カレンを前に跪いていた。


「英雄王……ジーク様」


 魔族の王が、静かに口を開く。


「偉大なるあなた様の力を宿した――」


 王はカレンを見上げる。


「小さき勇者よ……」


「…………」


 カレンは、何が起きているのか分からないといった表情で、その場に立っている。


 すると――。


 魔族の王は両手を組み、祈るように頭を下げた。


「どうか……」


「我ら魔族を、導きたまえ……」


 その言葉に――。


「導きたまえ……」


「我らをお救いください……」


 他の魔族たちも次々と祈りを捧げ始める。


「…………」


 俺は、ただその光景を見つめていた。


 魔族の王が。


 王女が。


 そして、多くの貴族たちまでもが――。


 カレンへ向かって跪き、祈りを捧げている。


「……ちょっと待ってくれ」


 俺は思わず口を開いた。


 だが――。


「お父さん……?」


 カレンが俺を見る。


 その表情は、完全に困惑していた。


「……カレン、どうやら大変なことになってるみたいだ」


「うん……?」


 カレンは首を傾げる。


 その肩では、先ほど仲間になった妖狐が気持ちよさそうに尻尾を揺らしている。


 そんな微笑ましい光景とは裏腹に――。


 部屋の空気は、異様なほどに重かった。


 そして、その光景を少し離れた場所から見ていたアリスは――。


「…………」


 言葉を失っていた。


「ジーク……」


 小さく呟く。


「ジーク・ハロルド……」


 かつてレオニダスと共に戦った、鬼人族の英雄。


 アリスが知る、遠い過去の人物。


 その名を――。


 今の魔族たちは、まるで昨日の出来事のように口にしている。


 そして、その力がカレンに宿っていると信じている。


「……まさか、本当に……?」


 アリスの視線が、カレンの身体に刻まれたルーンへ向けられた。


 長い年月を生きてきたアリスでさえ――。


 この状況を、すぐには理解することができなかった。


しばらくの間――。


 俺たちは、跪いたままの魔族たちを見つめていた。


 やがて、魔族の王――。


 グラディウス・ダル・ギースが静かに口を開いた。


「その力は……」


 グラディウス王の視線が、カレンへ向けられる。


「今より何千年も前――魔神ヴェルマゴートと戦った、鬼神族の英雄王」


 一度言葉を切り――。


「ジーク・ハロルドの力です」


「……!」


 俺たちは一斉に顔を見合わせた。


 すると、アリスがすぐに口を開いた。


「ジークの力……」


 そして、カレンを見る。


「確かに、ジークは自らの強さを魔物に示し、その力によって魔物たちを従わせていたわ」


 アリスは遠い過去を思い出すように続ける。


「私たちの歴史を記した碑文書にも、同じことが書かれていました」


「碑文書に……?」


 グリフが驚いたように尋ねる。


「ええ」


 アリスは頷く。


「ですが――その力は、魔神ヴェルマゴートとの戦いでジークが敗れた時に……奪われたと記されています」


「奪われた……?」


 俺は眉をひそめた。


 すると――。


 グラディウス王の視線が、カレンから俺へと移った。


「そうです」


 そして、俺を真っ直ぐに見つめる。


「レオン」


「……はい」


「あなたの魂に刻まれた――その強力なルーン」


 王の言葉に、俺の身体が僅かに強張る。


 俺の魂に刻まれたルーン。


 死が近づいた時に発動し、俺を何度でも生へと戻してきた――あの忌まわしいルーン。


 グラディウス王は、静かに告げた。


「それは――」


 一瞬の沈黙。


「魔神ヴェルマゴートの魂の一部です」


「…………」


 部屋から、音が消えた。


 誰も言葉を発しない。


 俺自身も――。


 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。


「……魔神の……魂?」


 俺が呟く。


 グラディウス王は静かに頷いた。


「ええ」


 その言葉が――。


 俺の胸の奥へ、重く突き刺さった。


「魔神ヴェルマゴートは――」


 グラディウス王は、静かに言葉を続けた。


「戦いの中で奪った力を、自らの魂へと取り込んでいったのです」


「魂へ……?」


 俺が呟くと、グラディウス王は頷いた。


「ええ。そして、その力を宿したものこそが――ルーンです」


 その言葉に、アリスが僅かに目を見開いた。


「……ルーンが……?」


「そうです」


 グラディウス王は続ける。


「世界の至る所に存在する、人族が『ルーン』と呼んでいるもの。その一つ一つにも――魔神ヴェルマゴートの力の一部が宿っていると、我々は考えています」


「…………」


 アリスは何も言わなかった。


 ただ――。


 その表情には、明らかな驚きが浮かんでいる。


 大賢者であるアリスでさえ、知らなかった事実。


 俺は自分の魂に刻まれたルーンを意識する。


 今まで何度も俺の命を救ってきた、この力。


 それが――。


 魔神の魂の一部。


「そして――」


 グラディウス王の視線が、カレンへと向けられる。


 俺とアリスの間にいる、小さな少女。


 肩には、先ほど仲間になった妖狐がちょこんと乗っている。


「レオン」


「……はい」


「あなたと、大賢者アリスの間に生まれた――この小さき勇者」


 グラディウス王は、カレンを見つめた。


「我々は……この子に、魔神ヴェルマゴートが奪った英雄王ジーク様の力がルーンとして宿ったのではないかと考えています」


「……カレンに?」


 思わず、俺はカレンを見る。


「うん?」


 本人は何のことか分かっていないらしく、首を傾げている。


