潮喰らいの迷宮(2層)
俺たちは、二層へと続く階段を降りていった。
一段、また一段と足を進めるたびに、空気が重くなっていく。
そして――。
最後の段を踏み終えた瞬間、俺は思わず足を止めた。
「……なんだ、これ」
目に見えるものが変わったわけじゃない。
だが、肌にまとわりつくような、異様な感覚がある。
空間そのものが、濃密な魔力に覆われているのだ。
「……魔力が、かなり濃いわね」
隣にいたアリスも、周囲を見渡しながら呟いた。
一層とは明らかに違う。
まるで、この階層そのものが巨大な魔力の塊になっているようだった。
「二層からは注意したほうがいい」
グリフが低い声で言う。
「聞いた話じゃ、この階層には海の中に生息する魔物が現れるらしい」
「海の中の魔物……?」
カレンが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。魚みたいな魔物だけじゃない。水中でしか動けないような奴まで出てくる可能性があるそうだ」
そう言いながら、グリフは周囲へ視線を走らせる。
俺も盾を構え、いつでも動けるように身構えた。
その時だった。
「……困ったわね」
アリスが小さく息を吐いた。
「どうした?」
「サーチが、ほとんど使えないの」
「……え?」
俺は思わずアリスを見る。
アリスは目を閉じ、風の魔力を周囲へと広げている。
普段なら、風を媒介にして周囲の気配を探ることができる。
それこそ、俺たちが見落としてしまうような遠くの魔物の存在さえ察知できるほどだ。
だが――。
今回は違った。
「魔力が濃すぎるわ。この階層そのものの魔力が、私の風を邪魔している」
アリスは静かに目を開いた。
「少し先までなら分かる。でも……それより遠くは、ほとんど何も感じ取れない」
「つまり……」
俺は周囲を見渡す。
「いつ、どこから魔物が現れるか分からないってことか」
「ええ」
アリスが頷く。
その瞬間――。
遠くから、
――ポチャッ。
何かが水面を叩くような音が聞こえた。
俺たちは一斉にそちらへ顔を向ける。
「……今の、何?」
アンが小さく呟いた。
誰も答えない。
静寂が、辺りを包む。
俺はゆっくりと盾を前へ構えた。
「……気を抜くな」
この階層では、アリスのサーチさえ頼りにならない。
なら――。
自分たちの目と耳、そして仲間同士の連携だけを頼りに進むしかない。
俺たちは互いに背中を預けるようにして、ゆっくりと二層の奥へ進み始めた。
「そうだ!」
突然、カレンが声を上げた。
「カニさんを先頭に歩かせてみる?」
「カニさんを?」
俺が振り返ると、カレンは楽しそうに笑っていた。
「うん! カニさんなら、魔物が近づいてきても分かるかもしれないよ!」
カレンの言葉に、俺は少し考える。
確かに――。
アリスのサーチがほとんど役に立たない今、別の方法で奇襲を防ぐ必要がある。
それに、巨大なカニの姿をした魔物が先頭を歩いていれば、海の魔物たちが俺たちを警戒するより先に、カニへ意識を向ける可能性もある。
「……なるほどな」
俺は頷いた。
「奇襲もある程度は避けられる。それに、魔物がカニさんに気を取られて油断する可能性もあるな」
「でしょ!」
カレンが嬉しそうに笑う。
「よし。その案でいこう」
俺たちはすぐに隊列を組み直した。
先頭を歩くのは――。
アリスの友達でもある巨大なカニ。
正式な名前は、ビッグハンマークラブ。
大きなハサミを持ったその姿は、この迷宮の中でもかなりの存在感を放っている。
その後ろをグリフが歩き、弓を手に周囲を警戒する。
「何か見つけたら、すぐに知らせる」
「ああ、頼む」
そして最後尾はアンに任せる。
「後ろは任せて」
アンは投げナイフを手にしながら、静かに頷いた。
こうして俺たちは、慎重に二層の奥へと進み始めた。
――その時だった。
迷宮へ足を踏み入れて、ほんの一つ目の角を曲がった直後。
先頭を歩いていたビッグハンマークラブが、突然動きを止めた。
巨大なハサミが――ゆっくりと開く。
「……?」
俺が身構えた瞬間。
――ガキィンッ!
鋭い音が響いた。
ビッグハンマークラブの左右のハサミが、何かを挟み込んだのだ。
「ギィッ――!」
「ギャッ!」
二つの影が、巨大なハサミに挟まれて暴れている。
「魔物だ!」
グリフが叫ぶ。
ビッグハンマークラブは構うことなく、二体の魔物をそのまま地面へ叩きつけた。
――ドンッ!
