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冒険の書  作者: siva5880


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ドワーフの古城

俺たちは森を抜け、少し高くなった丘の上へと辿り着いた。


 そこから見えたのは――。


 遠くにそびえ立つ、巨大なドワーフの古城。


 長い年月を経てもなお、その威容は失われていない。


 だが――。


「……なんだ、これ……」


 俺は思わず言葉を失った。


 古城の周囲。


 そして、城へ続く道のいたるところに――大量の魔物が蠢いている。


「ものすごい数だ……」


 目を凝らして見る。


 最も多いのは、二足歩行する爬虫類の魔物――リザードマン。


 数十……いや、それどころではない。


 視界に入るだけでも、百を超えている。


「どうなってるんだ……」


 俺が呟くと、グリフが目を細めた。


「……待て」


 グリフはリザードマンの一体をじっと見つめる。


「普通のリザードマンじゃないぞ」


「え?」


「あいつを見ろ」


 グリフが指差した先。


 一体のリザードマンが、明らかに他とは違う装備を身につけていた。


 腰には魔力を帯びた剣。


 腕には金属製の盾。


 さらに、その身体には淡い光を放つ魔法具まで装着されている。


「……マジックアイテムを装備しているのか?」


「そのようだな」


 グリフの表情が険しくなる。


「魔物が武器を使うこと自体は珍しくない。だが……あれだけの数がマジックアイテムまで装備しているとなると話が違う」


 その言葉を聞いた瞬間――。


 俺は、古城へと視線を戻した。


 すると。


「……あれは?」


 城の外壁付近に、ひときわ巨大な影が見えた。


 大きな角。


 筋骨隆々とした身体。


 手には巨大な斧。


「ミノタウロス……」


 アンが小さく呟く。


 それも一体ではない。


 古城の周囲には、何体ものミノタウロスが彷徨いていた。


「なんで……こんな場所にミノタウロスまでいるんだ?」


 俺たちは言葉を失った。


 ドワーフの古城。


 その周囲を埋め尽くす、大量の魔物たち。


 しかも、その中にはマジックアイテムを身につけたリザードマンや、ミノタウロスまでいる。


 ただ魔物が集まっている――。


 そんな単純な状況には、とても思えなかった。


 俺は古城を見つめながら、ゆっくりと剣に手を添えた。


「……何かがおかしい」


 古城の奥。


 その暗い城門の向こうから――。


 まるで俺たちを待ち構えているかのような、不気味な気配が漂っていた。


「……でも」


 アリスが、古城の周囲を彷徨うミノタウロスたちを見つめながら口を開いた。


「元々、ミノタウロスはそれほど好戦的な種族ではないわ」


「そうなのか?」


「ええ。こちらから攻撃したり、縄張りを脅かしたりしなければ、襲ってこない可能性もあるわ」


 アリスはそう言って、さらにミノタウロスたちの様子を観察する。


 確かに、今のところこちらへ向かってくる様子はない。


 ただ古城の周囲を、ゆっくりと彷徨っているだけだ。


「じゃあ――」


 その時だった。


 カレンが、ぱっと顔を輝かせた。


「じゃあ、友達になれるってこと?」


「……え?」


 俺たちは一斉にカレンを見る。


 その瞳は、先ほどまでの警戒などどこへやら。


 まるで新しい友達を見つけた子供のように、キラキラと輝いている。


「カレン……」


「だって、襲ってこないんでしょ?」


 カレンは嬉しそうにミノタウロスを見つめる。


「だったら、お話ししてみたい!」


「いや、カレン。あれはかなり大きいぞ……」


「クマさんより大きいかな?」


 カレンが隣にいるワイルドベアを見上げる。


 ワイルドベアは、そんなカレンを見て「グルル……」と小さく唸った。


「うーん……」


 カレンはミノタウロスとクマさんを見比べる。


 そして――。


「どっちも大きい!」


 嬉しそうに笑った。


「……そういう問題じゃないと思うんだけどな」


 俺が苦笑すると、グリフも呆れたように肩をすくめる。


