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冒険の書  作者: siva5880


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少しずつ前へ

食事は、港町らしく魚料理が中心だった。


 焼き魚に、魚介のスープ。

 新鮮な魚を使った料理はどれもとても美味しく、二日間にわたる迷宮探索で疲れ切っていた身体に、ゆっくりと染み渡っていく。


「……美味しい」


 カレンも嬉しそうに料理を頬張っている。


 俺たちは久しぶりのまともな食事を味わいながら、少しずつ緊張を解いていった。


 すると――。


「おやおや、随分と賑やかだねぇ!」


 ギルド職員たちの間を縫うようにして、一人の女性がこちらへ歩いてくる。


 見覚えのある顔だった。


「マチルダさん」


 カイゼルの冒険者ギルドをまとめるギルドマスター、マチルダだ。


 俺たちの姿を確認すると、彼女は豪快な笑みを浮かべた。


「よく無事に帰ったねえ!」


「ええ。なんとか……」


「二日も戻ってこないんだから、心配したんだよ!」


 そう言いながらも、無事な俺たちを見て、マチルダはほっとしたように笑う。


「まあ、こうして無事に帰ってきたんだ。まずはゆっくり食べな」


 そして、少しだけ声を落とした。


「食事が済んで、少し休んだら私の部屋においで」


「部屋に?」


「ああ。今回のこと、少し話を聞かせておくれよ」


 その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。


 今回の迷宮で何が起きたのか。


 どうやらマチルダも、詳しく知りたいらしい。


「分かりました。食い終わったら行きます」


「そうしておくれ!」


 マチルダは満足そうに頷くと、再びギルド職員たちの間へ戻っていった。


 俺は残った料理へ視線を戻す。


 ……まずは、腹を満たそう。


 話をするのは、それからだ。


「もう……食べられないよ……」


 カレンが小さなお腹を両手で押さえながら、椅子にもたれかかる。


 その顔には、満足そうな笑みが浮かんでいた。


「お腹いっぱいか?」


「うん……いっぱい……」


 そう答えると、カレンは満足そうに目を細めた。


 よほど美味しかったのだろう。


 俺たちも十分に食事を取り、身体を休めるため、しばらくその場でゆっくりと過ごした。


 そして――。


 少し休憩した後、俺たちはマチルダの部屋へ向かった。


「失礼します」


 扉を開ける。


「おや、来たね。入りな」


 中へ入った俺たちは――思わず足を止めた。


 そこには、マチルダだけではなかった。


 大きな机を囲むように、何人ものギルド職員がすでに席についている。


 会計を担当する職員。


 記録をまとめる書記。


 その他にも、見覚えのない職員たちが何人もいる。


 全員が手元に書類や筆記具を用意し、こちらを見ていた。


「……」


 俺は思わずマチルダを見る。


「どうしたんですか、これ……?」


 マチルダは、いつもの豪快な笑みを浮かべた。


「なにって、報告を聞く準備さ」


「準備……?」


「ああ。今回のダンジョンで何があったのか、最初から最後まで聞かせてもらうよ」


 そう言って、マチルダは自分の向かい側にある椅子を指差した。


「さあ、座りな」


俺たちは席に着くと、これまでの出来事を一つずつ話し始めた。


 まずは――一層から。


 どのような場所だったのか。

 そこにいた魔物や、俺たちが遭遇した出来事。


 そして二層、三層へ。


 話が進むにつれて、部屋の空気は少しずつ変わっていった。


「各階層に……大型の魔物が?」


 書記の一人が驚いたように顔を上げる。


「ああ。一層から四層まで、それぞれの階層に強力な大型魔物がいた」


 俺は、その姿や特徴、戦闘になった経緯まで、できる限り細かく説明していく。


 そして――。


「三層では、シードラゴンと遭遇しました」


「……シードラゴン?」


 部屋の中に、ざわめきが広がった。


 俺たちはシードラゴンのことだけではなく、その額に刻まれていたルーンについても話した。


 さらに――。


「それから、アダマンタイトも見つけました」


「アダマンタイトだって!?」


 今度は会計士が声を上げた。


 俺たちは、その採掘量や発見した場所についても説明していく。


 そして四層。


「……クラーケンとも遭遇しました」


