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冒険の書  作者: siva5880


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26/58

古代の魔法付与

宮廷魔導士の塔に入って、すぐのことだった。


「こちらへどうぞ!」


 慌ただしく駆け寄ってきた宮廷魔導士に案内され、俺たちはすぐに応接室へ通された。


 扉を開けると――。


「お待ちしておりました!」


 一人の女性が立っていた。


 見た目はかなり若い。


 二十代前半ほどにしか見えない。


 彼女こそ、宮廷魔導士団を率いる団長――リリスだった。


 実際の年齢は……分からない。


「オヴェリア姫!」


 リリスは開口一番、オヴェリア姫へ駆け寄った。


「酷いじゃないですか!」


「え?」


「突然、春風の大賢者様をお連れするなんて!」


「……?」


 どうやら塔にいた魔導士たちから、アリスが来たという報告を受け、慌てて迎えに来たらしい。


「こちらも準備というものがあります!」


「そうですか?」


「そうです!」


 オヴェリア姫は楽しそうに笑っている。


 その横で、アリスは何も言わず、ただリリスを見つめていた。


「……」


 リリスがふとアリスを見る。


「……大賢者様?」


「……」


 アリスは無言。


 ただ静かにリリスを見つめている。


「……オヴェリア姫」


「はい?」


「大賢者様、ずっと私を見ているのですが……」


「いつものことですよ」


「そうなんですか!?」


 俺は思わず苦笑した。


 どうやら、この塔での一日は――。


 最初から少し騒がしくなりそうだった。


リリスをじっと見つめていたアリスが、静かに口を開いた。


「……数百年ぶりに見たわ」


「え?」


 リリスが首を傾げる。


「これほどの魔力を……」


「……!」


 リリスの表情が変わった。


 俺は思わずリリスを見る。


 見た目は、どう見ても若い女性だ。


 だが――。


 アリスがこれほどの言葉を口にするということは、相当な実力者なのだろう。


 俺は心の中でそう思った。


「お褒めいただき、ありがとうございます。春風の大賢者様」


 リリスは優雅に一礼する。


「ですが、私の力など……貴方様には到底及びません」


 その姿は、宮廷魔導士団長としての威厳に満ちていた。


 そして、そんなリリスを見ながら、アリスが口を開く。


「ここの施設は、大陸一魔法の研究ができる場所だと聞いているわ」


「はい」


 リリスが頷く。


「それは光栄なことです」


 アリスは塔の奥へ視線を向けた。


「私は……ヴァンが残した――」


 そこで、ほんの一瞬だけ言葉を止める。


「……いえ」


 アリスは言い直した。


「今はもう失われてしまった、ドワーフ族の魔法付与を復活させたいと思っているわ」


「…………」


 リリスの目が大きく見開かれた。


「失われた……ドワーフ族の魔法付与を……?」


「ええ」


 アリスは静かに頷く。


 リリスはしばらく言葉を失っていた。


 そして――。


「……そんなことが……」


 震えるような声だった。


 やがて、その表情に驚きだけではないものが浮かぶ。


 喜び。


 そして、強い感動。


「大賢者様……」


 リリスは胸の前で両手を握りしめる。


「それが本当に実現するのなら……」


 その瞳は、まるで長年追い求めていた夢を目の前にした研究者のように輝いていた。


「ぜひ……私たちにも協力させてください!」


