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冒険の書  作者: siva5880


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46/55

恐ろしいデュラハンナイト

 魔族領の港町ライザン。


 俺たちは、冒険者ギルドで聞いた話をもとに、首都ギースへ向かう準備を進めていた。


 目的地までは、かなりの距離がある。


「……徒歩で行くなら、十日ぐらいは掛かりそうだな」


 俺がそう言うと、グリフが苦笑した。


「十日か……。まあ、急ぐ旅でもないけどな」


「そうだね。でも、カレンもいるし、少しでも楽に移動できる方法があればいいんだけど」


 アリスがそう言って、カレンの方を見る。


「カレン、長い旅になるけど大丈夫?」


「うん! カレン、だいじょうぶ!」


 元気よく答えるカレン。


 だが――。


「……とはいえ、十日間ずっと歩くのは大変だろうな」


 俺たちは顔を見合わせた。


 そして、しばらく考えた末。


「……馬車を買うか」


 俺がそう提案すると、グリフが首を傾げた。


「馬車って……馬はどうするんだ?」


「それなんだよな」


 俺たちは、まだ馬を持っていない。


 それに、魔族領の街道がどんな場所なのかも分からない。


 普通の馬車を買っても、馬の世話や移動の問題がある。


 そんな時だった。


「……あ」


 アリスが、ふと思い出したように口を開いた。


「カレンのトリさんに、引いてもらうのはどう?」


「……トリさんに?」


 俺がカレンを見ると――。


「トリさん、はやいよ!」


 カレンは、嬉しそうに胸を張った。


 確かに。


 グリフォンであるトリさんなら、普通の馬よりもずっと速く走れるだろう。


 しかも、カレンの言うことなら、きっと大人しく聞いてくれる。


「……なるほどな」


 グリフも納得したように頷いた。


「それなら、馬車を引く動物を探す必要もないわけか」


「うん。あとは、荷台だけあればいいね」


 アリスがそう言うと、俺たちは港町の商店を探し始めた。


 そして――。


 数時間後。


「……これなら、使えそうだな」


 俺たちの目の前には、木製の荷台があった。

 屋根はないが、荷物を積むには十分な広さがある。


 簡素な作りではあるものの、車輪もしっかりしている。


「これをトリさんに引いてもらえばいいんだね!」


 カレンが、荷台の周りを嬉しそうに走り回る。


「そうだな。ただし、乗る時は気をつけるんだぞ」


「はーい!」


 俺たちは荷台を購入し、トリさんに引いてもらうための準備を整えた。


 そして――。


 ライザンの街を出る日。


「……よし。これで準備はできたな」


 俺が荷台を確認していると、カレンがトリさんの背中を撫でながら、楽しそうに笑っていた。


「トリさん、がんばってね!」


「グルル……」


 トリさんが、嬉しそうに喉を鳴らす。


 その様子を見て、グリフが笑った。


「……なんだか、すっかり馬車の馬みたいだな」


「グリフォンだけどね」


 アンがそう言うと、グリフは肩をすくめた。


「まあ、本人が嫌がってないならいいんじゃないか?」


 俺たちは荷台に荷物を積み込み、いよいよ出発する。


「それじゃあ、行くか」


 俺が声を掛けると――。


「うん!」


 カレンが元気よく返事をした。


 トリさんが地面を蹴り、荷台がゆっくりと動き始める。


 そして――。


「……おお」


 次の瞬間。


 荷台は、驚くほどの速さで街道を進み始めた。


「はやーい!」


 カレンが、荷台の上で大喜びする。


「トリさん、はやーい!」


「グルルルッ!」


 トリさんも、楽しそうに鳴きながら走っている。


 俺は荷台の揺れに気をつけながら、カレンの様子を見ていた。


「……気に入ったみたいだな」


 アリスが、嬉しそうに微笑む。


「うん。これなら、十日掛かる道のりも、少しは楽になりそうだね」


 グリフがそう言うと、アンも笑った。


「でも、トリさんが速すぎて、荷台から落ちないようにしないとね」