「クラーケン……」


 誰かが呟く。


 先ほどまで忙しそうに筆を走らせていた書記の手が止まった。


 それほどまでに、今回の探索で俺たちが遭遇したものは異常だった。


 俺たちは、それぞれの階層で起きた出来事を、できる限り正確に伝えていった。


 そして――最後。


「それから……」


 俺は一度、言葉を切った。


「最後の場所には、宝物庫がありました」


「…………宝物庫?」


 マチルダが初めて、笑みを消した。


 部屋にいた全員の視線が、一斉に俺へ集まる。


 俺たちは、そこで見つけたものについても――。


 一つずつ、詳しく話し始めた。


宝物庫についての話が続く中、アリスが口を開いた。


「宝物庫には、いくつか珍しい物がありました。その中でも、この町にとって特に価値がある物があります」


「……この町に?」


 マチルダが眉を上げる。


 アリスは静かに頷いた。


「ええ。その名は――『海鳴りの鐘』」


「海鳴りの鐘……?」


 書記の一人が、その名前を書き留める。


「どんな物なんだい?」


「海水の満ち引きを、完全に変えてしまう魔道具です」


「…………」


 部屋が静まり返った。


 アリスは続ける。


「一度鳴らせば、海は満潮になる」


「満潮に……」


「そして、二度鳴らせば――干潮になります」


「……なんだって?」


 今度はマチルダが身を乗り出した。


「つまり、好きな時に潮を動かせるってことかい?」


「正確には、そういうことです」


 アリスが答える。


「潮の満ち引きは、港町にとって非常に重要なものです。船の出入り、荷物の積み下ろし、漁――そのすべてに関わります」


 俺も頷いた。


 海を相手に生きるカイゼルにとって、それがどれほど大きな意味を持つのか。


 俺にも少しずつ分かってきた。


「だからこそ――」


 アリスはマチルダを見つめる。


「この港町カイゼルなら、何としてでも欲しい物でしょうね」


 その瞬間。


 マチルダの顔から、いつもの豪快な笑みが消えた。


「……そりゃあ、そうだねぇ」


 静かな声だった。


 部屋にいた会計士や書記たちも、互いに顔を見合わせている。


 ただの珍しい魔道具ではない。


 それは――。


 港町カイゼルの未来すら変えてしまうほどの品だった。


「それで――」


 俺は、隣にいる仲間たちへ視線を向けた。


 すでに話し合いは済んでいる。


「俺たちのパーティーで話し合った結果なんですが……」


 俺はマチルダへ向き直った。


「海鳴りの鐘は、マチルダさんにお渡しします」


「……え?」


 マチルダが目を丸くする。


「俺たちが持っていても、あまり使う機会はなさそうなので」


 そう伝えると――。


「…………」


 部屋にいた全員が、しばらく言葉を失った。


 そして次の瞬間。


「本当に……いいのかい?」


 マチルダが、信じられないといった表情で尋ねる。


「ああ。カイゼルにとって必要な物なら、俺たちが持っているより、ここで使ってもらったほうがいいと思っています」


 アリスたちも静かに頷いた。


「私たちも同じ考えです」


 その言葉を聞いた瞬間――。


「……ありがとう!」


 マチルダの顔に、満面の笑みが浮かんだ。


「本当にありがとう! こんな物をカイゼルに譲ってくれるなんて!」


 普段は落ち着いているギルド職員たちも、次々と喜びの声を上げる。


「これで港の運用が大きく変わるぞ!」


「漁にも使える!」


「船の出入りも、今までよりずっと楽になる!」


 会計士まで嬉しそうに立ち上がっている。


 どうやら、俺たちが思っていた以上に喜んでもらえたらしい。


 マチルダは何度も俺たちへ頭を下げた。


「本当に……カイゼルのギルドマスターとして、礼を言わせておくれ」


 その表情には、心からの感謝が滲んでいた。


 俺はそんなマチルダを見ながら、少しだけ笑った。


 宝物庫で見つけた物が――。


 この港町の人たちの役に立つ。


 それだけで、俺たちには十分だった。


そして俺は、もう一つ用意していた袋をマチルダさんへ差し出した。


 ずっしりと重い袋。


 中には、今回の冒険で手に入れた金貨や銀貨が詰まっている。


「それと……これを」


「……これは?」


「街外れの教会と、そこで暮らしている孤児たちのために使ってください」


 俺がそう告げると、マチルダさんだけでなく、周囲にいたギルド職員たちも目を丸くした。


 マチルダさんは袋の重さを確かめるように両手で持ち上げ、それから俺の顔を見る。


