カレンの大切なお友達
俺とアリスは顔を見合わせた。
そして――。
小さく頷く。
「……落札しよう」
「うん」
俺たちがそう決めた、その瞬間だった。
「はいっ!」
カレンが元気よく手を挙げた。
「金貨一枚!」
「……え?」
俺は思わずカレンを見る。
会場も一瞬、静まり返った。
だが――。
「おおおおおっ!」
「雷鳴の勇者様はオモチャが欲しいようだ!」
「お父さんとお母さんは大変だー!」
「はははははっ!」
会場中から、優しい笑い声が巻き起こった。
どうやら、先ほどまでの騒ぎもあって、皆すっかりカレンのことを微笑ましく見守っているらしい。
司会者も、まさかこの正体不明の古びた箱に入札する者が現れるとは思っていなかったのだろう。
驚いたように目を丸くしたあと、楽しそうに笑っている。
「まさか……この箱に値段が付くとは思っておりませんでした!」
そして、大きく手を広げる。
「では――雷鳴の勇者様!」
会場中の視線がカレンへ集まった。
「金貨一枚!」
司会者が声を張り上げる。
「――落札です!」
「わーい!」
カレンは嬉しそうに両手を上げた。
会場からは、再び温かな拍手と笑い声が起こった。
誰もが――。
この古びた箱が、ただの珍しいオモチャだと思っていた。
けれど。
俺とアリスだけは知っている。
この箱には――。
カレンにしか読めない、魔物の言葉が刻まれていることを。
カレンが係員から古びた箱を受け取った、その瞬間だった。
――パァァァァッ!
「……え?」
箱に刻まれていた紋章が、突然まばゆい光を放った。
会場中が一瞬、白い光に包まれる。
「な、なんだ!?」
「箱が……光ったぞ!」
ざわめきが広がる。
そして――。
「……カレン!」
俺は思わず声を上げた。
カレンの首元。
そこに刻まれているルーンが、箱の光に呼応するように輝いていた。
「……っ」
アリスも息を呑む。
カレンは何が起こっているのか分からないように、自分の首元へ手を当てている。
「お父さん……これ、なに?」
「……分からない」
そう答えながらも、俺の中には一つの考えが浮かんでいた。
この反応。
見覚えがある。
俺たちは以前にも――同じような光を見たことがある。
「……これは……!」
俺は箱を見つめた。
古びた箱。
魔物の言葉。
そして、カレンのルーンに反応する紋章。
まさか――。
俺は箱の中身に気づいた。
「……アリス」
「うん……」
アリスも、俺と同じ答えに辿り着いたようだった。
俺は静かに呟く。
「……中身は――ルーンストーンだ」
その言葉を聞いた瞬間。
アリスの表情が変わった。
俺たちは、目の前の古びた箱を見つめた。
まさか――。
こんな場所で。
こんな形で。
再びルーンストーンと巡り合うことになるとは、思ってもいなかった。
会場中が、眩い光に包まれた。
あまりの眩しさに、誰もが言葉を失う。
そして――。
シーン……。
先ほどまで大勢の人で賑わっていた会場が、嘘のように静まり返った。
誰もが目の前で起きたことを理解できず、ただ光を放つ箱を見つめている。
やがて光が収まる。
静寂の中、司会者が恐る恐る口を開いた。
「えー……どうやら……」
司会者は箱を見つめ、それからカレンを見る。
「雷鳴の勇者様に反応して……そのオモチャが光り出したようです!」
「…………」
一瞬の沈黙。
そして――。
「ははははははっ!」
「雷鳴の勇者様だからか!」
「さすが勇者様だ!」
「オモチャまで反応するのか!」
会場中から大きな笑い声が起こった。
先ほどまでの緊張が嘘のように消え、拍手まで巻き起こる。
カレンも嬉しそうに箱を抱えている。
「カレンのオモチャ、ピカピカした!」
「はははっ、よかったな!」
誰もが微笑ましい出来事だと思っている。
けれど――。
俺は笑えなかった。
隣を見る。
アリスもまた、真剣な表情で箱を見つめていた。
そして。
カレンの首元に刻まれた
「さて、続きまして――」
司会者の声が会場に響く。
その後も、珍しい魔道具や貴重な素材などが次々と競りに掛けられていった。
そして――。
「続きまして、こちらは――『アイスジャベリン』の魔導書になります!」
「……!」
