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冒険の書  作者: siva5880


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記憶の断片

その威力は――絶大だった。


 グリフが弓を引き絞り、一本の矢を放つ。


 矢が空を切った、その瞬間だった。


 放たれた一本の矢から、二本の魔法の矢が生み出される。


 合計三本となった矢は、まるで獲物を追い詰めるかのように軌道を変えながら、凄まじい速度で飛翔した。


「――なっ……!」


 リザードマンが反応する間もない。


 三本の矢が次々とその身体を射抜いた。


 そして――。


 ドォォォンッ!!


 三本の矢が、ほぼ同時に爆発した。


 凄まじい爆音とともに炎が弾け、大地を揺らす。


 爆発が収まった頃には――。


 そこに、先ほどまでいたリザードマンの姿はなかった。


 グリフは手にした弓を眺めながら、満足そうに呟く。


「……この弓は――」


 そして、少し考えたあと。


「トリニティ・アローと名付けよう」


 三本の魔法の矢を放ち、すべてを爆炎へと変える弓。


 その名に相応しい、凄まじい一撃だった。


「ここは――ドワーフの古城」


 アリスが、目の前に広がる巨大な城を見上げながら言った。


「もしかしたら、まだ誰も見たことのないような……とても珍しい武具が、残されているかもしれないわ」


 その言葉を聞いた瞬間――。


 俺たちは思わず顔を見合わせた。


 先ほどグリフが手に入れた『トリニティ・アロー』。


 あれほど強力な武具が、この古城にはまだ眠っているかもしれない。


「……それは、楽しみだな」


 俺は思わず笑みを浮かべた。


 グリフも新たな弓を手にしながら、期待に満ちた表情を浮かべている。


 アンやカレンも、古城の奥へと視線を向けていた。


 いったい、この城には何が眠っているのだろう。


 俺たちは期待に胸を膨らませながら――。


 巨大なドワーフの古城へと足を踏み入れていった。


古城の外も――。


 そして、中へ足を踏み入れてからも――。


「……多すぎないか?」


 俺は思わず呟いた。


 そこに広がっていたのは、異常な光景だった。


 部屋にも。


 通路にも。


 階段にも。


 魔物、魔物、魔物――。


 ゴブリン、オーク、リザードマン、そして見たことのない魔物まで。


 まるで、ダンジョンブレイクでも起こったかのような数だった。


「こんなに……?」


 カレンが驚いたように辺りを見回す。


 しかも、厄介なのは数だけではない。


 魔物の種類も実に様々だった。


 その中でも、俺たちを特に苦戦させたのが――大型のスライム系魔物だった。


「こいつは……厄介だな」


 剣を構えながら、俺は目の前の巨大なスライムを睨む。


 通常の魔物なら、剣で斬れば傷を負わせることができる。


 だが、スライムにはそれが通じない。


 その柔らかな身体は、ほとんどの物理攻撃を無効化してしまう。


 しかも――。


 ジュウウウウ……。


 身体の表面から、強力な酸が滴り落ちている。


 床に落ちた酸が石畳を溶かし、白い煙を上げていた。


「これは……近づくのも危険ね」


 アリスが警戒しながら言う。


 魔法を放ち、スライムの身体を削っていく。


 だが、その巨体はすぐに形を変え、失った部分を再生してしまう。


 そんな中――。


「レオン、これを使って!」


 アンが取り出したのは、小さな瓶だった。


 中には、彼女が調合した特殊な液体。


 さらに、そこへ清めの塩を混ぜてある。


「これなら……!」


 アンが瓶を大型スライムへ向かって投げる。


 瓶がスライムの身体に触れた、その瞬間――。


 ジュッ……。


「え?」


 瓶そのものが、音を立てて溶けていく。


 強力な酸によって、瓶があっという間に消化されてしまったのだ。


 しかし――。


 次の瞬間。


 瓶の中に入っていた液体が、スライムの体内へと触れた。


「――ッ!」


 大型スライムの身体が大きく震える。


 そして――。


 ジュウウウウウウウッ!!


