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冒険の書  作者: siva5880


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17/58

古代の迷宮(中編)

「奇襲された?!」


 ヘルメスの声が響いた。


 次の瞬間、俺は周囲を見渡した。


 おそらく――サーチの魔法が、何かの妨害魔法に触れたんだ。


 それによって俺たちの存在を敵に察知された。


「リン、伏せろ!」


 ヘクトルが叫ぶ。


「えっ――」


 リンが振り返った、その瞬間だった。


 ――ヒュンッ!


 空気を切り裂く音。


 暗闇の奥から、二つの光の玉が飛来した。


「リン!」


 ヘクトルの叫び声。


 光弾は一直線にリンへ向かっている。


 まずい――!


 考えるより先に、俺の身体が動いていた。


「リン!」


 俺はリンを抱え込むようにして引き寄せ、その前へ身体を滑り込ませる。


 同時に盾を構えた。


 ――ドンッ!


 一発目が盾へ直撃する。


 衝撃が腕を突き抜け、身体が大きく揺さぶられた。


「ぐっ……!」


 続けざまに――


 ――ドンッ!


 二発目。


 俺は盾の角度を変え、光弾を受け流す。


 二つの光は盾の表面を滑るように逸れ、俺たちの横を通り抜けていった。


 地面へ着弾した光が、周囲を一瞬だけ白く照らす。


「レオン……!」


 腕の中からリンの声が聞こえた。


「大丈夫か?」


「う、うん……」


 俺はリンを離し、すぐに立ち上がる。


 盾を構え直す。


 暗闇の奥。


 何かがいる。


 姿はまだ見えない。


 だが――確実に、俺たちを狙っている。


「……来るぞ」


 俺は低く呟いた。


 ヘクトルが大剣を構え、ヘルメスが弓を引き絞る。


 リンも杖を握り直した。


 さっきまでの探索とは違う。


 ここからは――命を懸けた戦いだ。


ヘルメスが素早く弓を引き絞る。


「部屋へ入るぞ!」


 叫ぶと同時に、部屋の奥へ向かって矢を放った。


 一本、二本、三本――。


 狙いを定めるというより、部屋の中を牽制するように無作為に矢を撃ち込んでいく。


 暗闇の奥で、何かに矢が当たる音が響いた。


「今だ!」


 ヘルメスが叫ぶ。


 その直後、ヘクトルが両手に握っていた二本の手斧を振りかぶった。


「うおおおっ!」


 ――ブンッ!


