再会
ギルドマスターの部屋へ入る。
「失礼します」
扉を開けると――そこには、一人の老人が待っていた。
白くなった髪。
顔には深い皺が刻まれ、かつての面影を残しながらも、確かな歳月を感じさせる。
それでも――。
その眼光だけは、昔と何一つ変わっていなかった。
鋭く、そして力強い眼差し。
「…………」
老人は俺の姿をじっと見つめる。
そして――。
その目が、大きく見開かれた。
「……本物の……レオン……」
震えるような声だった。
俺は思わず、昔を思い出す。
「……お久しぶりです、グレイさん」
「…………」
グレイは言葉を失ったまま、俺を見つめ続けている。
やがて、その視線がゆっくりと隣へ移った。
「そして……大賢者様……」
アリスへ向けられたその声には、驚きと畏敬が入り混じっていた。
だが――。
次の瞬間。
グレイの視線が、さらにその先へ向く。
「…………?」
俺とアリスのそばにいる、小さな二人の子供。
グレイの目が、さらに大きく見開かれた。
「……子供……?」
そして、何かに気づいたように俺とアリスを交互に見る。
「ま、まさか……」
声が上ずる。
「お二人の……子供……なのか……⁉︎」
「……ああ」
俺が答えると――。
グレイは完全に言葉を失った。
「…………」
しばらくの沈黙。
そして、老人となったグレイの顔に――。
昔には見たことのないほど、驚きに満ちた表情が浮かんだ。
「レオン……お前というやつは……」
グレイは呆れたように呟く。
だが、すぐに小さく息を吐き――。
「……いや、それはいい」
そう言って、ゆっくりと俺へ歩み寄ってくる。
「よく……帰ってきたな」
差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。
「……ただいま、グレイさん」
交わした握手は、力強かった。
その手から伝わってくる温もりに、長い年月が一気に蘇ってくる。
グレイは俺の姿を頭の先から足元まで眺める。
「……見違えたぞ、レオン」
その眼差しには、驚きと嬉しさが入り混じっていた。
「昔のお前からは……想像もつかんほどだ」
そして、俺の鎧や盾、腰に携えた武器へと視線を移す。
「いったい……どれほど鍛えたんだ?」
グレイは、感慨深そうに笑った。
「……俺には、とても想像できそうにないな」
その時だった。
俺たちの後ろにいたカレンが、ちょこちょことグレイのもとへ歩いていく。
そして――。
ぎゅっ。
小さな手で、グレイの足にしがみついた。
「グレイさん、こんにちは!」
満面の笑みを浮かべるカレン。
「…………」
グレイは一瞬、何が起きたのか分からないように目を瞬かせた。
やがて、その鋭かった眼差しが――ふっと柔らかくなる。
「おや……」
グレイはゆっくりと腰を屈め、カレンの顔を覗き込む。
「なんと……可愛らしい子なんだ」
そう呟くと、グレイはカレンをそっと抱き上げた。
「わぁ……!」
突然抱き上げられたカレンは嬉しそうに声を上げる。
「こんにちは、カレンちゃん」
「こんにちは!」
グレイの顔には、先ほどまでの厳しい表情などすっかり消えていた。
カレンの小さな頭を優しく撫でながら、嬉しそうに笑っている。
「レオン……」
グレイはカレンを抱いたまま、俺を見る。
「お前……こんなに可愛らしい娘まで……」
「……ああ」
俺が苦笑すると、隣にいたアリスも静かに微笑んでいた。
かつての厳格なギルドマスターの姿は、そこにはなかった。
ただ一人の――孫を喜ぶ老人のような、優しい笑顔だけがあった。
カレンを抱き抱えたまま、グレイが口を開く。
「そういえば、レオン」
「ん?」
「すでに王宮へ早馬を出してある」
グレイはそう言って、カレンの頭を優しく撫でる。
「お前が帰還したことをな」
「……もう知らせたのか?」
「ああ。これだけのことを、私の胸にしまっておくわけにはいかん」
グレイはそう言って、少しだけ笑った。
「もうじき、王宮から使者が駆けつけてくるだろう」
「そうか……」
俺が頷いた、その時だった。
――ドタドタドタッ!