 まるで身体そのものが焼けていくような音を立てながら、巨大な身体が急速に縮んでいく。


 やがて――。


 シュウゥゥゥ……。


 大型スライムは、跡形もなく消滅した。


「……効いた」


 アンが驚いたように呟く。


「清めの塩が効いてるみたいね」


「アン、凄いじゃないか!」


 俺が声をかけると、アンは少し照れたように笑った。


「ふふ……こういう時のために、色々と調合しておいて正解だったわね」


 しかし――。


 俺たちの目の前には、まだ大量の魔物が残っている。


 古城の奥へと続く通路。


 そこにも――。


 魔物、魔物、魔物。


 俺は剣を握り直した。


「……どうやら、まだまだ先は長そうだな」


「絶対に……あのティアラは回収して!」


 アリスが叫んだ。


 いつもの冷静なアリスからは想像もできないほど、切迫した声だった。


「分かった!」


 俺は頷き、再びスライムへと視線を向ける。


 グリフの放った『トリニティ・アロー』。


 三本の矢が次々とスライムへ突き刺さり、そのたびに凄まじい爆発が巻き起こる。


 確実にダメージは与えている。


 だが――。


「……まだ倒れない!」


 爆煙の向こうで、巨大なスライムが蠢いている。


 その身体にはいくつもの傷が刻まれているものの、すぐに再生していく。


 決定打がない。


 その時――。


「カレン!」


 アリスが叫んだ。


「雷の魔法で、スライムのコアを狙いなさい!」


「任せて!」


 カレンは力強く返事をすると、両手を前へ突き出した。


「……!」


 周囲の空気が震え始める。


 パチ……パチパチッ……!


 小さな雷がカレンの身体の周囲を走り始めた。


 そして――。


 カレンの金色の髪が、静電気を帯びたようにふわりと浮き上がっていく。


「雷よ――」


 詠唱が続く。


 その小さな身体に、凄まじい量の魔力が集まり始めていた。


 だが――。


 スライムが突然、大きく身体を震わせた。


「――危ない!」


 次の瞬間。


 ブシャアアアッ!!


 巨大なスライムの身体から、強力な酸が噴き出した。


「カレン!」


 俺が叫ぶ。


 酸は一直線にカレンへと迫る。


 しかし――。


 カレンは動かない。


 いや。


 カレンの腰に付けられた、小さなポーチが――。


 ぽんっ。


 まるで意思を持っているかのように、口を大きく開いた。


 そして――。


 ゴクンッ。


「……え?」


 カレンが目を丸くする。


 なんと、飛んできた強力な酸を――。


 ポーチさんが、まるで飲み物でも飲むかのように一飲みにしてしまった。


「……」


 俺たちは呆然とポーチを見つめる。


 ポーチさんは何事もなかったかのように、カレンの腰でぷらぷらと揺れている。


「ポーチさん……すごい!」


 カレンが嬉しそうに笑った。


 だが――。


 アリスは驚いた様子を見せながらも、すぐにスライムへと視線を戻した。


「カレン!」


「うん!」


 カレンの髪が、さらに大きく逆立つ。


 パリパリパリッ――!!


 膨大な雷の魔力が、カレンの周囲へと集まっていく。


「今度こそ――!」


 その瞳が、スライムの身体の奥に隠されたコアを捉えた。


次の瞬間――。


「――いけぇぇぇっ!!」


 カレンが叫んだ。


 ドォンッ!!


 凄まじい雷鳴とともに、巨大な雷撃が放たれる。


 一直線に伸びた雷は、スライムの身体を貫き――その奥にあるコアを正確に捉えた。


 バキィィィンッ!!


 コアが砕け散る。


 その瞬間――。


「グオオオオオッ……!」


 大型のスライムが、大きく身体を震わせた。


 コアを失ったことで、巨大な身体を維持することができなくなったのだ。


 ドロドロと身体が崩れ始める。


 やがて――。


 シュウゥゥゥ……。


 大量の煙を残しながら、その姿は跡形もなく消滅していった。


「……終わった」


 俺は大きく息を吐いた。


 そして――。


 スライムが消えたその場所に、ひとつだけ残されていたものがあった。


 淡い光を放つ――ティアラ。


「あ……」


 アリスが小さく声を漏らす。


 ゆっくりとティアラへ歩み寄ると、両手でそっと拾い上げた。


 まるで、とても壊れやすい大切なものを扱うように。


「……ユリアナ……」


 アリスはティアラを胸元へ抱き寄せる。


 その表情には、いつもの穏やかな笑顔はなかった。


 長い年月を越えて、ようやく帰ってきた大切な人の形見を抱くように――。


 アリスは、ただ静かにティアラを見つめていた。


次の瞬間――。


「――いけぇぇぇっ!!」


 カレンが叫んだ。


 ドォンッ!!


 凄まじい雷鳴とともに、巨大な雷撃が放たれる。


 一直線に伸びた雷は、スライムの身体を貫き――その奥にあるコアを正確に捉えた。


 バキィィィンッ!!


