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冒険の書  作者: siva5880


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12/54

進んだり立ち止まったり

リオ村でリック達とクエストを達成してから、数日が経った。


 あれから俺は、リック達と何度かクエストを共にした。


 村の周辺に出る魔物の討伐。


 街道の簡単な護衛。


 畑を荒らす魔物の追い払い。


 どれも王都を目指す冒険者にとっては、大きな仕事ではない。


 それでも、村で暮らす人たちにとっては大切な困り事だった。


 一つずつ依頼をこなし、少しずつ村の問題を片付けていく。


 そうして数日を過ごすうちに、リオ村にもすっかり馴染んでいた。


 けれど――そろそろ、先へ進む時だ。


 王都を目指す。


 それが、俺がこの旅を始めた理由なのだから。


 翌朝。


 俺は冒険者ギルドへ向かった。


 受付には、いつもの受付嬢が座っている。


「おはようございます、レオンさん」


「おはようございます」


 俺は受付の前に立つと、少しだけ間を置いて口を開いた。


「俺、明日にはこの村を出ようと思っています」


「……明日、ですか?」


 受付嬢が少し驚いたように顔を上げる。


「そうですか……」


 受付嬢は少し寂しそうに笑った。


 王都。


 この旅を始めた時から、ずっと目指している場所だ。


 まだ見たことのない景色。


 まだ出会ったことのない人。


 そして、これから待っている冒険。


 考えるだけで、自然と胸が高鳴った。


 ギルドを出た後、俺は村の中を歩いた。


 そして、村の外れでリック達を見つけた。


「リック」


「ん? レオンか」


「ちょっといいか?」


 リック達がこちらを見る。


 俺は少し迷った後、素直に伝えた。


「俺、明日この村を出ることにした」


「……明日?」


「ああ。王都を目指す」


 一瞬、沈黙が落ちた。


 リックは俺の顔をじっと見つめ、それから小さく息を吐いた。


「そっか」


「数日だったけど、色々助かった。お前達と一緒にクエストをやれてよかったよ」


「レオンさん、本当にお世話になりました。」


 リックは笑った。


「レオンさんが来てくれて助かりました。」


「それならよかった」


 二人で笑った。


 ほんの数日前まで、俺はこの村のことを何も知らなかった。


 それなのに今では、離れるのが少し寂しいと思っている。


 旅というのは、こういうものなのかもしれない。


 出会って、共に過ごして、そして別れる。


 その繰り返しなのだろう。


 俺はリオ村を見渡した。


 明日には、ここを出る。


 そしてまた、一人で王都を目指す。


 不安がないわけじゃない。


 それでも――


「じゃあな、リック」


 こうして、リオ村での日々は終わりを迎えようとしていた。


 明日からまた、俺の旅が始まる。


旅立ちの日。


 まだ朝も明けて間もない時間だった。


 空は薄暗く、東の空がわずかに白み始めている。


 村の人々もまだ眠っているのだろう。


 そんな静かなリオ村の出入り口に、三人の姿があった。


 リック。


 ノア。


 そして、トト。


 俺を見送るために、こんな早い時間から来てくれたらしい。


「……わざわざ来てくれたのか」


「当たり前だろ」


 リックが笑う。


「最後くらい、ちゃんと見送らせてくれよ」


「そうですよ、レオンさん」


 ノアも穏やかに笑った。


 トトは少し眠そうに目を擦りながらも、しっかりとこちらを見ている。


「……眠いなら無理しなくてもよかったんだぞ?」


「だ、大丈夫です!」


 トトは慌てて背筋を伸ばした。


 思わず笑ってしまう。


「そうか」


 俺は背負った荷物を確認する。


 剣。


 盾。


 必要な道具。


 そして、これまでの旅で手に入れたもの。


 準備はすべて整っている。


 あとは、この村を出るだけだ。


 振り返る。


 そこには、数日前まで知らなかった村の景色が広がっていた。


 ここでリック達と出会い、クエストをこなし、魔物と戦った。


 大きな出来事があったわけじゃない。


 それでも――


 俺にとっては、大切な数日間だった。


「じゃあ……そろそろ行くよ」


 そう告げると、リックが一歩前に出た。


「レオンさん、またいつか・・!」


「ああ」


「王都までの道のりは長い。気をつけてください!」


 ノアも小さく笑った。


 俺も笑いながら、右手を差し出す。


「……世話になった」


 リックがその手を握った。


 続いてノアと握手を交わす。


「レオンさん、王都でも頑張ってください」


「ありがとう。ノアも元気でな」


 最後にトト。


 少し緊張した様子で俺の手を握る。


「……レオンさん」


「ん?」


「また……いつか会えますか?」


 一瞬、言葉に詰まった。


 けれど俺は笑って答えた。


「ああ。きっと会えるさ」


「……はい!」


 トトが嬉しそうに笑った。


 俺は三人を見渡した。


「じゃあな」


「お気をつけて!」


「また会いましょう!」


 三人の声を背に、俺は歩き始めた。


 村の外へ。


 王都へ続く街道へ。


 リオ村で出会った人たち。


 共に戦った仲間たち。


 ここで過ごした日々。


 そのすべてを胸に刻み、俺は歩いていく。


 ――王都へ。