廊下の向こうから、複数の足音が響いてくる。
「……?」
俺たちが振り返る。
足音はどんどん近づいてくる。
そして――。
バンッ!
勢いよく扉が開いた。
「レ、レオン様はこちらですか⁈」
息を切らしながら部屋へ飛び込んできたのは、王宮から来た使者たちだった。
その後ろから、見覚えのある少女――いや、今や立派な王女となった人物が姿を現す。
「……レオン……!」
その声を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。
「……オヴェリア王女……?」
王女オヴェリアは、肩で息をしながら俺を見つめていた。
そして――。
その瞳には、驚きと喜びが入り混じっていた。
「お戻りになられたのですね……」
オヴェリア王女は、息を整えながら俺たちを見つめる。
「レオン様……アリス様……」
その声は、次第に震えていった。
「何と……お懐かしい……!」
オヴェリアの瞳に、懐かしさと喜びが浮かぶ。
俺も思わず微笑んだ。
「お久しぶりです、オヴェリア王女」
「ええ……本当に……!」
オヴェリアは何度も頷く。
だが――。
ふと、その視線がグレイの腕の中へ向いた。
「…………?」
そこには、グレイに抱き抱えられたカレンがいる。
そして、その隣にも小さな子供の姿があった。
オヴェリアは目を瞬かせる。
「……え?」
ゆっくりと俺とアリスへ視線を戻す。
「…………」
そして――。
「こ、子供……⁈」
部屋中に、オヴェリアの驚きの声が響き渡った。
「私とレオンの子供です」
アリスが穏やかな笑みを浮かべて言った。
「カレンです」
「…………!」
オヴェリアは、しばらく言葉を失っていた。
「まぁ……」
やがて、その表情が一気に柔らかくなる。
「何と……可愛らしいお子様なのでしょう……!」
オヴェリアはカレンのもとへ駆け寄る。
「グレイ、少しその子を……」
「お、おう」
グレイが戸惑いながらカレンを差し出すと、オヴェリアはそっと抱き上げた。
「わぁ……」
カレンも嫌がる様子はなく、オヴェリアの腕の中で楽しそうに笑っている。
「こんにちは、カレンちゃん」
「こんにちは!」
その無邪気な返事に――。
「まぁ……!」
オヴェリアは嬉しそうに微笑んだ。
「なんて愛らしいのでしょう……」
カレンの頬を指先でそっと撫でながら、オヴェリアは幸せそうにその姿を見つめていた。
そんな様子を見て、俺とアリスは思わず顔を見合わせる。
どうやら――。
カレンは、王女様にもすっかり気に入られたようだ。
それからしばらくの間――。
オヴェリアはカレンを膝の上に乗せ、楽しそうに話しかけていた。
「カレンちゃんは、いくつなのですか?」
「三歳!」
「まぁ……三歳ですか」
カレンの答えに、オヴェリアは嬉しそうに微笑む。
その様子を、俺とアリスは微笑ましく見つめていた。
だが――。
「さて……」
グレイが咳払いをする。
「そろそろ本題に入ろう」
グレイの声に、部屋の空気が少しだけ引き締まった。
「レオンの冒険者カードだが……」
そう言いながら、グレイは机の上に一枚の書類を置く。
「期限切れでな。すでに失効してしまっている」
「……え?」
俺は思わず聞き返した。
「失効……?」
「ああ」
グレイは申し訳なさそうに頷く。
「冒険者カードは、一定期間活動の記録がない場合、資格が失効する決まりになっている」
「そ、そんな……!」
オヴェリアが思わず声を上げる。
「では、すぐに何とかしてください!」
「王女様……」
グレイは困ったように眉を寄せる。
「こればっかりは……どうにもならんのです」
「ですが、レオン様ですよ⁈」
「それは私も分かっております」
グレイは苦笑しながら俺を見る。
「だが、規則は規則だ」
「……まあ、仕方ありません」
俺は苦笑しながら、グレイを見る。