 コアが砕け散る。


 その瞬間――。


「グオオオオオッ……!」


 大型のスライムが、大きく身体を震わせた。


 コアを失ったことで、巨大な身体を維持することができなくなったのだ。


 ドロドロと身体が崩れ始める。


 やがて――。


 シュウゥゥゥ……。


 大量の煙を残しながら、その姿は跡形もなく消滅していった。


「……終わった」


 俺は大きく息を吐いた。


 そして――。


 スライムが消えたその場所に、ひとつだけ残されていたものがあった。


 淡い光を放つ――ティアラ。


「あ……」


 アリスが小さく声を漏らす。


 ゆっくりとティアラへ歩み寄ると、両手でそっと拾い上げた。


 まるで、とても壊れやすい大切なものを扱うように。


「……ユリアナ……」


 アリスはティアラを胸元へ抱き寄せる。


 その表情には、いつもの穏やかな笑顔はなかった。


 長い年月を越えて、ようやく帰ってきた大切な人の形見を抱くように――。


 アリスは、ただ静かにティアラを見つめていた。


「あぁ……ユリアナ……」


 アリスは、ティアラを両手で大切そうに抱きしめた。


「貴方は……魔神の配下と、最後までここで戦ったのね……」


 その瞳には、涙が浮かんでいた。


 長い年月を生きてきたアリスが――。


 今、静かに涙を流している。


「お母さん……大丈夫?」


 カレンが心配そうにアリスへ駆け寄る。


 アリスは涙を拭いながら、カレンへ優しく微笑んだ。


「ええ……大丈夫よ」


 そう言って、もう一度ティアラを見つめる。


「ユリアナは……私の親友だったの」


 その言葉を聞いて、俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。


 どれほど長い年月が経っても――。


 大切な友を想う気持ちは、決して消えないのだろう。


 俺はアリスの手から、そっとティアラを受け取った。


「……アリス」


「え?」


 俺はティアラを手にすると、アリスの頭へそっと被せてあげた。


 アリスは驚いたように目を瞬かせる。


 そして――。


 静かに目を伏せた。


「……ありがとう、レオン」


 その声は、少し震えていた。


 その隣では、グリフもアンも何も言わずにアリスを見つめている。


 グリフは俯き、アンも唇を噛みしめながら――必死に涙を堪えていた。


 やがて二人は顔を見合わせると――。


 何も言わず、ゆっくりと頷いた。


 俺たちは皆、分かっていた。


 この古城には――。


 かつて、ここで戦い、そして散っていった者たちの想いが残されている。


 そして今、その想いの一つが――。


 長い時を越えて、俺たちのもとへ届いたのだった。


その後も俺たちは、古城の部屋や通路を一つずつ制圧していった。


 どこへ行っても魔物、魔物、魔物。


 だが、俺たちも負けてはいない。


 次々と魔物を倒しながら、少しずつ古城の奥へと進んでいく。


「これは……いい素材ね!」


 アンは嬉しそうに声を上げると――。


 ザクッ!


 大きな肉切り包丁を振り下ろした。


 倒した魔物の身体を、手際よく解体していく。


「これも使えそう……こっちは食べられるわね」


 アンは実に楽しそうだ。


 そんなアンを横目に、俺はふとカレンの腰へ視線を向けた。


「……ん?」


 いつの間にか――。


 カレンのポーチさんが、倒した魔物の死体を次々と飲み込んでいる。


 ゴクン。


 ゴクン。


 まるで何事もなかったかのように、魔物の死体がポーチの中へ消えていく。


「ポーチさん、そんなに食べて大丈夫なのか?」


 俺がそう呟いた、その時だった。


「……あれ?」


 カレンがポーチさんを見つめる。


 俺も目を凝らした。


 いつの間にか――。


 ポーチの両脇から、何かが生えている。


 それは明らかに――。


「……手?」


 黒い。


 巨大な闇そのもののような手だった。


 ズル……。


 ズルズル……。


 まるで生き物のように蠢いている。


「ポーチさん……手が生えてるよ?」


 カレンが不思議そうに声をかける。


 すると――。


 ビュンッ!!


「うわっ!」


 突然、闇の手が伸びた。


 遠くにいた魔物の身体を、ガシッと掴む。


「ギャアアッ!」


 魔物が必死にもがく。


 だが――。


 ズズズズッ!!