その言葉に、ユナが反応した。
目を見開き、ステージ上へ視線を向けている。
「ユナ?」
「……うん」
俺が声を掛けると、ユナは小さく頷いた。
どうやら――。
アイーダさんたちは、この魔導書を手に入れるために、このオークションへ来たらしい。
そしてもう一つ。
先ほどのエルフの女王の髪飾りを売ることも、今回の目的だったようだ。
俺は隣に座るユナを見る。
さっきから、どこか落ち着かない。
不安そうに魔導書を見つめていた。
「……どうした?」
「……あの魔導書、本物なのかなって」
「え?」
「魔導書って……偽物も結構出回ってるから」
なるほど。
確かに、貴重な魔導書ほど偽物が作られることもある。
せっかく大金を払って手に入れても、中身が偽物なら意味がない。
ユナが不安そうにしているのも当然だった。
俺たちがステージ上の魔導書を見つめていると――。
「……あれは本物よ」
隣から、アリスの声が聞こえた。
「え?」
俺が振り向く。
アリスは魔導書をじっと見つめていた。
「間違いないわ。あれは本物よ」
「分かるのか?」
「ええ」
アリスは静かに頷く。
「長い間、魔法を研究してきた私が言うんだもの。間違いないわ」
その言葉を聞いたユナの表情が、少しだけ明るくなった。
「……本物なんだ」
「ええ」
アリスは微笑んだ。
「安心していいと思うわ」
ユナは隣に座るアイーダさんへ、そっと合図を送った。
アイーダさんもそれに気づき、ニヤリと笑う。
そして――。
「金貨五枚!」
ユナが勢いよく手を挙げた。
「金貨五枚、入りました!」
司会者が声を張り上げる。
だが――。
「金貨六枚!」
「七枚!」
「八枚!」
すぐに会場から次々と声が上がった。
どうやら、この魔導書を狙っている商人は多いらしい。
「……!」
ユナは不安そうに入札額を見つめる。
すると――。
「金貨二十枚!」
アイーダさんが、いきなり大声を上げた。
「に、二十枚!?」
会場がざわめく。
一気に倍以上へ跳ね上がった金額に、入札していた商人たちが顔を見合わせる。
「くーっ……!」
「そこまで出されたら無理だ!」
「参ったな……」
次々と手が下ろされていく。
司会者も驚いたように目を見開きながら、会場を見渡した。
「……金貨二十枚! 他にいらっしゃいませんか!?」
静まり返る会場。
やがて――。
「それでは……金貨二十枚で落札です!」
「やった!」
ユナが嬉しそうに声を上げた。
アイーダさんも満足そうに笑っている。
「ははは! 欲しいなら、最初からこれくらい出さなきゃね!」
「アイーダさん……」
ユナは少し呆れたように笑いながらも、手に入れた魔導書を嬉しそうに見つめていた。
こうして――。
アイーダさんたちの目的だった『アイスジャベリン』の魔導書は、無事にユナの手に渡った。
「さて、続きまして――」
司会者が次の商品を掲げる。
「こちらは『音隠れのブーツ』!」
「このブーツを履くと――なんと!」
司会者が大きく声を張り上げた。
「足音は一切しません!」
「…………」
会場が一瞬、静まり返る。
そして――。
「本当かよー!」
「流石にそれは無理だろ!」
「そんな魔道具があるのか!?」
会場中が半信半疑といった雰囲気に包まれた。
すると――。
「……それが本当なら、かなり欲しいぜ」
グリフが呟いた。
「グリフお兄ちゃん、欲しいの?」
「ああ。冒険者にとっちゃ、足音を消せるってのはかなりデカいからな」
確かに。
魔物に気づかれずに近づけるなら、戦闘でも探索でも大きな助けになる。
すると司会者が、そんな会場の反応を予想していたかのように笑った。
「皆様、疑っておられるようですね!」
そう言うと、司会者は実際にブーツを履いた。
「では――実演してみましょう!」
司会者は壇上へ上がる。
そして――。
壇上の床へ向かって、軽く跳んだ。
トンッ。
……。
「…………」
音がしない。
会場が静まり返る。
司会者はそのまま歩き始めた。
コツ、コツ、と鳴るはずの足音が――。
聞こえない。
さらに――。
「それでは、こちらも!」
司会者はその場で足をジタバタと動かした。
まるで子供が駄々をこねるように、何度も床を蹴る。
ドタドタドタドタッ!