「だったら、俺は一から冒険者をやり直しますよ」
失効してしまったのなら仕方がない。
またFランクから始めればいい。
そう思っていた。
「なりません」
「……え?」
オヴェリアが即座に言った。
「何としてでも、なりません」
「いや、でも……」
「なりません」
あまりにも頑ななオヴェリアに、俺は困惑する。
どうやら――。
オヴェリアは、俺が王都公認冒険者から外れてしまうことが、どうしても嫌らしい。
しばらく俺を見つめていたオヴェリアは、やがて意を決したように立ち上がった。
「……分かりました」
その声からは、先ほどまでの柔らかさが消えていた。
「第十八代女王オヴェリアの名において――」
部屋にいる全員が、オヴェリアへ視線を向ける。
「王都公認冒険者の有効期限を、無くします」
「…………!」
グレイが目を見開く。
そして――。
「オ、オヴェリア様、お待ちください!」
すかさず王宮職員が声を上げた。
「そのような重大な制度変更を、この場でお決めになるのは――!」
「良いですね?」
「し、しかし……!」
オヴェリアは職員を真っ直ぐに見つめる。
「良いですね?」
「…………」
その眼差しに、職員は言葉を失った。
「……は、はい」
「ありがとうございます」
オヴェリアは満足そうに微笑む。
そして、再び俺へ向き直った。
「これで、レオン様が一から冒険者をやり直す必要はありません」
「…………」
俺は思わず苦笑した。
「そこまでしてくれなくても……」
「いいえ」
オヴェリアは首を横に振る。
「私にとっては、それほど大切なことなのです」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
隣では、アリスが穏やかな笑みを浮かべている。
グレイはそんなオヴェリアを見ながら、呆れたようにため息をついた。
「まったく……昔から、一度決めたら絶対に曲げんお方だ」
「さあ、レオン様」
オヴェリアは満足そうな笑みを浮かべた。
「王都公認冒険者カードを、再登録しましょう」
「……はい」
俺は苦笑しながら頷いた。
グレイが新しい冒険者カードを用意する。
必要な手続きを終え、しばらくすると――。
「よし。これで登録は完了だ」
グレイが新しいカードを俺へ差し出した。
俺は受け取ったカードを確認する。
「……あれ?」
そこに記されていたランクを見て、俺は目を疑った。
「Aランク……?」
確か、俺が最後に持っていた冒険者カードはDランクだったはずだ。
「グレイさん、これは……?」
「そのままだ」
グレイは平然と答える。
「お前のランクはAランクだ」
「いや……俺はDランクだったはずですが」
「ああ。昔はな」
グレイは腕を組み、俺を見る。
「だが、今のお前は違う」
その鋭い眼差しに、わずかな笑みが浮かぶ。
「すでに王都では、お前を超える冒険者はおらん」
「…………」
俺は言葉を失った。
「だからAランクだ」
あまりにも当然のように言われ、俺は手元の冒険者カードをもう一度見つめる。
「……俺、いつの間にそんなことに?」
思わず呟くと――。
「ふふっ」
オヴェリアが楽しそうに笑った。
「レオン様が知らないだけですよ」
グレイも笑う。
「王都に帰ってきた途端、Dランクに戻されると思ったか?」
「……はい」
「残念だったな」
グレイはそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
「お前が積み重ねてきたものまで、年月で失われるわけではない」
「これで、いつでも王都ハルディオはレオン様に救援を求めることができますね……!」
オヴェリアは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ……できる限り、努力はします」