 俺の旅は、まだ終わらない。


 むしろ、ここからが本当の旅なのかもしれない。


 朝日が昇り始める。


 その光を背に、俺は一人、王都への街道を歩き続けた。


リオ村を出て、しばらく街道を歩いた。


 朝の涼しさはすっかり消え、太陽が高く昇っている。


 王都へ続く街道は歩きやすい。


 時折、荷馬車とすれ違い、そのたびに道の端へ寄る。


 そんなことを繰り返しながら歩いていると、昼を過ぎようとしていた。


「……そろそろ休むか」


 少し先に、大きな木が見えた。


 その木陰には、一台の荷馬車が停められている。


 近づいてみると、荷馬車の横で一人の男が昼食を取っていた。


 商人だろう。


 俺が横を通り過ぎようとすると――


「おっ! 冒険者かい?」


 男から声を掛けられた。


「ええ」


「よかったら、こっちで休んでいきなよ! この辺りは昼になると暑くてかなわんからね!」


 随分と気さくな男だ。


 俺は少し迷ったが、厚意に甘えることにした。


「ありがとうございます」


「いやいや、旅人同士だ。遠慮はいらないよ」


 男は笑いながら手を差し出した。


「俺はポポ。行商人をやってる」


「レオンです。冒険者です」


「レオン君か!」


 ポポは嬉しそうに頷いた。


「いやぁ、冒険者と話すのは好きなんだよ。街道を行き来していると、いろんな話が聞けるからね」


「話……ですか?」


「そう! 俺はね、大の話好きなんだ!」


 そう言うと、ポポは待ってましたと言わんばかりに話し始めた。


 最近の街道の様子。


 近くの村で起きた小さな騒ぎ。


 王都で値上がりしている商品の話。


 さらには、どこかの酒場で聞いたらしい冒険者の噂話まで。


 次から次へと話題が飛んでいく。


 正直、少し圧倒される。


 けれど、その中に一つ。


 俺の耳に引っ掛かる話があった。


「そういえば、王都へ行く途中に寄れる村で、面白い話があるんだよ」


「村?」


「ああ。農村キーファってところさ」


 ポポは地面に木の枝で簡単な地図を描いた。


「ここから王都へ真っ直ぐ行くなら、このまま街道を進めばいい」


 枝が街道をなぞる。


「でも、少し西へ逸れるとキーファがある。まあ、王都へ行くにはちょっとした遠回りになるけどね」


「そこで何かあるんですか?」


「いるんだよ」


 ポポが意味ありげに笑った。


「槍の腕が立つ老兵がね」


「……槍?」


 思わず反応してしまった。


「ああ。昔は兵士だったらしくてね。今はキーファの警護を手伝っているらしい」


「どれくらいの腕なんです?」


「そりゃ俺は実際に見たわけじゃないけど――」


 ポポは少し考える。


「魔物が村に近づいてきた時、その老兵が槍一本で追い払ったって話を聞いたことがある」


「槍一本……」


 俺は無意識に自分の腰にある剣へ目を落とした。


 槍。


 今まで俺が使ってきたことのない武器だ。


「冒険者の間でも、槍を扱うならあの老人に習え、なんて話があるくらいさ」


「……なるほど」


 少し興味が湧いてきた。


 俺は剣と盾を使って戦っている。


 けれど、戦い方は一つだけとは限らない。


 もし槍を扱えるようになれば――


 そんな考えが頭をよぎった。


「それとね」


 ポポが再び口を開く。


「王都には、もっと面白いものがある」


「何です?」


「迷宮さ」


 その言葉に、俺は顔を上げた。


「王都にはいくつもの迷宮が存在するんだ」


「王都に……?」


「ああ。古い遺跡や地下迷宮なんかがいくつも残っていてね。冒険者にとっては宝の山みたいなものさ」


 ポポは楽しそうに語る。


「その中には、古代の遺物が眠っていることもある」


「古代の遺物?」


「そう。ルーンストーンって呼ばれているものだ」


 聞き慣れない名前だった。


「ルーンストーン……」


「古代文明の遺物らしい。石に不思議な力が宿っていてね」


 ポポは声を少し落とした。


「身体能力を高めるものだったり、魔法に関係するものだったり……効果は様々らしい」


「それは……かなり希少なんじゃ?」


「もちろんさ!」


 ポポは大きく頷いた。


「だから高値で取引されることもある。とはいえ、そう簡単に見つかるものじゃないけどね」


 俺は黙って話を聞いていた。


 王都。


 そこには、これまで俺が知らなかった世界がある。


 いくつもの迷宮。


 古代の遺物、ルーンストーン。


 そして――


 槍の腕が立つという老兵。


「……キーファ、か」


 俺はポポが描いた地図を見る。


 王都への道から少し外れる。


 決して大きな遠回りではない。


「どうだい?」


 ポポが笑う。


「せっかくここまで来たんだ。急ぎの旅じゃないなら、寄ってみてもいいんじゃないか?」


「……そうですね」


 俺は地図を見ながら答えた。


「少し、興味があります」


 王都へ向かう旅。


 その途中に、思いがけない寄り道ができた。


 ポポと別れた俺は、街道を外れた。


 向かう先は――農村キーファ。


 王都への道から少し外れるだけ。


 ポポはそう言っていた。


 だから、そこまで大きな遠回りにはならないと思っていた。


 ……その考えは甘かった。


「……遠いな」


 歩けども歩けども、なかなか村が見えてこない。


 道は次第に細くなり、街道のように整備されてもいない。


 何度か分かれ道に遭遇するたびに、道標を確認しながら進んだ。


 途中で何度も、


 本当にこっちで合っているのか?