 その声が、静かな応接室に響いた。


「私の研究室にご案内します」


 リリスはそう言って立ち上がった。


「ぜひ」


 アリスも立ち上がる。


 俺たちはリリスの後に続き、塔の奥へと進んでいった。


 すると――。


「団長が研究室へ向かわれたぞ」


「大賢者様も一緒だ!」


「見に行こう!」


 いつの間にか、宮廷魔導士たちがぞろぞろと後ろからついてきている。


「……皆さん、仕事は?」


 リリスが振り返る。


「…………」


 誰も答えない。


「まったく……」


 リリスは呆れたようにため息をついた。


 やがて、一つの大きな扉の前に辿り着く。


「こちらです」


 扉が開かれる。


「……」


 中へ入った瞬間、俺は思わず足を止めた。


 そこは、いくつもの魔道具や魔法陣、研究器具が並ぶ広々とした研究室だった。


 部屋の中央には大きな魔法陣が描かれ、その周囲を淡い魔力がゆっくりと循環している。


 壁や床にも魔力を通すための仕組みが組み込まれているようだった。


 その魔力の流れは、とても安定している。


 まるで塔そのものが巨大な魔法装置のようだった。


「……素晴らしい」


 アリスが小さく呟いた。


 そして研究室の中央へ歩み寄る。


 しばらく魔力の流れを見つめ――。


「ここなら……」


 アリスがほんの少し笑った。


「可能そうね」


「……!」


 リリスの表情が輝く。


 周囲で見ていた宮廷魔導士たちも、息を呑んだ。


 失われた魔法付与。


 それを復活させるための研究が――。


 今、始まろうとしていた。


 そしてアリスは、研究室の中央に立つと、ゆっくりと口を開いた。


「では、ドワーフ族の魔法付与について話すわ」


 その一言で――。


 先ほどまでざわついていた研究室が、静まり返った。


 リリスをはじめ、集まっていた宮廷魔導士たちが一斉にアリスへ視線を向ける。


「まず、媒体となるのは魔物の素材よ」


 アリスは研究室に並べられた素材へ目を向ける。


「基本的には、素材となった魔物が長い年月を生きているほど、強力な付与を施すことができるわ」


「なるほど……」


 リリスがすぐに紙へ書き込んでいく。


 周囲の魔導士たちも、必死に筆を走らせていた。


 中には紙ではなく、魔法で空中に文字を浮かべながら記録している者までいる。


「そして――」


 アリスが続ける。


「魔物の魂に刻まれている色によって、付与できる属性も変わるの」


「魂の……色?」


 リリスが顔を上げる。


「ええ。火、水、風、土、雷……」


 アリスは指を一本ずつ立てながら説明していく。


「魔物が持つその色を読み取り、適切な方法で素材へ定着させることで、武器や防具に属性を付与することができる」


「そんな方法が……」


 魔導士たちから、感嘆の声が漏れる。


「ですが――」


 アリスはそこで言葉を止めた。


「属性だけではないわ」


「……?」


「魔物の中には、属性とは異なる特殊な性質を持つものも存在する」


 研究室の空気が変わった。


 リリスの筆が止まる。


「つまり……」


「ええ」


 アリスが頷く。


「その魔物が持つ特性そのものを、付与として引き出すこともできるの」


「…………」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間――。


 カリカリカリカリッ。


 再び一斉に筆を走らせる音が響き始めた。


 空中には、魔法で記録された文字が次々と浮かんでいく。


 リリスも負けじと、ものすごい勢いで書き続けている。