二体の魔物は動かなくなった。
「すごい……」
カレンが目を輝かせる。
「カニさん、強い!」
「さすがね」
アリスも微笑む。
倒された魔物は、魚のような姿をしていた。
鋭く伸びた背びれ。
細長い身体。
そして、その口には鋭い牙が並んでいる。
「ハープンフィッシュね」
アリスが魔物を見ながら告げた。
「背びれが槍のように鋭い、海に生息する魔物よ」
「なるほど……」
俺がそう呟いた――その時。
水音が響いた。
――バシャッ!
続いて、あちこちから魚影が飛び出してくる。
「来るぞ!」
グリフが弓を構えた。
「数が多い!」
数匹のハープンフィッシュが、俺たち目掛けて一斉に襲いかかってきた。
グリフが素早く弓を引き絞る。
――ヒュッ!
放たれた矢が、一匹の魚の身体を正確に射抜いた。
その横から別の魔物が飛び込んでくる。
「させない!」
グリフは弓を捨てるように持ち替えると、腰から投げナイフを抜き放った。
――ヒュッ!
ナイフが魚の急所へ突き刺さる。
「ギィッ!」
魔物が地面へ落ちた。
反対側では、アンも投げナイフを構えていた。
「そこっ!」
――シュッ!
アンのナイフが、飛び込んできた魚の急所を正確に捉える。
魔物は勢いを失い、そのまま地面へ転がった。
「まだ来る!」
俺は盾を前へ構える。
――ガンッ!
ハープンフィッシュが盾へ激突した。
「ぐっ……!」
衝撃を受け止め、そのまま身体を捻る。
「はあっ!」
――ズンッ!
手にしたショートスピアを突き出す。
槍は魔物の身体を正確に貫き、そのまま絶命させた。
だが――。
「まだいるぞ!」
グリフの声が響く。
前方だけではない。
左右からも、そして後方からも魚影が迫ってくる。
「……強くはない」
俺は周囲を見渡した。
確かに、一匹一匹の強さはそれほどでもない。
だが――。
「数が多すぎるな……!」
次々と現れるハープンフィッシュ。
倒しても、また新たな魚影が水面から飛び出してくる。
その時――。
「クマさん、お願い!」
カレンが元気よく叫んだ。
次の瞬間。
カレンの前に魔法陣が浮かび上がる。
そこから現れたのは――。
巨大なワイルドベア。
「グオオオオオッ!」
咆哮が二層の通路へ響き渡る。
「クマさん、あっち!」
カレンが指差す。
ワイルドベアはその声に応えるように駆け出した。
迫っていたハープンフィッシュへ、その巨体を叩きつける。
――ドゴンッ!
「ギャッ!」
一匹が吹き飛ぶ。
「すごい……」
俺は思わず苦笑した。
カニさんが先頭で魔物を見つけ、グリフとアンが遠距離から仕留め、俺が盾と槍で敵の攻撃を受け止める。
そして――。
カレンは、楽しそうにクマさんを戦わせている。
「これなら……」
俺は迫り来る魚影を見据え、盾を構え直した。
「この階層も、なんとか進めそうだな」
しかし――。
ハープンフィッシュたちは、俺たちが数を減らしているにもかかわらず、退く様子を見せなかった。
むしろ、その動きが変わっていく。
「……何だ?」
グリフが眉をひそめた。
それまで無秩序に襲いかかってきていたハープンフィッシュたちが、次々と同じ方向へ集まり始めたのだ。
そして――。
「……カレンを狙ってる!」
アリスが叫んだ。
ハープンフィッシュの群れが、一斉にカレンへ向きを変える。
「えっ……?」
カレンが目を丸くする。
次の瞬間――。
「ギィィィッ!」
「ギャァッ!」
数十匹のハープンフィッシュが、まるで一つの生き物であるかのように隊列を組み、カレンへ向かって一気に襲いかかってきた。
「カレン!」
俺はすぐに前へ出る。
――ガンッ!
盾にハープンフィッシュが激突する。
「ぐっ……!」
衝撃を受け止める。
その横から別の一匹が飛び込んでくる。
「させるか!」
グリフの矢が飛び、魔物を撃ち落とす。
「まだ来る!」
アンも投げナイフを放つ。
――シュッ!
一匹、また一匹と急所を射抜かれていく。
それでも、ハープンフィッシュたちは止まらない。
「クマさん!」
カレンの声に、ワイルドベアが唸り声を上げながら立ちはだかる。
「グオオオオオッ!」
鋭い爪で魔物を弾き飛ばす。
ビッグハンマークラブも巨大なハサミを振り回し、迫り来る魔物を次々と挟み込んでいく。
だが――。
「多すぎる!」
俺は歯を食いしばった。
いくら倒しても、次から次へと襲いかかってくる。
俺たちはカレンを囲むようにして、必死に猛攻を防いでいた。
その時だった。
「――っ!」
一匹のハープンフィッシュが、俺たちの防御の隙間をすり抜けた。
「カレン!」
鋭い背びれを突き立てながら、一直線にカレンへ迫る。
カレンは突然のことに動けない。
――間に合わない!
