雷鳴の勇者カレン
「お……おねがいだぁぁあー! 助けてくれー!!」
海賊たちの悲鳴が、港に響き渡った。
無理もない。
彼らの目の前にいるのは――冒険者ランクAのパーティー。
そして、その隣には――。
「……大賢者アリス……」
誰かが震える声で、その名を呟いた。
大賢者。
その名を知らない者など、この国にはほとんどいない。
だが――。
海賊たちが本当に恐れていたのは、それだけではなかった。
「うわぁー! すごーい!」
楽しそうな声とともに、少女が空へ向かって手を伸ばす。
「いっくよー!」
――ゴロゴロゴロゴロ……!
空が鳴った。
「――雷よ!」
次の瞬間。
――バリィィィンッ!!
凄まじい稲妻が、海賊船のすぐ横へと突き刺さった。
「ひぃぃぃぃっ!?」
「船に落ちたぁぁぁ!?」
「逃げろぉぉぉ!!」
海賊たちは一斉に逃げようとする。
だが――。
すでに逃げ道はなかった。
カレンの足元にある小さなポーチ。
そのポーチから、ぬるりと四本の腕が伸びている。
「た、助け――!」
海賊の一人が手を伸ばす。
しかし。
ガシッ!
「うわぁぁぁぁ!!」
ポーチさんの四本の手が、数人の海賊たちをまとめて掴み上げた。
「つーかまーえた!」
カレンは嬉しそうに笑った。
「もう逃げられないよ!」
さらに――。
――ゴロゴロ……。
カレンの頭上で、再び黒い雲が渦巻き始める。
「ひっ……!」
「や、やめてくれぇぇぇ!」
「俺たちはもう降参だぁぁぁ!!」
海賊たちは涙を浮かべながら叫んだ。
その光景を少し離れた場所から眺めていたレオンは、思わず額に手を当てる。
「……カレン」
「なぁに?」
「船には落とさないようにな」
「はーい!」
返事だけは、とても素直だった。
そして――。
海賊たちは思った。
――この子だけは、絶対に怒らせてはいけない。
目の前の大賢者よりも。
Aランク冒険者よりも。
何よりも――。
楽しそうに笑いながら雷を落とす、この少女が一番怖かった。
その後――。
海賊船の甲板には、海賊たちが一列に並んでいた。
全員、正座。
そして、その両手はしっかりと縄で縛られている。
「……もう二度としません……」
先ほどまで威勢よく叫んでいた海賊たちは、今ではすっかり怯えきっていた。
誰一人として顔を上げようとしない。
その前に立っているのは――。
小さな少女、カレン。
そして、その隣にはレオンたちがいる。
カレンは正座している海賊たちを、一人ずつじっと見つめた。
「……もう悪さしない?」
「ひっ……!」
海賊たちの肩が一斉に跳ねる。
カレンは首を傾げた。
「本当に……?」
「し、しません!!」
「絶対しません!!」
「もう二度と悪さなんかしません!!」
「どうか……どうかお助けを!!」
海賊たちは必死に頭を下げた。
中には涙を流している者までいる。
「そっかぁ……」
カレンは少し考えるように頷いた。
「じゃあ、もう海賊さんは悪いことしないんだね?」
「しません!!」
「絶対に!!」
「約束します!!」
海賊たちは、まるで命を懸けるかのように何度も頷いた。
そんな彼らを見て――。
カレンはにっこりと笑った。
「よかった!」
「「「…………」」」
海賊たちは固まった。
そして――。
誰もが心の中で同じことを思った。
――二度と、この少女には逆らわない。
絶対に。
その様子を後ろから眺めていたアリスは、苦笑しながらレオンに小声で話しかける。
「……カレン、随分と怖がらせちゃったみたいね」
「……まあ、無理もないだろ」
レオンは甲板の上に残された焦げ跡へと視線を向ける。
そのすぐ横には、カレンのポーチさんが四本の腕を伸ばしたまま立っている。
そして――。
「カレン! もう一回雷落としてみてもいい?」
「「「ひぃぃぃぃっ!!」」」
海賊たちの悲鳴が、再び港中に響き渡った。
「ダメだ」
「はーい!」
レオンの即答に、カレンは素直に頷いた。
こうして俺たちは、貿易都市ザイルを荒らしていた海賊たちを一網打尽にし、街の衛兵へと引き渡した。
「た、助けてください!」
「もう悪さはしません!」
「お願いです! 早く牢屋に入れてください!」
海賊たちは衛兵に縋りつきながら、必死に訴えている。
どうやら、俺たちに捕まっているよりも、牢屋に入れられたほうが安心できるらしい。