 俺はその光景を眺めながら思った。


 ……これは、しばらく終わりそうにないな。


 そしてアリスは――。


 まだ話し始めたばかりだった。


 アリスはさらに言葉を続けた。


「そして、もう一つ……大事になるのが宝石よ」


 魔導士たちの筆が止まる。


「宝石……ですか?」


 リリスが尋ねる。


「ええ」


 アリスは研究室に並べられた鉱石や宝石へ目を向けた。


「大地の中で長い年月をかけて成長したもの。石の中で育ったもの。あるいは、長い年月を海の中で過ごしたもの……」


 アリスは一つの宝石を手に取る。


「それぞれが長い時間をかけて、大地や海に漂う魔力を蓄えているの」


「つまり……」


 リリスが息を呑む。


「長い年月をかけて成長した宝石ほど、より多くの魔力を蓄えている……」


「その通りよ」


 アリスは頷いた。


「魔物の素材。そして、長い年月をかけて成長した宝石」


 アリスは二つを並べる。


「この二つが合わさった時――」


 研究室が静まり返る。


「失われたドワーフ族の魔法付与が可能になる」


「…………!」


 リリスの目が輝く。


 周囲の魔導士たちも、一言も聞き逃すまいと必死に記録している。


 しかし、アリスの説明はまだ終わらなかった。


「そして、もう一つ重要なのが……付与する物よ」


「剣や鎧……ですね」


 リリスが答える。


「ええ。盾や指輪でもいい」


 アリスは研究室を見渡した。


「その付与先となる物も、強力な金属であればあるほどいい」


「……つまり?」


 俺が尋ねる。


「魔物の素材」


 アリスが指を一本立てる。


「長い年月をかけて成長した宝石」


 もう一本。


「そして、強力な金属で作られた装備」


 最後に、静かに言った。


「この三つが揃えば、とてつもない物がこの世界に誕生する」


 アリスは俺を見る。


「そのイグニスブレイドのようにね」


「……!」


 俺は思わず息を呑んだ。


 あの炎を纏った剣。


 かつてドワーフ王ヴァンが使っていた剣。


 その力の秘密が――。


 今、少しずつ明らかになろうとしていた。


「……人族が言う、レジェンドアイテム?」


 リリスが呟いた。


「そう」


 アリスは頷く。


「そう呼ばれる物が、この魔法付与によって誕生するの」


 研究室に、ざわめきが広がった。


「ですが――」


 アリスは少しだけ間を置いた。


「付与する者の魔力が少なければ、せいぜいマジックアイテム程度になってしまうけれどね」


「なるほど……」


 リリスは真剣な表情で頷いている。


 すると、アリスは再びリリスを見つめた。


「でも……」


「……?」


「リリス」


 突然名前を呼ばれ、リリスが顔を上げる。


「貴方の魔力量なら……」


 アリスはほんの少し目を細めた。


「……もしかしたら……」


「…………!」


 リリスの目が大きく見開かれる。


 研究室にいた魔導士たちも、一斉に息を呑んだ。


 アリスはその先を、まだ口にしなかった。


 ただ――。


 その表情には、僅かな期待が浮かんでいた。


「実際に私が試しに、ドワーフ族の魔法付与をしてあげてもいいけど……」


 アリスが研究室を見渡す。


「それなりの魔物の素材と、宝石を用意してくれたら……」


「わ、分かりました!!」


 リリスが勢いよく立ち上がった。


「すぐに用意させます!!」


「そんなに急がなくても――」


「急ぎます!」


 リリスは部下たちへ振り返る。


「保管庫を開けてください!」


「えっ!? 保管庫ですか!?」


「一番古い魔物素材を!」


