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冒険の書  作者: siva5880


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13/54

王都ハルディオ

冬は、もう終わりを迎えていた。


それでも街道の脇には、まだ溶けきらない雪が残っている。


吐く息は白く、朝の空気は肌寒い。


だが、空を見上げれば、冬の間ずっと閉ざされていたような空には、少しずつ春の気配が戻り始めていた。


そして――


いよいよ、農村キーファを出発する朝がやってきた。


俺はバァルさんから託されたショートスピアを携え、これまで宿泊していた宿を出た。


背中には旅の荷物。


腰には剣。


そして、身体にはこの村で過ごした冬の間に身につけたものがある。


宿を出て村の入り口へ向かう。


すると――


そこには、すでに何人もの人が集まっていた。


「……バァルさん」


村の入り口に立っていたのは、バァルさんだった。


その隣には、キーファで何度も顔を合わせ、いつしか親しくなった村人たちの姿もある。


「よう、レオン」


バァルさんが、いつものように短く声を掛けてくる。


「見送りに来てくれたんですか」


「当たり前だろう」


そう言って、バァルさんは小さく笑った。


この村に来たばかりの頃には、こんな風に見送ってもらえるなんて思ってもいなかった。


短いようで、長かった。


冬を越すほどの時間を、このキーファで過ごした。


そして俺は、ここで一つの武器を手に入れた。


――ショートスピア。


だが、それ以上に大きかったのは、この村で出会った人たちとの時間だった。


俺はみんなの顔を見渡した。


「……ありがとうございました」


自然と、そんな言葉が口から出た。


農村キーファが、少しずつ小さくなっていく。


何度か振り返ると、見慣れた村の景色が遠ざかっていくのが分かった。


やがて村は街道の向こうに小さく霞み、俺は前を向いた。


「……まずは、王都へと続く街道を目指そう」


背中には、愛用している円型の盾。


その横には、バァルさんから託されたショートスピアを携えている。


腰には剣。


そして、背負った荷物。


装備の重みを確かめながら、俺は街道を歩き続けた。


王都ハルディオン。


ここから先、どんな旅になるのかは分からない。


それでも――


俺は一歩ずつ、王都へ向かって歩いていく。


王都へと続く街道までは、まだ距離がある。


そこへ続く道は険しかった。


下り坂を進んだかと思えば、今度は長い上り坂。


その先には、また下り坂が続いている。


しかも、冬を越えたばかりのこの時期。


荒れた道はまだ雪解けも十分に進んでいなかった。


「……歩きにくいな」


足を踏み出すたび、泥に靴が沈む。


雪が残っている場所では足元が滑り、少しでも気を抜けば体勢を崩しそうになる。


「くっ……」


上り坂では、ぬかるんだ地面に足を取られながら、一歩ずつ進んでいく。


背中には円型の盾とショートスピア。


荷物も背負っているため、普段より身体が重く感じる。


それでも歩くしかない。


下り坂を慎重に進み、また上り坂をひたすらに登る。


何度も立ち止まりそうになりながらも、俺は歩き続けた。


王都へ続く街道は、まだ先だ。


「……こんなところでへばってたら、王都まで辿り着けないぞ」


自分に言い聞かせるように呟き、俺は再び足を踏み出した。


雪解けの泥に足を取られながら――


俺はひたすら、王都へ続く道を目指した。


それから、数時間。


俺はすでに大汗をかいていた。


「はぁ……はぁ……」


荒い息を吐きながら、膝に手をつく。


背中に背負った盾とショートスピア、そして旅の荷物が、今はやけに重く感じられる。


何度も続いた上り坂と下り坂。


雪解け途中のぬかるんだ道。


思っていた以上に体力を削られた。


「……やっと、か」


顔を上げる。


目の前には、これまで歩いてきた道よりも明らかに幅の広い街道が伸びていた。


道の両脇には、馬車が通った跡も残っている。