 闇の手が魔物をこちらへ引き寄せる。


 そして――。


 ゴクン。


 ポーチさんが、一飲みにした。


「…………」


 俺たちは言葉を失った。


 しかし、それだけではなかった。


 別の魔物が近づいてくる。


 ズッ。


 闇の手が伸びる。


 ガシッ。


 掴む。


 ズズズズッ。


 引き寄せる。


 ゴクン。


 消える。


 それを何度も繰り返している。


 しかも――。


 相手がどれほど大きかろうと。


 どれほど強かろうと。


 まったく関係がない。


 大型の魔物ですら――。


 ゴクン。


 あっという間にポーチの中へ消えていく。


「……なあ、アリス」


 俺は恐る恐る隣にいるアリスを見る。


 アリスもまた、ポーチさんから目を離せずにいた。


「……私にも、何が起きているのか分からないわ」


 その顔には――。


 珍しく、困惑の色が浮かんでいた。


 カレンだけは、そんなポーチさんを見て――。


「ポーチさん、いっぱい食べるね!」


 嬉しそうに笑っていた。


さらに古城の奥へ進むと――。


「……すごいな」


 俺は思わず足を止めた。


 そこは、まるで武具庫だった。


 部屋の中には、数え切れないほどの武具が散らばっている。


 剣。


 盾。


 鎧。


 弓。


 指輪やネックレスといった装飾品まで――。


 どれも普通の武具ではない。


 長い年月を経ているにもかかわらず、魔力を帯びたものばかりだった。


「これだけのマジックアイテムが……」


 俺たちは一つずつ拾い上げ、状態を確認していく。


 ここで大きな助けになっているのが――。


 リリスから貰った『鑑定の書』だった。


 ページを開き、武具をかざす。


 すると――。


『炎属性耐性』


『身体能力強化』


『魔力増幅』


 次々と武具の能力が文字として浮かび上がってくる。


「便利だな……これ」


 以前なら、実際に身につけたり、魔力を流したりしなければ分からなかった能力も、鑑定の書があれば一瞬で判別できる。


 おかげで、俺たちは価値のある武具を次々と見つけることができていた。


 だが――。


「……これは、触らない方がいいわ」


 アリスが一本の剣を見つめながら言った。


 鑑定の書に表示された文字には――。


『呪い』


 の文字。


「……やっぱり混ざってるか」


 この古城に眠っているのは、価値あるマジックアイテムだけではない。


 中には、強力な力と引き換えに使用者へ呪いを与える装備まで混ざっている。


 もし鑑定の書がなければ――。


 知らずに装備してしまっていたかもしれない。


「リリスに貰っておいて、本当に良かったな」


 俺は鑑定の書を手にしながら、改めてそのありがたさを実感した。


 古代ドワーフの武具が眠るこの場所では――。


 この一冊が、俺たちの命を守る大切な道具になっていた。


「……そういえば」


 ふと、俺は自分の指に嵌めている指輪へ目を向けた。


 以前、武勇大会で手に入れた――太陽の指輪。


 今まで特に詳しく調べたことはなかった。


「せっかくだ。これも鑑定してみるか」


 俺は鑑定の書を開き、太陽の指輪をかざした。


 すると、ページに文字が浮かび上がる。


『太陽の指輪』


『今を照らすもの』


「……なるほど?」


 続いて、アリスが身につけている――月の指輪を鑑定してみる。


『月の指輪』


『過去を見守るもの』


「……なるほどね?」


 そして最後に――。


 俺たちが持っている星の指輪を鑑定する。


『星の指輪』


『未来を導くもの』


「……?」


 思わず首を傾げる。


 あまりにも曖昧な能力だった。


 だが――。


 鑑定の書には、それ以上の説明は記されていない。


「太陽は今……月は過去……星は未来、か」


 俺は三つの指輪を見比べる。


 それぞれ異なる力を持っている。


 もしかすると――。


 この三つの指輪には、まだ俺たちの知らない秘密があるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は鑑定の書をそっと閉じた。


