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冒険の書  作者: siva5880


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16/53

古代の迷宮(前編)

団長室を離れた俺は、一度宿へ戻った。


 部屋に入ると、ゼクス団長から貰った魔法のカバンをベッドの上に広げる。


 古代の迷宮へ向かう前に、準備しておかなければならない。


 干し肉やパン、保存の利く食糧をいつもより多めに詰め込む。


 水も十分に用意した。


 さらに、ロープや火打石、包帯などの簡単な治療道具。


 何かあった時に必要になりそうな物を、次々とカバンへ入れていく。


 かなりの量になったが、カバンは不思議なほど軽い。


 これはゼクス団長から貰った魔法のアイテム。


 中に入れた物の重量を大幅に軽減する魔法が掛けられているらしい。


「……本当に便利だな」


 これだけ詰め込んでも、肩に掛けた時にはほとんど重さを感じない。


 迷宮探索には、かなり心強い道具だった。


「……って、まずい!」


 時計を見る。


 ヘクトル達との待ち合わせの時間が、もうすぐだった。


「急がないと!」


 俺は慌ててカバンを背負い、剣と盾を確認する。


 最後に装備を整え、部屋を飛び出した。


 今日は――


 いよいよ、古代の迷宮へ向かう。


 何人もの冒険者が挑み、深部まで攻略した者もいる。


 それでも、最終階層へ辿り着いた者は一人もいない。


 俺たちは、その迷宮へ挑む。


 まずは、ヘクトル達との待ち合わせ場所へ。


 俺は急いで宿を飛び出した。


宿屋を飛び出し、王都の東門へ急いで向かった。


 門の付近まで辿り着くと――ちょうど三人の姿が見えた。


「レオン!」


 大剣を背負ったヘクトルが、こちらに気づいて手を上げる。


「待たせたか?」


「いや、今来たところだ」


 俺は息を整えながら答えた。


 リンとヘルメスにも挨拶を交わす。


「今日はよろしく、レオン」


「ああ。こちらこそ」


 簡単な挨拶を終えると、俺たちは王都の東門を抜けた。


 目指すのは――東の古代迷宮。


 王都からそう遠くない場所にある、古い遺跡群の一つだ。


 今回の目的は、迷宮の内部探索。


 何が待っているのかは分からない。


 魔物だけではなく、迷宮には罠や未知の仕掛けが存在するとも聞いている。


 俺は腰の剣を確かめ、背負った盾に手を触れた。


 そして、歩き出す三人の背中を追う。


 こうして俺たち四人は――


 東の古代迷宮へ向けて、出発した。


迷宮までの道のりは、それほど長くはなかった。


 その間、俺たちは歩きながら、それぞれが集めてきた情報を整理していた。


「まず、迷宮について分かっていることだが――」


 ヘクトルが前を向いたまま口を開く。


「同じ入り口から入ったとしても、迷宮の構造は毎回違うらしい」


「毎回……?」


「ああ」


 リンが頷いた。


「通路の位置や部屋の配置が変わるの。昨日は存在した道が、今日は無くなっていることもあるみたい」


「まるで生きてるみたいだな……」


 俺がそう呟くと、ヘルメスが苦笑した。


「そう感じるのも無理はない。ただ、迷宮そのものが意思を持っているのかどうかは分かっていない」


 俺は黙って耳を傾けた。


 構造が変化する迷宮。


 それだけでも十分厄介だ。


「出てくる魔物も、かなりバラつきがあるらしい」


 ヘルメスが続ける。


「弱い魔物もいれば、かなり強力な個体もいる。中には、滅多に姿を見せない珍しい魔物も確認されているそうだ」


「つまり、何が出てくるかは入ってみないと分からないってことか」


「ああ。だからこそ、迷宮探索は慎重にな」


 ヘクトルが言った。


 俺は頷いた。


 今回の探索は、これまで受けてきた依頼とは明らかに違う。


 決められた場所へ行き、決められた魔物を討伐する。


 そんな単純なものではない。


 迷宮の中では、自分たちがどこにいるのかすら分からなくなる可能性がある。


「それと……」


 リンが少し声を落とした。


「過去には、迷宮の最深部まで辿り着いたパーティーもいたらしいわ」


「最深部まで?」


 思わず聞き返す。


「そう。ただ……」


 リンは少し間を置いてから続けた。


「そこには何もなかったそうよ」


「何も?」


「ええ。広い空間があるだけ。壁に囲まれた、行き止まりのような場所だったって」


 俺はその言葉を聞いて、迷宮の奥を想像した。