そう思った瞬間だった。
カレンの腰に付けられていた、可愛らしい小さなポーチが――。
ぐにゃり。
「……え?」
まるで生き物のように形を変え始めた。
次の瞬間。
ポーチの表面に、大きな口が現れる。
可愛らしかったポーチが、一瞬にして巨大なミミックへと姿を変えた。
「――ガパァッ!」
「ギィッ!?」
ハープンフィッシュが驚いたように鳴く。
だが、もう遅い。
ミミックと化したポーチの大きな口が開き――。
――パクッ。
「…………」
あまりにも一瞬だった。
カレンへ襲いかかっていたハープンフィッシュは、そのまま丸ごと一飲みにされてしまった。
ミミックは何事もなかったかのように口を閉じる。
そして――。
ぐにゃり。
再び可愛らしいポーチの姿へ戻った。
「…………」
俺たちは、しばらく言葉を失っていた。
カレンだけが、自分の腰にぶら下がっているポーチを見つめている。
「……ポーチちゃん?」
ポーチは当然、何も答えない。
ただ、いつもの可愛らしい姿でカレンの腰に揺れていた。
俺は思わず額に手を当てた。
「……そういえば、こいつも魔物だったな」
アリスが小さく笑う。
「ふふっ。カレンのことを守ってくれたのね」
カレンは嬉しそうにポーチを撫でた。
「ありがとう、ポーチちゃん!」
すると――。
ポーチが、ほんの少しだけぷるんと揺れた。
「……気のせいか?」
俺は思わず呟いた。
だが、カレンは満面の笑みを浮かべている。
「ポーチちゃんも嬉しいんだよ!」
そんなカレンを見ながら、俺たちは再び迫ってくるハープンフィッシュへと向き直った。
どうやら――。
この小さなポーチも、カレンの立派な仲間の一人らしい。
それにしても――。
恐ろしいほどの連携だった。
一匹、一匹の強さだけを見れば、それほど脅威ではない。
だが、群れとなった瞬間、その印象は大きく変わる。
互いの動きを合わせ、こちらの隙を探りながら、一斉に襲いかかってくる。
まるで、群れ全体が一つの意思を持っているかのようだった。
「一匹だけなら、そうでもないんだけどな……」
俺は盾を構えながら呟く。
「この数と連携は……厄介だ」
グリフも弓を引き絞りながら頷いた。
「ああ。油断したら一気に囲まれるぞ」
だが――。
この階層で本当に厄介なのは、魔物の強さだけではなかった。
二層に満ちている、異常なほど濃密な魔力。
まるで霧のように漂う魔力の中を、ハープンフィッシュたちは自由自在に泳ぎ回っている。
地面も空中も関係ない。
魔力そのものが海になっているかのように、魚たちはその中を泳ぎ、突然こちらへ飛び出してくるのだ。
「……本当に変な場所ね」
アリスが周囲を見渡しながら呟いた。
「この魔力の濃さじゃ、私のサーチもほとんど意味を成さないわ」
その時だった。
「……カニさん?」
カレンの声が聞こえた。
振り返ると、ビッグハンマークラブが二匹のハープンフィッシュを巨大なハサミで器用に捕まえていた。
――パクッ。
そのまま、美味しそうに魚を食べている。
「カニさん、お魚食べてる!」
カレンが楽しそうに笑う。
さらに、その少し後ろでは――。
「グオッ!」
ワイルドベアが鋭い爪を振るう。
――バシッ!
数匹のハープンフィッシュをまとめて叩き落とす。
そして倒れた魚を――。
むしゃむしゃ。
「……クマさんまで」
俺は思わず苦笑した。
どうやら二匹にとって、この戦いは狩りでもあるらしい。
その光景を見ていたアリスが、ふとカレンの隣へ歩み寄る。
「カレン」
「なぁに? お母さん」
「この階層では、雷の魔法は使わないほうがいいわ」
「……どうして?」
カレンが首を傾げる。
アリスは娘の目線に合わせるように、少し腰を屈めた。
「この場所は魔力がとても濃いでしょう?」
「うん!」
「しかも、水中の魔物たちは、その魔力の中を自由に泳ぎ回っているの」
アリスは周囲を指差す。
その直後、濃密な魔力の向こう側を、一匹のハープンフィッシュが横切った。
まるで見えない海の中を泳いでいるようだった。
「ここで雷の魔法を使ったら、その力が魔力や水を通して広がってしまう可能性があるわ」
「……みんなにも?」
「そう」
アリスは優しく頷いた。
「魔物だけじゃなくて、私たちまで一緒に感電してしまうかもしれない」
「……!」
カレンの表情が少しだけ曇る。
アリスはそんな娘の頭を優しく撫でた。
「カレンの雷魔法はとても強いわ。でも、強い魔法だからこそ、使う場所を選ばなくちゃいけないの」
「……わかった!」
カレンはすぐに頷いた。
「ここでは雷、使わない!」
「うん!わかった!」
アリスは微笑んだ。
母親に褒められ、カレンも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、クマさんとカニさんに頑張ってもらう!」
「グオッ!」
まるで返事をするように、ワイルドベアが咆哮した。
ビッグハンマークラブも、大きなハサミを掲げる。
俺はその二匹を見て、思わず笑みを浮かべた。
その時だった。
――ドスンッ!