そして――。


 俺はアリスが身につけている、ユリアナ姫のティアラへ視線を向けた。


「……これも、鑑定してみよう」


 俺は鑑定の書を開き、ティアラへかざす。


 すると、ページにゆっくりと文字が浮かび上がった。


『ユリアナのティアラ』


『精霊の大いなる祝福により、装備者に降りかかる状態異常を軽減する』


「……精霊の、大いなる祝福」


 思わず呟く。


 どうやら、このティアラには強力な加護が宿っているらしい。


 毒や麻痺、呪いなど――。


 装備者の身体を蝕む様々な状態異常を、その力によって軽減してくれるようだ。


「……ユリアナらしいわね」


 アリスが、静かにティアラを見つめる。


「とても優しい子だったから……」


 そう呟くアリスの声には、どこか懐かしさが混じっていた。


 俺は鑑定の書に記された文字をもう一度見つめる。


 精霊の大いなる祝福。


 長い年月を経てもなお、その力は失われていない。


 そして――。


 このティアラが、あの巨大なスライムの中で消化されることなく残っていたのも、もしかしたらこの祝福の力が関係しているのかもしれない。


 アリスはティアラをそっと撫でると、大切そうに胸へ抱き寄せた。


 それはもう、ただのマジックアイテムではなかった。


 長い時を越えて残された――ユリアナ姫の大切な形見だった。


そして俺たちは――。


 ボロボロになった古城の中を、さらに奥へと進み続けた。


 崩れかけた壁。


 ひび割れた床。


 長い年月を経て朽ち果てた柱。


 それでもアリスは迷うことなく、古城の奥へと俺たちを導いていく。


「……もうすぐよ」


 アリスが足を止めた。


 目の前にあったのは、一枚の大きな扉。


 ここまでの古城とは、明らかに空気が違っていた。


「この部屋に……ルーンがあるの?」


 アンが尋ねる。


「ええ。間違いないわ」


 アリスは扉を見つめながら答えた。


 しかし――。


 扉は固く閉ざされている。


 そして、その僅かな隙間から――。


 ……ズズズズズ……。


 まるで生き物のような、禍々しいオーラが漏れ出していた。


「……なんだ、これ」


 俺は思わず息を呑む。


 肌にまとわりつくような、嫌な感覚。


 これまで古城で遭遇した魔物たちとは、明らかに違う。


 この扉の向こうには――。


 何かがいる。


 俺の身体に刻まれたルーンが、微かに熱を持ち始めた。


「レオン……」


 アリスが俺を見る。


 その表情も、これまでになく険しい。


「この先にあるものは……きっと、私たちが探していたルーンに関係しているわ」


 グリフが弓を構え、アンも肉切り包丁を握り直す。


 カレンもポーチさんを抱えながら、扉の向こうを見つめた。


 俺は盾を構え――。


 ゆっくりと、扉へ手を伸ばした。


 禍々しいオーラが、さらに強くなる。


 ――この扉の向こうに、一体何が待っているのか。


俺はゆっくりと扉に手をかけた。


 ギィィィ……。


 重い音を響かせながら、扉がゆっくりと開いていく。


 その先に広がっていたのは――。


 巨大な大部屋だった。


 そして、その中心には――。


「……魔法陣?」


 床一面に巨大な魔法陣が描かれている。


 禍々しい光を放つその魔法陣。


 そして――。


 その上に、何かが立っていた。


「……いた」


 アリスが呟く。


 そこにいたのは――アンデッド。


 朽ち果てた身体。


 その身体を覆うように装着された、古びた鎧。


 そして、その姿は――。


「……ドワーフ族?」


 俺は目を疑った。


 だが、アリスはその姿を見た瞬間、険しい表情を浮かべた。


「違うわ」


 そして、静かに口を開く。


「あのアンデッドは――」


 アリスの視線が、俺へ向けられる。


「過去に命を落とした……レオンの亡霊よ」


「……俺の?」


 背筋に冷たいものが走る。


 目の前にいるのは、確かにドワーフ族の姿をしている。


 それなのに――。


 アリスには、これが俺の亡霊だという。


「魔神の力によって、死してなお……ここに縛り付けられているの」


 アリスは、いつになく真剣な表情だった。


「そして――」


 一瞬、言葉を止める。


「あれは、とても強力よ」


 その言葉と同時に――。


 魔法陣が大きく脈動した。


 ドクン――。


 ドクン――。


 アンデッドの身体から、禍々しい魔力が溢れ出す。


 俺の首元に刻まれたルーンが――。


 それに呼応するように、熱を帯び始めた。


「……また、俺のルーンが」


 俺は盾を構える。


 目の前にいるのは、ただのアンデッドではない。


 過去の俺自身。


 そして――魔神によって、死してなお戦うことを強いられている存在だった。


戦いは――。


 始まった瞬間から、全力だった。


「――ッ!」


 俺は盾を構え、過去の俺――いや、目の前のアンデッドへと踏み込む。


 ガキィィン!!


 大剣と盾が激しくぶつかる。


「くっ……!」


 重い。


 あまりにも重い一撃だった。


 俺は身体能力を強化している。


 それでも――押される。


 このアンデッドは、以前『古代の迷宮』で遭遇したアンデッドと同じだった。


 俺以外には、一切目もくれない。


 グリフも。


 アンも。


 アリスも。


 そして――カレンにも。


 ただひたすら、俺だけを狙ってくる。


「こいつ……!」


 俺は必死に大剣を受け流す。


 しかし――。


 ズドォン!!