「……こんなに良いのかい?」


「ああ」


 俺は迷うことなく頷いた。


「俺たちは、金が欲しくて冒険者になったわけじゃないんです」


 そう言って、俺は仲間たちを見る。


 アンも、グリフも、そしてアリスも静かに頷いていた。


「俺たちが憧れた冒険者は、レインさんやジェイさんです」


 あの頃のことを思い出す。


 強さだけを追い求めるのではなく――。


 誰かが困っていれば手を差し伸べる。


 助けを求める人がいれば、その声に耳を傾ける。


 俺たちが目指しているのは、そんな冒険者だった。


「俺たちも、いつか……レインさんやジェイさんのように、助けを必要としている人に手を差し伸べられる冒険者になりたいんです」


 俺がそう話すと、マチルダさんはしばらく黙って俺を見つめていた。


 やがて――。


「……そうかい」


 マチルダさんは袋を胸元へ抱えるように持ち、優しく微笑んだ。


「立派になったね、あんたたち」


 その声は、少しだけ震えていた。


「これで、マチルダさんから受けた三つの依頼は、すべて達成しましたね」


 俺がそう告げると、マチルダさんは静かに頷いた。


「ああ。本当に助かったよ。あんたたちには、何度礼を言っても足りないくらいさ」


「いえ、俺たちもいい冒険ができました」


 俺はそう言って笑った。


 そして――次の目的地を告げる。


「俺たちは数日後、ドワーフの古城へ向けて出発します」


「ドワーフの古城……?」


 マチルダさんが少し驚いたように目を見開く。


「ああ。まだ詳しいことは分かりません。でも、そこには俺たちが探しているものがあるかもしれないんです」


 そう伝えると、マチルダさんは少しだけ心配そうな表情を浮かべた。


「……そうかい。気をつけるんだよ」


「はい」


 俺たちはマチルダさんに別れを告げ、ギルドマスター室を後にした。


 その後――。


 俺たちは数日後の出発に備え、それぞれ必要な物資を買い揃えていった。


 食料、水、野営道具。


 長旅になることを考え、消耗品も念入りに確認していく。


 必要なものを一通り揃え終える頃には、すっかり日も暮れていた。


「よし……これで準備は大丈夫だな」


 俺たちはそれぞれの旅支度を終え、宿屋へ戻った。


 明日ではない。


 出発は、数日後。


 それでも――。


 新たな冒険が、もうすぐ始まろうとしていた。


そして――出発の日。


 まだ空が白み始めたばかりの早朝。


 俺たちは荷物をまとめ、カイゼルの東門へ向かっていた。


 門へ近づくにつれ、俺は次第に人の気配が多くなっていることに気づいた。


「……あれ?」


 東門の前には――。


 多くの住民たちが集まっていた。


 冒険者ギルドの職員たち。


 そして、マチルダさん。


 さらには神父様と、教会で暮らす孤児たちの姿まである。


「みんな……」


 俺たちが驚いて立ち止まると、神父様がこちらへ駆け寄ってきた。


「レオンさん!」


「神父様……どうしてここに?」


「どうしても、あなたに直接お礼を申し上げたかったのです」


 神父様は俺の手を両手で包み込むように握った。


「教会の子供たちに、あれほど多くの支援を……本当にありがとうございます」


「俺たちは、ただ……」


 俺がそう言いかけると、神父様は静かに首を横に振った。


「ええ。分かっています」


 そして神父様は懐から、小さな袋を取り出した。


 その中から取り出されたのは――一枚のメダルだった。


 銀色とも金色ともつかない、不思議な輝きを放っている。


「これを……」


「俺に?」


「はい」


 手渡されたメダルを、俺はじっと見つめた。


 表には見たことのない紋章が刻まれている。


「これは?」


 俺が尋ねると、神父様は穏やかに微笑んだ。


「教会に伝わる、特別なメダルです」


「特別な……?」


 神父様はそれ以上のことを語ろうとはしなかった。


 ただ――。


「持っていれば、必ず役に立ちます」


 そう言って、俺の手を強く握った。


「……分かりました。ありがとうございます」


 俺はメダルを大切にしまい込んだ。


そして――。


 俺たちは、カイゼルの東門に集まってくれたみんなへ別れを告げた。


「みんな、ありがとう!」


 カレンが大きく手を振ると、孤児たちも笑顔で手を振り返してくれる。


 マチルダさんやギルド職員、神父様も、俺たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。