 と思った。


 それでも歩き続け――


 ようやく。


「……あれか」


 遠くに建物が見えた。


 さらに歩く。


 少しずつ、その姿がはっきりしてくる。


 木造の家。


 その周囲に広がる畑。


 村の外周を囲む簡素な柵。


 どうやら、あれがキーファらしい。


「やっと着いた……」


 思わず息を吐いた。


 村へ近づくにつれて、畑で作業をしている村人の姿も見えてきた。


 農村というだけあって、建物のほとんどが民家と農作業用の小屋だ。


 大きな店もない。


 当然、街のような冒険者向けの施設も見当たらない。


「……冒険者ギルドもなさそうだな」


 ポポから聞いていたとはいえ、実際に見ると本当に何もない。


 俺は村の入口へ向かった。


 簡素な門をくぐる。


 その瞬間だった。


「……ん?」


 視界の端に、一人の老人が入った。


 村の入口近く。


 木の杖ではなく――


 一本の槍を手にしている。


 老人とは思えないほど背筋が伸びていた。


 村人とは明らかに違う雰囲気。


 俺がその老人を見ていると、向こうもこちらに気づいた。


「……冒険者か」


 低い声だった。


「はい」


 俺は足を止めた。


「レオンと言います」


 老人は俺の装備を一通り眺める。


 剣。


 盾。


 そして、冒険者としての装備。


「……この村に冒険者が来るとは珍しいな」


「少し聞きたいことがあって」


「ほう」


 老人が槍を地面に立てる。


「何を聞きたい?」


 俺は一瞬、迷った。


 そして――


「槍の扱いに長けた老兵が、この村にいると聞いて来ました」


 老人の眉が、わずかに動いた。


「…………」


 数秒の沈黙。


 そして老人は、口元をほんの少しだけ緩めた。


「なるほどな」


 槍を握り直す。


「それなら、話は早い」


 老人は俺を真っ直ぐ見据えた。


「その老兵なら――」


 一拍置いて。


「俺だ」


 思わず目を見開いた。


 まさか、村に入ってすぐ本人と出会うとは思わなかった。


 俺は目の前の老人と、その手に握られた槍を見る。


 ポポが話していた人物。


 農村キーファにいるという、槍の腕が立つ老兵。


 どうやら――


 俺は目的の人物に、たどり着いたらしい。


「その老兵なら――俺だ」


「……あなたが?」


「ああ」


 老人は短く答えた。


「名はバァル。昔は王国軍にいた。今は、この村の警護をしている」


「バァルさん……」


 俺は改めて、彼の持つ槍に目を向けた。


 これまで見た槍とは、明らかに違う。


 以前、ニックやベンが使っていた槍は、もっと長かった。


 両手でしっかりと握り、間合いを取って戦うための武器だった。


 それに対して、バァルが持っている槍は短い。


 柄も短く、片手で扱えるほどの長さしかない。


「……短いですね」


 思わず口にすると、バァルは槍を軽く持ち上げた。


「ショートスピアだ」


「ショートスピア……」


「長槍とは使い方が違う」


 そう言って、バァルは片手だけで槍を構えた。


 その動きは、老人とは思えないほど滑らかだった。


 槍先が俺へ向けられる。


 距離にして数歩。


 それだけなのに――


 妙な威圧感があった。


「長い槍は、間合いを支配するには向いている。だが、狭い場所では扱いづらい」


 バァルは槍を軽く回す。


「こいつは違う」


 片手で扱える。


 そのまま槍を突き出し、引く。


 次の瞬間には、反対側へと構えが変わっていた。


「盾を持ったままでも使える」


 俺は思わず自分の盾を見る。


「……盾と一緒に?」


「ああ」


 バァルが頷く。


「剣と盾だけが戦い方ではない」


 その言葉が、妙に胸に残った。


 俺はこれまで、剣と盾で戦ってきた。


 盾で攻撃を受け、隙を作り、剣で斬る。


 それが俺の戦い方だった。


 だが――