 何もない最深部。


 それなら、どうしてそこまで辿り着いた者たちは、わざわざそんな場所を目指したのだろう。


「じゃあ、宝とかは?」


「確認されていない」


 ヘルメスが答えた。


「少なくとも、そのパーティーが持ち帰った記録には、特別な財宝や魔道具についての記述はなかったらしい」


「……何もないのに、最深部まで行ける」


 俺は呟いた。


「それも不思議だな」


「ああ」


 ヘクトルが頷く。


「だからこそ、今回の探索でも何が起きるか分からない。情報は多いに越したことはない」


 俺たちはその後も、持ち寄った情報を確認しながら歩き続けた。


 やがて遠くの景色が変わり始める。


 木々の向こうに、古びた石造りの建造物が姿を現した。


 長い年月を経たような、巨大な石の門。


 その周囲には崩れた石壁や、地面から突き出した古代の建造物の一部が残されている。


「……あれか」


 俺は足を止めた。


「ああ」


 ヘクトルが答える。


「東の古代迷宮だ」


 俺たちは顔を見合わせた。


 そして――


 いよいよ、迷宮の入り口へと歩みを進めた。


迷宮の入り口へ近づくと、そこには数人の騎士団員が立っていた。


 入り口を監視し、迷宮へ入ろうとする冒険者たちの確認を行っているようだ。


「通行証を」


 騎士団員に言われ、俺たちはそれぞれ冒険者手帳を提示した。


 一人ずつ確認が進んでいく。


 ヘクトル、リン、ヘルメス。


 そして最後に俺の冒険者手帳が確認された。


 騎士団員は手帳を閉じると、俺たちを見回した。


「よし、入っていいぞ」


「ありがとうございます」


 ヘクトルが代表して礼を言う。


 俺たちは入り口へ向かおうとした。


 その時だった。


「……一つ言っておく」


 騎士団員が俺たちを呼び止めた。


「過去には、この迷宮で死者も出ている」


 その言葉に、俺たちは足を止めた。


「大怪我を負って、命からがら戻ってきたパーティーもいる。迷宮の中では、何が起こるか分からない」


 騎士団員の表情は真剣だった。


「油断するな。無理だと思ったら、すぐに引き返せ」


「……分かりました」


 ヘクトルが短く答える。


 俺も黙って頷いた。


 死者が出ている。


 その言葉が、胸に重く残った。


 これまでにも危険な依頼はいくつもあった。


 だが、今回の相手は決められた場所にいる魔物ではない。


 何が潜んでいるのかすら分からない場所へ、俺たちはこれから入ろうとしている。


「行こう」


 ヘクトルの声に、俺は前を向いた。


 大きな石造りの入り口。


 その奥には、光の届かない暗闇が広がっている。


 俺は盾を背負い直し、剣の位置を確かめた。


 そして――


 俺たちは古代の迷宮へと足を踏み入れた。


迷宮の中へ入った俺たちは、まず周囲を確認した。


 外から見た印象とは違い、内部は思ったよりも明るかった。


 壁や天井のあちこちに淡い光を放つ石が埋め込まれている。


 松明を使う必要もなく、かなり遠くまで見渡すことができた。


「意外と明るいな」


 俺が呟く。


「これなら助かるわね」


 リンも周囲を見渡している。


 ただし、明るいからといって油断できるわけではない。


 迷宮内では、魔物だけでなく罠にも警戒する必要がある。


「俺が先に行く」


 そう言って前に出たのは、ヘルメスだった。


 弓を手にし、ゆっくりと通路を進んでいく。


 数歩進むたびに足を止め、左右の壁や天井、床を確認する。


 時にはしゃがみ込み、床に目を近づける。


 罠の有無を確認しているのだろう。


 俺たちも一定の距離を保ちながら、その後をついていく。


 先頭にヘルメス。


 その次に俺。


 そしてリン。


 最後尾にはヘクトル。


 自然と、そんな隊列になった。


「……」


 俺は盾に手を添えながら、前方を見つめる。


 静かだ。


 あまりにも静かだった。


 俺たちの足音だけが、石造りの通路に響いている。


 ヘルメスは一切気を抜かない。


 角に差し掛かれば、その先を慎重に覗き込み、何もないことを確認してから進む。


 俺もその動きを見ながら、いつでも剣を抜けるよう意識していた。


 何が出てくるか分からない。


 どんな罠が仕掛けられているかも分からない。


 だからこそ――


 俺たちは一歩ずつ、慎重に迷宮の奥へと進んでいった。


しばらく進んだところで、リンが足を止めた。


「少し待って」


 そう言うと、リンは目を閉じ、右手を前へ伸ばした。