遠くには、荷物を積んだ馬車がゆっくりと進んでいるのが見えた。


――王都へと続く街道。


「……ようやく、ここまで来た」


俺は大きく息を吐いた。


ここから先は、この街道を進めば王都ハルディオンへ辿り着ける。


まだ王都は見えない。


それでも――


確実に、一歩近づいた。


俺は汗を拭い、背中の荷物を整える。


そして再び、街道の先へと視線を向けた。


キーファを出発してから、数時間が経っていた。


朝早くに村を出たはずなのに、いつの間にか空は夕暮れの色に染まり始めている。


「……もう、こんな時間か」


少し息を整え、俺は街道を歩き出した。


王都へ続く街道は、先ほどまで歩いていた道とは違い、明らかに人の往来が多かった。


すれ違う冒険者。


荷車を引きながら進む行商人。


そして、馬に乗って街道を警備している騎士らしき者たち。


「……王都が近いんだな」


行き交う人々の姿を眺めながら、俺は改めてそう感じた。


夕暮れの光が街道を照らしている。


遠くの空には、赤く染まった雲が浮かんでいた。


それでも、王都の姿はまだ見えない。


俺は足を止めず、街道の先を見つめる。


今日中に王都へ辿り着けるだろうか。


そんなことを考えながら、俺は歩き続けた。


「あぁ……」


思わず、足が止まった。


街道の先。


夕暮れの空の下に、それは姿を現した。


「……王都」


俺は目の前の光景に、しばらく言葉を失った。


「ここが……王都ハルディオン」


目の前には、巨大な城壁が広がっていた。


遠くから見ても、その大きさが分かる。


高くそびえる城壁が王都をぐるりと囲み、その中央には――


ひときわ大きな正門が構えられている。


門の前には、何人もの人々が行き交っている


これまで訪れた村や街とは、まるで規模が違う。


正門の向こうには、さらに大きな街並みが広がっていた。


石造りの建物が立ち並び、その奥へと続く大通りには、人々が絶え間なく行き交っている。


そのさらに奥には――


王都を象徴するような巨大な建物が、夕暮れの空にその姿を覗かせていた。


「……すごいな」


俺は、しばらくその場から動けなかった。


これが――


王都ハルディオン。


俺が旅の目的地として目指してきた場所だった。


正門まで辿り着いた俺は、門番に冒険者カードを提出した。


門番はカードを確認すると、俺の顔とカードを交互に見た。


「……冒険者だな。よし、通っていいぞ」


「ありがとうございます」


冒険者カードを受け取り、俺は門をくぐった。


その瞬間――


目の前に広がったのは、これまで見たことのない光景だった。


大勢の人々が行き交う大通り。


店先に並ぶ様々な商品。


馬車の往来。


冒険者たちの姿。


聞こえてくる人々の話し声。


王都ハルディオン。


俺はその街並みを眺めながら、ゆっくりと歩き出した。


「……ここからか」


キーファで冬を越し、バァルさんから槍を教わった。


そして今、俺は王都へ辿り着いた。


ここから先で、どんな冒険が始まるのか。


まだ何も分からない。


「まずは……宿探しからか」


俺は苦笑しながら、夕暮れの王都を歩き始めた。


王都ハルディオンには、宿も数多く存在していた。


大通り沿いには立派な宿が並び、見るからに高級そうな店もある。


一方で、少し路地に入れば、冒険者や旅人向けの比較的安い宿も見つかった。


「これから先、この街を拠点にするなら……」


俺は財布の中身を思い浮かべる。


王都での生活は、これまでいた村よりも金がかかるだろう。


だからといって、毎晩高い宿に泊まるわけにもいかない。


ある程度安く、安心して泊まれる宿。


そんな場所を探して、俺は王都の街を歩き続けた。


しばらくして、大通りから少し外れた場所に、一軒の宿を見つけた。


周囲は大通りほど人通りが多くない。


建物もそれほど大きくはない。


看板には宿の名前が書かれている。


「……ここなら、悪くなさそうだ」


派手さはない。


だが、長く王都を拠点にするなら、こういう宿のほうが俺には合っている気がした。