「……それは、確かに」


 俺は荷台の縁を確認し、カレンの座る場所を少し整えた。


「カレン、ちゃんと座ってるんだぞ」


「はーい!」


 カレンは元気よく返事をしながら、また前を向いた。


「トリさん、もっとはやくー!」


「グルルッ!」


 トリさんが、さらに速度を上げる。


「……おいおい」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。


 そして――。


 カレンの笑い声が、魔族領の街道に響き渡った。


 こうして俺たちは、魔族領の首都ギースを目指し、新たな旅へと出発した。


馬車が街道を進み始めてしばらくすると――。


「このままだと、カレンが日差しで暑くなっちゃうね」


アンがそう言って、荷台に積んでいた布を取り出した。


「アン、それで何をするんだ?」


俺が尋ねると、アンは布を広げながら笑った。


「屋根を作るの」


そう言うと、アンは器用に布を折り、端を紐で結んでいく。


走る馬車の上だというのに、手際がいい。


「……器用だな」


グリフも感心したように眺めている。


アンは布の長さを調整しながら、荷台の四隅に合わせていく。


そして――。


「うん。これなら大丈夫そう」


簡素ではあるが、日差しを遮るには十分な屋根が出来上がった。


「よし、一度止めよう」


俺たちは馬車を止め、グリフと二人で布の屋根を荷台に取り付ける。


アンが作った屋根を支柱に固定し、紐をしっかりと結んでいく。


「ここ、もう少し強く結んだ方がいいな」


「そうだな。これなら走っても外れないだろ」


二人で確認しながら取り付けて――。


「……よし!」


俺は屋根を見上げて頷いた。


「……うん! 上手に出来たな!」


俺が笑うと、アンも嬉しそうに笑った。


「本当?」


「ああ。これなら日差しも防げるし、少しくらい雨が降っても大丈夫そうだ」


「よかった」


その隣では、カレンが屋根を見上げていた。


そして――。


「ぱちぱちぱち!」


小さな手を叩きながら、嬉しそうに笑う。


「上手に出来ました!」


「ふふっ、ありがとう、カレン」


アンが笑いながらカレンの頭を撫でる。


「アン姉ちゃん、すごーい!」


「ありがとう」


「俺たちも手伝ったんだけどな……」


グリフが少し寂しそうに呟く。


するとカレンはグリフの方を向き――。


「グリフお兄ちゃんも、上手に出来ました!」


「……おう!」


グリフは満面の笑みを浮かべた。


「カレンに褒められたなら、それで十分だな」


俺たちは顔を見合わせて笑った。


こうして俺たちの馬車は、少しずつ旅の形を整えていった。


簡素な荷台に、手作りの屋根。


決して立派な馬車ではない。


それでも――。


俺たちにとっては、十分すぎるほど居心地のいい旅の乗り物だった。


旅を始めてから――。


俺たちは、グリフォンの驚くべき体力を目の当たりにすることになった。


「……速いな」


街道を駆けるトリさんは、普通の馬よりも明らかに速かった。


それだけではない。


かなりの距離を走り続けているというのに、息を切らす様子すらない。


「グリフォンって、こんなに体力があるのか……」


グリフが感心したように呟く。


「さすが魔物ってところかな」


アンも荷台から前方を眺めながら笑っている。


そして、もう一つ。


俺たちの旅を快適にしているものがあった。


「アリス、これ……ほとんど揺れないな」


「うん。少しだけ馬車を浮かせてるの」


アリスは何でもないことのように答えた。


どうやら風の魔法を使い、荷台をほんの少しだけ地面から浮かせているらしい。


車輪は地面に触れているものの、荷台そのものに伝わる振動はほとんどない。


「なるほど……」


俺は荷台の上で身体を動かしてみる。


普段の馬車なら、街道の小さな凹凸だけでもかなり揺れる。


だが――。


「……快適だな」


「でしょう?」


アリスが嬉しそうに笑った。


カレンも荷台の中で楽しそうにしている。


「ぜんぜん揺れない!」


「カレン、転ばないようにね」


「はーい!」


こうして俺たちは、想像していたよりもずっと快適な旅を続けていた。