――となるはずだった。
だが。
……無音。
会場中が、再び静まり返った。
「…………マジかよ」
グリフが呟く。
「本当に……音がしない」
俺も思わず感心してしまう。
司会者がどれだけ足を踏み鳴らしても、音は一切聞こえない。
「これなら……」
グリフがブーツを見つめる。
「なんとしてでも欲しいな」
「私も欲しい!」
すぐ近くから声がした。
振り向くと――。
獣人族のミーシャが、身を乗り出している。
「私も欲しいわ」
隣ではミランダまで真剣な顔でブーツを見つめていた。
「……ミランダまで?」
グリフが驚く。
「だって……足音を消せるのよ?」
ミランダは少し興奮したように言った。
「冒険者なら、絶対に欲しいでしょう?」
「……確かにな」
グリフが苦笑する。
こうして――。
俺たちの周囲には、いつの間にか『音隠れのブーツ』を狙う者が三人も増えていた。
「知り合いだからと言って――容赦はしないよ」
ミランダが、真剣な表情で言った。
「おいおい……」
グリフが苦笑する。
だが、その目は笑っていなかった。
「レオン」
グリフが俺を見る。
「あれがあれば、偵察や奇襲ではかなり役立つ。俺はなんとしてでも手に入れたい」
「……ああ」
俺も、もう一度『音隠れのブーツ』を見る。
足音を完全に消せる。
それは、冒険者にとって非常に大きな意味を持つ。
「確かに……あれは冒険に必要だな」
俺はグリフに頷いた。
「出せるだけ出すぞ」
「おう!」
司会者が入札開始を告げる。
「それでは、『音隠れのブーツ』――入札開始です!」
会場中から、一斉に手が上がった。
「金貨五枚!」
グリフが真っ先に声を上げる。
「金貨五枚!」
司会者が復唱する。
だが――。
「金貨六枚!」
「七枚!」
「八枚!」
次々と声が飛び交う。
商人たちだけではない。
名の知れた冒険者たちまでもが、次々と入札に加わっていく。
「金貨十枚!」
「十一枚!」
「十三枚!」
金額はあっという間に跳ね上がっていった。
グリフは一歩も引かず、上がっていく金額をじっと見つめている。
そして俺も――。
このブーツを手に入れるため、最後まで付き合うつもりだった。
入札は、さらに激しさを増していった。
会場中の冒険者たちが、この『音隠れのブーツ』を欲しがっている。
特に――。
斥候を得意とする冒険者たちは、目の色が違った。
足音を完全に消せる。
それは偵察、潜入、奇襲――。
斥候にとって、これ以上ないほど魅力的な能力だった。
「金貨十五枚!」
「十六枚!」
「十八枚!」
次々と手が上がる。
グリフも負けじと入札を続けていた。
だが、金額が二十枚を超えたあたりから、少しずつ手が減っていく。
「金貨二十三枚!」
「二十五枚!」
それでもまだ競り合いは続く。
俺はグリフを見る。
グリフは、まだ諦めていない。
そして――。
「金貨三十枚!」
グリフが力強く手を挙げた。
「金貨三十枚!」
司会者が驚いたように声を上げる。
会場がざわめいた。
「三十枚だと……」
「流石にそこまでは出せない……」
それまで競り合っていた冒険者たちが、次々と手を下ろしていく。
ミランダも悔しそうに唇を噛んだ。
「……くっ! これ以上は……」
ミーシャも残念そうに肩を落とす。
「私も……これ以上は無理ね」
他の冒険者たちからも、諦めの声が聞こえてくる。
「流石に三十枚は無理だ……」
「欲しかったんだけどな……」
司会者が会場を見渡す。
「金貨三十枚! 他にいらっしゃいませんか!?」
――沈黙。
誰も手を挙げない。
「それでは――!」
司会者が木槌を振り下ろす。
「『音隠れのブーツ』、金貨三十枚で――落札です!」