突然、二層の奥から地面を揺らすような衝撃が響いた。
「……っ!」
俺たちは一斉に動きを止める。
そして――。
――グォオオオオオオオオッ!!
低く、重く、空気そのものを震わせるような咆哮が、二層全体に響き渡った。
「な、何……?」
カレンが不安そうに辺りを見渡す。
その直後だった。
さっきまで俺たちへ群がっていたハープンフィッシュたちが、一斉に動きを止めた。
そして――。
逃げた。
「……逃げていく?」
グリフが驚いたように呟く。
あれほど統率された動きを見せていたハープンフィッシュたちが、まるで何かから逃げるように、濃密な魔力の中へ次々と姿を消していく。
「今の鳴き声……」
アリスが奥を見つめる。
その表情から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。
「かなり大きな魔物ね」
「アリスにも、姿は分からないのか?」
「ええ。魔力が濃すぎるわ」
俺は槍を握り直した。
「……気をつけよう」
俺たちはしばらくその場で警戒を続けた。
やがて、辺りに静けさが戻ってくる。
すると――。
「これ、どうする?」
アンが足元を見ながら尋ねた。
そこには、戦闘で倒したハープンフィッシュの死体がいくつも転がっている。
「素材として使えそうなものは回収しておこう」
「分かった」
アンは頷くと、腰から解体用のナイフを取り出した。
そして手際よくハープンフィッシュを解体していく。
鋭い背びれ。
丈夫な皮。
魔力を帯びた肉や骨。
使えそうな素材を選別しながら、次々と魔法のバックへと詰め込んでいく。
「結構取れるわね」
アンが淡々と作業を続ける。
そのすぐ隣では――。
「……あれ?」
カレンが自分の腰を見つめていた。
可愛らしいポーチが、いつの間にか地面へ転がっているハープンフィッシュの死体へ向かっていた。
「ポーチちゃん?」
すると――。
ポーチの口が、ぱかっと開く。
そして。
――ぱくっ。
ハープンフィッシュの死体を丸ごと飲み込んだ。
「…………」
俺は思わず固まった。
続けて――。
――ぱくっ。
また一匹。
――ぱくっ。
さらに一匹。
「……食べてるな」
俺が呟くと、カレンは嬉しそうに笑った。
「ポーチちゃんもお腹空いてたのかな?」
ポーチは答えることなく、黙々とハープンフィッシュを食べ続けている。
アンがその様子を横目で見ながら苦笑した。
「……私が解体して素材を集めている横で、全部食べちゃわないでよ?」
もちろん、ポーチに返事はない。
ただ――。
次のハープンフィッシュへ、ゆっくりと近づいていく。
「ふふっ」
アリスが小さく笑った。
「カレンのポーチも、すっかりこの迷宮に馴染んだみたいね」
俺はそんな二人を見ながら、ふと先ほどの咆哮が響いた方向へ目を向けた。
――ドスン。
遠くで、再び何かが歩いたような音がする。
濃密な魔力の向こう側。
そこには――。
ハープンフィッシュたちが恐れて逃げ出すほどの、何かがいる。
「……この先、何が待ってるんだ?」
俺たちは顔を見合わせる。
そして、誰からともなく武器を手に取った。
二層の本当の攻略は――。
まだ始まったばかりだった。
俺たちは、二層の奥へと慎重に進んでいった。
どうやら――。
思っていたほど、この階層は広くないらしい。
最初の部屋から次の部屋へ。
そこには魔物の姿はなく、ただ濃密な魔力だけが漂っていた。
「……静かすぎるな」
グリフが周囲を警戒しながら呟く。
俺も同じように感じていた。
あれほどの咆哮が響いたというのに、姿はおろか、魔物の気配すら感じられない。
そして――。
次の部屋へ足を踏み入れた瞬間。
「……これは」
俺は思わず足を止めた。
そこには、いくつもの骨が散乱していた。
魚のような骨。
大きな獣の骨。
そして、何の魔物なのかさえ分からないほど砕かれた骨まである。
床には何かを引きずったような跡も残されていた。
壁際には、食い荒らされた死体の一部が転がっている。
「……魔物の骨、よね?」
アンが眉をひそめる。
「ああ」
グリフは弓を構えたまま、周囲を見渡す。