 二本の手斧が、ほぼ同時に放たれる。


 唸りを上げながら回転する手斧は、部屋の中心へ向かって一直線に飛んでいった。


 俺たちは一斉に駆け出す。


 ヘルメスを先頭に、ヘクトル、俺、そしてリン。


 暗闇の向こうから再び光が走る。


 だが、今度は立ち止まらない。


「行くぞ!」


 俺は盾を構えたまま、部屋へと踏み込んだ。


 俺たちはそのまま、一気に部屋の中へ入った。


部屋へ踏み込んだ俺たちは、すぐに足を止めた。


「……なんだ、あれは」


 ヘルメスが呟く。


 部屋の中央。


 そこに立っていたのは――人間ではなかった。


 黒いローブに身を包み、フードの奥には肉の削げ落ちた顔。


 眼窩の奥には、青白い光が灯っている。


 その手には古びた杖。


 そして、その周囲にはいくつもの魔法陣が浮かび上がっていた。


「アンデッド……?」


 リンが息を呑む。


 すると、魔物がゆっくりと杖を掲げた。


 ――ズズズズズ……。


 地面から、白い骨の腕が伸びてくる。


 一本。


 二本。


 それだけではない。


 次々と地面が盛り上がり、無数の骨が姿を現していく。


「スケルトンだ!」


 ヘルメスが叫んだ。


 さらに部屋の奥から、腐敗した身体を引きずるアンデッドたちまで現れる。


「まさか……」


 リンが杖を握り直す。


「ネクロマンサー……」


「知ってるのか?」


 俺が尋ねると、リンは頷いた。


「アンデッド型の魔物の中でも、かなり厄介な種類よ。複数の魔法を使うだけじゃない……」


 リンの声が僅かに震える。


「アンデッドやスケルトンを召喚して、自分の代わりに戦わせるの」


 その言葉を証明するように、ネクロマンサーの周囲へ次々と魔物が集まっていく。


 数が増えていく。


 十体……いや、それ以上。


「……厄介どころじゃないな」


 俺は盾を構え直した。


 正面には大量のスケルトン。


 そのさらに奥には――


 俺たちを見つめるネクロマンサー。


 こいつを倒さない限り、いくら敵を倒しても終わらない。


「ヘクトル」


「ああ」


 ヘクトルが大剣を構える。


「まずは道を開くぞ」


「了解!」


 ヘルメスが矢を番える。


 リンも杖を構えた。


 俺は盾を握り直す。


 目の前に広がるアンデッドの群れ。


 そして、その奥で不気味に佇むネクロマンサー。


 ――古代の迷宮。


 そこで待ち受けていた最初の強敵との戦いが、始まった。


召喚されたスケルトンたちが、一斉にこちらへ向かってくる。


 骨の身体を軋ませながら、剣や槍を手に迫ってきた。


「来るぞ!」


 ヘクトルが大剣を構える。


「俺が前を開ける!」


 俺も盾を構え、ヘクトルの横へ並んだ。


 スケルトンが振り下ろした剣を盾で受け止める。


 ――ガンッ!


 そのまま盾を押し出し、体勢を崩させる。


「ヘクトル!」


「ああ!」


 俺が作った隙へ、ヘクトルの大剣が横薙ぎに振り抜かれた。


 ――ズガンッ!


 スケルトンの身体が吹き飛び、後方の仲間まで巻き込んで倒れていく。


「行くぞ!」


 俺たちは互いの動きを合わせながら、次々とスケルトンを蹴散らしていく。


 俺が盾で攻撃を受け、敵の動きを止める。


 その隙をヘクトルが大剣で叩き潰す。


 逆にヘクトルが敵を引きつければ、俺が盾で押し込み道を開く。


 少しずつだが、ネクロマンサーへの道ができていく。


「今だ!」


 後方からヘルメスの声が響いた。


 振り返ると、ヘルメスが弓を引き絞っている。


 その隣ではリンが杖を掲げていた。


「ウィンドカッター!」


 リンの杖から鋭い風の刃が放たれる。


 同時にヘルメスの矢がネクロマンサーへ向かって飛んだ。


 ――ヒュンッ!


 ――シュッ!


 しかし――


 ネクロマンサーの前に、突然半透明の障壁が浮かび上がった。


 風の刃が障壁へ触れた瞬間――


 ――バシュッ!


 魔法が霧散する。


「なっ……!」


 さらにヘルメスの矢が障壁へ突き刺さった。


 だが――


 矢は障壁に触れた瞬間、青白い炎に包まれた。


 次の瞬間には、跡形もなく燃え尽きる。


「魔法だけじゃない……矢まで!」


 ヘルメスが驚きの声を上げる。


 ネクロマンサーは何事もなかったかのように立っている。


 その周囲には、再び魔法陣が浮かび始めていた。


「……あの障壁、かなり厄介だぞ」


 ヘクトルが低く呟く。


 俺は盾を構え直し、ネクロマンサーを睨みつけた。


 どうやら、簡単には近づかせてもらえないらしい。


俺は迫り来るスケルトンの剣を盾で受け流し、そのまま体当たりで吹き飛ばした。


 倒れたスケルトンへ剣を振り下ろす。


 ――ガキンッ!


 骨が砕け、白い欠片が床へ散らばった。


「ヘクトル!」


「なんだ!」


「ネクロマンサーに近づければ、もしかしたらなんとかできるかもしれない!」


 俺はスケルトンを蹴り飛ばしながら叫ぶ。


 ヘクトルは一瞬だけネクロマンサーへ視線を向けると、大剣を握り直した。


「……分かった!」


 そして、口元を僅かに上げる。


「任せとけ!」


 ヘクトルが一歩踏み込んだ。


「うおおおおっ!」


 大剣が豪快に振り抜かれる。


 ――ズガンッ!