もちろん、夜になれば街道の脇で野営する。


火を起こし、食事を作り、テントを張る。


そんな旅の準備をしていると――。


「……あれ?」


俺はトリさんの様子を見て、ふと疑問に思った。


「トリさん、何も食べなくていいのか?」


グリフォンなら、かなりの量の食事が必要だと思っていた。


ところが――。


カレンがトリさんを魔法カードに戻す。


「……食事も水も必要ないのか?」


「どうやら、そうみたい」


アリスが興味深そうにカードを眺める。


「魔法カードの状態に戻ることで、肉体そのものが活動を停止しているのかもしれないね」


「じゃあ、体力はどうやって回復してるんだ?」


俺が尋ねると――。


アリスは、カレンを見る。


「おそらく……カレンの魔力だと思う」


「カレンの?」


「うん。トリさんがカードに戻っている間、少しずつカレンの魔力を使っているみたい」


俺たちは驚いてカレンを見る。


「……カレン、大丈夫なのか?」


「うん! だいじょうぶ!」


元気よく答えるカレン。


だが――。


その直後。


「……でも」


カレンのお腹が――。


ぐぅぅぅ……。


「…………」


全員がカレンを見る。


「おなかすいた……」


カレンが、お腹を押さえながら呟いた。


「ふふっ」


アンが思わず笑う。


「やっぱり魔力を使ってる分、お腹が減るみたいね」


「なるほどな……」


俺も笑いながら、カレンの頭を撫でる。


「じゃあ、今日は少し多めに食べようか」


「ほんと!?」


カレンの顔が一気に明るくなる。


「うん。トリさんが頑張ってくれた分、カレンもいっぱい食べないとな」


「うん!」


カレンは嬉しそうに頷いた。


そして、その日の夕食。


「カレン、もう少し食べる?」


「食べる!」


「まだ食べられるのか……」


グリフが驚いたように呟く。


「トリさんの分まで食べてるんじゃない?」


アンが冗談を言うと――。


「トリさんのぶんも!」


カレンは嬉しそうに答えた。


「……いや、それは違うだろ」


俺たちは思わず笑った。


魔法カードに戻れば、食事も水も必要としないグリフォン。


その代わりに、カレンの魔力を少しずつ受け取って体力を回復している。


そして――。


その分だけ、カレンはお腹が空く。


そんな不思議な繋がりを知りながら、俺たちは焚き火を囲み、笑い声の中で夜を過ごした。


そして翌朝。


俺たちは朝食を済ませると、再び荷台へ乗り込んだ。


「トリさん、今日もお願いね!」


「グルルッ!」


カレンの声に応えるように、トリさんが力強く鳴く。


荷台が動き始める。


昨日と同じように、トリさんは軽快に街道を駆けていく。


アリスの風魔法によって荷台は僅かに浮かび、ほとんど揺れもない。


「やっぱり快適だな」


俺がそう呟いた、その時だった。


「……ん?」


それまで快調に走っていたトリさんの速度が、少しずつ落ちていく。


「どうしたんだ?」


グリフが前方を見つめる。


トリさんはさらに速度を落とし――。


やがて、ぴたりと足を止めた。


「……グルル」


トリさんが低く唸る。


「何かいるみたい」


アリスが静かに口を開いた。


「魔物?」


「うん。少し先から魔物の気配を感じる」


俺たちは一斉に前方を見る。


まだ姿は見えない。


だが――。


確かに、少し先から何かの気配が漂っている。


トリさんは、その方向を警戒するようにじっと見つめていた。


「……どうする?」


グリフが尋ねる。


アリスは少し考えた後、カレンを見る。


「カレン」


「なぁに?」


「トリさんをカードに戻して」


「……トリさん?」


カレンが不思議そうに首を傾げる。


「うん。ここから先は、私たちだけで行こう」


アリスの声は優しかった。


「魔物との戦いになったら、トリさんが傷つくかもしれないから」


「……」


カレンはトリさんを見る。


トリさんもまた、カレンを見つめている。


「……トリさん、カードに戻る?」


「グル……」


トリさんが小さく鳴いた。


カレンは少しだけ寂しそうな顔をしたが――。