 俺たちは何度も振り返りながら、ゆっくりと街を離れていった。


 向かう先は――。


 次の目的地。


 ドワーフの古城だ。


「ここから古城までは、どれくらいかかるんだ?」


 俺が尋ねると、隣を歩いていたアリスが答えた。


「そうね……普通に歩けば、二日ほどでしょう」


「二日か」


 思っていたより近い。


 俺がそう考えていると、アリスは少しだけ表情を曇らせた。


「そして……そこには、三つ目のルーンがあるはずです」


「三つ目のルーン……」


 俺は思わず、自分の胸元へ手を当てた。


 これまでの旅で、いくつもの謎に出会ってきた。


 そして、そのたびに俺の中に刻まれたルーンと関係する何かが見つかっている。


 古代の迷宮。


 そして、二つ目のルーン。


 その先に待っているのが――三つ目。


「一体、何が待ってるんだろうな」


 俺が呟くと、アリスは遠くの山々へ視線を向けた。


「……それを確かめに行くのです」


 俺たちは歩みを止めない。


 カイゼルの街並みが、少しずつ遠ざかっていく。


 その先に待つのは――。


 遥か昔に栄え、今は忘れ去られたドワーフ族の古城。


カイゼルを出てから、数時間が経った。


 最初は整備された街道を歩いていた俺たちだったが、進むにつれて道は少しずつ険しくなっていった。


 緩やかな坂道は次第に傾斜を増し、足元には大小さまざまな石が転がるようになる。


 周囲の木々も増え、道幅もどんどん狭くなっていった。


「……本当に、この先に古城があるのか?」


 俺が尋ねると、アリスは周囲を見渡しながら頷いた。


「ええ。間違いありません」


 それから、さらに数時間。


 ついには――。


「……道が、なくなったな」


 俺たちの前にあったのは、かろうじて人が通った跡だけだった。


 草木が生い茂り、ところどころ枝が道を塞いでいる。


 整備された道など、もうどこにもない。


 俺たちは獣道のような細い道を、一列になって進んでいた。


「これ……道って言っていいのか?」


 グリフが苦笑する。


「昔は道だったのかもしれないわね」


 アンが周囲を見回しながら答えた。


 足元には苔むした岩。


 頭上には木々が覆いかぶさり、昼間だというのに辺りは薄暗い。


 鳥の鳴き声すら、ほとんど聞こえない。


 俺は腰の剣へ手を伸ばし、いつでも抜けるように意識した。


 ここから先は――。


 もう、誰かが用意した道を歩く旅ではない。


 俺たち自身で道を切り開いて進む旅だ。


それから、さらに数時間。


 俺たちは険しい山道をひたすら進んでいた。


 上り坂を登ったかと思えば、今度は急な下り坂。


 足元は大小の石や木の根で覆われ、とても歩きやすいとは言えない。


「……ふぅ」


 アンが額の汗を拭う。


 グリフも息を吐きながら、肩を回していた。


「さすがに、ちょっと疲れてきたな……」


「そうね。思っていたより険しいわ」


 俺自身も、足に少しずつ疲労が溜まっているのを感じていた。


 何度も坂道を登り、そして下る。


 それを繰り返しているうちに、さすがの俺たちも口数が少なくなっていった。


 ……そんな俺たちとは対照的に。


「クマさん、もっとこっちー!」


「グォォ……」


 カレンだけは、とてもご機嫌だった。


 ワイルドベア――カレンが「クマさん」と呼ぶ大きな身体の上に、ちょこんと座っている。


 クマさんは険しい山道をものともせず、カレンを背中に乗せたまま、のしのしと歩いていた。


「わぁ……! たかーい!」


 カレンは楽しそうに笑いながら、クマさんの頭を撫でている。


「クマさん、がんばってね!」


「グォッ」


 返事をするように、クマさんが小さく鳴いた。


「……カレンだけ元気だな」


 俺が苦笑すると、アンも思わず笑った。


「ふふっ。あれだけ快適なら疲れないでしょうね」


「いいなぁ……俺も乗せてもらおうかな」


 グリフが冗談交じりに言うと――。


「グルル……」


 クマさんが振り返り、グリフをじっと睨んだ。


「……冗談だよ」


 グリフはすぐに両手を上げた。


 そんなやり取りを見て、俺たちは久しぶりに声を上げて笑った。


 険しい山道はまだ続いている。


 それでも――。


 カレンの楽しそうな笑い声が、疲れた俺たちの足取りを少しだけ軽くしてくれていた。


それから、さらにしばらく歩いた頃――。


 森の中に、少しだけ開けた場所を見つけた。