 数体のスケルトンがまとめて吹き飛んだ。


 さらにヘクトルは止まらない。


 大剣を振り回しながら、次々とアンデッドを薙ぎ倒していく。


「今だ、レオン!」


 道が開いた。


 俺はすぐに腰の魔法のカバンへ手を伸ばした。


 取り出したのは――以前、教会から貰った聖水。


 蓋を開ける。


 そして、手にしたショートスピアへ聖水を振りかけた。


 槍の穂先を、聖水が伝っていく。


「……これでどうだ」


 俺は槍を握り直す。


 聖水を纏った穂先が、薄暗い部屋の中で僅かに光を帯びているように見えた。


 ネクロマンサーとの距離は、まだある。


 だが――


 今なら行ける。


「行くぞ!」


 俺は盾を構え、ネクロマンサーへ向かって駆け出した。


 スケルトンが立ちはだかる。


 盾で押し退ける。


 横から振られた剣を躱し、槍で骨の身体を突き飛ばす。


 そのまま止まらない。


 ヘクトルが作ってくれた僅かな隙間を、一直線に駆け抜ける。


 ネクロマンサーがこちらへ杖を向けた。


 その前に、再び魔法の障壁が展開される。


 ――来る。


 俺は盾を前へ突き出し、さらに一歩踏み込んだ。


 聖水を纏った槍を握り締める。


 狙うは――


 ネクロマンサー本体。


ネクロマンサーは俺が迫ってくるのを見ると、先ほどと同じように杖を掲げた。


 ――シュンッ!


 その身体を覆うように、半透明の魔法障壁が展開される。


 普通なら、ここで止められる。


 だが――


 俺の槍には、聖水がある。


「……貫け!」


 俺は盾を構えたまま、全身の力を槍へ乗せた。


 ――ガキィンッ!


 槍の穂先が障壁へ衝突する。


 しかし――


 今までとは違った。


 障壁が、槍を弾かない。


 聖水によって清められた穂先が、まるで薄い膜を突き破るように障壁を貫いた。


「――なっ!?」


 ネクロマンサーが初めて声を上げた。


 そのまま槍は障壁の向こうへ到達する。


 ――ズブッ!


 穂先がネクロマンサーの左手に突き刺さった。


「ギィィィィィッ!!」


 耳をつんざくような悲鳴が部屋中に響き渡る。


 槍が触れた場所から、黒い煙が噴き出した。


 そして――


 ネクロマンサーの左手が、指先から崩れ始めた。


 ボロボロと肉が崩れ、灰へと変わっていく。


「効いてる!」


 後方からリンの声が聞こえた。


 ネクロマンサーは苦しみながら左手を振り払う。


 その瞬間――


 ――パッ!