俺は宿の扉へと向かい、ゆっくりと手を伸ばした。


宿の扉を開けると、小さなベルの音が鳴った。


「いらっしゃいませー!」


元気な声が響く。


受付に立っていたのは、まだ幼さの残る小さな女の子だった。


俺は少し驚きながら、その子を見る。


「……君が受付を?」


「はい!」


少女は元気よく頷いた。


「私、ハルゥって言います!」


そう言って、にっこりと笑う。


「ハルゥ……か」


「お兄さん、泊まるの?」


「ああ。部屋は空いてるかな?」


「もちろん!」


ハルゥは嬉しそうに頷き、宿泊料金を教えてくれた。


聞いてみると、大通り沿いの宿と比べればかなり安い。


「これなら……」


これから王都を拠点にすることを考えれば、ありがたい金額だった。


さらに――


「ちなみに、ご飯も付いてるよ!」


「食事も?」


「朝と夜! ちゃんと付いてるからね!」


それを聞いて、俺は少し考える。


宿代だけでなく、食事まで付いている。


冒険者として活動するなら、毎日の食費を抑えられるのはかなり助かる。


「……じゃあ、ここにするよ」


「ほんと!?」


ハルゥは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、お部屋案内するね!」


こうして俺は、王都ハルディオンでの拠点となる宿を見つけた。


まずは今日の疲れを取ろう。


明日から――


この王都で、新しい冒険が始まる。


部屋に着くなり、ハルゥは俺が疲れていることに気づいたのか、すぐに動き始めた。


「ちょっと待っててね!」


そう言って部屋を出ていく。


しばらくすると、ハルゥは一枚のタオルと、水の入ったバケツを持って戻ってきた。


「はい! これで身体を拭いてね!」


「……ありがとう、ハルゥ」


「ううん! 今日はいっぱい歩いてきたんでしょ?」


ハルゥはそう言って、にっこり笑った。


この世界では、風呂はほとんど存在しない。


王族や一部の貴族が使うような贅沢なものだ。


一般の人々は、川で身体を清めたり、こうしてバケツに汲んだ水と布やタオルで身体を拭く。


俺にとっても、それは珍しいことではなかった。


「じゃあ、ごゆっくり!」


そう言って、ハルゥは部屋を出ていった。


俺はバケツの水にタオルを浸し、固く絞る。


そして、汗で汚れた身体をゆっくりと拭いていった。


冷たい水が肌に触れる。


「……気持ちいい」


朝早くにキーファを出発してから、ほとんど一日中歩き続けた。


身体に残っていた疲れが、少しずつ抜けていくようだった。

ベッドでしばらく休息を取っていると――


「レオンさん、ご飯できたよー!」


部屋の外から、ハルゥの元気な声が聞こえてきた。


「もうそんな時間か……」


身体を起こし、部屋を出る。


宿の食堂へ向かうと、テーブルの上には夕食が用意されていた。


「おお……」


豪華な料理というわけではない。


温かいスープに、焼いたパン。


それに肉と野菜を使った簡単な料理が並んでいる。


質素な食事だ。


だが――


「いただきます」


一口食べてみる。


「……うまい」


思わず声が漏れた。


味付けは素朴だが、どこか家庭的で温かい。


量もしっかりある。


これなら、冒険者として身体を動かす日々でも十分に腹を満たせそうだ。


「でしょ?」


ハルゥが嬉しそうに笑う。


「これ、お婆ちゃんが作ったんだよ!」


「お婆ちゃんが?」


「うん!」


ハルゥが振り返る。


その先には、厨房で食事の片付けをしている年配の女性がいた。


「うちの宿の料理は、全部お婆ちゃんが作ってるの!」


「そうなのか」


俺は改めて料理を見る。


豪華ではない。


けれど、疲れ切った身体には、この温かい食事が何よりありがたかった。


「……ごちそうさまでした」


食べ終えた俺がそう言うと、厨房からお婆ちゃんが顔を出した。


「お粗末様。たくさん食べてくれてありがとね」


優しい笑顔だった。


王都に着いた初日。


俺は思いがけず、居心地の良い宿を見つけることができた。