「うん!」


そう言って、魔法カードを取り出した。


「トリさん、おやすみ!」


カレンがカードを掲げる。


淡い光がトリさんを包み込み――。


次の瞬間。


グリフォンの姿は消え、魔法カードだけがカレンの手元に残った。


「これで大丈夫」


アリスがカレンの頭を優しく撫でる。


「戦いが終わったら、また呼んであげようね」


「うん!」


カレンは大切そうに魔法カードを胸元へ抱えた。


俺は街道の先へ視線を向ける。


「……さて」


さっきまでの穏やかな旅とは、空気が変わった。


魔族領の街道。


首都ギースへ向かう俺たちを待ち受ける、最初の魔物。


「行くか」


俺たちは荷台から降り、それぞれ武器を手に取った。


そして――。


魔物の気配がする街道の先へ、ゆっくりと歩き始めた。


魔族領の街道を歩き始めて、しばらくすると――。


改めて、この土地の異様さを感じた。


「……どこまで行っても荒地だな」


俺は周囲を見渡す。


見えるのは、乾いた大地。


草木はほとんど生えておらず、遠くまで続く土と岩ばかりの荒涼とした景色が広がっている。


空気も乾いている。


人が暮らすには、あまりにも厳しい土地だ。


「魔族領って、こんな場所ばっかりなのかな?」


グリフが呟く。


「少なくとも、この辺りはそうみたいだね」


アリスが答えた。


俺たちは荒地を進んでいく。


すると――。


「……来る!」


アリスが叫んだ。


次の瞬間。


ドォォォンッ!!


俺たちの少し前方の地面が、大きく盛り上がった。


「なっ!?」


大地が揺れる。


土砂が吹き飛び、地面の下から巨大な何かが姿を現した。


「……でかっ!」


グリフが思わず声を上げる。


現れたのは――。


巨大なワームだった。


全長は、四メートル……いや、五メートル近くある。


太い胴体は大木のようで、その巨体が地面から這い出してくる。


そして、大きく開いた口。


無数の鋭い牙が並んでいる。


「……あれに人間が近づいたら、一飲みにされそうだな」


俺は思わず息を呑んだ。


アリスが魔物を見つめる。


「デザートワーム……」


「知ってるのか?」


「うん。荒地や砂漠に生息する大型の魔物だよ」


デザートワームは大きな口を開き――。


「グオオオオオッ!」


地鳴りのような咆哮を上げた。


その巨体だけでも十分な脅威だ。


しかも――。


「地面の中を移動する魔物か……」


俺が呟く。


姿を隠したまま地中を移動し、獲物の足元から突然襲い掛かる。


この荒地では、非常に厄介な相手だ。


「カレン、後ろに下がって」


アリスがカレンの前に立つ。


「うん!」


カレンは素直に頷き、俺たちの後ろへ移動する。


俺は盾を構えた。


グリフも武器を手にする。


「……魔族領に入って、最初の敵がこれか」


巨大なデザートワームが、再び地面へ潜り始める。


「来るぞ!」


俺が叫んだ。


大地が大きく揺れる。


そして――。


俺たちの足元へ向かって、地面の下を何かが猛スピードで移動してくる。


「……なるほど」


俺は盾を握り直した。


魔族領での旅は、どうやら簡単にはいかないらしい。


俺たちは迫り来る巨大な魔物を見据え、戦闘態勢を整えた。


「待って!」


アリスが俺たちを止めた。


「こいつらは――音を聞き分けて、地面の中から獲物を丸呑みにしてくるの!」


「音を?」


俺が聞き返す。


アリスは頷いた。


「うん。かなり耳がいい魔物だよ。地面の中にいても、地上の音を正確に捉えることができるの」


「へー!」


アンが興味深そうにデザートワームを見つめる。


「音にね……」


そして――。


アンの口元が、少しだけ不気味に歪んだ。


「……耳いいんだ……」


「……アン?」


俺が声を掛ける。


だが、アンは答えずに腰に下げていた袋から、いくつかの実を取り出した。


「これ、使えるかも」


「何だ、それ?」


「カラの実」


アンはそう言うと、デザートワームから離れた場所へ向かって、カラの実をいくつか投げた。


コロコロと地面を転がる。


そして――。


パァンッ!!