 足元に魔法陣が展開された。


「しまった!」


 俺が槍を引き抜こうとした、その瞬間。


 ネクロマンサーの身体が魔法陣の光に包まれる。


 次の瞬間には、俺から大きく距離を取った場所へ瞬時に移動していた。


 残された左手は――


 肘から先が完全に灰と化している。


「……逃げた?」


 俺は槍を構えたまま、ネクロマンサーを睨みつける。


 奴は残った右手で杖を握り締めていた。


聖水は、やはりアンデッド系の魔物には絶大な効果がある。


 左手を失ったネクロマンサーは、明らかに弱っていた。


 身体をふらつかせながら、それでも右手に握った杖を離さない。


「……何か、唱えてる?」


 リンが呟いた。


 ネクロマンサーの口から、聞き取れない言葉が漏れている。


 それはまるで――呪文のようだった。


「何をするつもりだ……?」


 俺が身構えた、その瞬間。


 ――フッ。


 ネクロマンサーの姿が消えた。


「……なっ!?」


 一瞬だった。


 そこにいたはずのネクロマンサーが、まるで最初から存在していなかったかのように消えている。


「どこだ?!」


 ヘルメスが叫んだ。


 俺も周囲を見渡す。


 だが、どこにもいない。


「レオン!」


 ヘルメスの声が響く。


 次の瞬間――


「えっ……?」


 リンの背後に、黒い影が現れた。


「リン、後ろだ!」


 俺が叫ぶ。


 だが、遅かった。


 ネクロマンサーがリンの背後に立っている。


 杖を持つ右手とは反対の手を、リンの肩へ伸ばした。


「――っ!」


 リンが振り向いた瞬間。


 ネクロマンサーの手から黒い光が溢れ出した。


「いやっ……!」


 リンの身体から、淡い光が吸い出されていく。


「何これ……!」


 リンの魔力だ。


 目に見えるほどの光となって、ネクロマンサーへ吸い込まれていく。


 瀕死だったはずのネクロマンサーの身体に、少しずつ力が戻っていく。


「リンから離れろ!」


 俺は叫び、盾を構えて駆け出した。


 だが――


 ネクロマンサーはリンを掴んだまま、こちらを見た。


 青白く光る眼窩。


 そこに宿っていたのは――


 先ほどまでの苦しみではなかった。


 明確な殺意だった。


俺は考えるより先に駆け出していた。


「リン!」


 ネクロマンサーがリンの肩を掴んでいる。


 その手から、いまだに黒い光がリンの身体から吸い上げられていた。


 俺は槍を握り締める。


 聖水で清められた穂先が、淡く光を帯びている。


「離れろ!」


 そのままネクロマンサーへ向かって槍を突き出した。


 ――ヒュッ!


 ネクロマンサーは咄嗟にリンから手を離した。


 そして、身体を後方へ跳ばせる。


 槍の穂先が、奴の身体を僅かに掠めた。


「チッ……!」


 ネクロマンサーは再び距離を取った。


 俺はすぐにリンの前へ立ち、盾を構える。


「リン、大丈夫か!」


「……うん……」


 リンはその場に座り込んでいた。


 肩で大きく息をしている。


 顔色も明らかに悪い。


「魔力を……かなり持っていかれた……」


「動けるか?」


「少し休めば……たぶん……」


 意識はある。


 呼吸もできている。


 どうやら命に別状はないようだ。


「よかった……」


 俺は安堵しながらも、すぐに視線をネクロマンサーへ戻した。


 奴は少し離れた場所で、こちらを睨みつけている。


 左手は失われ、身体も瀕死の状態。


 それでもまだ動ける。


 そして――


 俺の槍を警戒している。


「……聖水が効いてる」


 俺は槍を構え直した。


 ならば、やることは一つだ。


 この槍で――


 今度こそ、奴を仕留める。


――まずい。


 これは明らかにまずい。


 ネクロマンサーは瀕死のはずだった。


 左手を失い、身体からは黒い煙が立ち上っている。


 それでも――


 奴の身体には、先ほどリンから吸い上げた魔力が渦巻いていた。


 残された右手を掲げ、何かの呪文を唱えている。


「……させるか!」


 ヘルメスが矢を放つ。


 ――ヒュンッ!


 ヘクトルも大剣を振りかぶり、手斧を投げつける。


 だが――


 ――キィンッ!


 ネクロマンサーの前に展開された障壁が、すべてを阻んだ。


 矢は弾かれ、手斧も障壁に阻まれて床へ落ちる。


「くそっ!」


 ヘクトルが叫ぶ。


「まだ魔法を撃てるのかよ!」


 リンはその場に座り込み、苦しそうに息をしている。


 ヘルメスとヘクトルが必死に攻撃を続ける。


 それでも――届かない。


 ネクロマンサーの詠唱は止まらない。


 魔法陣が、奴の足元に次々と浮かび上がっていく。


 その規模は、今までの魔法とは明らかに違っていた。


「……レオン」


 リンの弱々しい声が聞こえる。


 俺は振り返った。


 このままでは――


 みんなが危険だ。


 ヘクトルも。


 ヘルメスも。


 そして、リンも。


 俺の手には聖水で清めた槍がある。


 ネクロマンサーを倒せる可能性は、これしかない。


 でも――


 障壁を突破できなければ、意味がない。


 目の前で仲間が危険に晒されている。


 なのに、俺は動けない。


 胸の奥が締め付けられる。


 あの日と同じだ。


 守りたいと思った。


 守らなければと思った。


 それなのに――


 また、誰かを失うのか。


「……嫌だ」


 無意識に声が漏れた。


 盾を握る手に力が入る。


「俺は……」


 目の前で詠唱を続けるネクロマンサーを睨みつける。


「また守れないのか……」


 その瞬間。


「あぁ……」


 不思議と、恐怖はなかった。


 むしろ――


 妙に静かだった。


「……この感覚」


 目の前では、ネクロマンサーが最後の魔法を完成させようとしている。


 ヘクトルも、ヘルメスも、リンもいる。


 なのに――


 周囲の音が遠ざかっていく。


 時間そのものが、ゆっくりになったように感じる。


「死を前にしている……と言うことか」


 俺は槍を握り直した。


 次の瞬間。


 ――踏み込む。


 地面を蹴った。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 ネクロマンサーとの距離が、一気に縮まっていく。


 奴がこちらに気づいた。


 杖を向けようとする。


 だが――遅い。


 俺はその勢いのまま、地面を蹴って宙へ飛び上がった。


 ネクロマンサーの横を通り過ぎるように身体を捻る。


 そして――


 盾を前へ。


 奴の視界から、俺の槍を隠す。


 ほんの一瞬。


 盾によって生まれた死角。


 その隙間から、槍を突き出した。


 ――ズブッ!