 そんなカレンを見ながら、グラディウス王は言葉を続けた。


「そして――もう一つ」


 王の視線が、再びカレンへ向けられる。


「この子が持つ、莫大な魔力」


「…………」


「そして、噂に聞く――雷鳴の攻撃」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。


「我々は、それらもまた……」


 グラディウス王は、一度言葉を切った。


「魔神ヴェルマゴートから奪われた力の一部が――この子へと遺伝したものではないかと考えています」


「…………っ」


 アリスの表情が変わった。


「遺伝……」


 小さく呟く。


 そして――。


 俺も言葉を失っていた。


 カレンの持つ、異常なほどの魔力。


 そして――雷。


 今まで俺たちは、それをただ「カレンが生まれ持った特別な才能」だと思っていた。


 だが。


 もし――。


 もし本当にそうなのだとしたら。


 カレンの中には――。


 英雄王ジークの力だけではなく。


 魔神ヴェルマゴートの力までもが眠っていることになる。


「……お父さん?」


 突然、カレンが俺の服の袖を引っ張った。


「どうしたの?」


「…………いや」


 俺はカレンの頭に手を置いた。


「何でもない」


 そう言って笑う。


 けれど――。


 胸の奥には、今まで感じたことのない不安が残っていた。


胸の奥には、今まで感じたことのない不安が残っていた。


 そんな俺たちを見つめながら――。


 それまで口を閉ざしていたオヴェリアが、静かに口を開いた。


「……レオン様、アリス様」


 俺とアリスが、オヴェリアを見る。


「カレン様は――紛れもなき、お二人の大切なお子様ですよ」


「…………」


 オヴェリアはそう言うと、カレンのもとへ歩み寄った。


 そして――。


 小さな身体を、優しく抱きしめる。


「どのような力が宿っていようとも……この子がカレン様であることに、何も変わりはありません」


「……オヴェリア……」


 俺はその言葉を聞きながら、カレンを見る。


 俺たちの娘。


 俺とアリスの間に生まれてくれた――大切な子。


 俺はカレンの前にしゃがみ込むと、その小さな身体を抱きしめた。


「……そうだな」


 カレンの身体を抱きしめながら、俺は静かに言った。


「紛れもない、俺とアリスの大切な子だ」


 どんな力が宿っていようと。


 どんな過去を背負っていようと。


 そんなことは関係ない。


「カレンにどんな力が宿っていようと――俺は、この子を愛している」


「……うん」


 隣にいたアリスも頷いた。


 そして――。


 アリスもカレンを抱きしめる。


「私も同じよ」


 俺とアリスに挟まれるようにして、カレンは抱きしめられていた。


「カレンは私たちの大切な娘。それだけは、何があっても変わらないわ」


「お父さん……お母さん……」


 カレンは俺たちを見上げる。


 そして――。


 嬉しそうに笑った。


「えへへ……」


 その笑顔を見ていると――。


 さっきまで胸にあった不安が、少しずつ消えていくような気がした。


 どんな力が、この子の中に眠っているのか。


 それが何を意味するのか。


 今はまだ、分からない。


 けれど――。


 これだけは、はっきりしている。


 俺たちにとって――。


 カレンは、ただ一人の大切な娘だ。


 それだけは、何があっても変わらない。


カレンを抱きしめながら――。


 俺たちは、しばらくの間その小さな笑顔を見つめていた。


 やがて。


 魔族の王――グラディウス・ダル・ギースが、静かに口を開いた。


「……レオン殿」


「はい」


 俺が顔を上げる。


 グラディウス王は、カレンへと視線を向けた。


「一つ……お願いがあります」


「お願い?」


「ええ」


 そして――。


 王は真剣な表情で言った。


「どうか、その魔物を使役する力を……存分に使っていただきたい」


「…………」


「この大会の間だけではありません」


 グラディウス王は、ゆっくりと周囲を見渡した。


「この大会を通して――いや」


 一度、言葉を切る。


「魔族領全ての魔族たちに、知らせて欲しいのです」


 そして、カレンへと再び視線を戻す。


「英雄王ジーク様の力が――」


 その声には、強い想いが込められていた。


「この世界へ、再び舞い戻ったのだということを」


「…………」


 部屋にいた魔族たちが、静かに頷く。


 その目には――。


 期待。


 そして、希望が宿っていた。


「この荒れ果てた魔族領で生きる者たちにとって……英雄王ジーク様は、今もなお心の支えなのです」


 グラディウス王は、カレンを見つめる。


「その力を持つ者が現れたと知れば――きっと、多くの魔族が希望を取り戻すでしょう」


「……カレンが……」


 俺は小さく呟いた。


「ええ」


 グラディウス王は頷いた。


「どうか、この大会で――その力を思う存分、皆に見せてください」


 カレンは話の意味がよく分かっていないのか、俺と王を交互に見つめる。


 そして――。


「……分かった!」


 元気よく頷いた。


「カレン、みんなとお友達になる!」


「…………」


 思わず、俺は苦笑する。


 どうやら本人は――。


 王が考えているほど難しいことを考えてはいないらしい。


 だが。


 その言葉を聞いたグラディウス王は――。


 初めて、穏やかな笑みを浮かべた。


「……それでいいのです」


 そして――。


「それこそが、英雄王ジーク様の力が再び現れた証なのかもしれませんな」

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