「カレン、お前は本当に魔物が好きだな……」


「うん!」


 迷いのない返事。


 その笑顔を見て、俺たちは思わず顔を見合わせた。


 しかし――。


 俺は再び古城へと視線を戻す。


 いくら温厚なミノタウロスとはいえ、あの数の魔物が古城を取り囲んでいる理由は分からない。


 そして何より――。


 あれだけの魔物たちが集まっているということが、どうしても気になっていた。


俺は改めて、古城の周囲を見渡した。


 見えるだけでも、数え切れないほどの魔物がいる。


 リザードマンに、ミノタウロス。


 さらに、マジックアイテムを装備している個体までいる。


 これだけの数を相手に、正面からぶつかり合うのは――得策とは思えなかった。


「……古城の外周は、完全に魔物の巣窟だな」


 俺が呟くと、グリフが頷いた。


「正面から行けば、間違いなく囲まれる。あの数を相手にするのは避けたほうがいい」


「だったら――」


 俺はしばらく考えた後、カレンを見る。


「気づかれない距離から、カレンにミノタウロスを使役してもらうのはどうだ?」


「ミノタウロスを?」


 アンが聞き返す。


「ああ。アリスが言ったように、ミノタウロスが本当にこちらから攻撃しなければ襲ってこないのなら……カレンが一体を使役できれば、話は変わる」


 俺は古城の外周を指差した。


「ミノタウロスに周囲の魔物を蹴散らしてもらう。その混乱に紛れて、俺たちも少しずつ敵の数を減らしていくんだ」


「なるほど……」


 グリフが顎に手を当てる。


「魔物同士が戦っている間なら、こちらの存在にも気づかれにくいか」


「ああ。真正面から全部相手にするより、ずっといい」


 俺がそう言うと――。


「じゃあ、カレンがやる!」


 すぐさま声が返ってきた。


 カレンはやる気満々で、目を輝かせている。


「ミノタウロスさんと一緒に、みんなをやっつければいいんだね!」


「……まあ、そういうことだ」


 俺が苦笑すると、アリスが静かに口を開いた。


「ただし、気づかれないように近づく必要があるわ。使役できる距離まで近づけなければならないもの」


「うん!」


 カレンは大きく頷いた。


 そして――。


 古城の外周を埋め尽くす魔物たちを見つめながら、楽しそうに笑う。


「待っててね、ミノタウロスさん」


 こうして俺たちは――。


 正面突破ではなく、魔物たちの混乱に乗じて古城へ侵入する作戦を立てた。


 果たして、カレンの使役魔法は――。


 あの巨大なミノタウロスにも通じるのだろうか。


「じゃあ、行ってくるね!」


 カレンはそう言うと、自分自身へ魔法をかけた。


「――闇隠れの術」


 次の瞬間。


 カレンの姿が、すっと景色の中へ溶け込んでいった。


「消えた……」


 アンが驚いたように呟く。


 俺たちは息を潜め、カレンの姿を目で追った。


 姿は見えない。


 だが――草木が僅かに揺れている。


 カレンは気配を殺しながら、ゆっくりとミノタウロスへ近づいていく。


 やがて、一体のミノタウロスのすぐ側まで辿り着いた。


 そして――。


「――使役」


 小さな声が響いた。


 ミノタウロスの身体に、淡い光が走る。


 次の瞬間。


 その瞳から、敵意が消えた。


「……成功した」


 俺は思わず息を呑んだ。


 カレンは止まらない。


 そのまま別のミノタウロスへ近づき――。


「使役」


 さらに一体。


「使役」


 そしてもう一体。


「使役!」


 数体のミノタウロスが、次々とカレンの支配下へ入っていく。


 そして――。


 使役されたミノタウロスたちは、一斉に動き出した。


「グオオオオオッ!!」


 咆哮。


 巨大な身体が大地を揺らす。


 ミノタウロスの突然の変化に、周囲のリザードマンたちが振り返った。


「ギャッ……?」


 だが――遅かった。


 ミノタウロスが手にしていた巨大な戦斧を、力任せに振り抜く。


 ――ズガァァンッ!!


 凄まじい衝撃音。


 斧の一撃をまともに受けたリザードマンが吹き飛び、そのまま地面へ叩きつけられる。


 さらに別のミノタウロスが大斧を振り下ろした。


 ――ザシュッ!!