「は、はい!」


 宮廷魔導士たちが一斉に動き始めた。


 しばらくして――。


「お待たせしました!」


 運び込まれた箱を見て、俺は目を疑った。


「……これが?」


「はい」


 リリスが誇らしげに頷く。


 そこに並べられていたのは、王国で長年保管されていた貴重な素材だった。


 真っ赤な鱗を持つ――レッドドレイク。


 氷のような光沢を放つ――アイススコーピオ。


 そして、巨大な身体を持つジャイアントオーガ。


 どれも長い年月を生きた魔物から採取された素材だという。


 さらに――。


「こちらが宝石です」


 最後に運び込まれた箱が開かれる。


「……デカいな」


 思わず声が漏れた。


 中には、拳どころか両手で抱えるほどの巨大な宝石が収められていた。


 研究室にいた魔導士たちは、固唾を呑んでアリスを見つめている。


 リリスだけは、期待に満ちた表情で――。


「これなら……できますよね?」


 と尋ねた。


 アリスは並べられた素材と宝石を、一つずつ静かに見つめていた。


 アリスは並べられた素材を一つずつ眺めていた。


 そして――。


 迷うことなく、レッドドレイクの素材へ手を伸ばした。


「これにするわ」


 アリスが手に取ったのは、真紅の鱗だった。


「一回目の魔法付与は――」


 アリスは俺を見る。


「今、レオンが着ている鎧にするわ」


「……え?」


 思わず声が出た。


 俺だけではない。


「……え?」


 周囲の宮廷魔導士たちも、一斉に固まった。


 リリスも目を丸くしている。


「アリス様……今、なんと?」


「レオンの鎧よ」


 アリスは何でもないことのように答える。


「せっかくの機会だもの。試してみましょう」


「いや……俺の鎧って、これだぞ?」


 俺は自分の鎧を見下ろす。


 まさか、ここでこんな話になるとは思ってもいなかった。


 するとアリスは、もう一つの素材へ目を向けた。


「それから……」


 今度はアイススコーピオの素材を指差す。


「こちらは、王国が誇る鎧に付与してあげる」


「…………」


 リリスが固まった。


 どうやら王国の宝とも言える鎧に、いきなり大賢者の魔法付与を施すという話らしい。


「……」


 リリスはしばらく悩んでいた。


 だが――。


「嫌なら、やめます」


 アリスが淡々と言う。


「わ、分かりました!」


 リリスは即答した。


「お願いします!」


 そのあまりの早さに、俺は思わず笑ってしまった。


 周囲の魔導士たちも、慌てて準備を始める。


 どうやら――。


 この日、王国の魔法史に残る実験が始まるらしい。


俺はアリスに言われるまま、鎧を脱いだ。


 そして、研究室の中央に描かれた魔法陣の中心へ、ゆっくりと置く。


 その隣には、レッドドレイクの素材。


 そして――。


「……これ、ルビーか?」


 両手で抱えるほどの大きな赤い宝石が置かれていた。


 深い赤色の宝石。


 中には、まるで炎のような光が揺らめいている。


 俺は自分の鎧へ目を向けた。


 この鎧は、かつてヘイゼルの白が使っていた、禍々しい大剣。


 その素材を加工し、ガフに作ってもらったものだ。


 黒鉄のような色。


 そこに浮かぶ、灰白色の錆のような模様。


 あの大剣が持っていた異様な気配を、今でもどこかに残している。


「……」


 俺はアリスを見る。


 アリスは魔法陣の前に立ち、静かに鎧を見つめていた。


 レッドドレイクの素材。


 巨大なルビー。


 そして――ヘイゼルの白の大剣から作られた、この鎧。


「アリスは……一体、何をする気なんだ?」