「おい……落ち着け。牢屋には入れるから」
衛兵が困惑した様子で海賊たちをなだめる。
「ほ、本当ですか!?」
「早く! 早く牢屋へ!!」
「お願いします!!」
海賊たちは涙を流しながら、衛兵に連行されていった。
その後ろ姿を見送っていると――。
「……カレン」
「なぁに?」
「もう、雷は落とさなくていいからな」
「うん!」
カレンは満面の笑みで頷いた。
その笑顔を見た瞬間――。
「ひっ……!」
遠ざかっていた海賊の一人が、再び小さな悲鳴を漏らした。
「……だから、もう大丈夫だって」
俺は思わず苦笑してしまった。
海賊たちを引き渡した俺たちは、そのまま冒険者ギルドへと戻った。
事の顛末を職員に話すと――。
「ぶははははははっ!!」
話を聞いていた職員が、腹を抱えて大笑いした。
「まさか……海賊たちが衛兵に『早く牢屋に入れてくれ』と泣きついたんですか!?」
「そうなんですよ……」
俺が苦笑しながら頷く。
「しかも、その原因が――」
職員はカレンへと視線を向けた。
カレンは何も知らず、楽しそうにポーチさんを撫でている。
「雷を落としまくっていた、あの小さな女の子……」
職員はしばらくカレンを見つめ――。
ニヤリと笑った。
「決めました!」
「……何をです?」
「カレンさんの二つ名ですよ!」
「二つ名?」
カレンが不思議そうに首を傾げる。
職員は胸を張って叫んだ。
「――『雷鳴の勇者』!!」
「らいめいの……ゆうしゃ?」
「そうです! 今日の海賊退治の話を聞けば、誰も文句は言わないでしょう!」
カレンの目が、ぱっと輝いた。
「雷鳴の勇者……!」
そして――。
カレンは両手を腰に当て、胸を張った。
「雷鳴の勇者カレン――参上!」
「「「…………」」」
俺たちは一瞬、言葉を失った。
だが――。
「ふふっ……」
アリスが笑いをこらえる。
「はははっ!」
グリフも声を上げて笑った。
「カレン、気に入ったみたいだな」
アンも嬉しそうに微笑んでいる。
「うん! カレン、雷鳴の勇者!」
カレンは満面の笑みで、何度も胸を張った。
――こうして。
貿易都市ザイルでは、新たな二つ名が誕生した。
雷を操り、海賊たちを震え上がらせた少女。
その名も――。
『雷鳴の勇者』カレン。
それからしばらくの間――。
俺たちは冒険者ギルドから依頼を受け、グリフたちと手分けしながら、貿易都市ザイル周辺の魔物退治を片っ端から片付けていった。
街道に出れば、旅人を襲っていた魔物を討伐する。
海へ出れば、船を襲う魔物を退治する。
危険な場所ほど優先して向かい、少しずつではあるが、ザイル周辺の安全を取り戻していった。
その中でも――。
「雷よー!」
――バリィィィンッ!!
空を走る稲妻。
「やったー!」
楽しそうなカレンの声。
そして、そのたびに魔物たちは雷に撃ち抜かれていった。
依頼を一つ。
また一つ。
さらに一つ。
気が付けば、俺たちは数え切れないほどの依頼を達成していた。
そして――。
「なあ、聞いたか?」
「何を?」
「最近、街道の魔物を片っ端から倒してる冒険者たちがいるらしいぞ」
「ああ、知ってる。海の魔物まで退治してるって話だ」
「それより、その中にすごい魔法を使う子供がいるらしい」
「子供?」
「ああ。雷を自由自在に操るんだと」
そんな噂が、街のあちこちで囁かれるようになった。
酒場でも。
商店でも。
港でも。
冒険者たちの間でも――。
「『雷鳴の勇者』って呼ばれてるらしいぞ」
「雷鳴の勇者……カレンか」
「ああ。あの海賊たちを一瞬で降参させたっていう……」
いつしか――。
『雷鳴の勇者カレン』
その名は、貿易都市ザイル中に轟いていた。
そうこうしている間に――。
ついに、その知らせが届いた。
「レオンさん! アダマンタイトの装備、完成しましたよ!」
鍛冶屋のローさんからの連絡だった。
「本当ですか!?」
俺たちはすぐに鍛冶屋へ向かった。
店の奥へ通されると――。
「……これが」
そこには、完成したばかりの武具が並べられていた。
アダマンタイトで作られた剣と盾。
そして、防具一式。
どれも美しく磨き上げられ、無駄のない洗練された造りをしている。
俺は思わず息を呑んだ。
「綺麗……」
アリスも目を輝かせている。
「さあ、実際に装備してみてください」