 リザードマンの群れが、次々と倒れていく。


 巨大な戦斧が振るわれるたび、リザードマンたちは成す術もなく吹き飛ばされていった。


「……すごい」


 グリフが呟く。


 今まで古城の周囲を埋め尽くしていた魔物たちが――。


 たった数体のミノタウロスによって、瞬く間に混乱へと陥っていく。


「今だ!」


 俺は剣を抜いた。


「俺たちも行くぞ!」


 ミノタウロスが作り出した混乱。


 その隙を逃すわけにはいかない。


 俺たちは一斉に駆け出した。


 古城へ向かうために――。


古城を目前にして――。


 戦闘が始まった。


「グオオオオオッ!!」


 ミノタウロスたちの咆哮が響き渡る。


 大斧が振り回されるたび、大地が震える。


 リザードマンたちは完全にミノタウロスへ意識を奪われていた。


 その隙を――。


「もらった!」


 グリフが一気に踏み込んだ。


 ミノタウロスへ向かっていたリザードマンの背後へ回り込み、剣を振り抜く。


「ギャッ!」


 一体。


 さらに、その隣にいたリザードマンへ斬りかかる。


「次!」


 グリフは一瞬たりとも足を止めない。


 ミノタウロスに気を取られている敵を、次々と仕留めていく。


「俺も行く!」


 俺は少し離れた位置から、手にした投げ槍を構えた。


「――はっ!」


 力いっぱい投げ放つ。


 ――ドシュッ!


 槍は一直線に飛び、リザードマンの身体を貫いた。


 そのまま次の投げ槍を手に取る。


 投げる。


 また一体。


 そして――。


「よし!」


 俺は剣を抜き、一気に踏み込んだ。


「うおおおおっ!」


 リザードマンの群れへ飛び込む。


 剣を大きく横へ薙ぎ払う。


 ――ザシュッ!!


 前方にいたリザードマンたちが次々と倒れていく。


 そのまま身体を回転させ、二撃目。


 三撃目。


 周囲の敵を一気に薙ぎ払っていく。


 だが――。


「まだいるぞ!」


 グリフの声。


 古城の外周には、まだ大量のリザードマンが残っている。


 しかし、その瞬間――。


「そこは任せて」


 アリスの声が響いた。


 アリスが片手を地面へ向ける。


「――土よ」


 大地が隆起した。


 ――ドゴォッ!!


 地面から突き出した岩の塊が、俺たちへ向かおうとしていたリザードマンをまとめて弾き飛ばす。


「これで邪魔はできないわね」


 アリスは冷静にそう呟く。


 そして――。


 正面から迫ってくるリザードマンの群れへ手を向けた。


「――風よ」


 次の瞬間。


 鋭い風の刃が走った。


 ――ヒュンッ!!


