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冒険の書  作者: siva5880


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14/61

その技の名前は

騎士団の訓練場では、冒険者を対象にした無料の訓練が行われることがあった。


剣や盾、槍など、騎士団が日々磨いている技術を冒険者たちにも教えるためのものだ。


そのため、今日も訓練場には数多くの冒険者が訪れていた。


俺も訓練参加の受付を済ませ、他の冒険者たちとともに訓練場の中へ入る。


広い土の訓練場。


その中央に、複数人の騎士が立っていた。


一人は――大柄な男。


鍛え上げられた身体に、顔には大きな傷跡が残っている。


その姿を見るだけで、ただ者ではないことが分かる。


そして、もう一人。


隣に立っているのは、まだ若そうな小柄な女剣士だった。


武器はショートスピア。


小柄な身体からは想像できないほど、鋭い眼差しをしている。


周囲の冒険者たちがざわめき始めた。


「……あれって」


「騎士団長のゼクスだろ?」


「隣にいるのは副団長のレイラじゃないか?」


どうやら、この二人が今日の訓練を担当するらしい。


俺は二人を見つめながら、自然と背筋を伸ばした。


――騎士団長。


そして、副団長。


今まで俺が受けてきた訓練とは、明らかに違う。


今日ここで、どんなことを教えてもらえるのだろう。


俺はそんな期待を胸に、訓練場の中央へと進んだ。


騎士団が冒険者たちに教えるのは、近接戦闘における「組み手」と呼ばれる訓練だった。


実戦を想定し、互いに武器を構えながら相手の動きを読み、攻撃を受け、崩し、反撃する。


ただ剣を振るだけの訓練ではない。


相手との距離。


足の運び。


身体の重心。


そして、一瞬の隙を見逃さない判断力。


そういった近接戦闘に必要な技術を、実際に相手と向き合いながら身につけていく訓練だった。


参加している冒険者の多くは、剣士などの近接戦闘を得意とする者たち。


中には弓を扱う冒険者の姿もある。


俺もその中に混じり、訓練場の中央へ向かった。


一方で、今回の訓練に参加していない冒険者たちは、訓練場の端に設けられた観客用のスペースへ移動していた。


どうやら仲間の訓練を見学するつもりらしい。


「せっかくだし、見ていこうぜ」


「騎士団の組み手なんて、そうそう見られないからな」


そんな声が聞こえてくる。


俺も観客席へ目を向けた。


そこには、訓練を面白そうに眺めている冒険者たちの姿があった。


冒険者たちは騎士団員とそれぞれペアを組み、組み手の基礎を学び始めた。


剣を持つ者。


槍を持つ者。


斧を構える者。


そして俺のように、盾を構える者。


武器を持ったままの組み手だった。


最初に教えられたのは、相手の攻撃を真正面から受け止めないこと。


「来い!」


騎士団員が剣を振り込んでくる。


俺は盾を構え、打ち込まれた瞬間に身体を捻った。


盾で完全に受け止めるのではない。


相手の力を横へ逃がす。


そのまま相手の腕を取り、自分の身体を回転させる。


「――こうだ」


騎士団員が身体を崩され、俺の横を通り抜ける。


そして、そのまま地面へ倒れ込んだ。


「なるほど……」


思わず声が漏れた。


力で押し返しているわけじゃない。


相手が踏み込んできた力を利用している。


身体を捻り、相手の重心を崩す。


それだけで、自分より体格の大きな相手でさえ投げることができる。


「武器を持った実戦では、こうした組み手が生死を分ける」


教官の声が響く。