「それに……食われた跡がある」
誰も口を開かなかった。
ここにいる何かが――。
これらを食べた。
つまり。
「……この先だな」
グリフが低い声で言った。
「この二層にいる強敵は、おそらく次の部屋にいる」
俺は槍を握り直した。
「さっきの咆哮の主か……」
「たぶんな」
カレンも少し緊張した様子で、俺の服の裾を握る。
「お母さん……」
「大丈夫よ」
アリスがカレンの手を優しく握った。
「私がそばにいるわ」
そして俺たちは――。
一歩ずつ、次の部屋へ向かった。
足音を殺し、慎重に進む。
濃密な魔力の向こう側。
何かがいる。
そんな確信だけが、はっきりと感じられた。
やがて――。
部屋の入口が見えてくる。
俺は盾を構え、ゆっくりと中を覗き込んだ。
――いた。
巨大な影が、部屋の中央に鎮座している。
長く伸びた身体。
鋭い爪。
水のように輝く鱗。
そして――。
こちらを見つめる、巨大な瞳。
「……竜?」
カレンが小さく呟いた。
その瞬間、巨大な魔物がゆっくりと顔を上げる。
――グルルルル……。
低い唸り声が響き渡る。
濃密な魔力が、その身体の周囲で渦を巻いていた。
アリスが目を見開く。
「……シードラゴン」
「知ってるのか?」
「ええ」
アリスの声が、わずかに緊張していた。
「水の竜よ」
グリフが息を呑む。
「まさか……」
アリスは静かに頷いた。
「Aランクの魔物――シードラゴン」
その言葉が、部屋に落ちる。
俺は盾を握る手に力を込めた。
ハープンフィッシュとは、明らかに違う。
今まで感じたことのないほど濃密な魔力。
そして――。
俺たちがここへ辿り着くまでに見た、無数の骨と食い荒らされた魔物たち。
その全てが、この魔物の存在を物語っていた。
シードラゴンが、ゆっくりと立ち上がる。
巨大な身体が動くたび、床が低く震えた。
「……来るぞ」
俺は盾を構え、槍を前へ向ける。
Aランク――。
この二層の主とも呼べる魔物との戦いが、始まろうとしていた。
シードラゴンの姿を確認した瞬間――。
カレンがすぐに動いた。
「カニさん! クマさん! カードに戻って!」
カレンの声に反応し、ビッグハンマークラブとワイルドベアが淡い光に包まれる。
二匹の姿が消え、二枚のカードへと戻った。
「大丈夫。今は休んでてね!」
カレンはカードを大切そうに握りしめる。
Aランクの魔物を相手にすれば、二匹が傷つく可能性もある。
だからこそ、カレンは迷わなかった。
「……よし」
俺は盾を構える。
そして隣にいるグリフへ声をかけた。
「グリフ、行くぞ!」
「ああ!」
次の瞬間――。
俺たちは同時に駆け出した。
グリフが後方から弓を構える。
狙いは――シードラゴンの頭部。
さらに、その巨大な目。
「――そこだ!」
――ヒュッ!
放たれた矢が、一直線にシードラゴンの目へと向かう。
だが――。
――カンッ!
硬質な音が響いた。
「……くそっ!」
矢は鱗に弾かれ、地面へ落ちた。
「硬すぎる……!」
シードラゴンの鱗は、まるで鋼鉄の鎧のようだった。
通常の矢では、ほとんど傷をつけることすらできない。
だが、グリフは止まらない。
「なら――これならどうだ!」
グリフの姿が、ふっと消えた。
闇隠れのローブ。
姿を完全に隠し、シードラゴンの死角へと回り込む。
そして――。
「……ここだ!」
次の瞬間、グリフが姿を現した。
手に握られているのは、一本の短剣。
狙いは――首元。
――ズンッ!
全身の力を乗せたバックスタブ。
短剣の刃がシードラゴンの鱗へ食い込む。
「……っ!」
だが――。
刺さったのは、ほんの僅かだった。
「浅い……!」
グリフがすぐに距離を取る。
致命傷には程遠い。
しかし、その一瞬で十分だった。
「グリフ!」
「分かってる!」
俺はシードラゴンへ迫る。
身体強化。
全身へ力を巡らせる。
踏み込んだ瞬間――。
「はああああっ!」
――一撃。
――二撃。
――三撃。
盾で攻撃を受け流しながら、槍を突き込む。
四撃。
五撃。
六撃。
そして――。
「これで――七つ!」
――ズガガガガッ!!