 目にも止まらぬ風がリザードマンたちを一気に切り裂いていく。


 さらにもう一度。


「――風刃」


 無数の風の刃が戦場を駆け抜ける。


 正面から押し寄せていたリザードマンたちが、次々と地面へ倒れていった。


「……相変わらず、とんでもないな」


 俺が呟く。


「何か言った?」


「いや、何でもない!」


 その間にも――。


「グオオオオオッ!!」


 ミノタウロスの咆哮が響き渡る。


 大斧が振り下ろされ、リザードマンたちが吹き飛ぶ。


 グリフが敵の隙を突き、俺が前線を切り開き、アリスが魔法で援護する。


 そして――。


 カレンが使役したミノタウロスたちが、敵陣を大きくかき乱していく。


 俺たちは互いの動きを補いながら――。


 少しずつ、確実に。


 ドワーフの古城へと近づいていった。


俺たちが古城の門へ近づいた――その時だった。


 ――ゴゴゴゴゴゴ……。


「……なんだ?」


 地面が大きく揺れる。


 俺たちは足を止め、古城の城壁へ目を向けた。


 すると――。


「な、なんだあれ……!」


 城壁の一部が、ゆっくりと動き始めた。


 石壁が崩れ落ちる。


 いや――違う。


 崩れたのではない。


 まるで意思を持ったかのように、巨大な岩の塊が形を変えていく。


 腕。


 脚。


 そして、頭部。


 やがて俺たちの前に姿を現したのは――。


 巨大なゴーレムだった。


「おいおい……」


 俺は思わず息を呑む。


 目の前にいるのは、ほとんど岩の塊だ。


 その身体は城壁そのものから生まれたように巨大で、表面には古城と同じ年月を刻んだ岩肌が広がっている。


 グリフが険しい顔でゴーレムを見上げた。


「……あれは厄介だぞ」


「厄介?」


「ああ。あれだけの岩の塊だ。ほとんど物理攻撃は通らない」


 グリフが剣を握り直す。


「俺たちの武器じゃ、まともに傷をつけられないだろうな」


「……マジか」


 ゴーレムがゆっくりと腕を振り上げる。


 その巨体だけで、俺たちの視界を覆い尽くしてしまう。


 ――ズシン。


 足を踏み出しただけで、大地が揺れた。


 だが――。


「わぁ……!」


 隣から、場違いなほど嬉しそうな声が聞こえてきた。


 振り返る。


 そこには――。


 目をキラキラと輝かせているカレンがいた。


「ゴーレムさんだ!」


「……カレン?」


「すごい! おっきい!」


 カレンは嬉しそうにゴーレムを見上げている。


「ねえ、お父さん!」


「……なんだ?」


「あの子もお友達にできる?」


 俺は一瞬、言葉を失った。


「いや……あれは――」


「できるよ!」


 カレンは満面の笑みを浮かべた。


 そして、ゴーレムへ向かって駆け出していく。


「ちょ、ちょっとカレン!」


 俺が止めるより早く――。


 カレンはゴーレムの足元まで近づいた。


 そして小さな手を、そっとゴーレムへ向ける。


「――使役」


 瞬間。


 ゴーレムの身体を淡い光が包み込んだ。


 巨大な岩の身体が――。


 ピタリと動きを止める。


「……え?」


 グリフが呆然と呟く。


 ゴーレムの目に宿っていた光が変化する。


 そして――。


 ゆっくりと、その巨体がカレンへ向かって頭を下げた。


「やったぁ!」


 カレンが両手を上げて喜ぶ。


「ゴーレムさんも仲間になったよ!」


 俺たちは、ただ呆然とその光景を見つめていた。


 さっきまで、物理攻撃がほとんど通じないと言っていた相手。


 その巨大なゴーレムを――。


 カレンは、まるで小さな魔物を仲間にするかのように、あっさりと使役してしまったのだった


ゴーレムを仲間に加えた――その直後だった。


 ――ガラガラガラッ!!


 崩れた古城の壁。


 その隙間から、何かが這い出してきた。


「……まだいるのか?」


 目を凝らす。


 巨大な蜘蛛型の魔物だった。


 八本の脚を忙しなく動かしながら、崩れた石壁の隙間から次々と這い出してくる。


「蜘蛛まで……」


 俺が呟いた瞬間――。


 別の場所からも物音が響いた。


 ――ガサッ。


 ――ガラッ。


 崩れた城壁のあちこちから、今度はウルフ型の魔物が姿を現す。


「おいおい……」


 さらに一体。


 また一体。


 そして、また一体。


「出てくる出てくる……!」


 古城の壁そのものが魔物を吐き出しているかのようだった。


「カレン!」


「うん!」


 カレンが大きく頷く。


「ゴーレムさん、お願い!」


 カレンの声に反応し、巨大なゴーレムが動き出す。


 ――ズシンッ!!


 ゴーレムが地面を踏み鳴らす。


 迫ってきたウルフ型の魔物へ巨大な腕を振り抜く。


 ――ドゴォンッ!!


 数体の魔物がまとめて吹き飛んだ。


「グオオオオオッ!!」


 さらにミノタウロスたちが大斧を振り回す。


 魔物の群れが一気に崩れていく。


 俺たちは、その隙を逃さない。


「グリフ、右だ!」


「ああ!」


 グリフが駆け出し、ウルフ型の魔物を次々と仕留めていく。


 俺も剣を構え、迫ってきた魔物を斬り伏せる。


 だが――。


「まだ来るぞ!」


 アンの声。


 振り返ると、崩れた城壁の隙間から、また新たなウルフ型の魔物が飛び出してきた。


 その瞬間――。


「任せて!」


 アンが前へ出た。


 その手に握られていたのは――。


 解体用の大型肉切り包丁。


「……それで戦うのか?」


 俺が思わず呟く。


 アンは答えない。


 ただ、迫ってくるウルフ型の魔物へ向かって――。


「せいっ!」


 ――ズバァッ!!


 大型の肉切り包丁が振り下ろされる。


 魔物の身体が、見事なまでに両断された。


「……」


 俺たちは一瞬、言葉を失った。


 アンはそのまま次の魔物へ向かっていく。


「次!」


 ――ズバッ!


 また一体。


 ――ズバッ!