「攻撃を受けた瞬間に力で対抗するな。相手の力を利用しろ。相手が強ければ強いほど、その力を利用できる」


俺はその言葉を聞きながら、もう一度さっきの動きを思い返した。


――相手の力を利用する。


これは使える。


剣だけじゃない。


盾でも、槍でも。


相手の懐に入った瞬間にも使える。


かなり参考になることばかりだった。


様々な相手を想定するため、組み手の相手は一定の時間ごとに入れ替わっていった。


剣士。


槍使い。


斧を扱う者。


盾を持つ者。


相手が変わるたびに、戦い方も変わる。


俺は一人一人の動きを確かめながら、組み手を続けていった。


そして――


次に俺の前へやって来た男を見て、思わず息を呑んだ。


「……大きいな」


目の前に立っているのは、他の冒険者たちとは明らかに体格が違う男だった。


肩幅が広く、腕も太い。


身長も俺より頭一つ、いや、それ以上に高い。


鍛え上げられた身体は、まるで騎士団の重装兵のようだった。


「俺はヘクトルだ」


男はそう名乗った。


「レオンだ。よろしく」


握手を交わす。


その手を握った瞬間、分かった。


――力が、とんでもなく強い。


俺の手が、その大きな手にすっぽりと包まれてしまう。


周囲から声が聞こえてきた。


「次はヘクトルか」


「ありゃ、レオンって奴も大変だな」


「ヘクトル、今日も負けなしだぞ」


俺は周囲を見渡した。


どうやら、この男はかなり有名らしい。


先ほどまでの組み手でも、騎士団員を相手に一度も負けていないという。


そして観客席へ目を向けると――


そこには一人の女魔法使いと、弓を背負った男がいた。


「ヘクトル! そのままやっちゃえ!」


女魔法使いが声を上げる。


「油断するなよ、ヘクトル!」


弓使いの男も笑いながら声援を送っている。


どうやら二人とも、ヘクトルの知り合いらしい。


俺が二人を見ていると、ヘクトルが笑った。


「リンとヘルメスだ。俺の仲間だよ」


「なるほど」


俺は改めてヘクトルを見る。


大柄な身体。


圧倒的な腕力。


そして、騎士団員相手にも負けない実力。


――今まで戦ってきた相手とは、明らかに違う。


「それじゃあ……始めようか」


ヘクトルが拳を握る。


俺も盾を構えた。


次の瞬間。


訓練場の空気が、少しだけ変わった。


ヘクトルが手にしていたのは、ひときわ大きな木製の大剣だった。


訓練用とはいえ、その大きさは普通の剣とは比べものにならない。


「いくぞ!」


ヘクトルが踏み込んだ。


ズンッ!


大きな身体が、一気に迫ってくる。


そして――


「ッ!」


木製の大剣が、力任せに横薙ぎに振り抜かれた。


風を切る音が響く。


続けざまに、今度は上からの打ち込み。


重い。


まともに受ければ、盾ごと吹き飛ばされそうな一撃だった。


それでも――


不思議と恐怖心はなかった。


なぜだろう。


俺は目の前の巨大な男を見ながら、ふと思った。


――そうか。


ヘイゼルの白に比べたら……。


あの異常な大剣。


あの化け物と向き合った時に感じた恐怖に比べれば、この程度。


俺の身体から、余計な力が抜けていく。


ヘクトルが大剣を振り上げた。


次の瞬間。


「――そこだ」


大剣が振り下ろされる。


俺は盾を真正面からぶつけなかった。


打ち込まれる寸前、盾を傾ける。


ガンッ!


大剣が盾の表面を滑った。


同時に身体を捻る。


ヘクトルの力を受け止めるのではなく――


その力を、そのまま利用する。


「なっ――」


ヘクトルの身体が前へ流れた。


俺は踏み込みながら、その巨体の重心を崩す。


そして――


「――ッ!」


身体を一気に回転させた。


次の瞬間。


ドォンッ!!