身体強化によって引き上げられた速度と力。
連続して繰り出された七連撃が、シードラゴンの身体へ叩き込まれる。
「グォオオオオオッ!!」
シードラゴンが大きく身体をよろめかせた。
硬い鱗を完全に貫くことはできない。
それでも――。
確かな傷を与えた。
「効いてる!」
俺は槍を構え直す。
だが――。
シードラゴンの瞳が、赤く染まった。
「……まずい」
グリフが呟く。
次の瞬間。
「グォオオオオオオオッ!!」
怒り狂ったシードラゴンが、大きく口を開いた。
「アリス!」
俺が叫んだ瞬間――。
――ゴォオオオオオッ!!
凄まじい勢いで、水の奔流が放たれた。
狙いは――アリス。
「……っ!」
だが、アリスは動じなかった。
「障壁――!」
――ドンッ!!
目の前に巨大な障壁が展開される。
直後、水のブレスが障壁へ激突した。
――ズドォオオオオオッ!!
轟音が響き渡る。
障壁が激しく揺れる。
それでも――。
アリスは一歩も退かなかった。
「大丈夫よ」
その声には、母親としての強さがあった。
その時――。
「アリス! 口!」
アンの声が響いた。
アンの手には――先ほど回収したハープンフィッシュの鋭い背びれ。
それを投げナイフのように構える。
「これでも――喰らいなさい!」
――シュッ!
一本。
――シュシュッ!
二本、三本。
複数の背びれが、鋭い刃のように飛んでいく。
そして――。
水のブレスを吐き続けている、シードラゴンの大きく開いた口へ。
――ザシュッ!
――ザシュッ!
――ザシュッ!
「グォオオオオオッ!?」
複数の背びれが口の中へ突き刺さった。
シードラゴンが苦痛に顔を歪め、ブレスが途切れる。
「今よ!」
アンが叫ぶ。
俺は槍を握り直した。
グリフも短剣を構える。
アリスは障壁を維持したまま、シードラゴンを見据える。
そしてカレンも――。
「みんな、頑張って!」
小さな拳を握りしめる。
Aランク――シードラゴン。
強大な魔物を前にしても、俺たちは誰一人として退かなかった。
シードラゴンが、大きく身体を捻った。
「――来る!」
グリフが叫んだ。
次の瞬間――。
――ブォンッ!!
巨大な尻尾が、凄まじい速度で薙ぎ払われた。
狙いは――アン。
「アン!」
考えるより先に、身体が動いていた。
――死のルーン。
胸の奥で、あの力が目を覚ます。
周囲の時間が、僅かに引き延ばされたように感じた。
「……間に合え!」
身体強化を一気に引き上げる。
地面を蹴った。
――ドンッ!
視界が一瞬で流れる。
アンの前へ飛び込み、盾を構えた。
「レオン!」
――ズガァアアアアアッ!!
シードラゴンの尾が、俺の盾へ直撃した。
「ぐっ――!」
凄まじい衝撃だった。
盾だけでは受け止めきれない。
「うおおおおおっ!」
そのまま俺とアンの身体が、まとめて吹き飛ばされる。
――ドォンッ!
地面を転がり、数メートル先でようやく止まった。
「レオン!」
アンが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「ああ……アンは?」
「私は大丈夫」
互いに身体を確認する。
幸い、怪我はない。
だが――。
俺の中には、別の感情が湧き上がっていた。
「…………」
俺はゆっくりと立ち上がる。
盾を握る手に力が入る。
――腹が立った。
仲間を狙ったことが。
アンを傷つけようとしたことが。
「……アリス」
俺はシードラゴンを睨みつけた。
「ん?」
「あれをやる」
その一言で、アリスの表情が変わった。
「……分かったわ」
アリスはすぐに仲間たちへ振り返る。
「みんな、私のところへ!」
グリフとアン、そしてカレンがアリスの元へ集まる。
アリスが両手を広げる。
「障壁――!」
――ズンッ!!
巨大な障壁が展開され、全員を包み込む。
「ここから先は、私が守るわ」
アリスが静かに告げる。
俺はその言葉を背に――。
ゆっくりと腰へ手を伸ばした。
そして――。
――カチャリ。
鞘から剣を抜く。
炎が、刀身から噴き上がった。
イグニスブレイド。
かつてドワーフ王ヴァン・ガウェインが使っていた、炎を纏う剣。
その紅蓮の炎が、濃密な魔力に満ちた二層を照らす。
シードラゴンが俺を見据える。
「…………」
俺は剣を構えた。
怒りは、もう十分だった。
「やってくれたな――」
イグニスブレイドの炎が、さらに激しく燃え上がる。
「――トカゲ野郎」
次の瞬間。
俺は地面を蹴った。
――ドンッ!!
一気に距離を詰める。
イグニスブレイドを大きく振りかぶる。
「これで――」
炎が刀身から爆発的に膨れ上がった。
「――粉砕してやる!!」
――爆炎衝!!
紅蓮の炎を纏った斬撃が、凄まじい勢いでシードラゴンへ叩き込まれる。
――ズガァアアアアアアアアアアッ!!