 大剣が床を叩き、石床が砕け散った。


「レオン!」


 アリスの声が響く。


 俺は何とか距離を取る。


 その瞬間だった。


「ゴーレムさん!」


 カレンが叫んだ。


 魔力が膨れ上がり、巨大なゴーレムが姿を現す。


「お父さんを助けて!」


 ゴーレムがアンデッドへ向かって突進する。


 ドォォォン!!


 巨体が拳を振り下ろす。


 しかし――。


「……!」


 アンデッドは大剣を振り上げた。


 次の瞬間――。


 ズバァァン!!


 ゴーレムの巨体が――。


 真っ二つに両断された。


「…………」


 誰も、声を出せなかった。


 ゆっくりと崩れ落ちるゴーレム。


 その光景を見て、グリフが目を見開く。


「……嘘だろ」


 グリフの声が震えている。


「ゴーレムには……ほとんどの物理攻撃が通らないはずだろ……?」


 それなのに――。


 一撃。


 たった一撃で、両断された。


「なんて……馬鹿げた力だ……」


 グリフが息を呑む。


 俺も、その光景から目を離せなかった。


 だが――。


「……お母さん……」


 カレンの声が聞こえた。


 振り返る。


 カレンの瞳には――涙が浮かんでいた。


 そして――。


 ふわっ……。


 金色の髪が、ゆっくりと逆立ち始める。


 パチ……パチパチッ……!


 身体の周囲に、小さな雷が走る。


 カレンは涙を浮かべながら、アンデッドを睨みつけていた。


「……お父さんを……」


 小さな拳を握り締める。


「いじめないで……!」


 その瞬間。


 カレンの周囲で――。


 凄まじい雷鳴が轟いた。


次の瞬間――。


 轟音と共に、カレンの雷が解き放たれた。


 バリバリバリィィィッ!!


 凄まじい雷撃がアンデッドへと直撃する。


「――ッ!」


 アンデッドの身体が、一瞬だけ大きく揺らいだ。


 だが――。


「……そんな……」


 雷が消えた後。


 そこに立っていたアンデッドには、ほとんど傷らしい傷がない。


「雷が……効いてない?」


 俺は目を疑った。


 カレンの雷は、これまで数多くの強敵を打ち倒してきた。


 それなのに――。


 このアンデッドには、ほとんどダメージを与えられていない。


 俺はアンデッドが身に着けている鎧へ目を向けた。


 古びているように見える。


 だが――。


「……まさか、あの鎧……」


 ただの鎧ではないのか?


 魔神の力によって、何か特別な力を与えられているのかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎる。


「レオン!」


 アンデッドが再び大剣を振り下ろしてきた。


「――ッ!」


 俺は盾を構える。


 ガキィィィン!!


 凄まじい衝撃が腕を駆け抜ける。


「ぐっ……!」


 俺は踏ん張りながら、大剣を弾き返す。


 そして――。


 今度は俺から踏み込んだ。


「はああああっ!」


 剣を振り抜く。


 アンデッドも大剣を振り上げる。


 ガキンッ!!


 ギィィィン!!


 ドォンッ!!


 互いの武器が何度もぶつかり合う。


 一撃。


 また一撃。


 その度に、大部屋全体へ凄まじい金属音が響き渡る。


 俺も身体能力を限界まで引き上げる。


 それでも――。


 目の前のアンデッドは、一歩も引かない。


 むしろ――。


 戦えば戦うほど、その攻撃は激しさを増していく。


「くっ……!」


 俺は盾で大剣を受け流し、反撃する。


 アンデッドは身体を捻って避け、そのまま横薙ぎの一撃を放つ。


「――ッ!」


 間一髪で盾を滑り込ませる。


 ドゴォォン!!


 盾が大きく弾かれ、俺の身体が後方へ吹き飛ばされる。


「レオン!」


 アリスの声が響く。


 俺は何とか踏みとどまった。


 そして――。


 目の前のアンデッドを睨みつける。


 あれは過去の俺。


 魔神によって死してなお、この場所に縛り付けられた俺自身。


 その力は――。


 想像を遥かに超えていた。


 大剣を握る手に力を込める。


「……負けるわけには、いかない」


 再び、俺はアンデッドへと駆け出した。


 そして――。


 俺とアンデッドの攻撃は、さらに激しさを増していった。


「……隙がない」


 グリフが、俺とアンデッドの戦いを見つめながら呟いた。


「この戦いに俺たちが割って入ったら、レオンが危険だ」


 レンジャーであるグリフの目は、並の冒険者とは比べ物にならないほど鋭い。


 それでも――。


「速すぎる……」


 俺とアンデッドの姿を追うことすら、困難だった。


 一瞬、右にいたと思えば――。


 次の瞬間には左。


 剣と大剣がぶつかり、火花が散る。


 踏み込んだと思った瞬間には、互いに距離を取り――また一瞬で間合いを詰める。


「まるで……瞬間移動しているみたいだ」


 グリフですら、そう感じるほどの攻防だった。


 その間にも、俺たちは一瞬たりとも動きを止めない。


「――ここだ!」


 アンデッドが大剣を振り下ろした。


 俺は盾を滑らせる。


 ガキィィン!!