夕食を終えると、部屋に戻った。


明日から王都で冒険者として活動するため、武器や防具の手入れを始める。


剣についた汚れを落とし、刃の状態を確認する。


盾も傷や汚れを拭き取り、背中に背負っていたショートスピアも念入りに手入れをした。


「……よし」


これで明日からも問題なく使える。


手入れを終えた俺は、鎧を脱いだ。


旅の間ずっと身につけていた鎧から解放されると、身体が一気に軽くなる。


そのまま用意していた室内着に着替える。


「……やっぱり、こっちのほうが楽だな」


武器や防具を部屋の片隅にまとめて置き、俺はベッドに腰を下ろした。


そして、鎧の胸元から一冊の冒険手帳を取り出す。


――レインさんの冒険手帳。


ページをめくっていく。


これまで訪れた街や村。


魔物の特徴。


街道の情報。


必要な物資。


そして――


王都ハルディオンについても、かなり詳しく書き込まれていた。


「……こんなところまで来てたのか」


王都の地図らしきもの。


冒険者ギルドの場所。


いくつかの店や宿。


周辺に出現する魔物についての情報。


レインさんが実際に歩き、見て、経験したことが一つ一つ記されている。


俺はページをめくりながら、夢中になって読み進めた。


すると――


「……ん?」


ページの隅に、何か描かれている。


それは、王都の城壁だった。


……たぶん。


その隣には、建物らしきもの。


さらに別のページには、魔物の姿まで描かれている。


「…………」


俺はしばらく、その絵を眺めた。


「……レインさん」


どうやら、あまり絵は得意ではなかったらしい。


思わず苦笑してしまう。


それでも――


その絵からは、レインさんが自分の見たものを忘れないよう、一生懸命記録していたことが伝わってくる。


俺は手帳を閉じ、枕元に置いた。


「……明日は、ここに書かれている場所を探してみるか」


そう呟き、布団に入る。


今日は朝早くにキーファを出発し、長い道のりを歩いて王都までやってきた。


身体には、まだ疲れが残っている。


「……疲れたな」


目を閉じる。


明日から始まる、王都ハルディオンでの冒険。


そのことを考えながら――


俺はゆっくりと眠りについた。


「おはようございます、朝食の準備が出来ましたよー!」


部屋の外から、元気な声が聞こえてきた。


「……ん……」


まだ眠い目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。


どうやらハルゥの声らしい。


朝早くに起こされたというのに、不思議と嫌な感じはしなかった。


むしろ、その元気な声のおかげで、心地よく目を覚ますことができた。


「……おはよう、ハルゥ」


部屋を出て食堂へ向かう。


そこには、すでに朝食が用意されていた。


新鮮な野菜を中心とした料理。


温かいスープにパン、それに野菜を使った簡単な料理が並んでいる。


豪華な食事ではない。


それでも――


「いただきます」


一口食べる。


「……美味しい」


新鮮な野菜の味がしっかりと感じられる。


昨日の夕食と同じく、素朴だがとても美味しい。


朝からしっかり食べられるのはありがたい。


「お口に合った?」


ハルゥが嬉しそうに聞いてくる。


「ああ。すごく美味しいよ」


「よかった!」


ハルゥは満足そうに笑った。


朝食を食べ終え、俺は席を立つ。


今日は、いよいよ王都での冒険者生活が始まる。


まずは――


冒険者ギルドを探さなければならない。


朝食を終えると、俺はすぐに宿を出た。


日が昇って間もない時間。


王都ハルディオンの城下町には、すでに多くの人々が行き交っていた。


俺は懐からレインさんの冒険手帳を取り出す。


昨日の夜に確認した、王都の地図。


そこには冒険者ギルドの場所も、しっかりと書き込まれている。


「……こっちだな」


手帳を頼りに、大通りを進んでいく。


王都は思っていた以上に広い。


それでも、レインさんが残してくれた記録のおかげで、迷うことなく進むことができた。


しばらく歩くと――