 さらに一体。


 長年にわたって、数え切れないほどの魔力を持つ魔物を解体してきた肉切り包丁。


 いつしかその刃は、ただの解体道具ではなくなっていた。


 刀身からは――。


 何とも言えない、禍々しいオーラが漂っている。


「……あの包丁」


 グリフが少し引きつった顔で呟いた。


「最初に見た時より、明らかにヤバくなってないか?」


「俺もそう思う……」


 俺は答えながら、アンの手元を見る。


 禍々しいオーラを纏った大型肉切り包丁。


 それを握りしめ、次々と魔物を解体していくアン。


 ――もはや、ただの肉切り包丁とは呼べない。


 そんな異様な武器へと変貌していた。


 そして古城からは――。


 まだまだ魔物が這い出してくる。


「……この城、一体どうなってるんだ?」


 俺たちは押し寄せる魔物を蹴散らしながら、さらに古城の奥へと進んでいった。


戦闘が続くにつれ――。


 いつしかカレンは、すっかり戦場を楽しんでいた。


「ゴーレムさん、こっち!」


 カレンが声をかけると、巨大なゴーレムがゆっくりと腕を振り上げる。


 その頭の上には――。


 ちょこん。


 カレンが乗っていた。


「わぁー!」


 ゴーレムが歩くたびに大きく揺れる頭の上で、カレンは楽しそうに笑っている。


「カレン、落ちるなよ!」


「大丈夫ー!」


 そんなやり取りをしていると、今度はミノタウロスの一体がカレンの側までやってきた。


「ミノタウロスさんもお願い!」


 カレンはそのままミノタウロスの頭の上へひょいっと乗る。


「えいっ!」


 そして頭の上から魔法を放った。


「――雷よ!」


 バリバリッ!!


 雷撃が走り、前方の魔物をまとめて吹き飛ばす。


「やったぁ!」


 カレンは両手を上げて喜んでいる。


「……あの子、本当に楽しんでるな」


 グリフが呆れたように呟く。


「まあ……カレンだからな」


 俺も苦笑する。


 その時だった。


 ――バサバサバサッ!!


 頭上から大量の羽音が響いた。


「ん?」


 見上げる。


 空を覆うように飛んでくるのは――。


 大量のコウモリ型の魔物だった。


「カレン!」


「え?」


 コウモリの群れが、一斉にカレンへ向かって急降下してくる。


「危ない!」


 俺が叫んだ、その瞬間――。


 カレンの肩から下がっていたポーチが、ぐにゃりと形を変えた。


「……ポーチさん?」


 次の瞬間。


 ポーチの口が――大きく開いた。


 ――ガバァッ!!


「キュオオオオッ!」


 まるで巨大な口のように開いたポーチへ、コウモリたちが次々と吸い込まれていく。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 群れごと――。