「よっしゃあ!」
グリフが拳を握りしめた。
「やったな、グリフ」
「ああ! これは絶対に欲しかったんだ!」
グリフは嬉しそうに笑う。
こうして――。
冒険者たち垂涎の魔道具、『音隠れのブーツ』はグリフの手に渡った。
その後も――。
様々な珍しい魔道具や貴重な素材が、次々と競りに掛けられていった。
会場も大いに盛り上がり、気づけば長かったオークションも終盤に差し掛かっている。
そして――。
司会者が壇上の中央へと戻ってきた。
「皆様……!」
会場のざわめきが、少しずつ静まっていく。
司会者は大きく息を吸い――。
「いよいよ、本日の最後を飾る――目玉商品です!」
会場から、
「おおおおおっ!」
という歓声が上がった。
そして、係員たちが慎重に何かを運び込んでくる。
大きな布に覆われた、それは――。
「こちら!」
司会者が布を取り払う。
「――ホーリードラゴンの卵になります!」
「…………!」
会場が一気にどよめいた。
そこにあったのは――。
人の身長ほどもある、大きな卵だった。
淡い光を帯びたような白い殻。
その姿だけでも、ただの卵ではないことが分かる。
「ホーリードラゴン……」
「まさか、卵が出てくるとは……」
「本物なのか?」
会場中から驚きの声が上がる。
そして――。
「……!」
隣から小さな声が聞こえた。
見ると、カレンが目を輝かせながら卵を見つめている。
「お父さん……!」
「……なんだ?」
「カレン、あれ欲しい!」
やっぱりか。
俺は思わず苦笑した。
今日だけで、いくつ目だろう。
魔法の水袋。
エルフの女王の髪飾り。
そして――今度はホーリードラゴンの卵。
「カレン……」
アリスも困ったように笑っている。
だが、カレンは卵から目を離さない。
「……あの子、かわいい」
どうやら――。
カレンの中では、すでに卵の中にいる存在と友達になることが決まっているらしい。
会場は、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。
「本物なのか……?」
「どうせそこら辺の魔物の卵かもしれないぞ」
「いや、もし本当にホーリードラゴンなら……」
「手懐けることができれば……!」
様々な声が飛び交う。
誰もが大きな卵を見つめ、その価値を測ろうとしていた。
そんな中――。
カレンが俺とアリスの間に顔を寄せてきた。
「お父さん、お母さん……」
周囲に聞こえないよう、小さな声で囁く。
「あの卵の中身、ドラゴンの赤ちゃんだよ」
「……!」
俺とアリスは、思わずカレンを見る。
「分かるのか?」
俺が小声で尋ねると、カレンは当たり前のように頷いた。
「うん。分かるよ」
カレンはもう一度、卵へ視線を向ける。
そして――。
「この子……お友達になれるよ」
そう言って、嬉しそうに笑った。
俺とアリスは顔を見合わせる。
会場中が、あの卵の正体について疑い、騒いでいる。
けれど――。
カレンだけは、卵の中にいる存在を最初から知っているようだった。
俺は、ステージ上の大きな卵を見つめながら、改めてその危険性を考えていた。
ドラゴン種――。
それは魔物の中でも、最上位に君臨する種族だ。
その中でも――。
カオスドラゴンとホーリードラゴンは、別格。
一体だけで、国の命運を左右するほどの力を持つと言われている。
もし、あの卵が本当にホーリードラゴンなら――。
「……王国を、一瞬で焼き払えるほどの力がある」
俺がそう呟くと、アリスも真剣な表情で頷いた。
そんな存在が――。
もし悪意を持つ者に手懐けられてしまったら。
「……大変なことになるわね」
アリスの言葉に、俺も頷く。