 俺の胸に、そんな疑問が浮かんだ。


 するとアリスは、静かに目を閉じた。


 研究室にいた全員が息を呑む。


 次の瞬間――。


 魔法陣が、淡い光を放ち始めた。


俺はアリスの動きを見つめていた。


 その瞬間――。


 アリスの身体から、凄まじい魔力が溢れ出した。


「……!」


 空気そのものが震える。


 アリスの周囲を、濃密な魔力のオーラが包み込んでいく。


 それまで静かだった研究室が、一瞬で張り詰めた。


 宮廷魔導士たちは、誰一人として声を出さない。


 アリスは目を閉じたまま、静かに詠唱を始めた。


「――――」


 聞いたことのない言葉だった。


 それは人族の魔法ではない。


 古く、遠い時代の言葉。


 アリスの詠唱が続くにつれて、魔法陣の光が徐々に強くなっていく。


 そして――。


 ふわっ。


 床に置かれていた鎧が、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。


「……!」


 続いて、レッドドレイクの素材。


 そして巨大な赤い宝石も、まるで何かに引き寄せられるように空中へ浮かんでいく。


 三つの素材が、鎧を中心にゆっくりと回り始めた。


 その瞬間――。


 眩い光が放たれた。


 レッドドレイクの鱗が鎧へ吸い寄せられる。


 巨大な宝石もまた、光の粒子へと変わりながら鎧へ重なっていく。


「……くっ」


 思わず目を細める。


 鎧。


 レッドドレイクの素材。


 そして宝石。


 三つが強い光に包まれながら、まるで一つの物になろうとしていた。


 宮廷魔導士たちは、誰も言葉を発しない。


 ただ、その光景を食い入るように見つめている。


 そして――。


素材と宝石が、鎧の中へ完全に溶け込んだように見えた。


 その瞬間――。


 ボッ。


 鎧から、赤い炎のようなオーラが一気に噴き上がった。


「……!」


 研究室にいた全員が息を呑む。


 赤い光はしばらく鎧を包み込んでいたが、やがて静かに消えていった。


 そして鎧は――。


 ゆっくりと地面へ降りた。


「ふう……」


 アリスが小さく息を吐く。


「完成したわ」


「もう……?」


 俺は思わず鎧を見る。


 そこにあったのは、見慣れた俺の鎧。


 ただ一つ違うのは――。


 以前は錆色だった鎧が、まるで赤い鉄が錆びたような、深い赤錆色へと変わっていた。


 アリスが鎧へ手を向ける。


「これはレッドドレイクが持つ火の加護を、強い力で濃縮して付与したものよ」


 そして少し考えるようにして――。


「そうね……炎龍の鎧とでも呼びましょうか」


「炎龍の鎧……」


 俺は名前を呟きながら、鎧を見つめる。


 見た目が少し変わっただけ。


 正直、最初はそう思った。


「……見た目が少し変わっただけか?」


「…………」


 その言葉に、リリスが固まった。


「え?」


 そして鎧を見つめる。


「と、とんでもない……」


 声が震えている。


「レオン様……」


 リリスは信じられないものを見るような目で俺を見る。


「すでに……この鎧は、レジェンドアイテムと化しています……」


「……え?」


 俺は改めて鎧を見る。


 確かに――。


 今までとは明らかに違う。


 鎧そのものから、とても強い魔力が感じられる。


 まるで、内部に巨大な炎が眠っているかのようだった。


 周囲の宮廷魔導士たちも、言葉を失ったまま鎧を見つめている。


 そして俺は思った。


 たった一度の魔法付与で――。


 俺の鎧は、まったく別の存在へと生まれ変わっていた。