 空を見上げると、すでに夕暮れが近づいている。


「今日は、ここで休もう」


 俺がそう告げると、みんなも頷いた。


 長い山道を歩き続けてきたせいか、全員かなり疲れている。


 俺たちは手早く野営の準備を始めた。


 グリフは武器を手に、周囲を歩きながら警戒を続けている。


「今のところ、近くに魔物の気配はないな」


 時折立ち止まり、周囲の様子を確認する。


 アンは少し離れた場所で、夕食の準備を始めていた。


「今日は温かいものにしましょう。みんな疲れてるでしょうから」


 食材を取り出し、手際よく調理を進めていく。


 アリスは森の奥へ視線を向けると、静かに魔法を発動した。


 淡い魔力が周囲へ広がっていく。


 木々の向こう側。


 地面の下。


 そして、さらに遠くまで――。


 魔法によって森全体の状況を探っているようだった。


 俺はその間に、テントを張り、焚き火をするための場所を整えていく。


「よし……これで大丈夫だな」


 そんな俺たちから少し離れたところでは――。


「クマさん、こっち!」


「グォッ」


 カレンがクマさんと一緒に薪を集めていた。


 クマさんが大きな枝を咥えて運び、その後ろをカレンが楽しそうについて歩いている。


「いっぱいあつめようね!」


「グォォ」


 返事をするように、クマさんが低く鳴いた。


 カレンは嬉しそうに笑いながら、拾った小枝を抱えて戻ってくる。


 夕暮れの森。


 少しずつ暗くなっていく空の下で、俺たちはいつものように、それぞれの役割をこなしていた。


 長い一日の終わり。


 今夜はゆっくり休めそうだ――。


夕食を終え、焚き火を囲んでいると――。


 少し離れたところでは、アリスとカレンが一冊の魔導書に夢中になっていた。


 それは、闇属性の魔法について記された魔導書だった。


 ただ――。


 アリスはページをめくりながら、少し困ったように首を傾げている。


「……やっぱり、この文字は読めないわね」


「カレン、読めるよ!」


 どうやら、その魔導書に記されているのは魔物が使う独特な文字らしい。


 アリスほどの大賢者でも、その文字を読むことはできない。


 しかし――カレンには、それが読める。


「えっとね……ここには、闇の力を使って……」


「そう。続きをお願い」


「うん!」


 カレンは楽しそうに文字を読み上げ、アリスはそれを聞きながら内容を理解していく。


 二人の楽しそうな声を聞きながら、俺はグリフとアンへ視線を向けた。


「……二人に、まだ話していなかったことがある」


 グリフとアンが俺を見る。


「ルーンのことか?」


「ああ」


 俺は焚き火へ視線を落とした。


 揺れる炎を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


「俺は……これまで何度も、生と死を繰り返してきた」


「……何度も?」


 アンが驚いたように俺を見る。


「ああ。死を迎えるたびに、別の時代で生まれ変わってきた」


 俺は胸元に刻まれたルーンへ、そっと手を当てる。


「この死のルーンは、俺が死を迎えるたびに次の命へ繋ぐためのものなんだと思う」


 グリフは黙ったまま、俺の話を聞いている。


「でも……一つだけ問題がある」


「問題?」


 アンが尋ねる。


「今回の俺には、過去の自分が残した記録がないんだ」


 俺は静かに息を吐いた。


「過去の俺が何を考え、何をして、誰と出会ったのか……ほとんど分からない」


 だからこそ、俺はこれまでの旅で見つかったものを一つずつ追ってきた。


 ルーン。


 古代の迷宮。


 そして――過去の俺に関わる様々な痕跡。


「今の俺は、過去の自分が何者だったのかを、何も知らない状態なんだ」


 焚き火が、パチッと音を立てた。


 しばらく沈黙が続く。


 やがてグリフが、ゆっくりと口を開いた。


「……だから、お前は旅を続けてるのか」


「ああ」


 俺は頷いた。


「自分が何者なのか。そして……なぜ魔神は俺に死のルーンを刻んだのか。それを知りたい」


 アンは何も言わず、じっと俺を見つめていた。


 その少し離れた場所では――。


「カレン、そこには何て書いてあるの?」


「えっとね……」


 アリスがカレンに尋ね、カレンが一生懸命に魔導書を読み上げている。


 そんな二人の姿を眺めながら、俺は再び焚き火へ視線を戻した。


 俺の知らない過去。


 何度も繰り返された、生と死。


「……それに」


 俺は少しだけ間を置いて、グリフとアンを見る。