「あった」


目の前に、大きな建物が見えてきた。


建物の前には、冒険者らしき人々が何人も出入りしている。


剣を腰に下げた者。


大きな斧を背負った者。


弓を携えた者。


その光景を見て、俺はすぐに分かった。


「……ここが、王都の冒険者ギルドか」


俺は冒険手帳を閉じる。


そして、大きな扉へ向かって歩き出した。


冒険者ギルドの中へ入る。


「……大きいな」


今まで見てきた冒険者ギルドとは、規模がまるで違った。


広い建物の中には、朝早いというのに多くの冒険者がいる。


受付には何人もの職員が並び、掲示板には大量の依頼書が貼られていた。


依頼の数も、これまで見てきたものとは段違いだ。


討伐依頼。


採取依頼。


護衛依頼。


商隊の護衛から、魔物の討伐まで様々な依頼が並んでいる。


俺は掲示板の前に立ち、一枚ずつ依頼書を眺めていく。


すると――


「……ん?」


一枚の依頼書に目が止まった。


依頼主は――教会のシスター。


報酬の欄を見る。


金銭による報酬は、それほど多くない。


だが、別の報酬が記されていた。


止血薬。


毒消しに使える薬草。


そして――


聖水。


「聖水……」


思わず、その文字を見つめる。


これまで薬は、アンが調合してくれていた。


傷を負った時も、毒を受けた時も、アンが作ってくれた薬に何度も助けられてきた。


けれど、これからはそうはいかない。


王都では一人で活動することになる。


薬を買うとなれば、それなりの金が必要になるだろう。


それなら、依頼の報酬として薬を手に入れられるのは悪くない。


そして――


「聖水か……」


以前、聞いたことがある。


聖水は、アンデッドや悪魔種に対して高い効果を発揮するらしい。


今すぐ必要というわけではない。


だが、冒険者を続けていれば、いつかそうした魔物と戦うことになるかもしれない。


その時、聖水があれば大きな助けになる。


「……お金だけが報酬じゃないんだな」


俺はもう一度、依頼書を読み直した。


金銭報酬は少ない。


それでも――


今の俺にとっては、十分に価値のある依頼に思えた。


「この依頼……受けてみるか」


俺は掲示板から依頼書を取り、受付へ向かった。



依頼書を手に取り、改めて内容を確認する。


依頼内容は、町外れにある教会周辺に出現するアンデッドの討伐。


どうやら最近、教会の周辺で数体のアンデッドが目撃されているらしい。


討伐に向かう冒険者には、教会から聖水が支給される。


そして、討伐を無事に終えれば、報酬としてさらに聖水を受け取ることができる。


「なるほど……」


俺は依頼書を見ながら考える。


アンデッドの数は、それほど多くない。


これなら――


「俺一人でも問題ないだろう」


今までなら、仲間と一緒に依頼を受けていた。


リックたちと組んだ時もそうだった。


だが、これからはソロで活動する。


そのためにも、一人で依頼をこなす経験は必要だ。


それに――


聖水の効果を実際に試せるのも大きい。


アンデッドや悪魔種に効果があるとは聞いている。


だが、実際に使ったことはない。


どれほどの効果があるのか。


それを自分の目で確かめられるのは、今後の冒険にとっても悪くない。


「……よし」


俺は依頼書を持ったまま、受付を済ませた。


依頼を受けた俺は、すぐに依頼先である町外れの教会へ向かった。


王都の中心部から少し離れた場所に、その教会は建っていた。


大きな建物ではない。


それでも、庭や建物は綺麗に手入れされていて、静かで穏やかな雰囲気が漂っている。


扉を開ける。


「失礼します」


声を掛けると、奥から一人の女性が歩いてきた。


修道服を身にまとったシスターだった。


「冒険者の方でしょうか?」


「はい。冒険者ギルドから、アンデッド討伐の依頼を受けてきました」


そう伝えると、シスターはほっとしたような表情を浮かべた。


「まあ……ありがとうございます」


彼女は丁寧に頭を下げる。


「私はエリシアと申します。この教会でシスターを務めています」