俺が苦笑しながら答える。
すると、オヴェリアの視線が俺とアリスの手元へ移った。
「あら……?」
そして、何かに気づいたように目を丸くする。
「お二人は……結婚指輪は、まだですのね!」
「…………」
その瞬間だった。
隣にいたアリスが、俺をじーっと見つめる。
「…………」
「…………」
俺は、その視線に耐えられず、思わず目を逸らした。
「え、ええ……まあ……」
そして、焦りながら答える。
「この後、買いに行くつもりです」
「まあ!」
オヴェリアの顔がぱっと明るくなる。
「それでしたら――」
オヴェリアは、何かを思いついたように手を叩いた。
「王家に代々伝わるものがございます」
「王家に……?」
「はい」
オヴェリアは嬉しそうに俺たちを見る。
「太陽の指輪と、月の指輪です」
「…………!」
アリスの表情がわずかに変わった。
「この二つは、王家に伝わる大切な指輪ですが――」
オヴェリアは、二人へ優しく微笑む。
「お二人に、王都ハルディオからの祝福としてお譲りいたします」
「いやいやいや!」
俺は思わず声を上げた。
「そんな大切なものを、簡単にいただくわけには――」
「いいえ」
オヴェリアは笑顔のまま首を横に振る。
「これは、私からお二人への贈り物です」
そして――。
再びアリスが俺を見る。
「…………」
「……分かったよ」
俺は観念したように息を吐いた。
「ありがたく、いただきます」
「ふふっ。そうこなくては」
オヴェリアは満足そうに笑った。
「特別なお二人には――」
オヴェリアは、優しい笑みを浮かべながら俺たちを見つめた。
「特別な指輪がお似合いですよ」
「…………」
俺は思わず、アリスを見る。
アリスは嬉しそうに微笑んでいた。
その表情を見ていると、自然と俺の頬も緩んでしまう。
「ありがとうございます、オヴェリア王女」
アリスが静かに頭を下げる。
「ふふ。どういたしまして」
嬉しそうに笑うオヴェリア。
俺は改めて、手元の冒険者カードへ視線を落とした。
王都公認冒険者。
そして――王都ハルディオから贈られる、太陽と月の指輪。
「…………」
これはもう――。
王都に何かあった時は、絶対に駆けつけないといけなくなったな。
そんなことを、俺は心の中で思った。
だが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「それでは、後ほどお泊まりになっている宿へ使いを出します」
オヴェリアが微笑む。
「太陽の指輪と月の指輪は、そちらへお届けさせますね」
「ありがとうございます」
俺とアリスは、オヴェリアとグレイに別れを告げ、冒険者ギルドを後にした。
王都ハルディオの街並みを歩きながら、俺は久しぶりに見る景色を眺めていた。
懐かしい。
けれど――。
俺が知っている頃とは、少しだけ変わっている。
そんなことを考えながら、宿へ向かって歩いていると――。
「……ん?」
前方から歩いてくる二人の姿が目に入った。
一人は、見慣れた弓を背負っている。
もう一人は、薬草の入った籠を手にしていた。
俺は思わず足を止める。
「……グリフ?」
「……アン?」
二人もこちらに気づいた。
「…………」
しばらくの間、互いに言葉が出なかった。
そして――。
「「レオン……!」」
懐かしい声が、王都の通りに響いた。
「レオン……!」
グリフが駆け寄ってくる。
「グリフ……!」
俺も足を踏み出した。
そして――。
次の瞬間、俺たちは強く抱き合った。
「お前……本当にレオンなんだな……!」
「ああ……久しぶりだ、グリフ」
互いの背中を何度も叩きながら、再会を喜ぶ。
言葉にしなくても分かる。
どれだけ長い時間が流れても――。
俺たちは、親友だった。
「……よく帰ってきたな、レオン」
「……ああ。ただいま」