 大剣の軌道を受け流し、その勢いを利用して横へ弾き飛ばす。


「――ッ!」


 アンデッドの身体が僅かに崩れた。


 その一瞬を――。


 俺は逃さない。


 踏み込み、槍を構える。


「はあああっ!」


 ズドンッ!!


 槍の穂先が、アンデッドの身体を正面から貫いた。


「――入った!」


 グリフが叫ぶ。


 確実に刺さった。


 手応えもあった。


 だが――。


 カチンッ。


「……?」


 次の瞬間。


 何かが割れるような音が響いた。


 パキィン――。


 俺は目を見開く。


 槍は確かにアンデッドの身体を貫いている。


 それなのに――。


 アンデッドは、まったく動じていなかった。


 傷一つない。


「……嘘だろ」


 俺は槍を引き抜きながら、アンデッドを見つめる。


 その身体には、傷どころか血の一滴すらない。


 そして――。


 アンデッドの鎧の表面に、ほんの一瞬だけ淡い光が走った。


「……今のは?」


 俺は息を呑んだ。


 何かが、俺の一撃を防いだ。


 あの鎧には――。


 俺たちの知らない、恐ろしい力が宿っている。


「その力は……」


 アリスが、息を呑むように呟いた。


「――ルーンの力よ!」


「ルーン……?」


 俺が聞き返すと、アリスはアンデッドを見つめたまま答えた。


「ええ。あのアンデッドの魂に刻まれたルーン……攻撃を一定回数、無効化する力を持っているわ!」


「……!」


 俺は驚きを隠せなかった。


 カレンの強力な雷魔法。


 そして――俺自身の渾身の一撃。


 どちらも確かに命中したはずなのに、アンデッドには傷一つ残っていなかった。


 だが、それが魂に刻まれたルーンの力だというのなら――。


 すべての辻褄が合う。


「……一定回数、か」


 俺はアンデッドを睨みつける。


 ならば――。


「連撃で、その回数を使い切らせる!」


 地面を蹴った。


「――行くぞッ!」


 瞬間、俺の身体がアンデッドとの間合いへと飛び込む。


 一撃。


 二撃。


 三撃――!


 盾で大剣を弾き、身体を捻る。


 四撃、五撃、六撃――。


 そして七撃目!


「まだだッ!」


 間髪入れず、さらに踏み込む。


 七連撃から――もう一度、七連撃。


 合計――十四連撃。


「――喰らえッ!!」


 ――ガガガガガガガガガッ!!


 凄まじい金属音が部屋中に響き渡る。


 剣と盾、そして槍。


 あらゆる方向から繰り出される攻撃が、アンデッドへと襲い掛かる。


 その身体を何度も打ち据えていく。


 だが――。


 俺は攻撃を繰り出しながら、アンデッドの変化を見逃さなかった。


 ――三撃目。


 その瞬間だけ、アンデッドの身体を淡い光が包んだ。


 だが――。


 それ以降、その光は現れない。


「……!」


 俺は確信した。


 攻撃が――通っている!


 もう、無効化されていない!


「やっぱり……!」


 一定回数。


 その回数さえ超えてしまえば――。


 ルーンの力は発動しない!


 俺は最後の一撃へと全身の力を込める。


「――これで終わりだッ!!」


 ――ドガァンッ!!


 轟音とともに、アンデッドの身体が大きく揺らいだ。


 俺は距離を取り、息を整えながら敵を見据える。


 傷は――確かに付いている。


 さっきまでとは違う。


 俺たちの攻撃が、ようやく届き始めている。


 アリスが静かに呟いた。


「……間違いないわ。ルーンの力には、回数の限界がある」


 俺は槍を構え直す。


「だったら――」


 目の前のアンデッドを睨みつける。


「その限界を超えるまで、何度でも叩き込む!」


 ――だが。


 アンデッドは倒れなかった。


 傷だらけの身体をゆっくりと起こし、大剣を構える。


 その魂に刻まれたルーンが――。


 再び、淡い光を放った。


だが――。


 俺は、アンデッドを見据えながら静かに呟いた。


「……遅い」


 槍を構え直し、口元に笑みを浮かべる。


「うちのお姫様が――ご立腹だぞ」


「……え?」


 グリフが目を丸くする。


 その瞬間だった。


 ――バリバリバリッ!!