 周囲の空気が、わずかに揺れる。


 ふわりとした風がリンの手元から生まれ、通路の奥へと流れていった。


 風は俺たちの前を進み、迷宮の暗い奥へ消えていく。


「……何をしてるんだ?」


 俺が尋ねると、リンは目を閉じたまま答えた。


「サーチよ」


「サーチ?」


「風の魔法。風を迷宮の奥へ送り込んで、その反射や音の変化を感じ取るの」


 リンは集中したまま、しばらく動かなかった。


「遠くに何かがいれば、風の流れや返ってくる音に違いが出る。魔物の位置を探したり、通路の先がどうなっているかを調べたりできるわ」


「……便利な魔法だな」


「迷宮では特に役に立つわね」


 そう言ってリンは目を開いた。


「少なくとも、この先にすぐ襲ってくるような魔物はいないみたい」


「そうか」


 俺は前を歩くヘルメスを見る。


 彼もリンの話を聞いていたようで、軽く頷いた。


「助かる。俺だけじゃ見えない場所もあるからな」


 そして再び歩き始める。


 しばらくすると、リンはまたサーチを使った。


 今度は先ほどよりも長く風を送り込んでいる。


 風が通路を抜け、いくつもの角を曲がっていく。


 その様子を見ながら、俺は改めてリンを見る。


 魔法使い。


 しかも、風を専門に扱う魔法使いらしい。


 攻撃だけではない。


 こうして周囲を探知することもできる。


 迷宮探索では、かなり頼りになる存在だ。


「レオン」


「ん?」


「前方、少し開けた場所があるわ」


 リンが静かに告げる。


 ヘルメスも足を止めた。


「部屋か?」


「たぶん。でも……」


 リンの表情が少し曇る。


「風の流れが、そこで大きく変わってる」


 俺は剣の柄に手を掛けた。


 ヘクトルも背後から大剣に手を添える。


 静寂に包まれた古代迷宮。


 俺たちは互いに視線を交わしながら、再び慎重に歩を進めた。


ヘクトルが声を潜めて言った。


「ヘルメスの矢の奇襲から開幕だ」


 ヘルメスが静かに弓を構える。


「その後は敵の動きを見て、レオンと俺で臨機応変に対応する。確実に一体ずつ潰していこう」


「分かった」


 俺は盾を構え、いつでも飛び出せるよう身構える。


 ヘクトルも大剣へ手を掛けた。


「私は?」


「魔力を可能な限り温存してくれ」


 ヘクトルがリンを見る。


「必要になった時だけ頼む。最初から魔法を使いすぎると、後が苦しくなる」


「分かったわ」


 リンが小さく頷いた。


 俺たちは最後の確認を終える。


 この先には五体のウルフ型魔物。


 まだ、こちらの存在には気づいていない。


 ヘルメスがゆっくりと弓を引く。


 弦が静かに張り詰める。


 俺は盾を前に構えた。


 その隣で、ヘクトルが大剣の柄を握る。


 静寂。


 そして――


 ヘルメスの視線が、獲物を捉えた。


 次の瞬間。


 放たれた矢が、迷宮の空気を切り裂いた。


姿はウルフ型。


 だが、以前プラムの森で戦ったウルフとは明らかに違っていた。


 一回り大きな身体。


 発達した四肢と鋭い牙。


「ダイアウルフって種らしい」


 ヘルメスが短く告げる。


 その直後だった。


 ヘルメスが放った矢が、休んでいたダイアウルフの急所を正確に射抜いた。


「ギャンッ!」


 一声。


 ダイアウルフはその場に倒れ、動かなくなった。


「一体!」


 俺はすぐさま槍を大きく振りかぶった。


 狙うのは、こちらへ顔を向けた二体目。


「――いけっ!」


 全身の力を込め、槍を投げ放つ。


 槍は一直線に飛び、ダイアウルフの身体を貫いた。


 二体目の巨体が、その場に崩れ落ちる。


「やるじゃねえか、レオン!」


 ヘクトルが声を上げた。


 その顔には、戦いを楽しむような笑みが浮かんでいる。


 そして――


「俺も行くぜ!」


 大剣を構えたヘクトルが、残ったダイアウルフへ正面から突進していく。


 巨体同士が真正面からぶつかる。


 ダイアウルフが牙を剥き、ヘクトルへ飛びかかった。


 ヘクトルは怯むことなく、大剣を振り上げる。


「さあ来い!」


 迷宮の広間に、鋭い咆哮と大剣の風切り音が響き渡った。


ヘクトルの怪力は――恐ろしいほどだった。


 飛びかかってきたダイアウルフを真正面から迎え撃つ。


「――おらぁっ!」


 大剣が振り下ろされた。


 次の瞬間。


 ダイアウルフの巨体が、縦に真っ二つに切り裂かれた。


「三体目!」


 ヘクトルが大剣を振り抜いたまま叫ぶ。


 その直後。


 ヒュッ――!