その様子を少し離れたところから見つめていたアンは、両手で口元を覆っていた。
そして――。
「……よかった……」
頬を、一筋の涙が伝う。
「本当に……よかった……!」
アンは涙を流しながら、嬉しそうに笑っていた。
長い間、心のどこかで待ち続けていた再会。
それが今、目の前で叶ったのだ。
アリスもそんなアンを静かに見つめ、優しく微笑んでいた。
俺たちは、すぐ近くにあった食事処へ移動した。
久しぶりに再会したグリフとアンを前に、俺はこれまでに起きたことを話していった。
俺の身に起きたこと。
長い年月を経て、再びこの世界へ戻ってきたこと。
そして――これからのこと。
俺たちがこれから、再び冒険へ旅立とうとしていること。
二人は驚きながらも、俺の話を黙って聞いてくれた。
そして最後に――。
「それから……」
俺は隣に座るアリスを見る。
アリスは、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
「今はアリスと結婚している」
「…………」
グリフとアンが同時に固まった。
「そして――」
俺は少し照れながら続ける。
「カレンという娘もいる」
「ええっ……⁉︎」
グリフが思わず声を上げた。
「レオン、お前……結婚したのか⁉︎」
「……ああ」
俺が頷く。
するとアンは、驚いたようにアリスとカレンを見つめた。
「……カレンちゃん」
アンの視線の先では、カレンが楽しそうに食事をしている。
「……可愛い」
アンは目元を潤ませながら、優しく微笑んだ。
グリフはしばらく呆然としていたが――。
「そっか……」
やがて、昔と変わらない笑顔を見せた。
「レオン……幸せそうだな」
「ああ」
俺も笑った。
「今は、とても幸せだよ」
アリスが隣で静かに微笑む。
その姿を見ながら、俺は思った。
長い年月を越えて――。
俺はようやく、大切な仲間たちと再び同じ場所で笑えている。
今度は、俺が二人の話を聞く番だった。
「それで……あれから二人はどうしてたんだ?」
俺が尋ねると、グリフが少し懐かしそうに笑った。
「ああ。俺はあれから、ジェイさんと一緒に何年か修行しながら冒険者を続けてた」
「ジェイさんと……」
懐かしい名前に、俺も自然と笑みがこぼれる。
「その後、ジェイさんは冒険者を引退してな」
グリフは、少し寂しそうに続けた。
「俺はそれを機に、自分の力をもっと伸ばそうと思ったんだ」
そして――。
「斥候からレンジャーへ転職した」
「レンジャー……」
俺は驚いた。
昔のグリフからは想像できないほど、大きな成長だ。
「それからしばらくして――」
グリフは隣に座るアンを見る。
「アンと再会したんだ」
アンも照れたように微笑む。
「それから……まあ、色々あってな」
「色々?」
俺が聞き返すと、グリフは少し照れながら頭を掻いた。
「……結婚した」
「そうだったのか!」
俺は思わず笑った。
グリフとアン。
二人が夫婦になったことが、なんだか嬉しかった。
「おめでとう、二人とも」
「ありがとう、レオン」
グリフが笑う。
アンも嬉しそうに頷いた。
「私たちも……色々あったんだよ」
そう言って、アンはグリフの手をそっと握った。
長い年月の中で――。
俺だけではない。
みんな、それぞれの人生を歩んできたのだ。
しばらく昔話をした後――。
グリフが、真剣な表情で俺を見る。
「レオン……」
「ん?」
「これから先、お前にはきっと、多くの困難が待ち受けているだろう」
その言葉に、俺は黙って頷いた。
グリフは一度カレンへ視線を向ける。
「それに……カレンちゃんもいる」
そして、アンと顔を見合わせた。
「だからこそ――」
グリフが言葉を続ける。
「俺とアンも、その冒険について行く」
「……え?」
思わず聞き返した。
「俺たちも、きっと役に立つと思う」