あれほど大きかったヘクトルの身体が――


宙を舞った。


そして、地面へ叩きつけられる。


一瞬だった。


誰も声を上げなかった。


騎士団員も。


冒険者も。


観客席にいたリンも、ヘルメスも。


訓練場全体が、嘘のように静まり返っていた。


俺自身も、何が起きたのか完全には理解できていなかった。


ただ一つだけ分かる。


――さっき教わった組み手の技術。


相手の力を利用する。


それを、俺は今、実際に使ったのだ。


静まり返った訓練場に、最初に響いたのは――


「……ははっ」


倒れていたヘクトルの声だった。


「はははははっ!」


次第に声は大きくなり、訓練場いっぱいに響き渡る。


ヘクトルは地面に手をつき、ゆっくりと身体を起こした。


そして、服についた土を払いながら立ち上がる。


「すげぇな……!」


その顔には、怒りも悔しさもなかった。


むしろ――


心底楽しそうに笑っている。


「もう一回だ!」


ヘクトルが大声で言った。


「もう一回、やろうぜ!」


「え?」


俺は思わず聞き返した。


「今の、もう一回だ!」


ヘクトルは大きな身体を揺らしながら笑っている。


「俺をあんな簡単に投げた奴なんて、今までいなかったぞ!」


その声に、観客席からもざわめきが広がった。


「ヘクトルが投げられた……?」


「しかも一瞬だったぞ」


そんな声が聞こえてくる。


俺は観客席へ目を向けた。


そこには、先ほどヘクトルを応援していた二人がいる。


女魔法使いのリンは、目を大きく見開いたまま固まっていた。


「……嘘でしょ」


隣にいるヘルメスも、言葉を失っている。


「ヘクトルが……投げられた?」


二人とも、まるで信じられないものを見たような顔をしていた。


それも当然だろう。


さっきまで騎士団員を相手に、力で圧倒していた男なのだから。


そんなヘクトルを――


俺は一瞬で地面に転がしてしまった。


「おい、レオン!」


ヘクトルがこちらへ声をかける。


「今度は俺も、もっと本気でいくぞ!」


「いや……組み手だからな?」


思わずそう返すと、


「だから面白いんだろ!」


ヘクトルはまた大声で笑った。


その豪快な笑い声が、静まり返っていた訓練場に再び響き渡った。


ヘクトルとの二度目の組み手が始まった。


構えた瞬間から分かった。


――さっきとは違う。


ヘクトルの目つきが変わっている。


「いくぞ、レオン!」


次の瞬間。


巨大な木製の大剣が振り下ろされた。


「ッ!」


盾を構える。


ドォンッ!


凄まじい衝撃が腕に伝わってきた。


重い。


まるで大木そのものが落ちてきたような一撃だった。


ヘクトルは止まらない。


横薙ぎ。


打ち下ろし。


踏み込みからの振り上げ。


一撃一撃に容赦がない。


――まるで魔物そのものだ。


普通の冒険者なら、この圧力だけで足が止まってしまうだろう。


それでも。


俺は恐れなかった。


ヘイゼルの白。


あの化け物と向き合った時の恐怖。


あれを知っている。


だから――


「まだだ!」


ヘクトルが大剣を振り下ろす。


俺は盾を傾けた。


真正面から受けない。


大剣が盾の表面を滑る。


その瞬間、身体を捻る。


ヘクトルの巨体が前へ流れた。


「なにっ!」


俺はその勢いを利用して踏み込み――


「――せいっ!」


一気に身体を回転させる。


ドォンッ!