 聖水で清められた穂先が、ネクロマンサーの首元へ深々と突き刺さる。


「――――ッ!」


 声にならない呻き。


 槍を通して、確かな手応えが伝わってきた。


 ネクロマンサーの身体が大きく震える。


 首元から黒い煙が噴き出した。


 俺は槍を握ったまま、着地する。


 そして――


 ネクロマンサーの身体から、急速に力が失われていくのを感じた。


 あれほど渦巻いていた魔力が、嘘のように消えていく。


 俺は静かに槍を引き抜いた。


 ――ドサッ。


 ネクロマンサーの身体が、床へ崩れ落ちた。


 その姿は、やがて黒い灰へと変わっていった。


 魔法陣も消えていく。


 そして――


 止まっていたように感じていた時間が、再び動き始めた。


「た、助かった……?」


 リンが細々と呟いた。


 俺は槍を下ろし、リンを見る。


「ああ。もう大丈夫だ」


 そう答えた直後――


「やるじゃねえか、レオン!!」


 ヘクトルのでかい声が部屋中に響き渡った。


「お前、あの障壁をぶち抜きやがったな!」


「ヘクトル、声が大きいって……」


 ヘルメスが苦笑する。


 それでも、二人の表情には安堵が浮かんでいた。


 すぐさま俺たちはリンの元へ集まった。


「リン、大丈夫?」


 ヘルメスがしゃがみ込む。


「顔色が悪いぞ」


 ヘクトルも心配そうにリンを覗き込む。


「うん……大丈夫。ちょっと……力が入らないだけ」


 リンはそう言って、弱々しく笑った。


「魔力をかなり吸われたからな。しばらく休んだ方がいい」


 俺が言うと、リンは小さく頷いた。


「ありがとう……レオン」


「礼なんていい。それより、本当に大丈夫か?」


「うん。大丈夫……」


 そう答えるリンを見て、俺はようやく肩の力を抜いた。


 周囲を見渡す。


 床には砕けたスケルトンの骨。


 そして――


 ネクロマンサーがいた場所には、黒い灰だけが残されていた。


 俺たちは勝った。


戦いが終わると、ヘクトルはすぐに野営の準備を始めた。


「ここならしばらくは大丈夫そうだな」


 そう言いながら、手際よく荷物をまとめていく。


 一方、ヘルメスは休むことなく周囲を警戒していた。


 部屋へ続く通路を確認すると、いくつかの場所に簡単な罠を仕掛けていく。


「何か近づいてきたら分かるようにしておく」


 そう言って、細い糸や小さな仕掛けを通路に設置していった。


 俺はその間に火を焚いた。


 魔法のカバンから、野菜や果物、それにパンなどを取り出していく。


 ようやく少しだけ、張り詰めていた空気が和らいだ。


「料理は任せろ」


 ヘクトルが突然そう言った。


「え……?」


 俺は思わずヘクトルを見る。


「ヘクトル……お前、料理できるのか?」


 すると、隣で座っていたリンがクスクスと笑い始めた。


「ふふっ……ヘクトル、元々コックだったのよ」


「……え?」


 思わずヘクトルを見る。


 あの大剣を振り回していた大男が――コック?