 しばらく炎龍の鎧を眺めていたアリスが、ふと顔を上げた。


「さて!」


 珍しく声が弾んでいる。


「実際に、どれほどの力をこの鎧が纏っているのか……実験しましょう!」


「……!」


 アリスの目が、少しだけ楽しそうに輝いていた。


 リリスもすぐに頷く。


「はい、先生!」


 その返事に、俺は思わず振り返った。


 オヴェリア姫まで楽しそうに笑っている。


「はい、先生!」


「……姫様まで?」


 俺が呟くと、ルージュ姫は嬉しそうに笑った。


「せっかくですから!」


 周囲の宮廷魔導士たちも、すでに準備を始めている。


 どうやら、この実験を誰も止める気はないらしい。


「では、実験用の中庭へ移動しましょう!」


 リリスが声を上げる。


 俺は炎龍の鎧を手に取った。


 先ほどまでとは比べものにならないほどの魔力が、鎧の奥から感じられる。


「……本当に、これを着るのか?」


 俺が呟くと、アリスが振り返った。


「もちろん」


 そして、少しだけ笑った。


「せっかく作ったのだから、試してみないとね」


 こうして俺たちは、炎龍の鎧の力を確かめるため――。


 宮廷魔導士たちが実験に使用する中庭へ向かうことになった。


 実験用の中庭へ移動すると、俺はさっそく炎龍の鎧を着せられた。


「……」


 そして――。


 中庭の中央に立たされる。


 周囲には魔導士たち。


 少し離れた場所には、魔法を放つための準備をしている女性魔導士。


「……おい?」


 嫌な予感がする。


 リリスが説明してくれた。


「この実験では、宮廷魔導士の中でも特に炎魔法を得意とする者に、レオン様へ炎の魔法を撃ってもらいます」


「……おい?」


 俺はもう一度聞き返した。


 どうやら俺は――。


 実験用の的らしい。


「ほ、本当によろしいんですか?」


 炎魔法を担当する女性魔導士が、不安そうにアリスを見る。


「一応、私の炎魔法だけなら……一級魔法使い相当の威力がありますが……」


 その顔は完全に心配している。


 当然だ。


 普通なら人に向かって撃つような魔法ではない。


 しかし――。


「平気です」


 アリスは楽しそうに答えた。


「思い切りやってください」


「……」


 女性魔導士が俺を見る。


 俺も女性魔導士を見る。


「……おい?」


 アリスは楽しそうに笑っている。


 リリスも何やら期待に満ちた目をしている。


 周囲の魔導士たちは、すでに記録の準備を整えていた。


「それでは、始めます!」


「ちょ、ちょっと待――」


 俺の声は、炎魔法の詠唱によってかき消された。


「……本当に大丈夫なんだろうな、これ」


 俺は炎龍の鎧を見下ろした。


 ついさっき生まれ変わったばかりの鎧。


 その力を試すためとはいえ――。


 どうして俺が的なんだ。


 俺は心の中で、もう一度だけ呟いた。


 ……おい??


 そして――。


「始めます!」


 開始の合図と同時に、女性魔導士が詠唱を始めた。


「――――」


 その瞬間だった。


 彼女の身体を、とてつもない量の魔力が包み込んだ。


「……!」


 空気が震える。


 杖の先へ魔力が集まり、やがて――。


 ゴオオオッ!


 真っ赤に燃え上がる巨大な炎の玉が現れた。


「……おい?」


 俺は思わず声を漏らす。


 次の瞬間――。


 ドンッ!!


 炎の玉が、とてつもない速度で俺へ向かって飛んできた。


「……おいい!?」


 逃げる暇などない。


 炎の玉が、真正面から俺に直撃した。


 ――ドゴォォォン!!