またしてもヘクトルの巨体が宙を舞った。


土煙が上がる。


大きな身体が地面へ転がった。


「…………」


俺は盾を構えたまま、倒れたヘクトルを見つめる。


そして――


「そこまで!」


鋭い声が訓練場に響いた。


副団長のレイラだった。


レイラが二人の間へ歩み寄ってくる。


「組み手はここまでです」


その一言で、ヘクトルも大剣を下ろした。


俺も盾を下ろす。


周囲からは、まだ驚きの声が消えない。


レイラは俺とヘクトルを交互に見つめると、わずかに目を細めた。


「……面白い組み手でしたね」


その言葉に、俺はただ黙って頷いた。



騎士団長のゼクスと副団長のレイラが、少し離れた場所で何かを話している。


二人とも時折こちらへ視線を向けている。


「……?」


何を話しているのだろう。


しばらくすると、レイラがこちらへ歩いてきた。


「次は、実戦に近い形で模擬戦を行います」


どうやら、先ほどまでの組み手とは違う訓練をするらしい。


俺が盾を構え直した、その時だった。


レイラの視線が、俺の腰にあるショートスピアへ向いた。


「……その槍」


レイラの表情が変わる。


「少し見せてもらえますか?」


俺は槍を手に取り、レイラへ差し出した。


レイラは槍を見つめた。


そして――


「……間違いありません」


「え?」


「その槍は、私の師が使っていたものです。」


「バァルさんを知っているんですか?」


「知っているも何も……」


レイラは槍から目を離し、俺を見る。


「私は、バァルさんの弟子です」


思わぬ言葉に、俺は驚いた。


バァルさんが王国騎士だったことは知っている。


だが、そのバァルさんが――


目の前にいる騎士団副団長を育てた師匠だったとは。


レイラは槍を俺へ返した。


「師匠がその槍を誰かに託したとは聞いていませんでした」


「俺は農村でバァルさんに出会って……そこで槍を教えてもらいました。そして、王都へ行くなら持っていけと」


「……そうですか」


レイラは少しだけ微笑んだ。


「ならば、ぜひ見せてください」


「何を?」


レイラはすぐに自分のショートスピアを構えた。


「あなたが、師匠から何を教わったのか」


そして、静かに告げた。


「――あなたは私と模擬戦をしてください」


俺は思わずレイラを見る。


「……分かりました」


訓練場の空気が、再び変わった。


周囲にいた騎士団員たちが、一斉にざわめき始めた。


「……副団長が?」


「冒険者と模擬戦をするのか?」


「今まで、そんなことあったか?」


騎士団員たちは驚きを隠せない様子だった。


当然だ。


レイラ副団長が冒険者を相手に模擬戦をすることなど、普段はほとんどない。


しかも、今回は訓練の一環とはいえ――


相手は、騎士でもなければ王国兵でもない。


ただの一人の冒険者。


それが俺だった。


観客席からもざわめきが聞こえてくる。


「レイラ副団長が自分から相手を選んだのか?」


「さっきのヘクトルとの組み手を見たからじゃないか?」


そんな声が飛び交う。


俺は周囲の反応を聞きながら、改めて目の前のレイラを見る。


小柄な身体。


俺と同じショートスピア。


けれど、その構えを見ただけで分かる。


――強い。


これまで戦ってきた冒険者とは違う。


バァルさんから教わった槍術。


それをさらに長い年月をかけて磨き上げた人間が、今、俺の目の前にいる。


レイラが静かに槍を構えた。


「準備はいいですか?」


「ああ」


俺も盾を構え、ショートスピアを握る。


周囲のざわめきが、少しずつ消えていく。


そして――


俺とレイラ。


二人の槍使いが、訓練場の中央で向かい合った。


開始の合図など、必要なかった。


最初から、互いに全力だった。


レイラが踏み込む。


俺も同時に地面を蹴った。


一瞬で距離が消える。


互いの間合いは、ショートスピアを振るには近すぎるほどの近距離。


それでも――槍を突く。


「――ッ!」


一段。


レイラの槍が俺の首元へ伸びる。


俺は身体を捻って躱す。


同時に、俺の槍もレイラの脇を狙う。


だが、レイラも僅かに身体をずらした。


二段目。


三段目。


ほとんど同時に繰り出された三つの突きが、互いの身体を紙一重で掠め――


すべて空を切った。


「……!」


一瞬の攻防。


俺とレイラはそのまま交差する。


離れ際、俺は後退しながら槍を構え直した。


レイラも同じように距離を取る。


そして――


再び踏み込む。


いや、今度は後退しながらだ。


互いに足を止めない。


後ろへ下がりながら、三段の突きを繰り出す。


一撃。


二撃。


三撃。