 目の前のショートスピアを見ていると、今までとは違う戦い方ができるような気がした。


「……バァルさん」


「なんだ?」


「俺に、その槍を教えてもらえませんか?」


 バァルはしばらく黙って俺を見る。


 そして――


「理由は?」


「強くなりたいからです」


 俺は答えた。


「王都へ向かっています。これから先、もっと強い魔物と戦うことになると思う。そのために、できることを増やしたい」


 バァルは俺の言葉を聞き終えると、ゆっくりと槍を肩に担いだ。


「……なるほど」


 老人の目が、少しだけ鋭くなる。


「なら、まずは村の周辺に出る魔物を片付けてもらおうか」


「魔物を?」


「ああ」


 バァルは村の外へ視線を向けた。


「この村には冒険者ギルドがない。だから、魔物が出れば俺が対処している」


 そして俺を見る。


「その代わり――」


 バァルがショートスピアを握り直した。


「村の周辺を片付けてくれるというなら、槍の扱いくらいは教えてやる」


 俺は頷いた。


「お願いします」


 こうして俺は――


 農村キーファで、思いがけない師匠と出会うことになった。


「お願いします」


 俺が頭を下げると、バァルはしばらく俺を見ていた。


「……そうか」


 それだけ言うと、バァルは手にしていたショートスピアをこちらへ差し出した。


「持ってみろ」


「え?」


 突然のことだった。


 俺が戸惑っていると――


「ほら」


 半ば押し付けるように、ショートスピアを渡される。


「……軽い」


 思わず口に出した。


 両手で扱う長槍とは違う。


 柄が短く、片手でも十分に振り回せる。


 試しに右手で握ってみる。


 剣とは違う。


 だが、思っていたよりも手に馴染む。


「それを持って、村の周辺に出る魔物を退治してこい」


「これで?」


「ああ」


 俺はショートスピアを見る。


「使い方は……」


「教えない」


「……え?」


 バァルは平然と言った。


「まず自分で使ってみろ」


「でも、俺は槍を使ったことが――」


「だからだ」


 バァルは俺の言葉を遮った。


「知らない武器を持って、どう扱うかを自分で考えてみろ」


 老兵の目が、俺をじっと見据える。


「武器は、持っただけで使えるようになるものじゃない」


「…………」


「実際に振り、突き、失敗して覚えろ」


 バァルはそう言うと、村の外へ続く道を指差した。


「この先の畑や林に、小型の魔物が出ることがある」


「それを、この槍で?」


「そうだ」


 バァルは頷く。


「帰ってきたら、使い方について話してやる」


 俺は手の中のショートスピアを握り直した。


 思ったより軽い。


 これなら盾を持ったままでも扱えそうだ。


 だが――


 実際に魔物を相手にしたら、どうなるのか。


 まだ分からない。


「……分かりました」


 俺はショートスピアを握ったまま、村の外へ向かって歩き出した。


「レオン」


 背後からバァルの声が飛んできた。


 振り返る。


「無理に格好よく使おうとするな」


「……?」


「まずは生きて帰ってこい」


 それだけ言って、バァルは村の入口に立ったまま俺を見送った。


 俺はもう一度、手の中のショートスピアを見る。


 剣とは違う。


 盾とも違う。


 初めて手にする武器。


 これを使って――


 俺は村の周辺に出る魔物へ向かうことになった。


それから数日。


 俺は毎日のように、農村キーファの周囲を巡回していた。


 最初はショートスピアを握ることさえ手探りだった。


 だが、魔物と何度も戦っているうちに、少しずつ身体が使い方を覚えていった。


「……来る!」


 草むらからホーンラビットが飛び出す。


 俺は盾を構えた。


 角が盾へぶつかる。


「ぐっ……!」


 衝撃を受け止める。


 その瞬間、俺は右手のショートスピアを突き出した。


「――っ!」


 槍先がホーンラビットを捉える。


 一匹。


 さらに別の場所から二匹。