ローさんに促され、俺たちはそれぞれ武具を手に取った。
そして――。
「……え?」
最初に感じたのは、驚くほどの軽さだった。
「軽い……」
盾を持ち上げても、ほとんど重さを感じない。
防具を身につけても同じだった。
「これ……本当にアダマンタイトですか?」
「もちろんだ」
ローさんは誇らしげに笑った。
「アダマンタイトの硬さを維持しながら、極限まで軽量化してある、俺の最高傑作だ」
まるで――。
何も身につけていないかのような軽さ。
これなら、今まで以上に自由に動ける。
だが、その硬さは間違いなくアダマンタイトだった。
「それだけじゃねえぞぉ」
ローさんが防具を指差す。
「この防具には、魔法に対する耐性も宿っている」
「魔法耐性?」
「ああ。攻撃魔法から装備者を守ってくれる能力だ」
俺たちは顔を見合わせた。
「それって……最初から付けるつもりだったんですか?」
ローさんは首を横に振った。
「これは、鍛えているうちに自然と宿ったものだな」
「自然に……?」
「ああ。アダマンタイトを何度も鍛え、打ち、磨き上げているうちに、いつの間にかマジックアイテムへと変化していったんだ。」
ローさん自身も、少し驚いたような表情を浮かべていた。
「そして――」
ローさんは、今度は剣を手に取った。
「この剣も同じだ」
鞘から抜かれた刀身が、店内の明かりを鋭く反射する。
「特別に鍛え抜いた。その結果――」
ローさんが近くに置かれていた鉄塊を指差す。
「これほどの鋭さを持つようなったんだ」
剣を軽く振る。
――スパッ。
鉄塊が、まるで柔らかな木材だったかのように綺麗に切断された。
「……」
俺たちは言葉を失った。
「固い物でも、簡単に両断できるほどの切れ味」
ローさんは剣を眺めながら、満足そうに頷いた。
「この剣も、防具と同じく鍛錬の中でマジックアイテム化して宿った能力だ」
俺は完成した剣と盾を見つめた。
軽い。
硬い。
魔法から身を守る。
そして――あらゆる物を断ち切る剣。
これまで使ってきた装備とは、明らかに次元が違う。
「……ローさん」
「はい?」
「最高の武具をありがとうございます」
俺が頭を下げると――。
「こんな素晴らしい素材を鍛えさせてもらえて、鍛冶師として最高の仕事だったぜ」
ローさんは嬉しそうに笑った。
こうして俺たちは――。
新たな力を手に入れた。
俺たちはローさんに礼を言い、鍛冶屋を後にした。
そして――。
ネネのお店へと戻ってきた。
「おかえりなさい、レオンさん!」
ネネがいつもの笑顔で迎えてくれる。
「ただいま、ネネ」
俺たちは、完成したばかりのアダマンタイト製の武具を見せた。
「まあ……!」
ネネは目を輝かせながら、剣や盾、防具を眺めている。
「本当に素晴らしい武具ですね!」
「ああ。ローさんが最高の仕事をしてくれたよ」
俺は、先ほど聞いた武具の能力についてネネに話した。
驚くほどの軽さ。
アダマンタイト本来の硬さ。
攻撃魔法から身を守る力。
そして、あらゆる物を両断するほどの鋭さを持つ剣。
話を聞き終えたネネは、しばらく俺を見つめていた。
「……レオンさん」
「ん?」
「お願いがあるんです」
「お願い?」
ネネは少しだけ緊張したように口を開いた。
「レオンさんが以前使っていた剣や盾……もしよろしければ、うちのお店に大切に飾らせていただけませんか?」
「俺の……剣と盾を?」
「はい!」
ネネは嬉しそうに頷いた。
「きっと、この先レオンさんがもっともっと有名な冒険者になったら、昔使っていた武具にも価値が出ると思うんです」
「……」
俺は少し考えた。
今まで使ってきた剣と盾。
どちらも、俺にとっては大切なものだ。
この剣と盾と共に、数え切れないほどの冒険をしてきた。
そして――。
ふと、これまでの旅が頭をよぎった。
ヘイゼルの白との戦い。
初めて手にした大剣。
何度も命を救ってくれた盾。
そして、女王グリーンスパイダーの巣で手に入れた、過去の自分の剣。
「……そうだな」
俺は静かに頷いた。
「ネネに預けるよ」
「本当ですか!?」
「ああ」
俺は、ヘイゼルの白との戦いで手に入れた大剣と、これまで使ってきた盾。
そして――。
女王グリーンスパイダーの巣で手に入れた、過去の自分の剣。
それらをネネへと託した。
「大切にします!」