 再び矢が飛んだ。


 奇襲に戸惑い、動きを止めていた四体目のダイアウルフ。


 その急所へ、ヘルメスの矢が正確に突き刺さる。


「ギャッ……!」


 ダイアウルフはその場に倒れ、絶命した。


 残るは――一体。


 最後のダイアウルフが、俺へと狙いを定めた。


「来る!」


 次の瞬間、巨体が跳びかかってくる。


 俺は盾を構えた。


 衝撃を真正面から受け止めるのではなく、盾の角度を変える。


「――っ!」


 ダイアウルフの身体を盾で受け流す。


 その勢いのまま、俺は身体を捻った。


「そこだ!」


 横腹へ前蹴りを叩き込む。


「グルァッ!」


 ダイアウルフの巨体が横へ吹き飛んだ。


 そして――


「もらった!」


 ヘクトルが踏み込んだ。


 大剣が一閃する。


 ダイアウルフはその一撃を受け、その場に崩れ落ちた。


「五体目!」


 静寂が戻った。


 広間に残っているのは、俺たち四人と、倒れた五体のダイアウルフだけだった。


「……終わったな」


 俺が息を吐く。


 思ったよりも、あっけない戦いだった。


 奇襲から始まり、一体ずつ確実に仕留める。


 俺たちは、五体の魔物を倒すことができた。


ダイアウルフとの戦いを終えた俺たちは、倒した魔物の素材を手早く回収した。


 その後も、俺たちは迷宮の奥へ進んでいった。


 一つの部屋を抜けるたびに、互いの動きを確かめる。


 ヘルメスが先行して敵の位置を探り、俺が盾で前線を支える。


 ヘクトルが隙を見て強烈な一撃を叩き込み、リンは必要な場面だけ魔法を使う。


 戦いを重ねるにつれて、少しずつ四人の連携が噛み合っていくのを感じた。


「だいぶ慣れてきたな」


 ヘクトルが笑う。


「ああ」


 俺も頷いた。


 そうして、いくつもの部屋を一つずつ確実に攻略していった。


 やがて――


「……ここは?」


 俺たちは、今までとは少し違う部屋へ辿り着いた。


 広い。


 そして、魔物の姿がない。


 ヘルメスが慎重に周囲を確認する。


「今のところ、何もいない」


 リンも風を送り込んで確認する。


「罠も……反応はないわ」


 俺たちは警戒しながら部屋の中へ入った。


 その時だった。


「……あれ」


 俺は部屋の中心を見つめた。


 そこには――


 一つの宝箱が置かれていた。


 古びた木と金属で作られた、かなり古そうな宝箱。


 長い年月、この迷宮の中に置かれていたのだろう。


 表面には傷や汚れが目立ち、金具にはところどころ錆が浮いている。


「宝箱……」


 リンが呟く。


 ヘクトルが大剣から手を離し、宝箱を見つめた。


「……いよいよ迷宮らしくなってきたな」


 俺は宝箱から目を離さなかった。


宝箱を前に、俺たちは慎重になっていた。


 迷宮に置かれた宝箱。


 中身が何であれ、罠が仕掛けられている可能性は十分にある。


「私が調べるわ」


 リンが宝箱へ近づいた。


 鍵穴や蓋の隙間へ手をかざし、風の魔法――サーチを使う。


 細い風が鍵穴から内部へ入り込み、宝箱の中を探るように流れていく。


 しばらくして、リンが顔を上げた。


「魔法の罠の痕跡は見当たらないわ」


 さらに宝箱を細かく確認する。


「物理的な罠も……ないように感じる」


「そうか」


 ヘルメスが頷く。


「なら、次は俺だな」


 ヘルメスは腰から細い工具を取り出した。


「ピッキングのスキルを使う。少し離れていてくれ」


 俺たちは少し後ろへ下がった。


 ヘルメスは鍵穴へ工具を差し込む。


 カチャ……。


 小さな音が響く。


 ヘルメスは集中したまま、慎重に工具を動かしていく。


 そして――


「……開いた」