 俺は盾を構えたまま、ゆっくりと距離を取る。


 一匹が正面から飛び込んできた。


「そこだ!」


 盾を少し前へ出す。


 ホーンラビットが盾へぶつかった。


 その勢いを利用して身体を横へ捌く。


 そして――


「ふっ!」


 槍を突き出す。


 もう一匹が横から迫ってきた。


 正面を向く暇はない。


 俺は身体を捻りながら、ショートスピアを横へ払った。


 ――ヒュッ。


 槍の柄がホーンラビットを弾き飛ばす。


「……今のは」


 以前なら、ただ剣を振っていただろう。


 だが今は違う。


 盾で攻撃を受ける。


 槍で突く。


 敵が近づきすぎれば――


「っ!」


 俺は足を踏み込んだ。


 前蹴り。


 ホーンラビットを蹴り飛ばし、その隙に距離を取る。


 そして再び槍を構える。


 突き。


 盾。


 前蹴り。


 そして、切り払い。


 それらを一つずつ繋げていく。


 戦いを重ねるたびに、少しずつ身体が自然に動くようになっていった。


 数日もすると、ホーンラビットとの戦いにも余裕が出てきた。


 今日だけでも、すでに十匹以上。


 これまでの討伐数を合わせれば、数十匹になる。


「……ふぅ」


 俺は槍先についた血を払い、息を整える。


 まだ完璧ではない。


 突きも、切り払いも、バァルの動きには遠く及ばない。


 それでも――


 少しずつ、自分の戦い方が見えてきた。


 剣と盾だけだった時とは違う。


 盾で相手の攻撃を受け、槍で距離を保つ。


 懐に入られれば前蹴りで押し返す。


 そして、できた隙に槍を突き込む。


 俺は槍を握り直した。


「……面白いな」


 剣とは違う。


 この武器には、この武器の戦い方がある。


 そして俺はまだ、そのほんの一部しか知らない。


 村へ戻ると、バァルがいつものように入口で待っていた。


 俺の姿を見るなり、手にしたショートスピアへ目を向ける。


「少しは槍らしくなってきたな」


「分かりますか?」


「ああ」


 バァルは頷いた。


「最初はただ突いていただけだった。今は違う」


「……」


「盾で受け、足を使い、槍で突く。そして相手が横へ逃げれば切り払う」


 そこまで言って、バァルはわずかに笑った。


「自分なりの戦い方を覚え始めている」


 俺は自分の手を見る。


 数日前までは、ただの借り物だったショートスピア。


 今では少しだけ、自分の武器になりつつある気がした。


「まだまだだ」


 バァルが言う。


「だが――」


 老兵は俺の目を見る。


「その調子で続けろ。槍は、使えば使うほど身体に馴染む」


「はい」


 俺は頷いた。


 そして再び、ショートスピアを握り直した。


それから、さらに数日が経った。


 いつものように村の周囲を巡回していると、バァルに呼び止められた。


「レオン」


「はい?」


「今日は魔物退治はいい」


 バァルはそう言うと、村の外へ続く道を歩き始めた。


「ついてこい」


「どこへ?」


「槍を教える」


 その言葉に、俺はすぐに後を追った。


 しばらく歩く。


 農村から離れ、周囲に人家がなくなったところで、バァルが足を止めた。


 目の前には開けた草地が広がっている。


「ここならいい」


 バァルはそう言って、一本のショートスピアを地面から取り上げた。


「今日は投げ槍を教える」


「槍を……投げる?」


「ああ」


 バァルは槍を片手に持つ。


「槍は突くだけの武器じゃない」


 そう言いながら、標的にしている木へ視線を向けた。


「離れた敵を攻撃することもできる」


「でも、投げたら手元からなくなりますよね」


「だから使いどころが重要なんだ」


 バァルはそう言うと、槍を構えた。


 俺はその動きをじっと見る。


 身体を半身にする。


 腕だけではない。


 腰、肩、踏み込み。


 全身を使って――


 バァルが槍を放った。


 ――ヒュッ!