ネネは両手で武具を受け取り、嬉しそうに微笑んだ。
「このお店で、ずっと大切に飾らせていただきますね」
「頼んだよ」
ネネは剣と盾を見つめ――。
そして、俺へと視線を戻した。
「……レオンさん」
「ん?」
「私、きっとレオンさんは……伝説の冒険者になると思っています」
「伝説の冒険者……?」
「はい」
ネネは優しく微笑んだ。
「だから、その時が来たら――」
店に飾られた俺の古い武具を見つめる。
「ここにある剣と盾を見て、みんなに伝えたいんです」
そして――。
「この武具は、伝説の冒険者レオンが、まだ名もなき冒険者だった頃に使っていたものなんですよって」
「……」
俺はしばらく言葉が出なかった。
やがて――。
「……そうなれるといいな」
俺は笑った。
「きっとなれますよ」
ネネは、そう言って笑顔を返してくれた。
ネネの店で話をしていると、魔族領へ向かう予定も決まった。
「魔族領へは、明々後日に出発しましょう」
ネネがそう言った。
「ああ、よろしく頼む」
貿易都市ザイルから魔族領までは、ネネの貿易船で向かうことになった。
出発まで、あと三日。
すると――。
「そういえば、レオンさん」
ネネが何かを思い出したように口を開いた。
「明後日、このザイルで大きなオークションが開かれるんですよ」
「オークション?」
「はい!」
ネネによると、それは――。
貿易都市ザイルでも最大規模を誇る、特別なオークションらしい。
いや――。
ザイル最大どころか、大陸中から商人や冒険者、貴族までもが集まる、大陸最大級のオークションだという。
「そんなに大きいのか?」
「ええ。毎回、とても珍しい品が出品されるんです」
ネネは指を折りながら説明していく。
「珍しいマジックアイテムだったり、貴重な魔物の素材だったり……冒険に役立つ道具が出品されることもあります」
「それは面白そうだな」
俺たちは顔を見合わせた。
確かに――。
今の俺たちは、これまでの冒険で得た財宝や報酬もあり、資金にはかなり余裕がある。
「せっかくだし、参加してみるか?」
俺がそう言うと――。
「賛成!」
カレンが真っ先に手を上げた。
「オークションって何があるの?」
「行ってみれば分かりますよ」
ネネが笑う。
「掘り出し物が見つかるかもしれません」
「掘り出し物……」
アリスも興味深そうに呟いた。
「珍しい魔道具があるなら、私も見てみたいわ」
「俺も賛成だ」
グリフも頷く。
アンも楽しそうに笑った。
「じゃあ、決まりだな」
こうして俺たちは――。
魔族領へ向かう前日ではなく、そのさらに前の日。
明後日に開催される、大陸最大級のオークションへ参加することになった。
珍しいアイテム。
魔物の素材。
冒険に役立つ道具。
果たして、どんな物が出品されるのか。
俺たちは少しだけ胸を躍らせながら――。
オークションの日を待つことにした。
オークションの日を迎えるまでの二日間――。
俺たちは、冒険者ギルドへ通い続けた。
街の人々から寄せられる依頼。
街道で困っている商人。
魔物に襲われて困っている旅人。
海路で魔物の被害に遭っている船。
俺たちは、そんな依頼を見つけるたびに引き受けた。
「この依頼もお願いします」
「こっちも俺たちが行きます」
できる限り多くの人を助ける。
体力が続く限り。
時間が許す限り。
俺たちは依頼を片っ端から片付けていった。
そして――。
オークション当日。
俺たちはネネに案内され、会場へと足を踏み入れた。
そこは想像していた以上に豪華な場所だった。
大勢の商人や貴族、冒険者たちが席を埋めている。
俺たちも用意された席へと座った。
すると――。
「……え?」
隣の席から、聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は思わず振り向く。
「え……?」
そこにいた人物を見た瞬間、俺は目を見開いた。
「アイーダさん!?」
「えっ……レオン!?」
アイーダも驚いたように立ち上がる。
そして、その隣には――。
「ミランダさんに……ミーシャさん!」
「レオン君!?」
「ええっ!? 本当にレオン!?」
懐かしい顔が次々とこちらを振り向く。
さらに――。
「ユナ……!!」
「レオン……!」
そこには、かつて共に冒険をしたユナの姿まであった。