「レオンです。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


エリシアさんは、とても穏やかで礼儀正しい人だった。


だが、話をしているうちに、少し気になったことがあった。


「……何か心配事でもありますか?」


俺が尋ねると、エリシアさんは少し困ったように微笑んだ。


「実は……今回の依頼ですが」


そう言って、彼女は申し訳なさそうに続ける。


「この教会では、冒険者の方に十分な報酬をお支払いすることができません」


どうやら、依頼の報酬として用意できるお金が少ないことを気にしていたらしい。


「ですから……依頼を受けてくださる方がいらっしゃるか、とても心配しておりました」


確かに、金銭だけを目的にする冒険者なら、あまり魅力的な依頼ではないのだろう。


「でも、聖水も報酬に含まれているんですよね?」


「はい。討伐に使用していただく分とは別に、依頼達成後にもお渡しいたします」


「それなら大丈夫です」


俺が答えると、エリシアさんは少し驚いたように目を見開いた。


「……本当によろしいのですか?」


「はい。俺にとっては、聖水も十分に価値のある報酬ですから」


エリシアさんは、しばらく俺を見つめていた。


やがて、安心したように微笑む。


「ありがとうございます……本当に助かります」


「それじゃあ、アンデッドについて詳しく教えてもらえますか?」


「もちろんです」


エリシアさんは頷き、教会周辺で起きていることを話し始めた。


エリシアさんは、少し表情を曇らせながら話し始めた。


「実は……ここ最近、教会よりさらに森の奥で、アンデッドやスケルトンといった魔物が目撃されているのです」


「森の奥に……?」


「はい」


エリシアさんは静かに頷いた。


「今のところ、教会や街道にまで魔物が出てきたことはありません。幸い、怪我人や被害も出ていません」


それでも――


「ですが、教会で暮らしている孤児の子供たちは、とても怖がっています」


この教会では、身寄りのない子供たちも暮らしているらしい。


森の奥で魔物が目撃されるようになってから、子供たちは外で遊ぶことすら怖がるようになったという。


「街の騎士団にも相談したのですが……」


エリシアさんは申し訳なさそうに視線を落とす。


「まだ被害が出ていないこともあり、今のところ動いていただくことはできませんでした」


「なるほど……」


騎士団としても、被害の確認できていない場所へ大人数を動かすわけにはいかないのだろう。


だが――


「それでも、子供たちが怖がっているんですね」


「はい……」


エリシアさんは小さく頷いた。


「何か起きてからでは遅いと思いまして。それで、冒険者ギルドに依頼を出したのです」


そう言って、エリシアさんは深く頭を下げた。


「どうか……森にいるアンデッドたちを討伐していただけないでしょうか」


俺は少し考える。


被害はまだない。


だからこそ、今のうちに対処する意味がある。


それに――


子供たちが怯えているのなら、放っておく理由もなかった。


「分かりました」


俺は頷いた。


「俺が行ってみます」


エリシアさんの表情が、少しだけ明るくなった。


「……ありがとうございます、レオンさん」


「それと、こちらをお持ちください」


エリシアさんが、小さな容器を差し出した。


中には、透明な水が入っている。


「これが……聖水ですか?」


「はい。聖職者によって清められた水です」


俺は容器を手に取る。


見た目は普通の水と変わらない。


だが、この世界では聖水は決してありふれたものではない。


聖水の製造方法について、教会側は公表していない。


そのため、一般の露店などで流通することもほとんどない。


冒険者にとっても、簡単に手に入るものではなかった。


「討伐の際にお使いください」


「ありがとうございます」


俺は受け取った聖水を大切にカバンへしまった。


これが本当にアンデッドに対して効果があるのか。


実際に試してみるのが少し楽しみでもある。


「どうかお気をつけて」