 槍が空気を切り裂く。


 次の瞬間。


 ドンッ!


 木の幹に深く突き刺さった。


「……!」


 思わず息を呑む。


「これが槍投げだ」


 バァルがこちらを見る。


「力任せに投げるな。槍は腕だけで飛ばすものじゃない」


 バァルが槍を抜きながら続ける。


「足を使い、腰を回し、最後に腕を合わせる」


 そして俺に槍を渡した。


「やってみろ」


「はい」


 俺は槍を握る。


 さっきの動きを思い出す。


 足。


 腰。


 肩。


 そして――


「……っ!」


 投げる。


 槍は真っ直ぐ飛んだ。


 だが、標的の手前へ落ちる。


「……難しい」


「最初からできる奴はいない」


 バァルは淡々と言った。


「もう一度だ」


 俺は槍を拾う。


 構える。


 投げる。


 今度は木に当たった。


 浅い。


 それでも――


「当たった」


「そうだ」


 バァルが頷く。


「繰り返せ」


 何度も投げる。


 外れる。


 当たる。


 また外れる。


 少しずつ、槍が狙った方向へ飛ぶようになっていく。


 投げるたびに、身体の使い方が分かってくる。


 そして――


 ドンッ!


 今度は槍が、木の中心近くへ深く突き刺さった。


「……!」


 俺は思わず目を見開いた。


 バァルは黙ってその槍を見る。


「悪くない」


 短い言葉。


 だが、その声には今までとは少し違うものがあった。


「投げ槍は、遠くの敵を仕留めるためだけじゃない」


 バァルは槍を抜きながら言った。


「戦いの始まりを、自分から作れる武器だ」


「戦いの始まり……」


「ああ」


 バァルが俺へ槍を返す。


「近づく前に一撃を入れる。敵が怯めば、そのまま距離を詰める」


 俺は槍を受け取る。


「そして、最後は盾と剣で仕留めてもいい。」


 その言葉を聞いて、俺は自分の戦い方を思い浮かべた。


 遠くから槍を投げる。


 敵がこちらへ向かってくる。


 盾を構える。


 そして、剣に持ち替えて近接戦へ。


 剣だけだった頃にはできなかった戦い方だ。


それからというもの、俺は朝から晩まで槍を投げ続けた。


 村の外れにある開けた草地。


 そこに立てた木を標的にして、ひたすらショートスピアを投げる。


 投げる。


 拾う。


 また投げる。


 最初は狙った場所へ飛ばすことすら難しかった。


 槍が途中で回転し、地面へ突き刺さる。


 標的の横を大きく外れる。


 時には手前に落ちる。


「もう一度だ」


 バァルはそれしか言わなかった。


「はい!」


 投げる。


 拾う。


 投げる。


 拾う。


 何度も繰り返した。


 腕が重くなっても。


 足が疲れても。


 それでも続けた。


 槍を握る手が痛くなれば、握り方を変える。


 投げるたびに身体の動きを確認する。


 足の踏み込み。


 腰の回転。


 肩の動き。


 最後に腕を送り出す。


 何度も繰り返すうちに、少しずつ形になっていった。


 そして夕方。


「……っ!」


 槍を構える。


 一度、深く息を吸う。


 踏み込む。


 腰を回す。


 身体全体を使って――


「はっ!」


 槍を放つ。


 ヒュッ!


 一直線に飛んだ槍が――


 ドンッ!


 木の中心近くへ突き刺さった。


「……」


 俺はしばらく、その槍を見つめていた。


「形になったな」


 隣に立つバァルが言った。


「まだ完璧ではない。だが、実戦で使える程度にはなった」


「……はい」


 疲れている。


 身体中が重い。


 それでも、不思議と嫌ではなかった。


 少しずつ、自分のものになっていく感覚がある。


 すると、バァルがもう一本のショートスピアを手に取った。


「次だ」


「……まだあるんですか?」


「ああ」


 バァルが俺を見る。


「ショートスピアには、長槍とは違う戦い方がある」


 そう言って、槍を構えた。


「三段突きだ」


「三段……突き?」


「見ていろ」


 バァルが数歩先へ移動する。


 そして――


 低く構えた。


「まずは、こちらから踏み込む場合」


 一歩。


 踏み込む。


「一!」


 ズッ!


 鋭い突き。


 槍を引く。


「二!」


 さらに一歩踏み込む。


 ズッ!