「なんだよ、その顔は」


 ヘクトルが苦笑する。


「料理くらいできるぞ」


「いや……意外すぎて」


「失礼な奴だな!」


 ヘクトルが笑いながら、取り出した食材を手に取る。


 リンも楽しそうに笑っている。


「ヘクトルの料理、結構おいしいんだよ」


「そうなのか……」


 俺は焚き火を眺めながら、少しだけ笑った。


 さっきまで命を懸けて戦っていたとは思えない。


 古代の迷宮の奥深く。


 危険な魔物が潜むこの場所で――


 俺たちはほんの束の間、冒険者ではなく、ただの仲間として火を囲んでいた。


焚き火の前に立つヘクトルを見て、俺は思わず目を疑った。


 デカくて引き締まった身体。


 大剣を振り回していた、あの屈強な男。


 そんなヘクトルが――


 ピンク色のエプロンを身につけていた。


「……」


 どうしても、目を逸らしたくなるほど似合っていない。


 いや、似合っていないというより――


 面白すぎる。


 隣ではリンも口元を押さえながら、クスクスと笑っている。


「ふふっ……」


「おい、二人とも。何笑ってんだよ」


「いや……だって……」


 俺は笑いを堪えながら答える。


「その身体に、そのエプロンは反則だろ」


「うるせえ!」


 ヘクトルが顔をしかめる。


 だが、次の瞬間。


 俺は目を見張った。


 ヘクトルは、先ほど倒したダイアウルフの肉を手際よく捌き始めた。


 ナイフを滑らせ、余分な部分を取り除いていく。


 動きに無駄がない。


 肉の切り分けも見事だった。


 まるで戦闘のときと同じだ。


 大雑把に見えて、実際は驚くほど繊細な手つき。


「……すげえ」


 思わず声が漏れた。


 ヘクトルは顔を上げる。


「だから言っただろ。料理は任せろって」


「……人は見た目によらないって、このことなんだな」


「どういう意味だよ!」


 ヘクトルが怒鳴る。


 リンはまたクスクスと笑った。


「ふふっ……ヘクトル、昔から料理だけは本当に上手なのよ」


「料理だけは余計だ!」


 そんなやり取りをしながらも、ヘクトルの手は止まらない。


 切り分けた肉を火にかけ、香ばしい匂いが少しずつ部屋に広がっていく。


 さっきまで死と隣り合わせだった迷宮の中。


 今だけは――


 どこか穏やかな時間が流れていた。


まさか、迷宮の中でこんな本格的な食事ができるとは思っていなかった。


 目の前に並んでいるのは、ダイアウルフの肉を使ったスープとステーキ。


 湯気の立つスープからは、肉と野菜の香りが漂っている。


「いただきます」


 俺は一口、ステーキを頬張った。


「……うまい」


 思わず声が漏れた。


 肉は柔らかく、噛むほどに旨味が広がる。


 スープも身体に染み渡るような味だった。


「だろ?」


 ヘクトルが満足そうに笑う。


 その隣では、リンもゆっくりと食事を口に運んでいた。


「リン、いっぱい食え」


 ヘクトルがそう言って、リンの皿へ肉を追加する。


「えっ……そんなに食べられないよ」


「いいから食え。魔力をかなり持っていかれたんだ。腹に入るだけ入れとけ」


「……ありがとう」


 リンが小さく笑う。


 ヘクトルは何でもないことのように振る舞っている。


 けれど――


 きっと、これがヘクトルなりの優しさなんだ。


 さっきまで命懸けで戦っていた。


 リンが魔力を奪われ、俺たちも死を覚悟するほどの戦いだった。


 それでも今は、こうして仲間のことを気に掛けている。


 俺はそんなヘクトルを見ながら、もう一度ステーキを口に運んだ。


 迷宮の奥深く。


 いつ魔物が襲ってくるかも分からない場所。


 それでも今だけは――


 俺たちは火を囲み、温かい食事を楽しんでいた。


食事を終えると、俺たちは見張りの順番を決めた。


 俺、ヘクトル、ヘルメスの三人で交代しながら見張ることになった。


 リンはまだ魔力をかなり消耗している。


 今は少しでも身体を休めてもらうべきだ。


 それぞれが装備や備品を確認し、次の探索に備えていると――


「レオン、これ見てくれ」


 ヘルメスが戻ってきた。


 その手には、一本の古びた杖。


 そして、もう一つ。


 分厚い魔導書を抱えている。


「それは……?」


「ネクロマンサーがいた場所に落ちてた」


 ヘルメスが俺たちの前に置く。


 先ほどまでネクロマンサーが立っていた場所には、黒い灰だけが残っていた。


 その灰の上に、この二つだけが残されていたらしい。