地面に落ちた瞬間。


カラの実が、凄まじい音を立てて破裂した。


「……!」


次の瞬間だった。


ドゴォォォンッ!!


地面が大きく盛り上がる。


「来た!」


一体。


二体。


三体――。


そして四体。


「グオオオオオッ!!」


四体のデザートワームが、音のした場所へ向かって地面から一斉に飛び出した。


だが――。


「グ……ゴォ……」


「グオォォ……!」


四体とも身体を激しく震わせ、苦しそうに地面をのたうち回っている。


「……うわぁ」


グリフが引きつった笑みを浮かべる。


「アン……ちょっと可哀想じゃないか?」


アンはそんなグリフを見ると、にっこり笑った。


「でも、今なら簡単に倒せるよ?」


「まあ……」


グリフは苦笑しながら武器を構える。


「仕留めるけどさ……」


「そうだな」


俺も盾を構えた。


苦しんでいるとはいえ、相手は四メートルを超える巨大な魔物だ。


放っておけば、すぐに態勢を立て直すだろう。


「一気にいくぞ!」


俺たちは四体のデザートワームへ駆け出した。


巨大な口が開く。


だが、まともに動けない今なら――。


俺たちの敵ではなかった。


「はぁっ!」


「せやっ!」


次々と攻撃を叩き込み――。


ほどなくして。


四体のデザートワームは、荒れ果てた大地へと倒れ伏した。


「……終わったな」


俺が息を吐く。


グリフは倒れたデザートワームを見ながら、もう一度苦笑した。


「まさか、音で誘き出して動けなくするとはな……」


「魔物の弱点が分かれば、戦い方はいくらでもあるよ」


アンはそう言って、残ったカラの実を眺める。


「……便利でしょ?」


「便利だけど……」


グリフが苦笑する。


「アンが笑いながら使うと、ちょっと怖いな」


「失礼ね」


アンはそう言って笑った。


俺たちはデザートワームから使えそうな素材を回収すると、再び首都ギースへ向けて歩き始めた。


魔族領の荒地。


その旅は、まだ始まったばかりだった。


デザートワームを仕留め、素材を回収した俺たちは、再び荷台へ乗り込んだ。


「トリさん、出発!」


カレンの声に応えるように――。


「グルルッ!」


トリさんが力強く走り出す。


アリスの風魔法によって荷台は僅かに浮き、荒れた大地の上を滑るように進んでいく。


しばらく進んだ、その時だった。


「お父さん!」


カレンが突然、俺の服を引っ張った。


「ん?」


「見て! あっち!」


カレンが指差した先。


荒涼とした大地を――。


何か巨大なものが、ゆっくりと歩いていた。


「……なんだ、あれ」


俺は思わず立ち上がった。


遠くからでも分かる。


異常なほど巨大だ。


全身を炎に包みながら、ノソノソとこちらとは反対方向へ歩いている。


「……炎?」


グリフも目を細める。


炎の向こうに見える巨大な身体。


その大きさは――。


「十五メートル……いや、それくらいありそうだな」


俺が呟く。


するとアリスの表情が変わった。


「……焦土の巨獣」


「知ってるのか?」


「うん」


アリスは巨大な魔物を見つめながら説明する。


「あれは焦土の巨獣。魔族領でもかなり強力な魔物の一種だよ」


「何がそんなに強いんだ?」


「まず、あの炎」


アリスが指差す。


「全身を覆っている炎は、外敵から身を守るためのもの。近づくだけでも危険だよ」


「なるほど……」


「それだけじゃない」


アリスは続ける。


「魔法への耐性もかなり高い。普通の魔法なら、あの炎と身体に阻まれてほとんど通らないと思う」


「……厄介だな」


俺は遠くから巨獣を見つめる。


炎を纏った十五メートル級の魔物。


それだけでも十分に恐ろしい。


だが――。


アリスがさらに続けた。


「そして、あの炎の下にある身体は――ゴーレムだと言われているわ」


「ゴーレム?」


俺は驚いた。


「うん。正確なことは分かっていないけど、昔からそう言われているの」


「じゃあ、あの炎の下は石の身体ってことか?」


「そういうこと」