「久しぶり!」
俺たちは思わず笑顔になった。
まさか――。
こんな場所で、こんなにも懐かしい仲間たちと再会するなんて。
「元気だった!?」
「ああ! みんなこそ!」
久しぶりの再会に、俺たちは嬉しさを隠せなかった。
冒険を続けていれば、いつかまた会える。
そう思っていた。
だが――。
こんな大陸最大級のオークション会場で再会するとは、さすがに予想していなかった。
「まさか、こんなところで会うなんてな」
俺が笑うと――。
「本当にね」
ユナも嬉しそうに笑った。
懐かしい仲間たちとの再会。
「それにしても……」
アイーダさんが、俺とアリスを交互に見つめる。
「まさかレオンが、大賢者アリス様と結婚してるなんてねぇ!」
「私も驚いたわよ」
ミランダさんも目を丸くしている。
「しかも――」
アイーダさんの視線が、俺たちの隣にいるカレンへと移った。
「子供までいるとはね!」
「ええ」
アリスが微笑む。
「この子が私たちの娘、カレンよ」
「はじめまして!」
カレンが元気よく挨拶する。
「まあ、可愛いじゃない!」
ミランダさんが嬉しそうに微笑む。
すると――。
「アイーダさん!」
「ん?」
カレンはアイーダさんのところへ駆け寄っていった。
「お姉ちゃん、だーれ?」
「お、お姉ちゃん!?」
アイーダさんが目を丸くする。
だが、次の瞬間には――。
「はははははっ! 元気な子だねぇ!」
豪快に笑いながら、カレンを抱き上げた。
そしてカレンは、すっかりアイーダさんに懐いてしまった。
「ここ、座っていい?」
「ああ、もちろんさ!」
カレンは嬉しそうにアイーダさんの膝の上へちょこんと座る。
「えへへ!」
アイーダさんも、そんなカレンの頭を撫でながら嬉しそうに笑っていた。
「しかし――」
アイーダさんはカレンの顔を眺めながら、突然ニヤリと笑った。
「まさか『雷鳴の勇者』様が、レオンと大賢者様の娘だとはねぇ!」
「雷鳴の勇者?」
ミランダさんが首を傾げる。
「知らないのかい?」
アイーダさんが楽しそうに笑う。
「このザイルじゃ、今や知らない奴はいないくらい有名だよ!」
「えへへ……」
カレンは褒められたのが嬉しいのか、アイーダさんの膝の上で胸を張る。
「カレン、雷鳴の勇者!」
「はははははっ!」
アイーダさんの豪快な笑い声が、オークション会場に響き渡った。
「なるほどねぇ! あのレオンが父親で、大賢者様が母親なら――そりゃあ雷鳴の勇者にもなるわけだ!」
アリスは少し恥ずかしそうだったがどこか嬉しそうにカレンを見つめていた。
懐かしい仲間たちとの再会。
そして――。
昔は何も知らなかった俺たちが、それぞれの道を歩んだ先で、こうして再び顔を合わせている。
なんだか、不思議な気持ちだった。
その一方で――。
「ユナ!」
「アン!」
二人も久しぶりの再会を喜び、顔を見合わせて笑っていた。
「元気そうでよかった!」
「ユナも! ずっと会いたいと思ってたんだよ!」
二人は昔話に花を咲かせながら、楽しそうに笑い合っている。
そんな二人を眺めながら、俺も自然と笑みがこぼれた。
そして――。
「ミランダさん」
グリフが、少し緊張した様子でミランダさんへ声をかけた。
「ん? どうしたの?」
「実は……」
グリフは少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「俺、昔……ミランダさんに思いを寄せていたんだ」
「え……?」
ミランダさんの目が大きくなる。
「グリフさんが……私に?」
「ああ」
グリフは照れくさそうに頭を掻いた。
「当時は言えなかったけどな」
「もう……」
ミランダさんは頬を赤く染め、困ったように笑った。
「からかわないでください……」
「からかってなんかいないさ」
グリフが笑う。
そのやり取りを見ていたアイーダさんが――。
「ほうほう……!」
面白そうに二人を眺める。
「昔はそんなことがあったのかい!」
「アイーダさんまで……」
ミランダさんはさらに顔を赤くする。
「はははっ!」
グリフは楽しそうに笑った。
昔は言えなかった想い。
それを今になって、こうして笑いながら話せる。
長い時間を経たからこそできる、懐かしい会話だった。
そうこうしている間に――。
ドォォォン!!