 アンデッドの周囲に、真っ赤な稲妻が走った。


「……ッ!?」


 空気が震える。


 床を這うように走った赤い稲妻が、アンデッドの身体へと次々に絡みついていく。


 そして――。


 その中心に立っていたカレンが、アンデッドを真っ直ぐに見つめていた。


 金色の髪は逆立ち、無数の火花がその周囲を舞っている。


「……お母さんと……」


 カレンが小さく呟く。


「レオンお父さんを……いじめた……」


 ――バリィッ!!


 さらに強烈な雷がアンデッドを包み込む。


「カレン……」


 俺が名前を呼んだ、その直後――。


「――もう、怒ったからね!」


 カレンが両手を前へ突き出した。


 瞬間。


 ――ズガァァァァンッ!!


 凄まじい雷鳴が轟いた。


 真っ赤な稲妻が一斉にアンデッドへと収束し、その身体を完全に包み込む。


「――――ッ!!」


 アンデッドが初めて苦しげな声を上げた。


 そのまま身体が大きく揺らぎ――。


 やがて。


 力を失ったように、その場へと崩れ落ちた。


 ――ドサッ。


 静寂が戻る。


 俺は倒れたアンデッドを見つめ、それからカレンへと視線を向けた。


 そこには――。


 頬を膨らませ、まだ少し怒っているカレンの姿があった。


「……怒らせると怖いな、うちのお姫様は」


 俺がそう呟くと――。


「……だって!」


 カレンはぷいっと顔を背けた。


 その姿を見て、俺は思わず笑ってしまった。


アンデッドの身体が、ゆっくりと崩れ始めた。


 黒く朽ちた身体は灰へと変わり、床へと落ちていく。


 そして――。


 灰の中から、一筋の光が飛び出した。


「……!」


 その光は真っ直ぐに――俺へ向かって飛んでくる。


「レオン!」


 アリスが叫ぶ。


 だが、光は俺の身体をすり抜け――。


 胸の奥へと吸い込まれていった。


「――ッ!」


 その瞬間。


 俺の魂に、強烈な痛みが走った。


「ぐっ……!」


 膝をつき、胸元を押さえる。


 そして――。


 魂に刻まれていた二つのルーンとは別に、三つ目のルーンが浮かび上がった。


「……三つ目のルーン……」


 アリスが息を呑む。


 しばらくそれを見つめた後、アリスが静かに口を開いた。


「そのルーンは――『イージスの盾』と呼ばれていたものよ」


「イージスの盾……?」


「ええ」


 アリスはルーンを見つめながら続ける。


「その名の通り、宿した者を一定回数の攻撃から守ってくれるルーン。攻撃を受けても、その力が無効化してくれるの」


「……じゃあ、さっきのアンデッドが使っていた力は……」


「このルーンの力ね」


 アリスが頷く。


「そして、もう一つ重要な特徴があるわ」


「?」


「防御の力を使い切っても――時間が経てば、少しずつ回復する」


「……つまり」


 俺は自分の魂に刻まれた新たなルーンを見つめる。


「時間さえあれば……また攻撃を防げるようになるってことか」


「そういうことよ」


 アリスは静かに頷いた。


 俺は自分の胸に手を当てる。


 まさか、あのアンデッドが使っていた力を――俺自身が受け継ぐことになるとは。


 だが――。


 その瞬間だった。


「――ッ!?」


 突然、頭の中に大量の映像が流れ込んできた。


 知らない場所。


 見たことのない城。


 そして――。


 ドワーフ族が生きていた、遥か昔の光景。


「レオン……?」


 アリスの声が遠く聞こえる。


 俺は答えることができなかった。


 目の前の景色が、次々と切り替わっていく。


 戦い。


 仲間との別れ。


 そして――死。


 俺は何度も死んでいた。


 死んでは――生まれ。


 生まれては――また死ぬ。


 それを繰り返していた。


 何度も。


 何度も。


 何度も――。


 そして最後に映し出されたのは――。


 暗闇の中で、ただ一人座り込んでいる俺の姿だった。


 その顔には、生きることへの喜びなど微塵もない。


 ただ――絶望だけがあった。


『……もう、嫌だ』


 過去の俺が、そう呟いている。


『もう……生きたくない……』


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺の胸が、締め付けられるように痛んだ。


 ――これが。


 ドワーフ族だった頃の、俺の記憶……。


 生と死を繰り返し続けた男の――。


 終わりのない絶望だった。

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