アンも優しく微笑みながら頷く。
「うん。私たちも一緒に行かせて」
「…………」
胸の奥が、じんと熱くなった。
また一緒に冒険できる。
昔の仲間と――。
俺は嬉しさを隠せなかった。
「……本当に、いいのか?」
俺が尋ねる。
グリフは、昔と変わらない笑顔を浮かべた。
「もちろんだ!」
そして、俺の肩を強く叩く。
「親友だろう!」
「……グリフ」
俺は思わず笑った。
「ありがとう」
隣にいたアリスも、二人を見つめながら穏やかに微笑んでいる。
「私も賛成です」
「アリス……」
かつて共に冒険した仲間たち。
そして――新たに加わった大切な家族。
これから先、何が待っているのかは分からない。
それでも――。
今度は、一人じゃない。
そう思うだけで、俺は不思議と心強かった。
グリフとアンが俺たちの冒険についてきてくれることが決まり――。
俺たちは、生誕祭が終わる一週間後に王都ハルディオを出発することになった。
それまでは冒険の準備期間だ。
必要な道具を揃え、装備を整える。
そして――。
久しぶりに戻ってきた王都の生誕祭を、みんなで楽しむことにした。
そうして宿へ戻ると――。
「レオン様、お帰りなさいませ」
宿の前で、王宮から来た使者が俺たちを待っていた。
「オヴェリア女王陛下より、お預かりしたものがございます」
使者が恭しく頭を下げる。
そして、三つの小さな箱を差し出した。
「こちらを――」
まず一つ目の箱を開ける。
中に入っていたのは、太陽のような輝きを放つ指輪だった。
「こちらは、レオン様へ。太陽の指輪でございます」
「……これが」
俺は指輪を手に取った。
次に、二つ目の箱。
「こちらはアリス様へ。月の指輪でございます」
アリスがそっと指輪を受け取る。
淡い月光を思わせる、美しい指輪だった。
そして――。
「最後に、こちらを」
「……?」
三つ目の箱が開かれる。
そこには、小さな星の飾りが施された指輪が入っていた。
「こちらは、カレン様へ」
「カレンに……?」
「はい。星の指輪でございます」
俺は驚きながらカレンを見る。
カレンは目を輝かせながら、指輪を見つめていた。
「お星さま!」
「ああ。カレンの指輪だ」
「わぁ……!」
カレンは嬉しそうに笑った。
太陽。
月。
そして――星。
三つの指輪が、俺たち家族のもとへ揃った。
俺はその光景を眺めながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
長い年月を越えて戻ってきた王都。
そして、これから始まる新たな冒険。
その前に――。
俺たちは、久しぶりの生誕祭を思いきり楽しむことにした。
アリスは月の指輪を指にはめた。
淡い光を放つ指輪を眺めながら、嬉しそうに微笑む。
「……素敵な指輪ですね」
そして、そっとカレンの頭を撫でた。
「王都ハルディオには、大きな借りが出来ちゃったね」
「かり?」
カレンが不思議そうに首を傾げる。
「ええ」
アリスは優しく微笑む。
「私たちが困った時に助けてくれた人たちには、いつか私たちも力になってあげるの」
そして、カレンの小さな手に星の指輪をはめてあげる。
「カレンも、もっと大きくなったら――」
アリスは娘の頭を優しく撫でながら言った。
「王都ハルディオが困っていたら、助けてあげないとね」
「うん!」
カレンは元気よく頷いた。
「カレン、ハルディオを助ける!」
「ふふ……」
アリスは嬉しそうに微笑む。
俺はそんな二人を眺めながら、胸の奥が温かくなった。
太陽と月と星。
三つの指輪が、静かに輝いていた。
きっとこれは――。
俺たち家族と王都ハルディオを繋ぐ、新たな絆の証なのだろう。
その夜――。
俺はグリフと二人で酒場にいた。
久しぶりに再会した親友と、酒を酌み交わしながら、昔の冒険の話や、くだらない思い出話に花を咲かせていた。