大きな花火が、オークション会場の上空へと打ち上がった。
会場が一気に静まり返る。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました!」
司会者が壇上へ上がり、声を張り上げる。
「それでは――大陸最大級のオークションを、ただいまより開始いたします!」
会場から大きな拍手が巻き起こった。
そして――。
「最初の商品はこちら!」
係員が壇上へ運んできたのは、一つの水袋だった。
「これは――『魔法の水袋』!」
「魔法の水袋?」
俺が呟く。
「はい。この水袋は、魔力が続く限り――いや、正確には一定の時間ごとに、無限に清浄な水を生み出す魔道具です!」
会場から、ざわめきが起こる。
「綺麗な水をいつでも……?」
俺が感心していると――。
「ええ……!?」
隣から、アンの驚いた声が聞こえた。
アンは壇上の水袋を食い入るように見つめている。
「アン?」
「あれ、すごく欲しい……!」
「そんなに?」
俺が尋ねると、アンは真剣な表情で頷いた。
「だって、あれがあれば解体で汚れた服や手を、いつでも洗えるんだよ!?」
「……確かに」
「それに料理にも好きなだけ綺麗な水が使えるんだよ!?」
アンの目が、どんどん輝いていく。
「野営のときだって、水を持ち歩く必要がなくなるんだよ!?」
「……なるほど」
冒険者にとって、水はなくてはならないものだ。
特に俺たちは長期間の旅や野営も多い。
水を確保する手間がなくなるなら、かなり便利な道具だ。
「私、あれ欲しい!」
アンが珍しく身を乗り出した。
どうやら――。
オークション最初の商品から、アンの心を完全に掴んでしまったらしい。
「それでは、こちらの『魔法の水袋』――金貨二枚から!」
司会者の声が響く。
「金貨二枚!」
「金貨三枚!」
「金貨五枚!」
次々と商人たちが手を挙げていく。
どうやら、かなり人気のある品らしい。
アンは壇上の水袋を見つめたまま、じっと成り行きを見守っている。
その時――。
「金貨十枚!」
「……え?」
突然、俺たちの隣から声が上がった。
全員が一斉に振り向く。
そこにいたのは――。
「カレン!?」
カレンが小さな手を、元気いっぱいに上げていた。
「これくださーい!」
「「「…………」」」
俺たちは、驚きのあまり言葉を失った。
司会者も一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「金貨十枚!!」
会場中に声が響き渡る。
「雷鳴の勇者様から、金貨十枚が出ました!!」
「……カレン、いつの間にそんな金額を……」
俺が呟くと、カレンは何でもないように答える。
「アン姉ちゃんが欲しいって言ってたから!」
「カレン……!」
アンが驚いたようにカレンを見る。
すると――。
「ははははっ!」
会場のあちこちから、優しい笑い声が起こった。
「雷鳴の勇者様が欲しいっていうなら、譲ってやるか!」
「金貨十枚か。俺は降りるよ」
「俺もだ!」
「冒険に使うんだろ? それなら応援してやらないとな!」
次々と商人たちが手を下ろしていく。
会場全体が、温かな空気に包まれていった。
「どうやら皆様――」
司会者も嬉しそうに笑っている。
「雷鳴の勇者様が冒険に必要とされているなら、ここはお譲りしたいようですね!」
そして――。
「他にいらっしゃいませんか!?」
静まり返った会場。
「……それでは!」
司会者が大きく声を張り上げる。
「金貨十枚! 雷鳴の勇者カレン様――落札です!!」
「やったぁー!」
カレンが両手を上げて喜んだ。
その姿を見て、会場から再び大きな笑い声と拍手が沸き起こった。
どうやら――。
この街でのカレンの人気は、俺たちが思っていた以上らしい。
「まあ、この魔法の水袋は冒険でもかなり役に立ちそうだし――」
俺は壇上へ視線を向けながら呟いた。
「金貨十枚なら、安すぎるくらいだろうな」
そう言って俺は金貨を支払い、魔法の水袋を受け取った。
「ありがとう!」
アンが嬉しそうに水袋を抱きしめる。
「これで料理も洗濯も楽になるね!」
「そうだな」
俺も笑いながら頷いた。
そして――。
「それでは、続きまして二つ目の商品はこちらです!」
司会者の声が会場に響き渡る。
「なんと――数千年も前のエルフの女王が身につけていたとされる、髪飾りです!」
壇上へ運ばれてきたのは、美しい装飾が施された髪飾りだった。
「おおおお――!!」
会場中から、一斉に歓声が上がる。
俺たちも思わず身を乗り出した。
「数千年前のエルフの女王……?」