「はい。行ってきます」


教会を出る。


目の前には、森へと続く道があった。


教会からそれほど離れてはいない。


俺は背中の円型の盾とショートスピアを確認し、腰の剣にも手を添える。


そして、カバンに入れた聖水を一度だけ確認した。


「……さて」


森の奥で目撃されたというアンデッド。


一体、どんな魔物なのか。


俺は警戒しながら、教会近くの森へと足を踏み入れた。


教会の先に広がる森へ足を踏み入れた。


日中だというのに、森の中は薄暗い。


木々が太陽の光を遮り、地面には湿った落ち葉が積もっている。


空気もどこか重く、ジメジメとしていた。


「……嫌な森だな」


足元に注意しながら、さらに奥へ進んでいく。


しばらく歩くと――


木々の向こうに、何かが見えてきた。


「……あれは?」


近づいてみる。


そこにあったのは、古びた墓地だった。


崩れかけた墓石がいくつも並び、長い間誰も手入れをしていないように見える。


その片隅に――


「……いた」


二体のスケルトン。


白い骨だけの身体を晒しながら、墓地の中に立っている。


二体とも、何かを探すように俯いていた。


こちらには、まだ気づいていない。


俺は足を止めた。


背中に手を回し、円型の盾を構える。


そして、もう一方の手でショートスピアを握った。


「……まずは、こいつらか」


二体だけ。


これなら問題ない。


俺は物音を立てないよう、ゆっくりと距離を詰めていった。


まだ、スケルトンは俺に気づいていない。


俺は静かにカバンから聖水を取り出した。


小さな容器の蓋を開ける。


そして――


槍の穂先と、腰の剣に聖水をかけた。


「……これでいい」


聖水が武器の表面を濡らす。


見た目には、何も変わらない。


本当にこれで効果があるのか。


そんな疑問が頭をよぎる。


だが、今は試してみるしかない。


俺は姿勢を低くした。


そして――


地面を蹴る。


一瞬だった。


一気に距離を詰める。


スケルトンがこちらに気づく。


だが、もう遅い。


「――ッ!」


俺は踏み込んだ勢いのまま跳び上がる。


そのままショートスピアを突き出した。


狙うは――頭部。


ガッ――!


槍の穂先が、スケルトンの頭蓋を正面から貫いた。


次の瞬間。


「……え?」


スケルトンの身体に異変が起きた。


槍の穂先が触れた部分から、まるで身体そのものが崩れていく。


骨が黒く変色し――


そして、


サラサラサラ……。


スケルトンの身体は、一瞬にして灰へと変わった。


「…………」


俺は槍を引き抜き、その場に着地する。


あまりにも一瞬の出来事だった。


もう一体のスケルトンは――


まだ何が起きたのか理解できていない。


俺は思わず、槍の穂先を見つめた。


「……聖水って、こんなに効くのか」


噂には聞いていた。


アンデッドに効果があることも。


だが――


ここまでとは思っていなかった。


俺は残ったもう一体のスケルトンへ視線を向ける。


「……次だ」


ショートスピアを握り直した。


周囲を見渡す。


残っているスケルトンは――あと一体。


そのスケルトンが、こちらへ向かってくる。


カタ……カタ……。


骨を鳴らしながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。


だが、まだかなり距離がある。


俺はショートスピアを握り直した。


「……」


一歩。


さらに一歩。


スケルトンが近づいてくる。


俺はそこで足を止めた。


そして、槍を持ち替える。


「……投げる」


バァルさんに教わった槍の投擲。


ただ腕の力だけで投げるんじゃない。


足。


腰。


肩。


身体全体を使う。


俺は地面を踏みしめた。


腰を捻り、肩を回す。


そして――


「――ッ!」


全身の力を一つにして、槍を放った。


ヒュッ――!


槍は風を切り裂き、ものすごい速度で飛んでいく。


スケルトンが顔を上げた。


だが――


もう避けられない。


ドシュッ!