 ――ゴクンッ。


「…………」


 俺たちは呆然とその光景を見つめた。


 しばらくすると、ポーチは何事もなかったかのように元の形へ戻った。


 カレンは自分の肩にかかったポーチを見下ろす。


「ポーチさん、ありがと!」


 ポーチが嬉しそうに、ぴょこんと跳ねた。


「……相変わらず便利だな」


 俺が呟くと、グリフが苦笑する。


「便利という言葉で片付けていいのか、あれは……」


 その横で、カレンは再びミノタウロスの頭の上から魔法を放っていた。


「次はあっち!」


「グオオオオオッ!!」


 ミノタウロスが咆哮しながら駆け出す。


 その頭の上で、カレンは楽しそうに笑っていた。


 ――ドワーフの古城。


 その周囲は凄まじい数の魔物で埋め尽くされていた。


 それでも俺たちは、一歩ずつ。


 確実に古城の中心へと近づいていった。


どれほど戦い続けただろう。


 いつしか――。


 古城の外周を埋め尽くしていた魔物たちの姿は、ほとんどなくなっていた。


 そこに残っているのは、荒れ果てた大地と、無数の魔物が倒れた跡だけ。


「……はぁ……はぁ……」


 俺は肩で大きく息をしながら、剣を下ろした。


 額からは汗が流れ落ちている。


「さすがに……これは疲れたな……」


 隣ではグリフも膝に手をつき、激しく息を切らしていた。


「……何匹いたんだよ……」


 アンも大型の肉切り包丁を手にしたまま、珍しく疲れた表情を浮かべている。


「……ちょっと、休ませて……」


 俺たちは全員、汗だくだった。


 ――ただし。


「ふぅ……」


 涼しい顔をしている者が二人。


 アリスとカレンだ。


 アリスはいつものように落ち着いた様子で周囲を見渡している。


 そしてカレンは――。


「みんな、お疲れさま!」


 元気いっぱいだった。


「じゃあ、帰ってもらおうね!」


 カレンはそう言うと、ミノタウロスたちへ手を向ける。


「ありがとう、ミノタウロスさん!」


 淡い光がミノタウロスたちを包み込む。


 そして――。


 シュンッ。


 ミノタウロスたちは、次々と魔法カードへ戻っていった。


「ゴーレムさんも!」


 カレンが手を向ける。


 巨大なゴーレムの身体も光に包まれ――。


 やがて、一枚の魔法カードへと姿を変えた。


 カレンは戻ってきたカードを一枚ずつ拾い上げる。


「いっぱい増えた!」


 手の中には、以前よりも遥かに増えた魔法カード。


 ミノタウロス。


 ゴーレム。


 そして、これまで仲間にしてきた魔物たち。


 カレンはそれらを大事そうに抱え――。


「お母さん、見て!」


 嬉しそうにカードを差し出した。


「こんなにいっぱい仲間が増えたよ!」


 アリスは微笑みながら、カレンの頭を優しく撫でる。


「ええ。よかったわね、カレン」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべるカレン。


 その横で――。


「……俺たち、あれだけ戦ったんだけどな」


 俺が呟く。


「……ああ」


 グリフが息を整えながら頷いた。


「一番元気なのが、魔物を一番増やした本人ってのが……なんとも言えないな」


「ふふっ」


 アリスが小さく笑う。


 カレンはそんな俺たちを気にすることもなく、増えた魔法カードを一枚一枚眺めながら――。


「次はどの子と一緒に行こうかなぁ」


 楽しそうに呟いていた。


ようやく戦闘が終わると――。


「さて……」


 アンがすぐさま動き出した。


 疲れているはずなのに、その足取りに迷いはない。


「せっかくだもの。素材を回収しましょう」


 そう言うと、アンは解体用の大型肉切り包丁を手に、倒れた魔物のもとへ向かっていった。


「アン、元気だな……」


「魔物を解体する時だけは、別人みたいだな」


 俺とグリフは苦笑しながら顔を見合わせる。


 俺たちもただ休んでいるわけにはいかない。


「俺たちはリザードマンの装備を回収するぞ」


「ああ。あれだけマジックアイテムを装備していたんだ。使えるものがあるかもしれない」


 俺とグリフは倒れたリザードマンのもとへ向かった。


 身につけていた剣や盾、腕輪や首飾り。


 中には、明らかに魔力を帯びているものまである。


「これもマジックアイテムか?」


 俺が拾い上げると、淡い魔力が指先へ伝わってきた。


「たぶんな。こっちにもあるぞ」


 グリフも別の装備を拾い上げる。


「しかし……魔物がこれだけのマジックアイテムを装備していたってことは、やっぱりこの古城には何かあるな」


「ああ」


 俺は古城を見上げる。


 ドワーフが残した古城。


 その外周を埋め尽くしていた大量の魔物。


 そして、魔法の武具を身につけたリザードマン。


「この奥に、何があるんだろうな……」


 俺たちは回収した装備をまとめながら、古城の巨大な門を見つめた。


回収した装備と魔物の素材をまとめ終えた頃には、辺りもすっかり静かになっていた。


 俺は古城を見上げる。


 巨大な城門。


 その奥には、まだ何が待ち構えているのか分からない。


「……流石に、このまま内部へは侵入できないな」


 俺がそう告げると、グリフも頷いた。


「同感だ。さっきの戦闘でかなり体力を使った。中でまた何が出てくるか分からないしな」


「ああ」


 古城の外周だけで、あれだけの魔物がいた。


 その内部となれば、さらに強力な魔物が潜んでいる可能性もある。


「一度、さっきの森の高台まで戻ろう」


 俺は皆を見渡した。


「そこで野営して、今日はしっかり休む。明日の朝、改めて古城の内部へ進もう」


「それがいいわね」


 アリスが静かに頷く。


 アンとグリフも異論はないようだった。


「カレンもいいか?」