 カチリ、と音がした。


 ヘルメスがゆっくりと蓋を持ち上げる。


 俺たちは中を覗き込んだ。


 そこに入っていたのは――


 一つの指輪。


 そして、何かが描かれた魔法のスクロールだった。


「指輪と……スクロール?」


 俺が呟く。


 指輪には細かな装飾が施されている。


 古いもののようだが、汚れや傷は少ない。


 そして、その隣に丁寧に巻かれたスクロールが置かれていた。


「魔法のスクロールね」


 リンが目を輝かせる。


「古代迷宮で見つかったものなら、かなり珍しいかもしれない」


 ヘルメスは二つの品を慎重に取り出した。


 俺は指輪を見つめながら思った。


 この迷宮には――


 まだ、俺たちの知らないものが眠っているのかもしれない。


「すぐにでも効果や、スクロールに何が記載されているのか知りたいところだけど……」


 リンが指輪とスクロールを眺めながら、楽しそうに笑った。


「残念ながら、ギルドで鑑定士に鑑定してもらわないと分からないわね」


「鑑定士か」


 俺は指輪を見つめる。


 見た目だけでは、どんな力を持っているのか全く分からない。


「そういうものなのか?」


「ええ。魔道具や古代の品には、見ただけでは効果が分からないものも多いの。特に迷宮で見つかったものなら、なおさら慎重に扱った方がいいわ」


 リンはそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。


「でも……どんな効果なのか、気になるわね」


 その目は、まるで宝物を見つけた子供のように輝いている。


 俺は思わず笑った。


「リンはこういうのが好きなんだな」


「もちろん!」


 即答だった。


「古代迷宮から見つかった魔道具よ? 気にならない方がおかしいわ」


「ははっ、確かにな」


 俺たちはそんな会話を交わしながら、見つけた指輪とスクロールを大切にしまった。


 その時、俺はふと思った。


 ――この迷宮には、一体どれだけの未知のものが眠っているのだろう。


 そう考えると、これから先の探索が少し楽しみになった。


宝箱を回収した俺たちは、さらに迷宮の奥へと進んだ。


 しばらくは一本道が続いた。


 やがてリンが足を止める。


「……この先、大きな部屋があるわ」


 俺たちも足を止めた。


「魔物は?」


 ヘルメスが尋ねる。


「大型の人型が二体。かなり大きいわ」


 リンのサーチによれば、部屋の中には二体の魔物がいる。


 俺たちは入り口の手前まで進み、左右に分かれた。


 ヘルメスと俺が片側。


 ヘクトルとリンが反対側。


 物音を立てないように壁際へ身を寄せ、部屋の中を覗き込む。


 そこにいたのは――


「……オークだ」


 大型の人型魔物。


 俺たちが見たことのないほど大きなオークが二体。


 こちらにはまだ気づいていない。


 ヘルメスが静かに弓を構える。


 俺も槍を手に取った。


 反対側では、ヘクトルが大剣ではなく手斧を握っている。


「一斉にいくぞ」


 ヘクトルが小声で言った。


 俺たちは互いに視線を交わす。


 狙うのは、オーク二体。


 奇襲で一気に削る。


 ヘルメスが弦を引き絞る。


 ヘクトルが手斧を構える。


 俺も槍を大きく振りかぶった。


「――今だ!」


 ヘルメスの矢が放たれる。


 ほぼ同時に、ヘクトルの手斧が唸りを上げて飛んだ。


 そして俺も――


「――っ!」


 全身の力を込め、槍を投げ放つ。


 三つの遠距離攻撃が、ほぼ同時にオークへ襲いかかった。


最初に届いたのは、ヘルメスの矢だった。


 一直線に飛んだ矢は、オークの左目へ突き刺さる。


「グオオオッ!」