炎の斬撃がシードラゴンの巨体を正面から捉えた。
「グォオオオオオオオオオッ!!」
咆哮が二層全体に響き渡る。
炎が爆発的に広がり、シードラゴンの巨体を包み込む。
濃密な魔力の海が、紅蓮の炎によって一瞬だけ真っ赤に染まった。
そして――。
巨大な身体が、地面へ叩きつけられる。
――ドォオオオオン!!
轟音と共に、床が大きく揺れた。
俺は燃え盛るイグニスブレイドを構えたまま、ゆっくりと息を吐いた。
だが――。
シードラゴンは、まだ動いていた。
炎が消え、煙がゆっくりと晴れていく。
その向こうに――シードラゴンが倒れていた。
巨大な身体には深い傷が刻まれ、鱗の一部は焼け焦げている。
呼吸も荒い。
どう見ても、すでに瀕死の状態だった。
「……これで終わりだ」
俺はイグニスブレイドを構え直し、シードラゴンへ歩み寄る。
ここでトドメを刺す。
そう思った、その時だった。
「お父さん! 待って!」
カレンの声が響いた。
「……カレン?」
俺が振り返る。
カレンは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そして、俺のところまで駆け寄ってくる。
「この子……もう敵意はないよ!」
「……」
俺はシードラゴンを見る。
確かに、先ほどまで俺たちへ向けられていた殺気は消えていた。
ただ荒い呼吸を繰り返しながら、こちらを見ている。
「だから……」
カレンの瞳に涙が浮かぶ。
「この子、お友達にできるよ!」
「……友達に?」
俺は思わず聞き返した。
カレンは何度も頷く。
「うん……!」
その小さな手が、俺の服をぎゅっと握った。
「もう戦わないよ。だから……お願い」
俺はしばらく黙ってシードラゴンを見つめた。
Aランクの魔物。
これまで倒してきた魔物とは、明らかに格が違う。
しかも、つい先ほどまで俺たちを殺そうとしていた相手だ。
簡単に信用していいものなのか。
「……カレン」
俺は困ったように娘を見る。
「気持ちは分かる。でも……」
俺はイグニスブレイドを見つめる。
「さすがにAランクの魔物を使役できるとは思えないぞ」
これまでカレンが仲間にしてきた魔物とは、強さが違いすぎる。
そもそも、Aランクともなれば、この世界でも滅多に遭遇することのない強大な魔物だ。
そんな魔物を――。
人間が使役できるのだろうか。
俺がそう考えていると――。
「でも……」
アンが倒れているシードラゴンを見ながら口を開いた。
「もし倒すなら、シードラゴンの素材はかなり貴重だよ」
「素材?」
「ええ」
アンは真剣な表情で頷く。
「この鱗も、爪も、牙も……どれも高値で取引されるはず。特にAランクのシードラゴンなんて、滅多に手に入らない素材よ」
そう言って、アンはシードラゴンの巨大な鱗を見る。
「解体するなら、できるだけ綺麗な状態で素材を回収したほうがいい」
「…………」
俺はカレンを見る。
涙目のまま、シードラゴンを見つめている。
そして、シードラゴンもまた――。
静かにカレンを見つめ返していた。
「…………」
俺は剣を下ろした。
「……分かった」
「お父さん!」
カレンの顔がぱっと明るくなる。
「ただし――」
俺はシードラゴンを見据える。
「本当に仲間にできるのか、それを確かめてからだ」
「うん!」
カレンは嬉しそうに頷いた。
こうして――。
本来なら討伐されるはずだったAランク魔物、シードラゴンの運命は大きく変わろうとしていた。
果たして――。
カレンは、この強大な水の竜を本当に仲間にすることができるのだろうか。
俺は、シードラゴンを見つめたままアリスへ尋ねた。
「アリス……カレンは、本当にシードラゴンを使役できるのか?」
アリスはしばらく黙って、瀕死のシードラゴンを見つめていた。
そして――。
「……難しいと思うわ」
静かな声だった。
「やっぱり……そうか」
「ええ」
アリスはカレンへ視線を向ける。
「シードラゴンは、そこらにいる魔物とは根本的に違うの」
アリスはゆっくりと説明を続けた。
「まず、生命力が桁違いよ。あれほどの傷を負っても、まだ生きているでしょう?」
俺はシードラゴンを見る。
確かに、その身体は深く傷ついている。
それでも、まだ命の火は消えていない。
「そして――魔力も」
アリスの表情が真剣になる。
「Aランクの魔物が持つ魔力は、そこらの魔物とは比較にならないわ。カレンがこれまで使役してきた魔物とは、文字通り……格が違う」
「……」
「使役のルーンへ魔力を流し込めば、普通の魔物ならある程度は従わせることができる。でも、シードラゴンほどの魔物になると話は別よ」