 杖は古びているものの、ところどころに細かな装飾が施されている。


 そして魔導書。


 表紙には見たことのない文字と、奇妙な紋様が刻まれている。


「……これ、明らかに高そうだな」


 俺が呟く。


「だろ?」


 ヘルメスが頷いた。


「普通の魔導書には見えない。ギルドに持ち帰れば、かなりの価値になるかもしれないぞ」


 ヘクトルも魔導書を覗き込む。


「俺にはさっぱり分からねえな」


「私なら……少し分かるかも」


 横になっていたリンが身体を起こした。


 まだ顔色は完全には戻っていない。


「無理するな」


「大丈夫。見るだけだから」


 リンが魔導書へ視線を向ける。


 その表情が、少しずつ真剣なものへ

 変わっていった。


リンは魔導書を慎重に開き、ページを一枚ずつめくっていく。


「……これ」


 あるページで、リンの手が止まった。


「ネクロマンサーが使っていた魔法障壁について書かれてる」


「魔法障壁?」


 俺が聞き返す。


「うん。それだけじゃない……私たちのサーチを妨害していた、あの妨害障壁についても記述がある」


 リンの声が少し震えていた。


「……これって、失われた魔法の一部かもしれない」


「失われた魔法?」


 ヘクトルが眉をひそめる。


 リンは魔導書から目を離さない。


「現在の魔法体系には、もう存在しない技術がいくつかあるの。昔は使われていたけど、長い年月の中で術式や知識そのものが失われた魔法……」


 そう言いながら、リンはページに刻まれた文字を指でなぞる。


「この障壁は、今の魔法とは術式の構造が全然違う。しかも……かなり高度」


 リンはしばらく黙り込んだ。


「でも……」


「どうした?」


「ほとんど、私には解読できない……」


 リンは困ったように魔導書を見つめる。


「読める部分はほんの一部だけ。文字そのものが古いし、術式の意味も今とは違うみたい」


 俺は魔導書を見る。


 ネクロマンサーが使っていた、あの強力な障壁。


 俺たちの攻撃をことごとく防ぎ、サーチの魔法まで妨害した力。


 その秘密が、この一冊に記されている。


「……それだけでも、とんでもない発見じゃないか?」


 ヘルメスが呟いた。


 リンは小さく頷く。


「うん……」


 それでも、その表情には驚きと戸惑いが入り混じっていた。


「この迷宮……一体、何なんだろう」


 誰も答えられなかった。


 ただ、俺たちの前には――


 古代の迷宮に残された、失われた魔法の一部が静かに眠っていた。


俺は、ヘルメスが持ってきた杖へ目を向けた。


 ネクロマンサーが使っていた杖。


 魔法について詳しくない俺でも分かる。


 これは――明らかなマジックアイテムだ。


「リン、この杖は?」


「ちょっと触ってみるね」


 リンが慎重に杖へ手を伸ばす。


 指先が杖に触れた、その瞬間だった。


 ――フワッ。


 リンの身体を淡い魔力のオーラが包み込んだ。


「……!」


 リンが目を見開く。


 杖から流れ込んだ魔力が、リンの周囲で渦を巻いている。


「すごい……」


 リンは杖を握ったまま、自分の身体を見つめる。


「この杖……私の魔力を増幅してる」


「魔力を?」


 俺が聞き返す。


「うん。今まで使っていた杖とは全然違う。魔法の威力だけじゃない……私の魔力そのものを効率よく引き出してくれてる」


 リンの声には驚きが滲んでいた。


 ヘクトルも杖を覗き込む。


「つまり、すげえ杖ってことか?」


「うん……凄い」


 リンは杖を握り直した。


 その周囲には、まだ淡い魔力の光が漂っている。


「こんな杖……見たことない」


 古代の迷宮で倒したネクロマンサー。


 その手にあった杖と魔導書。


 どうやら俺たちは、魔物を倒しただけではないらしい。


 この迷宮に眠る、古代の遺物まで手に入れてしまったようだ。


リンはしばらく杖を見つめていた。


「……これなら、もしかしたら」


「何か分かったのか?」


 俺が尋ねると、リンは首を傾げながら杖を握り直した。


「分からない。でも……試してみる」


 リンが目を閉じる。


 そして――


 聞いたことのない言葉を口にし始めた。


「……エル・ナーヴァ……セレクト……」


 それは、今までリンが使っていた魔法の詠唱とは明らかに違っていた。


 意味すら分からない。


 だが、杖の先端に魔力が集まっていく。


「何だ……?」


 ヘクトルが身構える。


 次の瞬間――


 ――フッ。