その言葉を聞いた瞬間――。
「……ああ」
隣からアイーダさんの声が聞こえた。
「あれは、私たちが持ち帰った品だよ」
「え?」
俺が振り向く。
「俺たちが大陸の南の端まで行ったときにね」
アイーダさんは壇上の髪飾りを見つめながら話した。
「そこにあった大森林――今はもう滅びてしまった森だけど、その奥にあった古い城から見つけたんだ」
「滅びた城……」
ミランダさんも懐かしそうに頷く。
「何千年も前に滅んだエルフの王国。その城跡には、当時の遺物がいくつも残されていたの」
「その中の一つが、あの髪飾りってわけさ」
アイーダさんが豪快に笑った。
「まさか、こんな大きなオークションに出てくるとはねぇ!」
俺は壇上の髪飾りを見つめた。
数千年という長い時を越えて、今ここにある。
そして――。
俺の隣には、大賢者アリスがいる。
その髪飾りを見つめるアリスの表情は、どこか真剣だった。
「……あの髪飾りは、本物よ」
アリスが静かに口を開いた。
「本物?」
俺が聞き返す。
アリスは壇上の髪飾りから目を離さず、頷いた。
「ええ。かつてエルフの女王――テティスが身につけていた物で間違いないわ」
「テティス……」
数千年も前に存在した、エルフの女王。
その名を聞いただけで、会場の空気が少し変わったように感じた。
「この髪飾りには、特殊な力が宿っていると言われているの」
アリスが続ける。
「精霊や妖精たちと、言葉を交わすことができる力よ」
「精霊や妖精と……?」
俺が驚いていると――。
「……!」
隣にいたカレンの目が、みるみるうちに輝き始めた。
「妖精さんと……お話できるの?」
カレンは壇上の髪飾りを食い入るように見つめている。
「うん。そういう力があると言われているわ」
「すごーい……!」
カレンは両手を胸の前で握りしめた。
「カレン、妖精さんとお話したい!」
その瞳は、完全に髪飾りへ釘付けになっていた。
俺は思わず苦笑する。
どうやら――。
次の落札品は、最初から決まってしまったようだった。
「それでは――こちらの髪飾り、金貨十枚から!」
司会者の声が響く。
「金貨十五枚!」
すぐさま、会場の一角から声が上がった。
「金貨二十枚!」
「金貨二十五枚!」
次々と手が挙がり、髪飾りの値段はあっという間に跳ね上がっていく。
「すごい……」
俺は思わず呟いた。
さすがは数千年前のエルフの女王、テティスが身につけていた髪飾り。
精霊や妖精と話せるという力も相まって、かなりの人気らしい。
「金貨三十枚!」
「金貨三十五枚!」
「金貨四十枚!」
どんどん値段が上がっていく。
「……」
隣を見る。
そこには――。
「…………」
頬を膨らませ、壇上を睨みつけているカレンがいた。
「カレン……?」
「あーー!」
カレンが両手をぶんぶん振る。
「ぷーー!」
そして――。
ぷくっと頬を膨らませたまま、俺を睨みつけてくる。
「……カレン」
「妖精さんとお話したいの!」
「うん。それは分かってる」
「じゃあ、買って!」
「いや……」
俺は苦笑しながら首を横に振った。
「まだお金には余裕があるけど……この流れには、さすがについていけないぞ」
「むーーー!」
カレンはさらに頬を膨らませる。
「金貨五十枚!」
また会場から声が上がった。
「ほら……もう五十枚だ」
「あーー! ぷーー!」
カレンは悔しそうに地団駄を踏んだ。
その姿を見て、アリスが小さく笑う。
「ふふっ。カレン、そんなに怒らないの」
「だって……妖精さん……」
カレンは悲しそうに髪飾りを見つめる。
俺はそんなカレンの頭を優しく撫でた。
「気持ちは分かるけどな」
「……」
「でも、あれだけ値段が上がっている物を無理して買う必要はないだろ?」
「……うん」
カレンは渋々頷いた。
だが――。
壇上からは、まだ声が飛び交っている。
「金貨六十枚!」
「金貨七十枚!」
「金貨八十枚!」
「…………」
カレンの頬が、再びぷくっと膨らんだ。
「ぷーー……」
「……だから怒るなって」
俺は思わず苦笑した。
どうやら――。
カレンは、まだ諦めていないらしい。
「金貨八十枚!」
会場に声が響く。
それでも――。
「金貨九十枚!」
さらに値段が上がった。
さすがにここまで来ると、俺たちも手を挙げることはできない。
「……これは無理だな」
俺がそう呟いた、その時――。
「金貨百枚!」
凛とした声が、会場に響き渡った。
「……え?」
俺たちは一斉に声のした方へ振り向いた。
そして――。
「……‼︎」
俺たちは驚きのあまり、言葉を失った。