すると――。
「カレン様」
オヴェリアがカレンへ声を掛けた。
「はい?」
カレンが振り向く。
オヴェリアは優しく微笑んでいた。
「カレン様なら……ホーリードラゴンを正しく導き、お友達になれますね?」
カレンは少しだけ考えるように首を傾げた。
そして――。
「うん!」
元気よく頷いた。
「カレン、悪い子にしないよ」
小さな手を胸の前で握りしめる。
「約束するよ」
その言葉を聞いたオヴェリアは、嬉しそうに微笑んだ。
「……ええ。信じています」
そして、司会者へ視線を向ける。
司会者も頷き、いよいよ入札開始を告げた。
「それでは――!」
会場中が息を呑む。
「ホーリードラゴンの卵――金貨三十枚から、どうぞ!」
「金貨五百枚!」
――。
オヴェリアが、静かに手を挙げた。
「…………」
「…………」
会場が凍りついた。
誰も声を出さない。
司会者すら、しばらく固まっている。
「……ご、金貨……五百枚……?」
会場中の視線が、オヴェリアへ集中する。
先ほどまで「本物か?」と騒いでいた商人たちも――。
名だたる冒険者たちも――。
誰一人として、手を挙げることができなかった。
オヴェリアはただ静かに、ステージ上の卵を見つめていた。
まるで――。
カレンとの約束を守るためなら、いくらでも出す。
そう言っているかのようだった。
「……それでは!」
司会者が、ようやく我に返ったように声を張り上げた。
「ホーリードラゴンの卵――金貨五百枚!」
会場を見渡す。
しかし――。
誰も手を挙げない。
「他にいらっしゃいませんか!?」
当然、返事はなかった。
「……それでは!」
司会者が勢いよく木槌を振り下ろす。
「ホーリードラゴンの卵――オヴェリア様の落札になりますー!」
「うおおおおおおっ!」
「金貨五百枚だと!?」
「さすが王国だ!」
直後、会場は大歓声に包まれた。
拍手と歓声が飛び交い、今日一番の盛り上がりを見せている。
しばらくすると、王国の関係者がステージへ上がり、慎重にホーリードラゴンの卵を受け取った。
そして、そのまま俺たちの宿へと運ばれていく。
「……すごい」
カレンは運ばれていく卵を見つめながら呟いた。
やがて、オヴェリアのもとへ駆け寄る。
「オヴェリアお姉ちゃん!」
「はい?」
「ありがとう!」
カレンは満面の笑みで、何度も頭を下げた。
「カレン、ドラゴンさんとお友達になる!」
その言葉に、オヴェリアは優しく微笑んだ。
「ふふっ。私は――」
そして、カレンの頭をそっと撫でる。
「未来の勇者様に、投資したまでです」
「……投資?」
カレンが不思議そうに首を傾げる。
「ええ」
オヴェリアは楽しそうに笑った。
「きっと、いつか素晴らしい勇者様になりますから」
「うん!」
カレンは嬉しそうに頷いた。
オヴェリアはそんなカレンにもう一度微笑みかけると――。
「それでは、私はこれで」
そう言って、王国の関係者たちと共に会場を後にした。
俺はその背中を見送りながら思う。
金貨五百枚。
とんでもない金額だ。
けれど――。
オヴェリアが買ったのは、ホーリードラゴンの卵だけではないのかもしれない。
カレンという――。
これから何が起こるか分からない、小さな女の子の未来そのものを。
オークションを終えた俺たちは、宿へと戻ってきた。
ホーリードラゴンの卵も、王国の関係者によって無事に運び込まれている。
そして――。
俺たちは宿の裏庭に集まっていた。
目の前にあるのは、あの古びた箱。
オークションでカレンが落札した、古代の魔物の箱だ。
「カレン、本当に開けられるの?」
アリスが尋ねる。
「うん!」
カレンは元気よく頷いた。