 オークが顔を押さえ、激しく身をよじった。


 その隙を逃さない。


 俺はすでに槍を投げ終えていた。


 飛翔した槍は、怯んだオークの首を正確に捉える。


「――っ!」


 深々と突き刺さった槍。


 オークの身体が大きく揺れ、そのまま膝から崩れ落ちた。


「一体!」


 だが、もう一体はまだ立っている。


 ヘクトルが投げた手斧が、もう一体のオークの左肩へ直撃していた。


「グオオオオッ!」


 手斧が肩へ食い込み、そこから大量の血が流れ落ちている。


 オークは肩を押さえながら、怒りに満ちた咆哮を上げた。


 その巨体が、ゆっくりとこちらを向く。


「効いてるな」


 ヘクトルが口元を吊り上げた。


 だが、まだ倒れてはいない。


 オークの右手には巨大な武器が握られている。


 俺は盾を構え直した。


「来るぞ!」


 負傷したオークが、俺たちへ向かって走り出した。


 地面が大きく揺れる。


 残る敵は一体。


 俺たちはそれぞれの武器を構え、迎え撃った。


負傷したオークが握っている武器を見て、俺は息を呑んだ。


 古く、巨大な棍棒。


 長い年月を経ているのか表面には傷がいくつも刻まれているが、その大きさだけでも十分な脅威だった。


 あれをまともに受ければ――怪我では済まない。


「気をつけろ!」


 俺が叫ぶ。


 オークが棍棒を振り上げた。


 その瞬間。


 ヒュッ――!


 ヘルメスの矢が飛ぶ。


 一本目はオークの足へ。


「グオッ!」


 続けて二本目。


 今度は武器を握る手へ向かって放たれた。


 矢が命中し、オークの動きが一瞬止まる。


「今だ!」


 ヘルメスの声。


 オークが怯んだ、その隙に――


「おらぁっ!」


 ヘクトルが踏み込んだ。


 両手で握った大剣を大きく振りかぶる。


 巨大な刃が、迷宮の光を反射した。


 そして――


 ズンッ!


 大剣がオークへと斬りかかった。


 凄まじい衝撃音が、広い部屋に響き渡った。


ヘクトルの大剣は、そのままオークの左肩へ深々と食い込んだ。


「グオオオオッ!」


 オークが苦痛の咆哮を上げる。


 肩から大量の血が流れ落ちる。


 それでも――倒れない。


 巨体はふらつきながらも、まだ立っていた。


 右手には、あの巨大な棍棒。


 オークはそれを振り上げようとする。


「させるか!」


 俺はすぐさま踏み込んだ。


 狙うのは――棍棒を握っている腕。


 オークが棍棒を振り下ろすよりも早く、俺は剣を横薙ぎに振り抜いた。


「――っ!」


 刃が腕を捉える。


 次の瞬間――


 巨大な棍棒を握った腕が、オークの身体から切り離された。


 棍棒が床へ落ち、重い音を響かせる。


 オークは残った腕で傷口を押さえながら、よろめいた。


 俺は剣を構え直す。


 まだ倒れてはいない。


 だが――


 もう、戦える状態ではなかった。


オークは切断された腕を押さえながら、ゆっくりと膝をついた。


 荒い息が、広い部屋に響く。


 そして――


 その目から、徐々に光が消えていった。


 巨体が前のめりに倒れる。


 ズシンッ――。


 地面を揺らすような音が響いた。


「……よし!」


 リンの嬉しそうな声が聞こえた。


 振り返ると、リンとヘルメスが顔を見合わせている。


「やったな!」


「ええ!」


 二人は嬉しそうに手を上げ――


 パンッ!


 ハイタッチを交わした。


 その様子を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。


「俺たちもやるか」


「おう!」


 ヘクトルが笑う。


 俺たちも手を上げる。


 パンッ!