「うん!」


 カレンは元気よく返事をすると、抱えていた魔法カードを大事そうにしまった。


「じゃあ、今日はゴーレムさんたちもお休みだね!」


「そうだな」


 俺は笑いながら答える。


 こうして俺たちは、ドワーフの古城を後にした。


 森の高台へ戻る道中――。


 俺は何度も振り返った。


 夕暮れの向こうに佇む、巨大な古城。


 あの城の中には、一体何が残されているのだろう。


 そして――。


 なぜ、あれほど大量の魔物が集まっていたのか。


 答えはきっと、あの古城の内部にある。


「……明日だな」


 俺はそう呟き、仲間たちと共に森の中へ戻っていった。


森の高台へ戻った俺たちは、簡単な野営の準備を始めた。


 焚き火を囲み、今日一日の疲れを癒すように食事を取る。


「……やっぱり、戦った後の飯はうまいな」


 俺がそう言うと、グリフも頷いた。


「まったくだ」


 アンも黙々と食事を進めている。


 食事を終える頃には、皆の表情から少しずつ疲労が抜けていた。


 やがて夜も更け――。


 焚き火のぱちぱちという音だけが、静かな森の中に響いていた。


 ふと、アリスの隣を見る。


「……カレン」


 カレンはすでに眠っていた。


 その小さな身体には――。


 ミノタウロスの魔法カードが五枚。


 そして、ゴーレムの魔法カードが四枚。


 それらを大切そうに抱えている。


「……いっぱい増えたね」


 眠ったまま、カレンが小さく呟いた。


 どうやら夢の中でも、新しい仲間たちと一緒にいるらしい。


 アリスはそんなカレンの髪を、優しく撫でていた。


「ふふ……よほど嬉しかったのね」


「ああ」


 俺は焚き火を見つめながら微笑む。


 今日、俺たちは激しい戦いを乗り越えた。


 けれど――。


 カレンにとっては、新しい仲間がたくさん増えた一日だったのだろう。


 やがて森は、深い夜の静けさに包まれていった。


 明日は――。


 いよいよ、ドワーフの古城の内部へ進む。


 俺はそう思いながら、静かに目を閉じた。


翌朝――。


 俺たちは再び、ドワーフの古城へと戻ってきた。


 そして――。


「……やっぱりか」


 古城の内部へ足を踏み入れた俺は、思わず息を吐いた。


 予想していた通りだった。


 ――内部も、完全に魔物の巣窟と化していた。


 通路にはリザードマン。


 小部屋には蜘蛛型の魔物。


 そして、大広間には――。


「またいるぞ!」


 グリフの声が響く。


 奥から大量の魔物が押し寄せてくる。


「迎え撃つぞ!」


 俺たちはすぐに武器を構えた。


 戦闘が始まる。


 狭い通路では剣を振るい、魔物を一体ずつ仕留めていく。


 大部屋へ出れば、今度は複数の魔物が一斉に襲いかかってくる。


 俺たちは互いに背中を預けながら、必死に戦った。


「くっ……まだ来るのか!」


 一つの群れを倒し終えたと思った、その直後――。


 別の通路から、新たな魔物の群れが現れた。


「おいおい……休ませてくれよ!」


 グリフが叫ぶ。


 だが、そんな願いが聞き入れられるはずもない。


 倒す。


 また現れる。


 倒す。


 さらに現れる。


 その繰り返しだった。


「……多すぎる!」


 俺は息を切らしながら剣を振るう。


 もし――。


 この古城に俺たち五人だけで挑んでいたなら。


 とっくに誰かが倒れていてもおかしくない。


 いや――。


 すでに死人が出ていても不思議ではなかった。


 それほどまでに、魔物の数が異常だった。


 だが――。


「ゴーレムさん、お願い!」


 カレンの声が響く。


 ――ズシンッ!!


 巨大なゴーレムが前へ出る。


 迫りくる魔物を、その巨体で押し返していく。


「ミノタウロスさんも!」


 ――グオオオオオッ!!


 ミノタウロスたちが大斧を振り回し、魔物の群れを蹴散らしていく。


 その間に俺たちは態勢を立て直す。


 アリスも魔法を放ち、魔物の動きを止める。


 そして――。


 カレンがいる。


 カレンが使役した魔物たちが、俺たちの前に立って戦ってくれている。


「……助かってるな」


 俺が呟く。


 グリフも息を整えながら頷いた。


「ああ。あいつらがいなかったら、本当に危なかった」


 ミノタウロス。


 ゴーレム。


 そして、これまでカレンが仲間にしてきた数々の魔物。


 その存在が、俺たちの命を何度も救っていた。


 それでも――。


 古城の奥からは、まだ魔物の気配がする。


「……一体、この城はどこまで続いてるんだ?」


 俺たちは疲労を抱えながらも、再び剣を構えた。


 そして――。


 まだ見ぬ古城の奥へと、少しずつ進んでいった。


それからも俺たちは、何度もリザードマンの群れと戦い続けた。


 倒しても、倒しても――。


 まるでこの城そのものが魔物を生み出しているかのように、次々と新たなリザードマンが現れる。


「また来たぞ!」


 グリフの声と同時に、俺は盾を構えた。


 リザードマンたちが一斉に武器を手にして襲いかかってくる。


 ミノタウロスが前へ出て巨大な斧を振り回し、ゴーレムがその巨体で敵の進路を塞ぐ。


 その隙を突いて、俺とグリフ、アンが左右から切り込んでいく。


 何度目になるか分からない戦闘を終えた――その時だった。


「――レオン!」


 アリスの声が響いた。


「後ろ!」


 振り返った瞬間――。


 遠くの廊下に、一体のリザードマンが立っていた。


 他の個体とは明らかに違う。


 その手には、一見すると普通の弓。


 だが、その弓には淡い光が宿っていた。


「弓……?」


 次の瞬間。


 リザードマンが矢を放った。


 ヒュンッ――!