手を挙げていたのは――。
「オヴェリア様……?」
なんと、王女オヴェリアだった。
会場中も、一瞬静まり返る。
まさか王女自らが、この競りに参加するとは誰も思っていなかったのだろう。
「金貨百枚……!」
司会者も驚きながら声を張り上げる。
「王女オヴェリア様から、金貨百枚です!」
商人たちは互いに顔を見合わせる。
そして――。
「……さすがに王国相手じゃな」
「これ以上は無理だ」
「俺は降りるよ」
次々と手が下ろされていく。
金貨百枚。
それ以上の金額を出すことはできても――。
王国そのものを相手に競り合うような真似をする者はいなかった。
「それでは――」
司会者が会場を見渡す。
「他にいらっしゃいませんか?」
静まり返る会場。
「……いらっしゃらないようですね」
そして――。
「金貨百枚! 王女オヴェリア様――落札です!」
大きな拍手が会場に響き渡った。
「…………」
俺たちは、まだ状況を理解できずにいた。
「オヴェリア様……一体どうして?」
俺が尋ねると、オヴェリアは微笑んだ。
「ふふっ」
そして――。
壇上から運ばれてきた髪飾りを手に取る。
そのまま俺たちのところまで歩いてくると――。
「はい、雷鳴の勇者様」
「……え?」
オヴェリアは、ぽかんとしているカレンの前にしゃがみ込んだ。
「妖精さんと、お話ししたかったのでしょう?」
「……!」
カレンの目が大きく見開かれる。
そして――。
オヴェリアは、その美しい髪飾りをカレンの髪にそっと付けてあげた。
「これを、あなたに」
「…………」
カレンはしばらく固まっていた。
やがて――。
「……いいの?」
「ええ」
オヴェリアは優しく微笑む。
「大切にしてくださいね」
「わぁぁ……!」
カレンの顔が、一気に輝いた。
「ありがとう! オヴェリアお姉ちゃん!」
嬉しそうに笑うカレン。
その姿を見て、会場からも温かな笑い声が起こった。
俺はそんな二人を見つめながら――。
「……オヴェリア様、本当にありがとうございます」
深く頭を下げた。
「いいのですよ」
オヴェリアは微笑む。
「雷鳴の勇者が、妖精たちと仲良くなれるのなら――」
そう言って、カレンの頭を優しく撫でた。
カレンは髪飾りに触れながら、満面の笑みを浮かべている。
「妖精さん……会えるかなぁ!」
その嬉しそうな声を聞きながら――。
俺も思わず笑ってしまった。
どうやら今回のオークションで――。
一番喜んでいるのは、カレンらしい。
「それでは――続きまして、こちらの商品です!」
司会者が次の商品を壇上へ運び入れる。
そこに置かれたのは――。
古びた、小さな箱だった。
「……?」
俺は目を細める。
箱は長い年月を経ているのか、表面には無数の傷が刻まれている。
金属とも木とも判別しづらい、不思議な素材で作られていた。
「こちらの商品ですが――」
司会者が少し困ったような顔で説明を始める。
「どこの言葉なのか、誰にも分からない、とても古びた箱になります!」
会場から、ざわめきが起こる。
「さらに――」
司会者は苦笑しながら続けた。
「開け方も、中に何が入っているのかも……まったく分かっておりません!」
「はははは!」
「なんだそりゃ!」
「中身も分からないのに売るのか?」
会場中から笑い声が飛び交う。
どうやら、今回の商品は珍品のようだ。
司会者も苦笑しながら肩をすくめる。
「ええ……私どもも、正直なところ何なのか分かりません!」
さらに会場から笑い声が起こった。
だが――。
「…………」
俺は、隣にいるカレンを見た。
カレンだけは――。
笑っていなかった。
むしろ、壇上の箱をじっと見つめている。
「……カレン?」
俺が声をかける。
すると――。
「あれ……」
カレンが小さく呟いた。
「どうした?」
カレンは箱を指差す。
「魔物の言葉だよ」
「…………」
「…………‼︎」
俺とアリスは、同時にカレンを見た。
「今……なんて?」
俺が聞き返す。
カレンは不思議そうに首を傾げた。
「だから、あれは魔物の言葉」
「……」
俺は再び壇上の箱を見る。
古びた箱。
誰にも読めない文字。
そして――。
その文字を、カレンだけが理解している。
「……どうして……?」
アリスも驚きを隠せない様子で、箱を見つめている。
「カレン……本当に、あの文字が読めるの?」
「うん!」
カレンは何でもないことのように頷いた。
「ちゃんと書いてあるよ」
「何て……?」
俺が尋ねる。
カレンは箱をじっと見つめる。
「…………」
そして――。
「えっとね……」
カレンが口を開いた。