槍は真っ直ぐにスケルトンの頭部を捉えた。


頭蓋骨を貫いた瞬間――


身体が崩れ始める。


サラサラサラ……。


先ほどと同じように、スケルトンの身体は灰となって地面へ落ちた。


「……」


俺はしばらく、その場に立っていた。


そして、遠くに落ちた槍を見る。


「……ちゃんと当たった」


バァルさんから教わった投擲。


実戦で使うのは初めてだった。


俺は少しだけ嬉しくなりながら、槍を拾いに歩き出した。


「……バァルさんに見せたら、なんて言うかな」


そう呟きながら、俺は灰となったスケルトンを見つめた。


どうやら今回の討伐は――


思っていたより、あっさり終わりそうだった。


周囲を改めて確認する。


どうやら、依頼されていたアンデッドはすべて討伐したようだ。


俺は教会から渡されていた清めの塩を取り出した。


倒したスケルトンの灰が残る場所へ、塩を振り撒いていく。


「これで……いいのか」


エリシアさんから、討伐した後は必ず清めの塩を使って浄化するように言われていた。


灰となったスケルトンの周囲にも、念入りに塩を撒いていく。


しばらく様子を確認してから、俺は立ち上がった。


「……終わったな」


周囲に異常がないことを確認し、森を後にする。


来た道を戻り、街外れの教会へ向かった。


森を抜けると、遠くに教会の建物が見えてきた。


「ただいま戻りました」


教会の扉を開ける。


すると――


「お帰りなさい、レオンさん」


エリシアさんが、穏やかな笑顔で迎えてくれた。


「アンデッドの討伐、無事に終わりました」


「まあ……!」


エリシアさんの表情が明るくなる。


「本当にありがとうございます。これで子供たちも安心して過ごせます」


「いえ。依頼ですから」


そう答えながら、俺は少しだけ笑った。


今回の依頼は、思っていたよりずっと簡単だった。


だが――


聖水の効果。


そして、バァルさんから教わった槍の投擲。


どちらも実戦で確かめることができた。


王都での最初の依頼としては、十分な収穫だった。


教会を後にした俺は、そのまま冒険者ギルドへ戻った。


受付で依頼達成の報告をする。


「アンデッドの討伐、完了しました」


討伐の場所や数を伝えると、職員は確認を済ませ、報酬を渡してくれた。


約束されていた金銭と――


聖水。


「ありがとうございます」


報酬を受け取り、ギルドを後にする。


時刻は、もう昼を過ぎていた。


俺はギルド近くの酒場へ入り、昼食を取ることにした。


席に座り、食事をしながら周囲を見渡す。


昼間だというのに、酒場には多くの冒険者がいた。


あちこちから、冒険者たちの話し声が聞こえてくる。


「そういえば、聞いたか?」


「何を?」


「王都の騎士団が、冒険者向けに訓練をやるらしいぞ」


その言葉が耳に入った。


「騎士団が……?」


思わず、そちらへ耳を傾ける。


「なんでも、王都の騎士団が訓練場を使って、冒険者に戦闘訓練を提供してくれるらしい」


「へえ……珍しいな」


「王都周辺の魔物も最近は増えてるからな。冒険者の質を上げたいんじゃないか?」


そんな会話が聞こえてくる。


俺は箸を止めた。


騎士団による訓練。


それが本当なら――


かなり興味がある。


キーファでは、バァルさんから槍を教わった。


そして訓練所では、レインさんから盾や冒険者としての基礎を教わった。


王都では、騎士団から直接訓練を受けられるかもしれない。


「……騎士団の訓練か」


俺は残った昼食を口に運びながら、少し考えた。


せっかく王都まで来たんだ。


受けられるものなら――


受けてみたい。


まずは、詳しい話を聞いてみることにしよう。


昼食を終えた俺は、レインさんの冒険手帳を開いた。


王都の地図。


その中に、騎士団の訓練所についても書き込まれている。


「……ここか」


手帳を頼りに城下町を歩いていく。


王都は広い。


それでも、レインさんが残してくれた記録のおかげで迷うことなく目的地へ辿り着くことができた。


しばらく歩くと――


大きな建物と広い敷地が見えてきた。


「ここが……騎士団の訓練所」


門の先には、すでに多くの冒険者が集まっている。


ざっと見ただけでも、数十人はいるだろう。


剣を持った者。


槍を携えた者。


大斧を背負った者。


弓を持った冒険者までいる。


皆、これから始まる訓練を待っているようだった。


「……思ったより多いな」


王都の冒険者たちが、騎士団の訓練にどれほど関心を持っているのかが分かる。


俺も列の最後尾へ並んだ。


今日、ここで何を教えてもらえるのか。


少しだけ緊張と期待を胸に訓練場の中に視線を向けた。

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