 乾いた音が迷宮の広間に響いた。


 俺は盾を持ったまま、ヘクトルと顔を見合わせた。


 最初のダイアウルフとの戦い。


 そして、今のオークとの戦い。


 四人で互いの動きを見ながら戦い、確実に敵を仕留めてきた。


 少しずつだが――


 俺たちの連携が形になってきている。


 そんな実感があった。


戦いを終えると、ヘクトルが倒れたオークの身体へ近づいていった。


「こいつは素材が取れそうだな」


 ヘクトルは慣れた手つきで解体を始める。


 牙や皮、爪など――オークから採取できる素材を次々と回収していく。


「かなり取れるな」


 俺が眺めていると、ヘクトルが笑った。


「オークは使える素材が多いんだ。持って帰れば、ギルドでもそれなりの値段になる」


 素材を袋へ詰め終えると、俺たちは部屋の奥へ目を向けた。


 そこには――


「……階段?」


 部屋の先に、下へ続く階段が見えていた。


 古びた石造りの階段。


 その先は暗く、どこまで続いているのか分からない。


 リンが周囲を確認する。


「この先も続いているみたい」


「つまり……」


 ヘルメスが階段を見下ろした。


「次の階層ってことだな」


 俺は階段の先を見つめた。


 ここまででも、ダイアウルフやオークといった魔物と戦ってきた。


 そして迷宮の構造は、まだ始まったばかりだ。


「行こう」


 ヘクトルが大剣を背負い直す。


 俺たちは階段の前に立った。


 そして――


 ゆっくりと、地下へ続く階段を降り始めた。


 どうやら俺たちは――


 古代迷宮の次の階層へ、辿り着いたようだ。


階段を降りた瞬間――


 空気が変わった。


「……さっきまでとは、明らかに違うな」


 俺は思わず呟いた。


 先ほどまでの階層とは違い、冷たい空気が肌にまとわりつく。


 薄暗い。


 そして、どこか重苦しい。


 俺たちは階段を降りてすぐの部屋へ足を踏み入れた。


 その時だった。


「……いるわ」


 リンが前方を見つめる。


 部屋の奥。


 そこには――


 複数体のスケルトンとゾンビが立っていた。


 骨だけの身体を軋ませるスケルトン。


 腐敗した身体を引きずるゾンビ。


 こちらへ気づいたように、ゆっくりと顔を上げる。


「数が多いな」


 ヘルメスが弓を構える。


 だが、その前にリンが一歩前へ出た。


「ここは私に任せて」


 リンが右手を掲げる。


 周囲の空気が激しく渦を巻き始めた。


「――ウィンドカッター!」


 瞬間。


 目には見えないほど鋭い風の刃が、迷宮の部屋を駆け抜けた。


 ヒュンッ――!


 一枚。


 二枚。


 次々と放たれた風の刃が、ゾンビたちの首を狙って飛んでいく。


 ズバッ!


 腐敗した首が次々と切り飛ばされる。


 頭を失ったゾンビたちは、その場に崩れ落ちた。


 そして――


 身体が黒い灰へと変わっていく。


「……すごい」


 俺は思わず呟いた。


 リンは息を整えながら、前方を見つめている。


「アンデッド相手なら、首を落とすのが一番確実よ」


 だが――


 まだスケルトンが残っている。


 骨の身体を軋ませながら、こちらへ向かってくる。


 俺は盾を構えた。


「今度は俺たちの番だな」


 迷宮の奥から、乾いた骨の音が響いていた。


残ったスケルトンたちが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


 よく見ると、その中には普通のスケルトンとは違うものもいた。


 古びた鎧や兜を身につけ、盾を構えている。


 手には剣や斧。


 まるで、かつてこの迷宮を守っていた兵士の亡骸が、そのまま動き出したかのようだった。


「武装してるな」


 ヘルメスが弓を構える。


「油断するな。あの装備なら、普通のスケルトンより厄介だ」


 俺は盾を構えた。


 スケルトンの一体が剣を振り上げ、こちらへ突っ込んでくる。


 俺は盾で剣を受け止めた。


「――っ!」


 ガキンッ!


 骨だけの身体からは想像できないほどの力が盾へ伝わってくる。


 だが、その隙をヘルメスは逃さなかった。


 ヒュッ――!