「そういえばお前、昔――」
「それは言うなって!」
「ははは!」
俺たちは笑い合っていた。
こんなふうにグリフと酒を飲むのも、いつ以来だろう。
そんなことを考えていた――その時だった。
「……レオン様」
「ん?」
突然、誰かに腕を掴まれた。
「うおっ……!」
振り返る。
そこには、フードを深く被った女性が立っていた。
顔はほとんど見えない。
「ちょ、ちょっと……誰ですか?」
俺が尋ねると、女性は周囲を気にするように辺りを見回した。
そして――。
俺の耳元へ顔を近づける。
「……レオン様」
小さな声で、必死に訴えかけてきた。
「どうか……障壁魔法を、アリス様に教えてくださるよう説得してください……!」
「…………」
俺は固まった。
この声……。
「……まさか」
女性がゆっくりとフードを上げる。
「……宮廷魔導士団長のリリスです」
「やっぱりリリスか!」
グリフが隣で目を丸くする。
「なんで団長が酒場でそんな格好してるんだ……?」
「そんなことはどうでもいいのです!」
リリスは俺の腕を再び掴む。
「レオン様! どうかお願いします!」
「いや、ちょっと待ってくれ!」
俺は困惑しながらリリスを見る。
「アリスに障壁魔法を教えるよう説得って……」
「はい!」
リリスの目が異様なほど輝いている。
「どうか……どうか、お願いします!」
俺は思った。
……この人、まだ諦めてなかったのか。
「どうか……お願いです、レオン様!」
リリスは、今にも泣き出しそうな顔で俺に懇願してくる。
「私のお願いを聞いてくださったら――」
そう言って、ローブの内側へ手を入れた。
「こちらを差し上げます」
「……?」
取り出したのは、一冊の古びた本だった。
「これは……?」
「鑑定の書です」
「鑑定の書……?」
俺が本を受け取ると、リリスは胸を張った。
「私が作りました」
「…………」
グリフが本を覗き込む。
「お前……そんなものまで作れるのか?」
「ええ!」
リリスは誇らしげに胸を張る。
「魔力を流すだけで、対象の能力や性質を読み取ることができます。宮廷魔導士として、長年研究を重ねて完成させた一冊です!」
「へぇ……」
俺は鑑定の書を眺める。
確かに便利そうだ。
だが――。
「……これを俺に?」
「はい!」
リリスは満面の笑みを浮かべる。
「ですから……どうか!」
「…………」
俺は苦笑する。
宮廷魔導士団長ともあろう人が――。
まさか、こんなところで俺を物で釣ってくるとは。
「レオン……」
グリフが俺の肩を叩く。
「どうする?」
「……どうするって言われてもな」
俺は鑑定の書を見つめる。
そして――。
「まずはアリスに聞いてみるよ」
「本当ですか⁉︎」
リリスの目が、ぱっと輝いた。
「必ず! 必ずお願いしますね、レオン様!」
酒場中に響きそうな勢いで喜ぶリリスを見ながら、俺は小さくため息をついた。
……明日、アリスに何て頼もうか。
そして翌朝――。
俺は昨夜の酒場での出来事を、アリスにすべて話した。
「……というわけなんだ」
俺は、リリスから渡された鑑定の書をアリスへ手渡す。
「これが……鑑定の書ですか?」
「ああ。リリスさんが自分で作ったらしい」
アリスは本を開き、しばらく中身を確認する。
「…………」
ページをめくるたびに、その表情が少しずつ驚きへと変わっていった。
「これは……凄いですね」
「やっぱり?」
「ええ」
アリスは感心したように本を見つめる。
「やはり、リリスさんは優秀な方でしたね」
そう言って、静かに微笑んだ。
「それなら――」
アリスは本を閉じる。
「障壁魔法の講義、お引き受けします」
「本当か?」
「はい」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