「ドワーフの古城には、俺の過去に関係するルーンがあるみたいなんだ……」


「お前の過去に?」


 グリフが眉を寄せる。


「ああ」


 俺は胸元のルーンへ手を当てた。


「ただ……その古城が今、どんな状態になっているのかは分からない」


 長い年月が経っている。


 古城が今も残っているのか。


 誰かが住んでいるのか。


 あるいは――すでに朽ち果てているのか。


 それすらも、俺たちには分からない。


「それでも、行くんだな?」


 グリフが尋ねる。


「ああ」


 俺は迷わず答えた。


「そこに俺の過去へ繋がる手掛かりがあるかもしれないなら……確かめたい」


 アンはしばらく黙って俺を見つめていた。


 やがて、小さく頷く。


「だったら、私たちも一緒に探しましょう」


「……ありがとう」


 俺は二人に笑いかけた。


 焚き火の向こうでは、今もアリスとカレンが魔導書を覗き込んでいる。


「カレン、次はこのページを読んでくれる?」


「うん! えっとね……」


 森の夜は、静かに更けていく。


 そして俺たちは――。


 まだ誰も知らないドワーフの古城へ向けて、明日も歩き続ける。


翌朝。


 俺たちは早朝から野営地を片付け、ドワーフの古城へ向けて出発した。


 昨日までと同じように、険しい山道を進んでいく。


 だが――。


 数時間ほど歩いた頃から、周囲の様子が明らかに変わり始めた。


「……おかしい」


 グリフが足を止め、周囲を見渡す。


「どうした?」


「魔物の気配が多すぎる」


 俺も周囲へ意識を集中させる。


 確かに――多い。


 昨日までとは比べものにならないほど、魔物の気配が増えている。


「古城に近づくにつれて、どんどん増えてるわね」


 アンが剣を構える。


 その直後だった。


「来るぞ!」


 グリフの声と同時に、森の奥から何かが飛び出してきた。


「グルァァァッ!!」


 巨大な狼のような魔物。


 だが、その身体は通常の狼より遥かに大きく、筋肉は異様なほど発達している。


「ベアウルフ……!」


 アリスが叫ぶ。


 一匹――。


 いや。


「まだいる!」


 木々の間から次々と姿を現す。


 十匹、二十匹……。


 群れを成したベアウルフたちが、俺たちを取り囲んでいた。


「来るぞ!」


 俺は盾を構える。


 次の瞬間――。


「グルァァァッ!!」


 一斉にベアウルフが襲い掛かってきた。


 爪が盾へ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 凄まじい衝撃。


 俺は踏ん張りながら剣を振り抜き、一匹を吹き飛ばす。


「レオン、右!」


「任せろ!」


 アンの声に反応し、身体を反転させる。


 迫ってきたベアウルフへ盾を叩き込み、その隙にグリフが一閃。


「はあっ!」


 魔物が地面へ転がった。


 だが――。


「上よ!」


 アリスの声。


 俺たちが空を見上げると――。


「キィィィィッ!!」


 無数のハーピィーが、森の上空を旋回していた。


「ハーピィーまで……!」


 群れが一斉に急降下してくる。


 爪が、翼が、俺たちへ襲い掛かる。


 ベアウルフとハーピィー。


 二種類の魔物による同時攻撃。


 戦場は一気に混乱した。


「アリス、空を頼む!」


「分かったわ!」


 アリスが杖を掲げる。


 強烈な風が巻き起こり、ハーピィーたちをまとめて吹き飛ばした。


 しかし――。


 まだ終わらない。


 森の奥から、さらに巨大な影が現れた。


 俺たちは思わず動きを止める。


「……なんだ、あれ」


 グリフが呟いた。


 翼を大きく広げた巨大な魔物。


 獅子の身体。


 鷲の頭。


 そして――巨大な翼。


「グリフォン……」


 アリスの表情が険しくなる。


「Bランクの魔物よ」


「Bランク……!」


 次の瞬間。


「ギャオオオオオッ!!」


 凄まじい咆哮が森全体に響き渡った。


 木々が震える。


 空気が震える。


 その巨体が翼を羽ばたかせ、一気にこちらへ飛び込んできた。


「全員、構えろ!!」


 俺は盾を前へ突き出す。


 グリフとアンも武器を構え、アリスは魔法を発動する。


 ベアウルフの群れ。


 ハーピィーの群れ。


 そして――Bランクのグリフォン。


 古城へ近づくほど、魔物の数も強さも異常なほど増えている。


 これは、ただの偶然なのか。


 それとも――。