槍先が何度も交差する。


しかし――


またしても、互いの突きは空を切った。


ほんの僅かな身体の捻り。


足の運び。


槍の軌道を読む感覚。


それだけで、互いの攻撃を紙一重でかわしている。


「…………」


周囲から声が消えていた。


開始してから、まだわずかな時間しか経っていない。


それなのに――


俺とレイラは、一度も攻撃を当てていなかった。


ただし、それは互角という意味ではない。


俺には分かっていた。


目の前にいるレイラは――


俺がこれまで出会った槍使いとは、まるで違う。


だが――勝敗が決まるのは、一瞬だった。


レイラと向かい合ったまま、俺は槍を構える。


その時だった。


――あの感覚。


恐ろしく集中した時にだけ現れる、不思議な感覚。


周囲の音が遠ざかっていく。


レイラの呼吸。


風の音。


観客たちの気配。


すべてが薄れていく。


まるで――


周りの時間だけが、止まったかのように。


見える。


レイラの僅かな重心の移動。


槍を握る手。


足の位置。


そして――ほんの僅かに生まれた隙。


俺は地面を蹴った。


一気に距離を詰める。


「――!」


レイラが反応する。


だが、遅い。


俺は盾を前へ出した。


レイラの視界を盾で遮る。


一瞬。


ほんの一瞬だけ――


死角が生まれる。


その瞬間、俺は身体を捻った。


盾の陰から槍を滑り込ませる。


狙うのは――


首元。


「――ッ!」


槍先が伸びる。


恐ろしいほど滑らかに。


そして――


止まった。


レイラの首元。


あと僅か。


槍先は、皮膚に触れる寸前で止まっていた。


「…………」


時間が戻った。


訓練場に音が戻ってくる。


風の音。


冒険者たちの息を呑む声。


騎士団員たちのざわめき。


俺は槍を下ろした。


目の前のレイラは――


微動だにせず、俺の槍先を見つめていた。


寸止め。


それでも――


勝負は、もう決まっていた。


「――そこまで!」


騎士団長ゼクスの声が、訓練場いっぱいに響き渡った。


その瞬間、張り詰めていた空気が一気に解ける。


「…………」


誰も、すぐには言葉を発しなかった。


やがて――


「今の……何だ?」


「見えたか?」


「いや……」


場内の至るところから、どよめきが起こり始める。


騎士団員たちも、冒険者たちも、何が起きたのか理解できていないようだった。


俺自身も、まだ胸の鼓動が速い。


目の前にいるレイラも同じだった。


「…………」


レイラは自分の首元へ視線を落とし、それから俺を見る。


まるで、今起きたことを頭の中で何度も再生しているようだった。


「……今のは……?」


呟くような声。


だが、その答えを出せる者は、この場にはいなかった。


ゼクスがレイラの肩を支える。


「レイラ、戻るぞ」


「……はい」


レイラはまだ納得しきれない様子のまま、ゼクスに支えられて元の位置へ戻っていく。


その姿を見ながら、俺は槍を握り直した。


するとゼクスが周囲を見渡す。


「模擬戦は続けろ!」


その声に、騎士団員たちが動き始める。


「次の組、前へ!」


「準備しろ!」


先ほどまで止まっていた訓練場が、再び動き始めた。


冒険者たちも、それぞれの相手と向き合う。


だが――


誰もが先ほどの模擬戦を気にしている。


俺もまた、手の中のショートスピアを見つめていた。


盾で死角を作り、その一瞬に槍を通す。


あの感覚。


あの一撃。


案の定、模擬戦が終わると、ゼクスは俺とレイラを騎士団長室へ招いた。


重厚な扉の向こうにある部屋。


ゼクスは俺たちを椅子へ座らせると、しばらく黙って俺を見つめていた。


「先ほどの模擬戦についてだ」


「……はい」


「お前がレイラに使った技。あれには名前がある」


ゼクスは静かに口を開いた。


「飛影閃突」


「飛影閃突……」


聞いたことのない名前だった。


「今から四代前の騎士団長が得意としていた技だ」


ゼクスは続ける。


「敵との距離を一瞬で詰め、その勢いを利用して身体を浮かせる。そして敵を横目に捉えながら盾を使い、相手の視界に死角を作る」


俺は黙って聞いていた。


「その死角から、槍や剣を一気に突き出す。狙うのは首元。相手が反応するよりも早く、勝負を決めるための技だ」


レイラも真剣な表情で聞いている。


「この技を習得しようとした騎士団員は、これまで数多くいた」


ゼクスの声が少し低くなる。


「だが――誰一人として、完全に身につけることはできなかった」


「…………」


俺は自分の手を見つめた。


そんな技を、俺は今日使ったのか。


ゼクスはさらに言葉を続けた。