「危ない!」


 俺が盾を構えた直後。


 矢が床へ突き刺さる。


 そして――。


 ドォンッ!!


「うおっ!」


 凄まじい爆発が起こった。


 床の石が砕け、衝撃波がこちらまで届く。


「な、なんだ今の!?」


 グリフが驚きの声を上げる。


 リザードマンは続けて矢を放った。


 今度は俺たちではなく、ゴーレムへ向かって飛んでいく。


 矢がゴーレムの身体へぶつかった瞬間――。


 ドォンッ!!


 爆発。


 ゴーレムの巨体が大きく揺れた。


「……あの矢、ぶつかった衝撃で爆発してるのか」


 俺が呟くと、アリスが静かに頷いた。


「ええ。あれは魔法付与された矢ね」


 そして、リザードマンが持つ弓へ視線を向ける。


「……いえ」


 アリスの表情が、僅かに変わった。


「あの弓そのものが、かなり特殊な魔道具よ」


「そんなに珍しいのか?」


「かなり貴重な物だと思うわ」


 アリスは弓を見つめながら続けた。


「矢そのものに魔力を込めているのではなく、弓が矢へ特殊な魔力を付与している。だから、あの弓で放った矢は、何かに衝突した瞬間に魔力が爆発するのだと思う」


「……つまり、あの弓があれば普通の矢でも爆発するってことか?」


「おそらくね」


 俺は思わず弓を見つめた。


 この古城には、ただ強い魔物がいるだけじゃない。


 かつてドワーフたちが作り上げた――貴重な魔道具までもが残されている。


「……絶対に手に入れるぞ」


 俺がそう言うと、グリフが笑った。


「だな。あんな弓、そう簡単にはお目にかかれない」


「カレン、あれ欲しい!」


 いつの間にか隣に来ていたカレンが、目を輝かせながら弓を見つめている。


「……カレンは何に使うつもりなんだ?」


「魔物さんと戦う!」


「……そうか」


 俺は苦笑しながら剣を握り直した。


だが――。


 誰よりもあの弓を欲しがっていたのは、カレンではなかった。


「……あの弓、いいな」


 グリフだった。


 先ほどまでとは違い、グリフの目は完全にあの弓へ向けられている。


「欲しいのか?」


「ああ。あんな魔道具、そうそう手に入らないだろ?」


 そう言うと、グリフは腰に手を伸ばした。


 そして――。


 身に纏っていた『闇隠れのローブ』を深く被る。


「ちょっと行ってくる」


「グリフ?」


 俺が声をかけた時には、すでにグリフの姿は薄暗い廊下へ溶け込んでいた。


 闇隠れのローブ。


 その効果によって、グリフの姿が周囲の闇へと紛れていく。


 リザードマンは、こちらへ向けて弓を構えている。


 まさか――背後から近づかれているとは思っていない。


 グリフは足音一つ立てず、ゆっくりと距離を詰めていく。


 そして――。


 リザードマンの背後へ回り込んだ瞬間。


「――終わりだ」


 ザシュッ!


 一閃。


 グリフの刃がリザードマンの急所を正確に捉えた。


 リザードマンは声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちる。


「……一撃か」


 俺が呟く。


 グリフは倒れたリザードマンを確認すると、その手から弓を取り上げた。


「よし……!」


 珍しく、グリフが子供のような笑顔を浮かべている。


「こいつはいい」


 弓を手に取り、興味深そうに眺める。


 そこへアリスが歩み寄った。


「扱えるかしら?」


「もちろん。弓くらい使えるさ」


「そういう意味ではないわ」


 アリスは弓を見つめる。


「その弓に込められた魔力を扱えるか、という意味よ」


「……試してみるか」


 グリフは近くに落ちていた普通の矢を拾い、弓につがえた。


 そして――。


 ニヤリと笑う。


「こいつは……かなり使えそうだ」


 その顔を見て、俺は思った。


 ――どうやら、この弓はグリフの新しいお気に入りになりそうだった。

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