「三!」


 最後の一撃。


 ドッ!


 三つの突きが、ほとんど一つの動作に見えるほど速かった。


「……速い」


「ショートスピアは長槍より短い」


 バァルは槍を構え直す。


「その分、間合いを詰めながら連続して打ち込める」


 そして次は、少し距離を取った。


「だが、相手が突進してきた場合は違う」


 バァルが俺を見る。


「今度は下がりながら打つ」


 俺が頷く。


 バァルがこちらへ向かってくる。


 俺は反射的に身構えた。


 その瞬間――


「一!」


 バァルが一歩下がる。


 同時に槍が突き出される。


「二!」


 さらに一歩後退。


 また突く。


「三!」


 最後に大きく下がりながら、鋭い三撃目。


 俺は息を呑んだ。


 迫ってくる相手の勢いを殺しながら、自分は後退する。


 ただ逃げているわけではない。


 一歩下がるたびに槍を突き込み、相手との距離を保ちながら攻撃している。


「これが三段突きだ」


 バァルが槍を下ろす。


「踏み込みながら三撃を叩き込むか、相手の突進に合わせて下がりながら三撃を叩き込む」


「……ショートスピアだからこそできるんですね」


「そうだ」


 バァルが頷く。


「長槍でもできなくはない。だが、この短さだからこそ、身体の動きと槍の動きを一つにできる」


 俺はバァルの動きを思い返す。


 踏み込み。


 突き。


 引く。


 さらに踏み込む。


 また突く。


 三撃目。


 単純に見える。


 だが、実際にやってみれば簡単ではないことが分かるだろう。


「やってみろ」


「はい!」


 俺はショートスピアを握った。


 まずは踏み込みながら。


「一!」


 突く。


「二!」


 踏み込む。


 突く。


「三!」


 最後の一撃。


「……遅い」


 バァルが即座に言った。


「もっと身体を連動させろ。槍だけを動かすな」


「はい!」


 もう一度。


 何度も繰り返す。


 槍投げで疲れ切った身体を動かしながら、それでも三段突きを繰り返した。


 その日、俺は朝から日が沈むまで槍を振り続けた。


 投げる。


 突く。


 踏み込む。


 下がる。


 また突く。


 まだまだ完成には遠い。


 それでも――


 俺の中に、少しずつ新しい戦い方が刻み込まれていった。


その日の夕方。


 俺は一人、草地に立っていた。


 手にはショートスピア。


 身体は疲れ切っている。


 腕も重い。


 足も痛い。


 それでも、槍を手放さなかった。


 俺には力がない。


 昔から、特別な力なんて持っていなかった。


 あの時も――


 俺にできたのは、逃げることだけだった。


 怖かった。


 何もできなかった。


 ただ、生き残るために逃げた。


 それを今でも覚えている。


「…………」


 槍を握る手に力が入る。


 だから――


 今できることをやる。


 剣を覚えた。


 盾を覚えた。


 そして今、槍を覚えている。


 才能があるかなんて分からない。


 強くなれるかも分からない。


 それでも――


 投げる。


 拾う。


 また投げる。


 突く。


 踏み込む。


 下がる。


 何度でも繰り返す。


 ただひたすらに。


 今の俺にできることを。


「……もう」


 小さく呟く。


「逃げなくてもいいように……」


 槍を構える。


 目の前の標的を見据える。


 そして――


 力いっぱい、槍を投げた。


 ヒュッ――


 ドンッ!