そして箱を地面に置く。
蓋に刻まれた、誰にも読めなかった文字。
カレンはそれをじっと見つめると――。
「……」
小さな声で、魔物の言葉を口にした。
すると――。
カチッ。
「……!」
箱の中から、小さな音がした。
ゆっくりと蓋が開いていく。
「開いた……」
俺は思わず息を呑んだ。
カレンは嬉しそうに箱の中を覗き込む。
「お父さん、お母さん!」
「……ああ」
俺もアリスと一緒に箱を覗き込んだ。
そこに入っていたのは――。
淡い光を放つ、一つの石。
「やっぱり……」
俺は息を呑んだ。
「ルーンストーンだ」
古代の魔物が残した箱。
誰にも開けることのできなかった箱。
そして、その中に隠されていたルーンストーン。
アリスが慎重に石を調べていく。
「……このルーンは」
しばらくして、アリスが呟いた。
「身につける者の肉体を――鋼のように変えてしまうルーンね」
「鋼の肉体……?」
俺が聞き返す。
「ええ」
アリスは頷く。
「身体そのものが、まるで鋼のような強度になる。刃も、打撃も……普通の攻撃では傷つけることすら難しくなるでしょうね」
俺は箱の中にあるルーンストーンを見つめた。
そして――アンへ視線を向ける。
「このルーンストーンは、アンが身につけてくれ」
「……私が?」
アンが驚いたように目を見開く。
「ああ」
俺は頷いた。
「アリスとカレンには、障壁魔法がある」
二人は魔法によって身を守ることができる。
「グリフには、闇隠れのローブがある」
気配を消し、敵から身を隠すことができる。
「そして俺には――」
自分の鎧と盾を見る。
ローさんが作ってくれた、強力な装備だ。
「この鎧と盾がある」
だからこそ――。
「このルーンストーンは、アンが持つべきだと思う」
アンはしばらくルーンストーンを見つめていた。
「……私が、鋼のような身体に」
「ああ」
俺は笑って頷く。
「アンは前線に立ち俺たちを守ってくれることもある。だったら、身体そのものが強くなる力は、アンに一番合っている」
「そうね」
アリスも頷いた。
「私も賛成よ」
「俺も異論なしだ」
グリフも笑う。
「アンなら、この力を上手く使えるだろ」
「カレンもアン姉ちゃんがいいと思う!」
最後にカレンまで元気よく手を挙げた。
「……みんな」
アンは少し驚いたような顔をした。
そして――。
優しく微笑む。
「ありがとう」
アンはそっとルーンストーンを手に取った。
淡い光を放つ石を見つめながら、俺は思う。
これでまた一つ――。
俺たちの仲間が強くなった。
新しく手に入れたルーンストーンは、加工屋でペンダントにしてもらった。
淡く輝くルーンストーンを中央に埋め込んだ、シンプルなペンダント。
それをアンが首から下げる。
「……なんだか、不思議な感じね」
アンがペンダントを手に取り、嬉しそうに眺める。
「似合ってるぞ、アン」
俺がそう言うと、アンは少し照れたように笑った。
「ありがとう、レオン」
これで――。
鋼のような肉体を与えるルーンストーンは、アンの力となった。
そして、その日の夜。
俺たちは宿で最後の確認をしていた。
荷物も準備した。
武器も、防具も問題ない。
ホーリードラゴンの卵も、王国の関係者によって安全に運ばれている。
そして――。
「いよいよ明日ね」
アリスが言った。
「ああ」
俺は頷く。
明日、俺たちはネネが手配してくれた貿易船に乗る。
目的地は――。
魔族領。
これまで足を踏み入れたことのない場所だ。
どんな人々が暮らしているのか。
どんな魔物がいるのか。
そして――。
俺たちを待っているものは何なのか。
分からないことばかりだ。