「ただ、四代前の団長が残した話の中に、興味深い記録がある」


俺は顔を上げた。


「飛影閃突を使う瞬間、どのような感覚になるのかと尋ねた騎士がいたそうだ」


ゼクスは少し間を置いた。


「その時、団長はこう答えたらしい」


――周囲の様子が、まるで止まっているかのような感覚だ。


「……!」


俺は息を呑んだ。


まさに同じだった。


レイラとの模擬戦。


あの瞬間。


音が消え、周囲の時間が止まったように感じた。


ゼクスは俺の表情を見逃さなかった。


「……やはりな」


「団長?」


レイラが尋ねる。


ゼクスは俺から目を離さない。


「お前も、そう感じたのだろう?」


俺はしばらく黙っていた。


そして――


「……はい」


正直に答えた。


「あの時だけ、周りの時間が止まったみたいに感じました」


部屋の中に沈黙が落ちた。


ゼクスは腕を組み、深く考え込む。


レイラも驚いたように俺を見ている。


俺自身もまだ理解できていない。


ただ一つだけ分かった。


あの感覚こそが、飛影閃突を使うために必要なものなのかもしれない。


ゼクスはしばらく考え込んだ後、俺を見た。


「レオン。もう一つ、お前に伝えておくことがある」


「はい」


「今後のことだ」


ゼクスは机の上で手を組んだ。


「お前はこれから、王都ハルディオを拠点に活動しろ」


「王都を……?」


「ああ」


俺は少し驚いた。


「お前を騎士団の管理下に置くという意味ではない。冒険者として自由に依頼を受けることも認める」


それなら、今までと大きく変わるわけではない。


だが――


「ただし、一つ条件がある」


ゼクスの目が鋭くなる。


「王都ハルディオ以外の街、あるいは他の大陸へ向かう場合は、事前に私の許可を取れ」


「許可……ですか?」


「そうだ」


俺は少し考える。


するとゼクスが続けた。


「ハルディオ王国には、敵対している国もある。お前が知らずにその国へ入り、何らかの問題に巻き込まれることは避けたい」


なるほど。


俺を監視したいというより、国同士の問題に巻き込まれるのを防ぎたいらしい。


「そしてもう一つ」


ゼクスは俺をまっすぐ見た。


「騎士団から指名の依頼があった場合は、必ず受けてもらう」


「指名依頼……」


「当然、通常の冒険者依頼とは報酬も違う」


ゼクスは少しだけ口元を緩めた。


「お前の腕に見合った報酬を用意するつもりだ」


それなら悪い話ではない。


むしろ――


「分かりました」


俺は頷いた。


「王都ハルディオを拠点にすること。他の街や大陸へ行く場合は、ゼクス団長の許可を得ること。そして、騎士団からの指名依頼は受ける」


「そういうことだ」


ゼクスが頷く。


俺は椅子から立ち上がった。


王都ハルディオ。


ここから俺の冒険者としての旅は、今までとは少し違ったものになる。


そしてその隣では――


レイラが静かに俺を見つめていた。


ゼクスからの話が終わり、俺が立ち上がろうとした時だった。


隣にいたレイラが、ふと俺の手を取った。


「……レオン」


「はい?」


レイラは少し迷うような表情を浮かべていた。


そして、俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「騎士団に入る気は……ありませんか?」


思いがけない言葉だった。


俺はすぐには答えられなかった。


騎士団。


王国を守る者たち。


そこに入れば、今までとは比べものにならないほどの技術を学べるだろう。


飛影閃突についても、もっと深く知ることができるかもしれない。


けれど――


俺は少し考えた。


そして、ゆっくり首を横に振る。


「……すみません」


レイラの表情が僅かに曇る。


「俺は……自由であり続けたいんです」


冒険者として、自分で行き先を決めたい。


自分で依頼を選びたい。


誰かに命じられるのではなく、自分の足で世界を歩きたい。


それが、今の俺の答えだった。


「そうですか……」


レイラは残念そうに呟いた。


俺は申し訳なく思いながらも、もう一度伝えた。


「騎士団に入るつもりはありません。でも、今日教えてもらったことは忘れません」


レイラはしばらく俺を見つめていた。


やがて、小さく笑った。


「……分かりました」


そして、握っていた俺の手を離す。


「では、冒険者として頑張ってください。レオン」


その言葉に、俺も頷いた。


「はい」


騎士団には入らない。


それでも――


この場所で出会った人たちとの縁が、これから先の俺の旅に大きく関わっていくことになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。