 ドワーフの古城そのものが、魔物たちを引き寄せているのか。


 考えている暇はなかった。


 グリフォンが、俺たちへ向かって急降下してくる。


「来るぞ!!」


 次の瞬間――。


 俺たちの戦いは、これまでにないほど激しいものとなった。


戦場は、完全な混乱に陥っていた。


 地上ではベアウルフの群れが襲い掛かり、頭上ではハーピィーたちがけたたましい声を上げながら飛び回っている。


 そして、その中心には――Bランクのグリフォン。


「アリス! カレン! ハーピィーを頼む!」


「分かったわ!」


「うん!」


 二人が同時に魔法を発動する。


 アリスが大地から風を巻き上げ、カレンがそれに魔力を重ねる。


 次の瞬間――。


 森の上空を、凄まじい風圧が駆け抜けた。


「キィィィィッ!?」


「キィィィッ!」


 ハーピィーたちが次々とバランスを崩し、地面へ叩き落とされていく。


 さらに、カレンが追撃の魔法を放つ。


 空を覆っていたハーピィーの群れが、一気に数を減らしていった。


「すごい……!」


 アンが驚きの声を漏らす。


 だが、まだ魔物は残っている。


 カレンは周囲を見渡すと、小さな手を前へ伸ばした。


「みんな、お願い!」


 その瞬間――。


 地面が大きく揺れた。


「グォォォォッ!!」


 木々の向こうから、巨大なワイルドベア――クマさんが姿を現す。


「グワァッ!」


 続いて、巨大な鋏を持つカニさん。


 そして――。


「ギャオオオオオッ!!」


 森の木々を押し退けるように、巨大なシードラゴンが姿を現した。


「ドラゴンさんも!」


 カレンが嬉しそうに声を上げる。


 三体の魔物が戦場へ加わった。


 状況が、一気に変わる。


「グリフ! アン! ベアウルフを頼む!」


「ああ!」


「任せて!」


 グリフとアンは、クマさんとカニさんと共にベアウルフの群れへ突っ込んでいった。


「グォォッ!!」


 クマさんの巨大な腕が振り下ろされ、ベアウルフを吹き飛ばす。


 その横ではカニさんの鋭い鋏が次々と襲い掛かる。


 グリフとアンも息を合わせ、一匹ずつ確実に仕留めていく。


「残りは少ないぞ!」


「ええ!」


 ベアウルフの群れは、着実に数を減らしていった。


 上空では、アリスとカレンがハーピィーを抑えている。


 シードラゴンもまた、残った魔物へ向かって咆哮を上げた。


 そして――。


 俺の目の前には、一匹の巨大な魔物だけが残っていた。


 グリフォン。


 鋭い鉤爪。


 巨大な翼。


 そして、俺を睨みつける獣の眼。


「……お前は俺が相手だ」


 俺は盾を構え、剣を握り直す。


 グリフォンが翼を大きく広げる。


「ギャオオオオオッ!!」


 咆哮と同時に、大地を蹴った。


 一瞬で距離が消える。


「――来い!」


 俺も前へ踏み込んだ。


 巨大な鉤爪と、俺の盾が激しくぶつかる。


 ――ドォン!!


 凄まじい衝撃が森に響き渡った。


 俺とグリフォン。


 互いに一歩も退かない。


 仲間たちがそれぞれの戦場で戦う中――。


 俺は、Bランク魔物との一騎打ちに挑んでいた。


グリフォンの機動力と攻撃力は――とてもBランクとは思えないほど強烈だった。


「くっ……!」


 鋭い爪が振り下ろされる。


 俺は円型の盾を構え、真正面から受け止めた。


 ――ガキィン!!


 凄まじい衝撃が腕へ伝わってくる。


 続けざまに、グリフォンが鋭い嘴を突き出してきた。


 俺は盾を傾け、その攻撃を受け流す。


 だが――。


「速い……!」


 グリフォンは一瞬で距離を取り、巨大な翼を羽ばたかせた。


 身体が宙へ舞い上がる。


 俺は盾を構えたまま、その動きを目で追った。


 無闇に追いかけても意味がない。


 相手が攻撃してくる瞬間を待つ。


 そして――。


「……来る!」


 上空でグリフォンが翼を畳んだ。


 次の瞬間、凄まじい勢いで加速する。


 まるで矢のように――。


 いや、それ以上の速度で滑空しながら、俺へ向かって突っ込んできた。


「ギャオオオオオッ!!」


 鋭い爪が、俺の身体を狙って伸びてくる。


 俺は身体強化の魔力を全身へ巡らせた。


 世界が、一瞬だけゆっくりになったように感じる。


 迫り来る爪。


 その軌道を見極め――。


「……ここだ!」


 俺は盾をわずかに傾けた。


 真正面から受け止めるのではなく、爪の勢いを利用して横へ流す。


 ――ガギィン!!