けれど――。
「楽しみだね!」
カレンが元気よく笑った。
「うん!」
アリスも微笑む。
グリフとアンも頷いた。
俺は窓の外を眺める。
明日から――。
俺たちの新しい冒険が始まる。
魔族領までは、船で数日かかる。
出港してからしばらくすると、ザイルの港も遠く離れ、見渡す限りの海が広がっていた。
そんな船旅の間――。
カレンは暇さえあれば甲板へ出ていた。
両手には、あのホーリードラゴンの卵。
カレンは卵を大事そうに抱えながら、優しく話しかけている。
「寒くない?」
「もうすぐ魔族領に着くんだって」
「着いたら、一緒に遊ぼうね」
まるで卵の中にいるドラゴンと会話しているようだった。
時には見張り台まで登り、海を眺めながら卵を抱きしめている。
その姿を、俺たちは甲板から微笑ましく見守っていた。
だが――。
しばらくすると、カレンの様子が少し変わった。
「……うん、そうなの?」
「へぇー! 海ってそんなに広いんだ!」
「じゃあ、あっちにもいるの?」
カレンは卵ではなく――。
何もない海の方へ向かって話しかけている。
「……?」
俺は首を傾げた。
隣にいたアリスも、カレンの様子を不思議そうに見つめている。
「カレン?」
アリスが声を掛けた。
「誰と話しているの?」
カレンは振り返る。
そして、何でもないことのように答えた。
「水の精霊さん!」
「…………え?」
俺とアリスは、同時に声を漏らした。
「水の……精霊?」
「うん!」
カレンは嬉しそうに頷く。
「この海にいっぱい住んでるんだって!」
「…………」
俺は思わず海を見る。
もちろん、俺には何も見えない。
アリスも驚いた表情のまま、カレンを見つめている。
「カレン……あなた、水の精霊が見えるの?」
「うん。お話もできるよ」
あまりにも自然な返事だった。
俺とアリスは顔を見合わせる。
まさか――。
エルフの女王の髪飾りを手に入れたことで、精霊と話せるようになったのか。
それとも――。
カレンには、俺たちの知らない何かがあるのか。
海の上で楽しそうに笑うカレン。
その周囲には――。
俺たちには見えない、水の精霊たちがいるらしい。
それから――。
俺たちは海の上で、さらに数日を過ごしていた。
船旅は順調だった。
……と言いたいところだが。
「……今日は、全然進まないな」
俺は甲板から海を眺めながら呟いた。
今日は風がほとんどない。
波も穏やかで、海面はまるで巨大な鏡のように静まり返っている。
帆は力なく垂れ下がり、船はほとんどその場に浮かんでいるだけだった。
「こればっかりは仕方ないな」
隣にいたグリフも、諦めたように肩をすくめる。
「自然相手じゃ、どうにもならねえよ」
船員たちも同じだった。
「今日はゆっくり休むしかないな」
「風が戻るまで待つしかねえ」
誰もがそう言って、半ば諦めた様子で作業をしている。
そんな中――。
「…………」
ふと、甲板の端にいるカレンが目に入った。
カレンは、ホーリードラゴンの卵を抱えながら、誰かと話している。
「……誰と話してるんだ?」
俺が目を細める。
だが、そこにはカレン以外、誰もいない。
「カレン?」
俺が声を掛けようとした、その時だった。
「風の精霊さん、水の精霊さん!」
カレンが海と空に向かって話しかけている。
「今日は船が進まないんだって」
そして――。
「だから、船を動かしてほしいの!」
「…………」
俺は思わず黙り込んだ。
すると――。
カレンが何かに返事をするように、何度か頷く。
「うん!」
「そうそう!」
「お願いね!」
そして、にっこりと笑った。
「ありがとう!」
その直後――。
――バサァッ!!