するとアンが、何かを考えるように腕を組んだ。


そして――。


「ねえ、アリス」


「なに?」


「魔族領でいう……アダマンタイトみたいな存在?」


「……え?」


アリスがアンを見る。


アンは焦土の巨獣を眺めながら続けた。


「だって、あれだけ大きくて、魔法にも強くて、その上ゴーレムなんでしょ?」


「……確かに」


グリフも納得したように頷く。


「素材として考えたら、とんでもない価値がありそうだな」


「いや……」


俺は思わず苦笑する。


「グリフまで素材として見るなよ」


「いやいや、あれを見たら考えるだろ?」


「……まあ、確かに」


俺たちは遠くを歩いていく焦土の巨獣を見る。


炎に包まれた巨大な身体。


その姿は、まるで荒地そのものが歩いているかのようだった。


「でも――」


アリスが静かに言う。


「今は戦わない方がいいと思う」


「俺もそう思う」


俺たちの目的は首都ギースへ向かうこと。


わざわざ危険を冒してまで、あの巨大な魔物と戦う必要はない。


「カレン、あれには近づかないからな」


「うん!」


カレンは素直に頷いた。


そして荷台は、焦土の巨獣とは反対方向へ進んでいく。


「……でも」


アンが小さく呟いた。


「ちょっとだけ、素材は気になるわね」


「アン……」


俺は思わず苦笑した。


魔族領の旅。


どうやら、この荒地にはまだまだ俺たちの知らない魔物が潜んでいるらしい。


そして――。


また夜が来た。


俺たちは街道から少し離れた場所で野営の準備を始める。


魔族領では、夜に移動するのは危険だと言われている。


「どうして夜は移動しちゃいけないの?」


焚き火を囲みながら、カレンが尋ねた。


俺は少し考えてから――。


「それはな……」


カレンの顔を見ながら、少し声を落とした。


「夜になると、デュラハンナイトが出るからだ」


「デュラハン……?」


「そう」


俺は頷く。


「首のない闇の騎士だ」


「く、首がないの?」


カレンの目が少し大きくなる。


「うん。そしてな……」


俺はさらに声を低くした。


「夜の街道を歩いている人間を見つけると――」


「……」


「どこまでも追いかけてくる」


「…………」


「そして――」


俺は少し間を置いた。


「首を……取りにくるんだ」


「…………っ!」


カレンの顔が固まった。


「…………」


しばらく焚き火の音だけが響く。


すると――。


カレンが、ゆっくりとアリスの方へ移動した。


「……お父さん」


「ん?」


「……きらい」


「…………え?」


カレンはアリスの服をぎゅっと掴んだ。


「お父さん、きらい……」


「ちょ、ちょっと待て!」


俺は慌ててカレンに近づこうとする。


だが――。


カレンはアリスの後ろへ隠れてしまった。


「カレン?」


「…………」


「ごめん。ちょっと怖がらせすぎたか?」


「…………」


返事がない。


「カレン?」


「…………」


完全に口を聞いてくれなくなった。


「……レオン」


アリスが呆れたような顔で俺を見る。


「やりすぎ」


「いや……まさか、ここまでとは……」


アンも笑いを堪えながら言う。


「レオン、これはしばらく許してもらえないかもね」


グリフも苦笑する。


「まあ、自業自得だな」


「お前まで……」


俺は肩を落とした。


その後――。


夕食を食べている間も。


「カレン、これ美味しいぞ」


「…………」


「デザートもあるぞ?」


「…………」


「……カレン?」


「…………」


一言も返事をしてくれない。


俺は完全に嫌われてしまったらしい。


「……デュラハンナイトなんて、言わなきゃよかった」


俺が呟くと――。


「…………」


カレンがちらっと俺を見る。


だが、すぐにアリスの方へ顔を戻してしまった。


「……明日には仲直りできるかな」


俺は焚き火を眺めながら、小さくため息を吐いた。


そんな俺を見て、アリスたちは笑っていた。