アリスはカレンの胸元にあるルーンへ目を向ける。
「今のカレンが持っている魔力を、限界までルーンへ注ぎ込んだとしても――」
一度言葉を切る。
「……難しいと思う」
「カレンの魔力でも?」
「ええ」
アリスは頷いた。
「むしろ、今のカレンが無理に使役しようとすれば、カレン自身が魔力を使い果たしてしまう可能性もあるわ」
「…………」
俺はカレンを見る。
それでもカレンは、シードラゴンを見つめたままだった。
怖がっている様子はない。
ただ、心配そうに竜の姿を見つめている。
「でも……」
カレンが小さく呟いた。
「この子、もう戦いたくないって言ってるよ」
「……分かるのか?」
「うん」
カレンは頷いた。
「お友達になりたいって……」
俺は言葉を失った。
アリスも、娘の言葉を聞いて静かに目を細める。
「……カレン」
「なぁに、お母さん?」
「使役できるかどうかは、まだ分からないわ」
アリスは優しくカレンの頭を撫でた。
「でも――」
その視線が、シードラゴンへ向けられる。
「あなたが本当にこの子を友達にしたいと思っているのなら……試してみる価値はあるかもしれないわね」
カレンの瞳が大きく開いた。
「ほんと!?」
「ええ。ただし、無理は絶対にしないこと」
「うん!」
カレンは嬉しそうに頷いた。
俺はそんな二人を見ながら、改めてシードラゴンへ目を向けた。
Aランク。
圧倒的な生命力と魔力を持つ、水の竜。
果たして――。
今のカレンに、この竜を仲間にすることができるのだろうか。
カレンは、必死な顔でシードラゴンを見つめていた。
その小さな身体からは、どうしてもこの竜を助けたいという気持ちが伝わってくる。
俺はそんなカレンを見つめ――ふと、あるものを思い出した。
「……あ」
「どうしたの?」
アリスが俺を見る。
「カレン」
「なぁに?」
俺は首元に掛けていたネックレスへ手を伸ばした。
そこに嵌め込まれているのは――ルーンストーン。
かつて俺たちが古代の迷宮で見つけた、宝箱に収められていたものだ。
その後、王女オヴェリアから俺たちへ譲り受けた。
ただの魔石とは明らかに違う、不思議な力を秘めた石。
俺はそれをネックレスに加工して、ずっと持っていた。
「カレン。これを付けて、使役してみるか?」
「これ……?」
「ああ」
俺はネックレスを外し、カレンへ渡す。
「このルーンストーンなら、お前の中にあるルーンの力と共鳴して、力を強化してくれるかもしれない」
「ほんと!?」
カレンの顔がぱっと明るくなる。
「やってみる!」
カレンは嬉しそうにネックレスを首へ掛けた。
そして――。
「…………」
目を閉じる。
次の瞬間だった。
カレンの周囲に、膨大な魔力が立ち込め始めた。
「……っ!」
俺は思わず息を呑んだ。
ただ魔力が膨れ上がっているだけではない。
その流れは、まるで生き物のようだった。
カレンを中心に渦を巻き、意思を持っているかのように動いている。
そして――。
その魔力が、カレンの首元に刻まれたルーンへと流れ込んでいく。
――ゴォォォォ……。
ルーンが強く輝く。
同時に、首元のルーンストーンも眩い光を放ち始めた。
――キィィィン……!
「……これは」
アリスが驚いた表情を浮かべる。
グリフも思わず後ずさった。
「オイオイ……」
その声には、明らかな驚きが混じっていた。
カレンは目を閉じたまま、必死に集中している。
「お願い……」
小さな声が漏れる。
「私と……お友達になって……」
その瞬間――。
――パァァァァッ!!
凄まじい光が二層を包み込んだ。
「――っ!」
俺たちは思わず目を覆う。
そして――。
光が収まった。
「……あれは?」
グリフが呟く。
俺たちはシードラゴンへ視線を向けた。
すると――。
その巨大な額に、一つのルーンが浮かび上がっていた。
「……!」
俺は言葉を失う。
そのルーンを見た瞬間――。
アリスの表情が凍りついた。
「……私と……同じ……」
そう。
シードラゴンの額に刻まれていたのは――。
アリスの身体に刻まれているものと、まったく同じルーンだった。
誰も、何も言えない。
ただ、その光景を見つめる。
古代の迷宮で見つかったルーンストーン。
王女オヴェリアから譲り受けた、謎の石。
そして――。
アリスと同じルーンを刻まれた、水の竜。
偶然なのか。
それとも――。
このルーンには、俺たちがまだ知らない秘密があるのか。
シードラゴンが、ゆっくりとその巨大な瞳を開いた。
そこに、先ほどまでの敵意はなかった。
ただ静かに――。
カレンを見つめていた。