突然、帆が大きく膨らんだ。
「……え?」
船員が空を見上げる。
今までほとんど吹いていなかった風が、一気に海の上を駆け抜けていく。
「風だ!」
「帆を張れ!」
船員たちが慌てて動き始める。
だが、それだけではなかった。
――ザァァァン!!
穏やかだった海に波が生まれる。
波は船の後ろから押し続けるように、次々と船体を前へと運んでいく。
「な、なんだこの風は!?」
「波まで……!」
船が――。
ゆっくりと動き始める。
そして、みるみるうちに速度を上げていった。
「……船が進んでる」
グリフが呆然と呟く。
船員たちも、口を開けたまま海を見つめている。
「さっきまで、ほとんど無風だったのに……」
俺はカレンを見る。
カレンはというと――。
「これで早く着くね!」
何事もなかったかのように、満面の笑みを浮かべていた。
「カレン……」
俺が近づくと、カレンは嬉しそうに振り返る。
「風の精霊さんと水の精霊さんにお願いしたの!」
「……そうか」
「お願いしたら、船を押してくれるって!」
カレンはそう言って、海を指差した。
「ほら! 頑張ってくれてるよ!」
俺には何も見えない。
だけど――。
確かに船は、今までとは比べものにならないほどの速度で魔族領へ向かって進んでいた。
「……すごいな、カレン」
俺がそう言うと、カレンは嬉しそうに笑った。
「えへへ!」
こうして俺たちの船は――。
本来なら足止めされるはずだった穏やかな海を、精霊たちの力を借りながら、魔族領へ向けて早足で進んでいった。
それから――。
俺たちはさらに数日、海の上を進んだ。
風の精霊と水の精霊の力を借りた船は、驚くほどの速度で魔族領へ向かっていた。
そして――。
「見えてきたぞ!」
船員の声が響いた。
甲板へ出てみると、遠くに陸地が見えている。
「魔族領だ!」
船員たちが次々と声を上げる。
俺たちは顔を見合わせた。
予定よりも――。
「……二日も早いな」
グリフが呟く。
「普通なら、あと二日はかかるはずだったんだが……」
船長も信じられない様子で海を眺めていた。
「こんな速度で船を走らせたのは、俺も初めてだ……」
船員たちも驚きを隠せない。
その視線の先には――。
海の向こうに広がる、魔族領の大地。
そして――。
港が見えてきた。
大きな港には、多くの船が停泊している。
魔族領の港町――。
ライザン。
俺たちは、ついに魔族領へと辿り着いた。
船が港へとゆっくり入っていく。
甲板から街を眺めると、これまで見てきた人間の街とは、どこか違う雰囲気が漂っていた。
「ここが……魔族領か」
俺は思わず呟いた。
新しい土地。
見たことのない景色。
そして――。
この先に待っている、魔族たちとの出会い。
俺たちは船を降り、まずはライザンの宿へ向かうことにした。
「今日はここで一泊しよう」
俺がそう言うと、みんなも頷いた。
長い船旅だった。
まずはゆっくり休み、それから魔族領の首都へ向かう。
その夜――。
俺たちはライザンの宿で旅の疲れを癒した。
そして翌朝。
荷物をまとめ、宿を出る。
「さて――」
俺は街の先に広がる道を見る。
「首都ギースへ向かうか」
「うん!」
カレンが元気よく返事をする。
アリスも微笑みながら頷いた。
「いよいよですね」
「ああ」
俺たちはライザンを後にする。
目指すは――。
魔族領の首都。
ギース。
新たな土地での冒険が、今始まろうとしていた。