ただ――。


俺たちはまだ知らなかった。


魔族領の夜に現れるという、首のない闇の騎士。


デュラハンナイトが――。


決して、ただの怖い話ではないことを。


そして、その夜。


何が潜んでいるか分からない以上、誰かが見張りをしておく必要がある。


「俺とグリフで交代しながら見張るか」


「そうだな」


俺とグリフはそう決め、交代で夜の見張りをすることにした。


焚き火の明かりが荒地を照らす。


風が吹くたび、乾いた砂が地面を転がっていく。


「……静かだな」


グリフが周囲を見渡す。


「デュラハンナイト、出てくるかな」


「さあな。まあ、カレンを怖がらせた手前、出てこないでほしいけどな」


俺が苦笑すると、グリフも笑った。


その後も特に何事も起こらないまま、夜は静かに過ぎていった。


そして――。


空が少しずつ明るくなっていく。


「……朝か」


俺は伸びをした。


どうやら、無事に夜を越えられたようだ。


テントの中では、まだ皆が眠っている。


やがて――。


「……ん?」


アリスがテントから出てきた。


その後ろから、カレンも眠そうな顔をして出てくる。


「おはよう、カレン」


俺が声を掛ける。


「……おはよう」


カレンは小さな声で答えた。


だが――。


何やら様子がおかしい。


アリスがカレンの様子を見て、すぐに気付いた。


「……あら」


「どうした?」


俺が尋ねる。


アリスは少し困ったように笑った。


「カレン……久しぶりに、おねしょしちゃったみたい」


「……え?」


俺はカレンを見る。


カレンは顔を真っ赤にして俯いていた。


「……ごめんなさい」


「いやいや、謝らなくていいぞ」


俺は慌ててカレンの頭を撫でる。


「誰だってそういうことはある。久しぶりなら、なおさらだ」


「……ほんと?」


「ああ」


カレンは少しだけ顔を上げる。


「怒らない?」


「怒るわけないだろ」


俺が笑うと、カレンも少し安心したように笑った。


「よかった……」


「ほら、朝ご飯を食べよう。お腹空いてるだろ?」


「うん!」


昨日までの怖い話のせいで、すっかり元気をなくしていたカレン。


だが――。


朝になれば、いつものカレンに戻っていた。


「……ところで、レオン」


アンが俺を見る。


「ん?」


「昨日の話、本当に怖かったのね」


「……まあ、ちょっと調子に乗ったかな」


俺は苦笑した。


するとカレンが俺の方を見て――。


「お父さん」


「ん?」


「今日は怖い話、しないでね」


「……分かった」


俺は素直に頷いた。


こうして俺たちは朝食を済ませ、再び首都ギースへ向けて出発することになった。


魔族領での野営では――。


カレンはいつもアリスにべったりとくっついて眠っていた。


「……お母さん、ぎゅー」


「ふふっ。はいはい」


アリスに抱きつきながら眠るカレン。


どうやら、デュラハンナイトの話が相当怖かったらしい。


「お父さん……」


眠る直前まで、カレンは俺の方をちらちらと見ていた。


「もう怖い話はしないからな」


「……うん」


そう答えると、カレンは安心したようにアリスへ顔を埋めた。


「……そんなに怖かったのか」


俺が小さく呟くと、アリスが苦笑する。


「レオンが怖がらせたからでしょ」


「……反省してるよ」


それでも翌朝になると、カレンはいつものように元気になっていた。


そんな野営を何度か繰り返しながら――。


俺たちは荒涼とした魔族領を進み続けた。


そして、三日目。


「……あれ!」


荷台の上から、カレンが突然声を上げた。


「お父さん! 見て!」


「ん?」


カレンが指差す先。


荒れ果てた大地の向こうに――。


巨大な城壁が見えた。


その向こうには、いくつもの建物が並んでいる。


「……あれが?」


グリフが目を細める。


アリスが頷いた。


「うん」


そして――。


「魔族領の首都、ギースだよ」


「……ついに着いたか」


俺は遠くに見える街を眺めた。