騎士団長室を出て、訓練場の外へ向かった。


今日は色々なことがあった。


飛影閃突。


バァルさんとの繋がり。


そして、騎士団から提示された条件。


頭の中で今日の出来事を整理しながら歩いていると――


「おい、レオン!」


突然、後ろから大きな声が響いた。


振り返る。


「……ヘクトル?」


そこには、あの大柄な男が立っていた。


「ちょうどいいところにいた!」


「え?」


ヘクトルは俺の肩に腕を回した。


「飲みに行くぞ!」


「いや、俺は――」


「いいから来い!」


「ちょっ……!」


有無を言わせない。


そのまま半ば強引に引っ張られていく。


「おい、ヘクトル!」


「今日は飲むぞ! 俺を二回も投げ飛ばしたんだ。話を聞かせてもらわなきゃ気が済まねぇ!」


豪快な笑い声。


俺は呆れながらも、嫌な気分ではなかった。


むしろ――


少し楽しみだった。


しばらく歩くと、一軒の酒場へ到着した。


扉を開ける。


「おう! 連れてきたぞ!」


ヘクトルが大声を上げる。


店の奥を見ると、そこにはすでに二人が席についていた。


昼間、訓練場の観客席にいた女魔法使い――リン。


そして弓使いの男――ヘルメス。


「やっと来たのね」


リンが呆れたように言う。


「遅いぞ、ヘクトル」


ヘルメスも笑っている。


「ほら、レオン。ここ座れよ」


ヘクトルに促され、俺は三人の向かいの席へ腰を下ろした。


こうして俺は――


この日、初めて三人と酒を酌み交わすことになった。


改めて、簡単な自己紹介が始まった。


ヘクトルは大柄な身体に似合わず、豪快で気さくな男だった。


リンは魔法使いらしく知識が豊富で、話していると意外なほど話題が尽きない。


そしてヘルメスは、三人の中では一番落ち着いていて、ヘクトルとリンのやり取りを楽しそうに眺めていた。


「レオン、お前普段はソロなのか?」


「ああ。基本的には一人で依頼を受けている」


「だったら今度、俺たちと一緒に依頼を受けようぜ!」


ヘクトルが勢いよく言った。


「いいわね。私も賛成」


リンも頷く。


「俺も異論はないな」


ヘルメスも笑った。


「分かった。じゃあ、今度一緒に依頼を受けよう」


こうして、俺たちは次の依頼を一緒に受ける約束をした。


それからも酒を飲みながら、くだらない話で笑った。


今日、騎士団であれほど緊張する模擬戦をしたとは思えないほど、楽しい時間だった。


――こういう時間も、悪くない。


そう思いながら、俺は三人と別れ、宿屋へ戻った。


宿屋の扉を開ける。


「おかえりなさい、レオンさん!」


扉を開けると、ハルゥが元気よく出迎えてくれた。


「ただいま、ハルゥ」


「今日は遅かったですね。お食事はどうしますか?」


「ああ、今日はもう食べてきたよ」


「そうですか。分かりました」


俺はハルゥに軽く手を振り、自分の部屋へ向かった。


今日は色々なことがあった。


騎士団での訓練。


レイラとの模擬戦。


そして――飛影閃突。


それに、新しく出会ったヘクトル、リン、ヘルメス。


「……今日は疲れたな」


ベッドへ倒れ込む。


明日はどんな一日になるのだろう。


そんなことを考えながら、俺は早々に眠りについた。


その後も、俺は王都ハルディオを拠点に、数多くのギルド依頼をこなしていった。


薬草の採取。


街道の魔物退治。


商人の護衛。


遺跡周辺の調査。


一つ一つは、決して特別な依頼ではない。


それでも、冒険者として経験を積むには十分だった。


そんなある日のことだった。


いつものように冒険者ギルドで依頼を探していると、後ろから聞き慣れた大声が響いた。


「おい、レオン!」


振り返ると、ヘクトルが立っていた。


その後ろにはリンとヘルメスもいる。


「ちょうどよかった。お前に話がある」


「話?」


ヘクトルは腕を組み、いつになく真剣な顔をしていた。


「俺たちのパーティーに入らないか?」


「パーティーに?」


俺は三人を見る。


リンも頷いている。


「私も賛成よ」


「俺もだ」


ヘルメスも穏やかに笑った。


「それで、今回受けたい依頼がある」


ヘクトルが続ける。


「王都の東にある迷宮だ」


「迷宮……?」


その言葉に、俺は少し興味を持った。


だが、ヘクトルの表情はまだ真剣だった。


「普通の迷宮じゃない」


「どういうことだ?」


「騎士団の許可が必要なんだ」


ヘルメスが説明を引き継ぐ。


「それだけじゃない。ギルドからも信頼された冒険者しか入場を認められていない」


「つまり……誰でも入れる場所じゃないってことか」


「ああ」


ヘクトルが頷く。


「だからこそ、面白そうだろ?」


その言葉に、リンが呆れたようにため息をついた。


「ヘクトルは危険な場所ほど行きたがるんだから……」


「だが、報酬も普通の依頼とは比べものにならない」


ヘルメスが付け加える。


俺は少し考えた。


王都東部にある、限られた冒険者しか入れない迷宮


騎士団の許可まで必要ということは、それだけ危険な場所なのだろう。


けれど――


「……分かった」


俺は三人を見る。


「俺も、その迷宮攻略に参加する」


「よし!」


ヘクトルが嬉しそうに拳を握った。


こうして俺は、ヘクトル、リン、ヘルメスとパーティーを組み――


王都の東に存在する、特殊な迷宮へ挑むことになった。

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