「レオン様!」


 オヴェリア姫の声が響く。


 凄まじい炎が俺の全身を包み込んだ。


「…………!」


 リリスたちも驚きを隠せない。


 炎は俺の身体を覆い、激しく燃え続けている。


 だが――。


「……あれ?」


 俺は自分の身体を見下ろした。


 熱くない。


 まったく熱くない。


 それどころか、傷一つない。


「……無傷?」


 リリスが呟く。


 俺自身も信じられなかった。


 目の前には激しい炎。


 それなのに、その炎は俺を傷つけるどころか――。


 まるで俺を守るように、優しく身体を包み込んでいる。


 アリスが静かに口を開いた。


「それが、炎龍の鎧の力よ」


「……!」


「レッドドレイクの火の加護を、鎧そのものが受け継いでいるの」


 燃え盛る炎の中で、俺は自分の鎧を見つめた。


 赤錆色へと変わった鎧。


 その表面には、赤い光が静かに流れている。


 炎は敵ではなかった。


 この鎧にとって――。


 炎は、俺を守る力だった。


「そう」


 アリスは燃え盛る炎を見つめながら、静かに言った。


「炎龍の鎧を着ている限り――全ての炎は無効化されるわ」


「…………!」


 その言葉に、リリスたちは目を見開いた。


「す、素晴らしい……!」


「炎を完全に無効化……!?」


「本当に、失われたドワーフ族の魔法付与だ……!」


 研究室にいた職員たちは、興奮を隠せない様子で歓声を上げている。


 リリスも目を輝かせながら、何度も炎龍の鎧を見つめていた。


「これほどの力を……本当に再現できるなんて……!」


 そんな彼女たちを見ながら、アリスはふと笑った。


「それでは、約束通り――」


 アリスがアイススコーピオの素材へ視線を向ける。


「次は、王国一の鎧に付与するわ」


「おおおおっ!!」


 その瞬間、研究室中から一斉に歓声が上がった。


 どうやら次の実験は――。


 俺の鎧以上に、とんでもないものになりそうだった。


 そして――。


 宮廷魔導士たちが運び込んできたのは、巨大な鎧だった。


「これが……王国一の鎧です」


 リリスが誇らしげに説明する。


「素材には、アダマンタイトを使用しています」


「アダマンタイト?」


「はい。山のように巨大な亀の魔物から採れる、とても貴重な素材です」


 リリスは鎧へ手を添える。


「大陸で最も硬い素材とも言われています」


「……そんな素材で鎧を?」


 俺は思わず息を呑んだ。


 確かに、目の前の鎧から感じる重厚感は尋常ではない。


 俺の炎龍の鎧よりも、明らかに格が上だった。


 アリスはそんな鎧をじっと見つめる。


「これなら……」


 そして、アイススコーピオの素材へ手を伸ばした。


「強力な氷の力を付与できそうね」


「氷属性……!」


 リリスたちの目が輝く。


 アリスは先ほどと同じように、魔法陣の準備を始める。


「付与する物そのものが強ければ、魔法付与もより強力になるわ」


 俺は炎龍の鎧を見る。


 レッドドレイクの素材と宝石を使って、あれほどの力を生み出した。


 それ以上に強いアダマンタイトの鎧。


 そこへ、アイススコーピオの力を付与する。


「……一体、どんな鎧になるんだ?」


 俺が呟く。


 アリスは少しだけ笑った。


「さあ……私も楽しみね」


 その言葉に、リリスたちから再び歓声が上がった。


 どうやら二つ目の魔法付与は――。


 一つ目を遥かに上回るものになりそうだった。


 アリスが魔法陣の前に立つ。


 その瞬間――。


 俺は息を呑んだ。


 アリスの身体を包み込む魔力が、先ほどとは明らかに違っていた。


 今まで見たこともないほどの、とてつもない量の魔力。


 研究室にいた誰もが言葉を失っている。


「……これが、大賢者……」


 誰かが小さく呟いた。


 アリスは気にする様子もなく、静かに詠唱を始めた。


 すると――。


 魔法陣が眩い光を放つ。


 アダマンタイトで作られた鎧。


 アイススコーピオの素材。


 そして巨大な宝石。


 三つがゆっくりと宙へ浮かび上がった。


 そして――。


 ギュオオオオッ!