 槍が木の幹へ深く突き刺さる。


 俺は荒い息を吐きながら、その槍を見つめた。


 まだ足りない。


 もっとだ。


 もっとできるようにならなければならない。


 いつかまた、あの時のような敵に出会ったとしても。


 仲間を守らなければならない時が来ても。


 今度は――


 逃げるだけの自分にはなりたくない。


 そのために。


 俺は今日も槍を握る。


 明日も。


 その先も。


 できることを、一つずつ増やしていく。


まもなく、この大陸にも冬が来る。


 この地方の冬は厳しい。


 雪が降り始めれば、街道はたちまち白く染まり、大雪ともなれば馬車の往来すら難しくなる。


 王都へ向かうどころではなくなるだろう。


 だから俺は――


 ここ、農村キーファで冬を越すことにした。


 幸い、バァルに教わることはまだたくさんある。


 焦って王都へ向かう必要はない。


 今の俺に必要なのは、先へ進むことよりも――


 強くなることだった。


 雪が降り始めた。


 最初はちらつく程度だった雪も、日を追うごとに激しくなっていく。


 やがて農村キーファは、一面の銀世界になった。


 それでも俺は鍛錬を続けた。


 雪の中で盾を構える。


 足を取られながらも、踏み込む。


 剣を振る。


 何度も振る。


 ショートスピアを握り、突きを繰り返す。


 踏み込みながらの三段突き。


 後退しながらの三段突き。


 そして――


 槍を投げる。


 投げた槍を拾う。


 また投げる。


 身体が動かなくなるまで繰り返した。


 バァルから教わった技を、一つずつ自分の身体へ刻み込んでいく。


 槍だけではない。


 剣も。


 盾も。


 毎日のように向き合った。


 身体が疲れれば休む。


 そして、また鍛える。


 食事を取り、眠り、起きる。


 また鍛える。


 そんな毎日だった。


 季節が進むにつれて、俺の身体も少しずつ変わっていった。


 以前よりも足腰が強くなった。


 剣を振る力もついた。


 盾を構え続けることにも、以前ほど苦労しなくなった。


 そして何より――


 ショートスピアが、少しずつ身体の一部のように感じられるようになった。


 最初はただの借り物だった。


 今では違う。


 投げる。


 突く。


 払う。


 盾と組み合わせる。


 そして必要なら、剣へ持ち替える。


 俺なりの戦い方が、少しずつ形になっていた。


 やがて――


 長かった冬も終わりを迎えた。


 雪が少しずつ溶け始める。


 凍っていた大地から、土が顔を出していく。


 農村にも、春の気配が戻ってきた。


 俺は村の外れに立ち、ショートスピアを握っていた。


 長い冬だった。


 けれど――


 無駄な時間ではなかった。


 俺は以前より強くなった。


 それでも、まだ足りない。


 王都へ行けば、これまで以上に強い魔物がいるだろう。


 ダンジョンもある。


 ルーンストーンという古代の遺物もある。


 そして、まだ見たことのない冒険が待っている。


 俺は遠くに続く街道を見る。


「……そろそろ行くか」


 長い冬を越えた今。


 俺は再び、王都を目指す。


春が訪れ、雪がほとんど消えた頃。


 俺はバァルに、王都へ向かうことを伝えた。


「バァルさん。明日、王都へ向かおうと思います」


 バァルは黙って俺を見る。


「そうか」


 それだけだった。


 だが、しばらくすると――


「ちょっと待っていろ」


 そう言って、バァルは自分の家へ入っていった。


 しばらくして戻ってきたバァルの手には、一本のショートスピアがあった。


 俺がこれまで訓練で使っていたものとは違う。


 長年使い込まれた槍。


 柄には無数の傷があり、穂先にも幾つもの戦いを越えてきた跡が残っている。


 それでも、手入れだけは丁寧にされているのが分かった。


「これを持っていけ」


「……俺に?」


「ああ」


 バァルは俺へ槍を差し出した。


 俺は両手で受け取る。


「これは……?」


「俺が長年、戦場で使っていたものだ」


「戦場で……」


「ああ」


 俺は槍を見る。


 この一本が、いったいどれだけの戦いを越えてきたのだろう。


「俺はもう戦場へ戻ることはない」


 バァルは静かに言った。


「だから――」


 少しだけ間を置いて。


「お前が持っていけ」


「……でも」


「いいんだ」


 バァルは俺の言葉を遮った。


「こいつを使うことは、もう俺にはないからな」


 俺は槍を握り直す。


 ずっしりとした重みを感じる。


 武器そのものの重さだけではない。


 長い年月、この槍と共に戦ってきた男の時間まで詰まっているように感じた。


「……大切な物じゃないんですか?」


「大切だったさ」


 バァルは遠くを見る。


「だからこそ、お前に渡す」


「…………」


「戦場で使われる武器はな。飾っておくためにあるんじゃない」


 バァルが俺を見る。


「使ってやることが、一番の供養だ」


 俺は何も言えなかった。


 ただ、槍を見つめる。


「……ありがとうございます」


 俺は深く頭を下げた。


「大切に使います」


「違う」


 バァルが言った。


「大切にする必要なんてない」


「え?」


「使え」


 その言葉は短かった。


「傷ついてもいい。汚れてもいい。折れそうになったら修理しろ」


 そして、最後に。


「生き残るために使え」


 俺は槍を強く握った。


「……はい」


 この槍を、俺は受け取った。


 バァルが長年戦場で使ってきた一本のショートスピア。


 それは、俺にとってただの武器ではない。


 この冬を越えて身につけたもの。


 そして――


 これから始まる旅を共にする、新たな相棒だった。

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