これでリリスも喜ぶだろう。
そう思った、その時だった。
「じゃあ、私もー!」
突然、横から元気な声が響いた。
「行くー!」
振り向くと、カレンが楽しそうに手を上げている。
「カレンも魔法のお勉強する!」
「ふふ……」
アリスが微笑む。
「そうですね。カレンも一緒に行きましょうか」
「やったー!」
カレンは嬉しそうに飛び跳ねた。
俺はその様子を眺めながら、思わず笑ってしまう。
こうして――。
生誕祭を前に、アリスとカレンは宮廷魔導士たちのもとへ、障壁魔法の講義を受けに行くことになった。
障壁魔法の講義の日――。
宮廷魔導士団の講義室には、驚くほど多くの生徒が集まっていた。
数十人にも及ぶ宮廷魔導士たち。
そして、その中には――。
「まぁ……オヴェリア様まで」
アリスが少し驚いたように目を向ける。
「私も学ばせてください」
オヴェリアは真剣な表情で頷いた。
こうして、アリスによる障壁魔法の講義が始まった。
「障壁魔法とは、ただ魔力を前方へ放出するだけの魔法ではありません」
アリスは黒板へ魔法陣を描きながら、詳しく説明していく。
「魔力の流れを一点に集めるのではなく――」
魔力の制御。
展開する角度。
魔力密度。
そして、障壁を維持するための魔力循環。
これまで宮廷魔導士たちが知らなかった理論を、アリスは一つ一つ丁寧に説明していった。
「では、実際にやってみましょう」
「はい!」
宮廷魔導士たちは一斉に魔力を集中させる。
「……障壁!」
だが――。
シュン……。
魔力が霧散する。
「……くっ」
「もう一度!」
何度挑戦しても、障壁は完成しない。
リリスも必死に魔力を練り上げていた。
「……ここを、こう……!」
だが、目の前に生まれたのは小さな魔力の膜だけだった。
「くっ……!」
リリスは悔しそうに唇を噛む。
隣ではオヴェリアも何度も挑戦している。
「……障壁!」
パリンッ。
またしても失敗。
「難しいですね……」
オヴェリアも苦笑する。
大賢者アリスが詳しく説明している。
理論も理解できている。
それでも――。
実際に再現できる者は、一人もいなかった。
その時だった。
「……?」
小さな声が響く。
カレンが、アリスの説明を聞きながら両手を前へ伸ばしていた。
「こう?」
小さな身体から魔力が流れる。
ふわっ――。
次の瞬間。
カレンの目の前に、淡く輝く透明な障壁が現れた。
「…………」
講義室が静まり返る。
「え……?」
リリスが目を見開く。
オヴェリアも言葉を失っている。
カレンは完成した障壁を見つめ――。
「出来たー!」
満面の笑みを浮かべた。
「やったー!」
嬉しそうに両手を上げて喜ぶカレン。
「…………」
宮廷魔導士たちは、ただ呆然とその姿を見つめていた。
リリスは震える声で呟く。
「……一回で……?」
そして、オヴェリアも驚きの表情を浮かべながらカレンを見つめる。
アリスだけは――。
そんな娘の姿を、嬉しそうに微笑みながら見つめていた。
そして――アリスは気づいた。
魔法を発動したカレンの首元に、淡い光を放つルーンが刻まれている。
それは、レオンの首元に浮かぶものとは明らかに違う文字だった。
「……っ」
アリスの表情が変わる。
何かを知っているような、怯えるようなその顔。
「カレン……!」
アリスは、慌ててカレンのもとへ駆け寄った。
けれど――。
「できた……!」
カレンは何も知らない。
楽しそうに笑いながら、何度も障壁の魔法を唱えていた。
そのたびに、首元のルーンが淡く輝く。
アリスは、その光をただ見つめていた。
――なぜ、カレンにだけ別のルーンが刻まれているのか。
そして、その文字が意味するものとは――。
アリスは、まだ知らなかった。
このルーンが、やがて自分たちの運命を大きく揺るがすことを。