 激しい魔力の渦が巻き起こる。


 それぞれの素材が強烈な光を放ちながら、まるで引き寄せられるように一つへと重なっていく。


 やがて――。


 すべての素材が鎧の中へ溶け込んだ。


「……!」


 その瞬間だった。


 研究室の温度が、一気に下がった。


「さ、寒い……!」


「な、なんだこれは……!」


 吐く息が白くなる。


 まるで真冬が突然訪れたかのようだった。


 そして、光がゆっくりと消えていく。


 そこに現れたのは――。


 先ほどまでの鎧とは、まるで別物だった。


 冷気を纏い、表面には薄い氷のような輝きが浮かんでいる。


 アリスは完成した鎧を見つめると、静かに呟いた。


「そうね……」


 ほんの少し考えてから――。


「氷獄の鎧とでも呼びましょうか」


 その瞬間、研究室にいた全員が息を呑んだ。


 炎龍の鎧を遥かに上回る――。


 そんな力を秘めた鎧が、今ここに誕生した。


「うん……」


 アリスは完成した鎧を、しばらく見つめていた。


「これほど良くできるとは思わなかった」


 珍しく、その表情には感動が浮かんでいる。


「最高傑作と言ってもいいわね」


 俺たちは、ただその鎧を見つめていた。


 やがてアリスが、静かに口を開く。


「この鎧は氷の攻撃を無効化するのはもちろん……」


 氷獄の鎧へ手を添える。


「鎧を着用している者に向けられた敵意に反応して――その敵意を向けた者を、瞬時に凍らせてしまう」


「…………」


「そんなところかしら」


「…………」


 誰も言葉を発さない。


 リリスに至っては、口を開けたまま完全に固まっていた。


 数秒。


 いや、もっと長かったかもしれない。


 そして――。


「リ、リリス団長……?」


 近くの魔導士が声を掛ける。


「…………」


 返事がない。


「団長?」


「……はっ!」


 ようやく我に返ったリリスは、勢いよく振り返った。


「す、すぐに大臣を呼んでください!」


「えっ?」


「大至急です!」


 リリスは叫ぶ。


「アリス様が研究所で、とんでもない物を作ってしまったと伝えてください!!」


 その声が、研究室中に響き渡った。


 俺は氷獄の鎧を見つめる。


「……そんなに凄いのか、これ」


 するとアリスは、いつものように静かに微笑んだ。


「ええ」


 その一言が――妙に恐ろしく聞こえた。


 氷獄の鎧を眺めながら、アリスは満足そうに頷いた。


「とても満足しました」


 そう言うと、アリスは踵を返す。


「では、オヴェリア姫」


「はい?」


「障壁の魔法について、お教えしましょう」


「本当ですか!」


 オヴェリア姫が嬉しそうに声を上げる。


 俺たちはそのまま研究室を後にしようとした。


 すると――。


「しょ、障壁の魔法……!?」


 リリスが勢いよく振り返った。


「わ、私も一緒に……!!」


 アリスたちを追いかけようとする。


 しかし――。


「団長! お待ちください!」


「は、離したまえー!」


 宮廷魔導士たちが必死にリリスを押さえ込む。


「大臣への報告が先です!」


「そんなもの後でいいでしょう!」


「よくありません!」


「障壁の魔法ですよ!?」


「分かっています!」


「なら離したまえー!」


「ダメです!」


 研究室の奥から、リリスの叫び声が響いてくる。


「アリス様ー!! 私も聞きたいですー!!」


 俺は思わず振り返った。


 アリスはというと――。


 何事もなかったかのように歩いている。


「……行きましょう」


「いいのか?」


「ええ」


 アリスは淡々と答えた。


「また今度でいいでしょう」


 オヴェリア姫は楽しそうに笑っている。


 こうして俺たちは、必死に追いすがろうとするリリスと宮廷魔導士たちを背に――。


 魔法付与の研究所を後にした。


俺たちはオヴェリア姫の部屋へ戻ってきた。


 窓辺に立ったアリスは、静かに外の景色を眺めている。


 その横顔は、どこか満足そうだった。


「……とても幸せそうだな、アリス」


 俺がそう声を掛けると、アリスは振り返り、穏やかに微笑んだ。


「ええ。とても幸せよ」


 そして、もう一度窓の外へ視線を向ける。


「だって……ヴァンが残してくれたドワーフ族の魔法技術を、こうして現世に蘇らせることができたんですもの」


 その声には、長い年月を生きてきたアリスだからこそ抱く、深い喜びが滲んでいた。


「これで私は、とても満足しているわ」


「……そうか」


 俺はアリスの横顔を見つめた。


 その表情は、いつもの落ち着いたものとは少し違っていた。


 まるで、大切な友の願いを一つ叶えることができたような――そんな顔だった。


「それに……」


 アリスは小さく笑う。


「あのリリスという人族なら、信頼できると思うわ」


「リリスを?」


「ええ」


 アリスは頷いた。


「彼女なら、ヴァンが残した技術を正しく受け継いでくれるでしょう」


 そして、窓の外へ視線を向けながら続ける。


「この先、数年もすれば――ドワーフ族の魔法付与は、この国だけではなく、きっと大陸中へ広まっていくわ」


 そう言って、アリスは嬉しそうに笑った。


「ヴァンが残したものが、もう一度この世界で生き続けるのよ」


 その言葉を聞いて、俺も自然と笑みを浮かべた。


 長い年月を越えて。


 失われたはずの技術が、再び誰かの手へ受け継がれていく。


 それはきっと――アリスにとって、何よりも嬉しいことなのだろう。

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