 リンの姿が消えた。


「なっ!?」


「リン!?」


 俺とヘクトル、ヘルメスの三人が同時に声を上げる。


 だが――


 部屋の反対側。


 そこにリンが立っていた。


「……成功した」


 リン自身も驚いたように、自分の手を見つめている。


「今の……」


 俺は言葉を失った。


 間違いない。


 先ほどネクロマンサーが使った、瞬時に移動する魔法。


「まさか……」


 ヘルメスが呟く。


「今の魔法、ネクロマンサーが使ってたやつだよな?」


「うん……」


 リンが頷く。


「私も驚いてる」


 リンは杖を見つめた。


「この杖を握った瞬間……頭の中に、呪文が流れてきたの」


「呪文が……頭に?」


「そう。言葉の意味は分からないのに、どうやって唱えればいいのかだけは分かった」


 リンは少し戸惑ったように杖を握り直す。


「まるで……この杖が、私に魔法を教えてくれたみたい」


 俺たちは誰も言葉を返せなかった。


 古代の迷宮。


 失われた魔法が記された魔導書。


 そして――


 触れただけで、古代の魔法を伝えてくる謎の杖。


 この杖には、一体どれだけの魔法が眠っているのだろう。


俺たちは、ネクロマンサーから手に入れた杖をどうするか話し合った。


 結論は、すぐに決まった。


「やっぱり、この杖はリンが持ってるべきだな」


 ヘクトルが言う。


「私もそう思う」


 ヘルメスも頷いた。


 この中で魔法を使えるのはリンだけだ。


 それに、さっきのように瞬時に移動する魔法が使えるなら、緊急時には大きな助けになる。


「テレポートが使えるなら、危険な状況から逃げることもできるしな」


 俺が言うと、リンも杖を見つめながら頷いた。


「分かった。私が預かる」


 ただし――


「でも、まだ未鑑定だ」


 ヘルメスが杖を見る。


「どんな効果があるのか、全部分かっているわけじゃない。もしかしたら、他にも何か隠された能力があるかもしれない」


「だから、普段は今まで使っていた杖を使おう」


 俺がそう提案すると、リンも同意した。


「うん。この杖は本当に危険な時だけ使うことにする」


 リンは新しい杖を大切そうに布で包んだ。


 そして、いつもの杖を手に取る。


「正式な鑑定ができる場所に着いたら、詳しく調べてもらおう」


「ああ。それまでは慎重に扱おう」


 こうして、ネクロマンサーの杖はリンが持つことになった。


 古代の迷宮で手に入れた、正体の分からないマジックアイテム。


こうして――


 俺たちは、迷宮での一日目を終えようとしていた。


 焚き火を囲みながら、俺たちは交代で見張りを務めた。


 ヘクトル、ヘルメス、俺。


 順番に見張りをしながら、短い眠りにつく。


 迷宮の中は静かだった。


 時折、遠くから何かが動く音が聞こえる。


 それでも、ヘルメスが仕掛けた罠のおかげで、俺たちはある程度安心して休むことができた。


 俺は焚き火の前に座り、揺れる炎をぼんやりと眺めていた。


 眠れない。


 ふと――


 二人の顔が頭に浮かんだ。


 グリフ。


 そして、アン。


「……元気にしてるかな」


 あの二人と別れてから、どれくらい経っただろう。


 俺たちは、それぞれ別の道を進むことになった。


 あの時の俺には、まだ力がなかった。


 だから――


 別々の道を選んだ。


 それが間違いだったとは思っていない。


 それでも。


 今、この静かな迷宮の中で一人になったような時間を過ごしていると、不思議と二人のことを思い出してしまう。


 グリフの軽口。


 アンの笑顔。


 くだらないことで笑った時間。


 命懸けの戦いを一緒に乗り越えたこと。


 いろんな記憶が、次々と蘇ってくる。


「……会いたいな」


 自然と口から言葉が漏れた。


 今まで、そんなことを考える余裕なんてなかった。


 ただ前へ進むことだけを考えていた。


 でも今は――


 無性に、二人に会いたかった。


 焚き火の炎が静かに揺れる。


 俺はその炎を見つめながら、胸の奥で思った。


 いつかまた――


 三人で、くだらない話をしながら笑える日が来ればいい。


 そんなことを考えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。


 古代の迷宮。


 その一日目が、静かに終わろうとしていた。

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