 グリフォンの爪が盾の表面を滑った。


 凄まじい勢いのまま、グリフォンの身体が俺の横を通り過ぎていく。


「今だ!」


 俺は盾を押し出した。


 グリフォンの身体が大きく弾かれる。


「ギャッ!?」


 着地するはずだった足が地面を捉えられない。


 翼を広げようとするが、すでに体勢が崩れている。


 グリフォンが――大きくバランスを崩した。


「……隙ができたな」


 俺は剣を握り直した。


 これまで何度も繰り返してきた戦い。


 相手の攻撃を防ぎ、受け流し、そして――。


 生まれた一瞬の隙を突く。


バランスを崩したグリフォンは、地面へ倒れ込む。


 今しかない――!


「はあっ!」


 俺は一気に踏み込み、ショートスピアを突き出した。


 狙うのは――首元。


 槍の穂先がグリフォンの首筋へ深く突き刺さる。


「ギャ……ァ……」


 グリフォンが苦しそうな声を上げ、その巨体が地面へ崩れ落ちた。


 まだ息はある。


 だが、もう戦える状態ではない。


「カレン!」


「なぁに?」


 俺はグリフォンを指差した。


「こいつを使役してみないか?」


「……えっ!」


 カレンの目が大きく見開かれる。


 そして――。


「いいの!?」


「ああ。こいつなら、きっとこれからの旅でも力になってくれる」


「やったぁ!」


 カレンは嬉しそうに駆け寄り、グリフォンへ手を伸ばした。


 小さな手から魔力が溢れ出す。


 淡い光がグリフォンの身体を包み込んでいく。


「お願い……仲間になって!」


 しばらくすると――。


 グリフォンの身体を包んでいた光が消えた。


 そしてグリフォンはゆっくりと顔を上げ、カレンを見つめる。


「……グルル」


 敵意はない。


 カレンは嬉しそうに笑った。


「よろしくね!」


 そして、すぐに名前を決める。


「えっと……鳥さん!」


「……鳥さん?」


 俺は思わず聞き返した。


「うん! 鳥さん!」


 カレンは満面の笑みでグリフォンの頭を撫でている。


 グリフォンも嫌がる様子はなく、静かにカレンへ頭を寄せた。


「……まあ、カレンらしいな」


 俺が苦笑すると、少し離れたところからグリフの声が聞こえてきた。


「レオン! こっちも終わったぞ!」


 振り返る。


 そこには、ベアウルフの群れを倒し終えたグリフとアン。


 アリスとカレンの活躍によって、ハーピィーの群れもほとんど姿を消している。


 俺は周囲を見渡す。


 激しい戦闘だった。


 誰一人として無事とは言えないほど疲れ切っている。


 それでも――。


「……何とか、乗り越えたな」


その時だった。


 森の奥から、カレンへ向かって一体のベアウルフが飛び出してきた。


「カレン!」


 俺が声を上げるよりも早く――。


 カレンの腰に下げられていたポーチが、ぐにゃりと大きく口を開いた。


「え?」


 カレンが振り返る。


 次の瞬間。


 ――ガブッ。


 魔物の身体が、ポーチの中へ一瞬で消えた。


 まるで最初から何もいなかったかのように、森は静まり返る。


「…………」


「…………」


 俺たちは、しばらく言葉を失った。


 そして――。


「ポーチさん、すごーい!」


 カレンが嬉しそうに駆け寄る。


 ポーチは何事もなかったかのように、いつもの姿へ戻った。


 アリスは腰元のポーチを見つめながら、小さくため息をつく。


「……カレンに近づく敵意のある魔物は、全部食べるつもりなのかしら」


 その言葉に反応するように、ポーチがほんの少しだけ揺れた。


「……どうやら、そのようね」


 俺は苦笑した。


 どうやら俺たちのパーティーには――。


 カレンに手を出した瞬間、問答無用で一飲みにされる魔物がいるらしい。


「ポーチさん、カレンを守ってくれてありがとう!」


 カレンがそう言ってポーチを撫でる。


 するとポーチは、嬉しそうに小さく揺れた。


 ……なんだかんだで、カレンのことが大好きらしい。

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