 放たれた矢が、スケルトンの頭蓋へ突き刺さる。


 動きが止まった。


「今だ!」


 俺は盾でスケルトンの身体を押し退け、剣を振り抜いた。


 骨が砕け、スケルトンが崩れ落ちる。


「次!」


 横から別のスケルトンが斧を振り下ろしてきた。


 俺が盾を構えるより早く――


「おらぁっ!」


 ヘクトルが飛び込んできた。


 大剣が斧ごとスケルトンを叩き斬る。


 骨が砕け、鎧が床へ転がった。


「残りも片付けるぞ!」


 ヘクトルの声に、俺とヘルメスも続く。


 俺が盾で敵の動きを止める。


 ヘルメスが遠距離から正確に頭部を射抜く。


 そして、動きを止めたところをヘクトルの大剣が粉砕する。


 三人の連携が、自然と噛み合っていく。


 最後の一体が倒れ――


 ガシャッ……。


 古びた鎧と骨が、床へ崩れ落ちた。


「……終わったな」


 俺は剣を下ろした。


 辺りを見渡す。


 ゾンビは灰となり、スケルトンたちは骨と装備だけを残している。


「ねえ、この鎧や装備って……」


 リンが床に散らばった古びた鎧や盾、剣を眺めながら、楽しそうに言った。


「鍛冶屋に持っていけば、使えるようにできないかしら?」


「確かに、状態を見てもらう価値はありそうだな」


 俺も装備を見ながら頷く。


 長い年月を経ているとはいえ、まだ使えそうなものもある。


「でも――」


 ヘルメスが苦笑した。


「これだけの装備を全部持って帰るのは無理だろ。重すぎる」


 確かにその通りだった。


 鎧だけでもかなりの重量がある。


 これに盾や剣、斧まで加えれば、俺たちの荷物はあっという間に限界になる。


「……そういえば」


 俺は自分の荷物に目を向けた。


「これがある」


「何?」


 リンが首を傾げる。


 俺は騎士団長から貰ったカバンを取り出した。


「騎士団長から貰ったんだ。中に入れた物より、外見の大きさからは考えられないくらい物が入るらしい」


「……魔法のカバン?」


 リンの目が輝く。


「ああ。試しに使ってみる」


 俺は床に置かれていた鎧へ手を伸ばした。


 カバンの口を開き、鎧を入れる。


 すると――


 大きな鎧が、まるで吸い込まれるようにカバンの中へ消えた。


「……入った」


 ヘルメスが目を丸くする。


「しかも、重さは?」


 俺はカバンを持ち上げてみた。


「……ほとんど変わらない」


「便利すぎるだろ、それ」


 ヘクトルが笑う。


 俺たちは残っていた鎧や盾、剣、斧などを一つずつカバンへ収納していった。


「これなら持って帰れるわね!」


 リンは嬉しそうに装備を眺めている。


 迷宮から持ち帰った古代の装備。


 鍛冶屋で修復できるのか。


 そして、どんな性能を秘めているのか。


 それを確かめるのは、王都へ戻ってからになりそうだった。


俺たちは回収した装備をカバンへ仕舞い、さらに迷宮の奥へと進んだ。


 しばらく進むと、再び大きな部屋へ続く通路が現れた。


 リンがいつものように足を止める。


「……ちょっと待って」


 右手を前へ伸ばし、サーチの魔法を使う。


 風が通路の奥へ流れていく。


 だが――


「……おかしい」


 リンの表情が変わった。


「何かいるのか?」


 俺が尋ねる。


「分からない」


「分からない?」


「ええ。サーチが途中で途切れてる」


 リンはもう一度、風を送り込む。


 しかし、結果は同じだった。


「この先に魔力による妨害がかかってる。風を送り込んでも、奥の情報が取れないわ」


 ヘルメスが眉をひそめる。


「魔力妨害……?」


「そう」


 リンは通路の先を見つめた。


「しかも、これは明らかに自然に発生したものじゃない」


 少し考えたあと、リンが言った。


「魔法使いか、魔術師の仕業だよ」


「……魔物が使った可能性は?」


 ヘクトルが尋ねる。


「ゼロとは言えない。でも、こんな形でサーチを妨害する魔法は、かなり意図的なものだと思う」


 俺は黙って通路の先を見る。


 先ほどまでとは明らかに違う。


 魔物がいるのか。


 罠があるのか。


 それとも――


 誰かが、この先で俺たちを待っているのか。


 分からない。


「つまり、ここから先はサーチなしで進むしかないってことか」


「そういうことね」


 リンは杖を握り直した。


「気をつけて。何がいるのか、全く分からないから」


 俺たちは武器を構えた。


 そして、魔力によって情報を遮られた未知の部屋へ向かって、一歩ずつ進み始めた。


その時だった。


 部屋の奥から――


 何かが飛んできた。


 光の玉のようなもの。


 淡い光を放ちながら、凄まじい速度でこちらへ迫ってくる。


「――何だ!?」


 目で追う間もない。


 次の瞬間には、すでに俺たちの目の前まで迫っていた。


「奇襲だ!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


「避けろ!」


 俺は盾を構え、身を低くする。


 ヘルメスが横へ飛び退き、リンも慌てて後方へ下がる。


 ヘクトルは大剣を構えながら、正面から飛んでくる光の玉を睨みつけた。


 シュンッ――!


 光の玉が、俺たちの間を掠めて飛んでいく。


 そして――


 ドンッ!!


 背後の壁に激突した。


 石壁が大きく砕け、破片が床へ散らばる。


「……魔法か?」


 俺は盾を構えたまま、部屋の奥を見つめた。


 だが――


 そこに何がいるのか、まだ見えない。


 リンのサーチも効かない。


 俺たちは完全に、未知の敵の射程内にいた。

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