徒歩なら十日ほど掛かる道のり。


それが、トリさんに引いてもらった荷馬車なら――。


たった三日。


「グリフォンって、本当に速いんだな……」


グリフが感心したように呟く。


「しかも、ほとんど疲れてないしね」


アンもトリさんの方を見る。


「カレンの魔力のおかげかな」


アリスが笑う。


その言葉を聞いたカレンが、嬉しそうに胸を張った。


「カレンとトリさん、なかよし!」


「そうだな」


俺は笑いながらカレンの頭を撫でる。


そして――。


俺たちは、少しずつ近づいてくる首都ギースを見つめた。


魔族領へ来てから、まだ三日。


荒地を越え、巨大な魔物と遭遇し、夜には野営を繰り返した。


そして今――。


ついに、魔族領の中心へ辿り着こうとしている。


「……行こう」


俺たちはギースへ向けて、再び荷台を走らせた。


目の前に広がるのは――。


これまで見たことのない、魔族たちの巨大な首都だった。


首都ギース。


城壁へ近づくにつれ、街の大きさがはっきりと分かってきた。


「……大きいな」


俺は思わず呟いた。


高くそびえる城壁。


その向こうには、数え切れないほどの建物が並んでいる。


そして――。


門の前には、様々な姿をした者たちが行き交っていた。


大きな角を持つ者。


獣の耳や尻尾を持つ者。


人族とほとんど変わらない姿をした者。


魚のような鱗やヒレを持つ者。


その種族は、本当に様々だった。


「……魔族って、こんなにたくさんの種族がいるんだな」


グリフが驚いたように周囲を見渡す。


「うん」


アリスが頷く。


「魔族と言っても、魔物とはまったく別の存在だよ」


「別物?」


「そう。過去の鬼神族や獣人族、亜人族、人魚族……それ以外にも、多くの種族がこの魔族領で暮らしているの」


俺は行き交う人々を眺める。


確かに――。


魔物とは違う。


皆、それぞれに意思を持ち、誰かと話し、買い物をし、仕事をしている。


俺たちがこれまで見てきた魔物とは、まったく違う存在だった。


「……なるほどな」


俺はそう呟いた。


やがて俺たちは、首都ギースの正門へ到着した。


門番がこちらへ近づいてくる。


「身分証を」


「冒険者ギルドの登録証ならあります」


俺は冒険者ギルドの証明を提示する。


門番はそれを確認すると――。


「……冒険者か」


そして、俺たちの顔を一人ずつ確認する。


「問題ない。通っていいぞ」


「ありがとうございます」


思った以上に、あっさりと通してもらえた。


「もっと色々聞かれるかと思ったな」


グリフが少し驚いたように言う。


「冒険者ギルドの登録があるからじゃないかな」


アリスが答える。


「首都ギースでは、冒険者が訪れることも珍しくないんだと思う」


俺たちはそのまま門を抜けた。


そして――。


「……おお」


思わず声が漏れた。


城門の向こうに広がっていたのは、人族の街とはまるで違う光景だった。


大通りには、人族の街では見たことのない形の建物が並んでいる。


店の看板も様々だ。


魔族の種族によって使いやすいように作られた道具。


見たことのない食材。


独特な装飾品。


そして――。


街のあちこちを、様々な種族が当たり前のように行き交っている。


「すごい……!」


カレンが荷台から身を乗り出す。


「お父さん! あっち見て!」


「カレン、落ちるなよ」


俺は慌ててカレンの身体を支える。


「うん!」


カレンは目を輝かせながら、街を眺めている。


人族の王都ハルディオも大きな街だった。


だが――。


ここ、ギースはそれとはまったく違う。


異なる種族が共に暮らすことを前提として、独自の文化と技術を発展させている。


「……面白い街だな」


俺は街並みを眺めながら呟いた。


魔族領。


その中心にある首都ギース。


俺たちは今――。


人族の国では決して見ることのできない、新しい世界へ足を踏み入れていた。

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