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8 カラスが消えた


「やっぱり、なにもないね」

 期待外れに唇をへの字にした七巳。

 これでデートは終わりか。


「あそこのベンチでおにぎり食べよう」

 そう言って遊歩道脇のベンチに座る彼女。

 

 木漏れ日が心地よいそのベンチに僕も座って、二人でおにぎりを食べた。

 僕のは、エビマヨと高菜、彼女のは鮭と梅干しだった。

「後は決闘だけだね。でもあの峠まで自転車で登るのはきついよ」

 スポーツドリンクをゴクリと飲んだ七巳が僕を見た。


「そうだね。じゃあ、ここですませる?」

 まだ時間には早いが、彼女に決闘で勝てば、告白の許可が降りるのだ。

 自分が自分に対してした約束。

 幸い周囲に人影はない。


 二人の間に一瞬緊張が走った気がした。

 武道家にしかわからない一瞬の気の動きというやつだ。


 その時カラスの鳴き声が聞こえた。

 のどかに鳴き声を上げながら、真っ黒い影が湖面の上空を飛んでいる。

 七巳も気になったのか、そのカラスを目で追っている。

 ちょうど島影の上に差し掛かった、その時。

 真っ黒い影は吹き消すように消えてしまった。途端に鳴き声も消えた。


「え? なにあれ。ねえ、由紀見た?」

 何も言葉が出ない僕の右腕を七巳が揺すった。

「カラスが……、消えたよね」

 やっと僕も言葉が出た。

 唖然とする僕らの前で、再び今度は二羽のカラスが飛んできて、同じように消えていった。


「あそこ、やっぱり何かあるよ。楽々浦くんに報告しよう」

 七巳はそそくさと片付けると自転車の方に走る。僕もすぐに彼女を追った。

 

 帰りは下りだからあっという間に古書店まで戻ってきた。

「楽々浦、カラスが消えたよ」

 引き戸を開けるなり七巳が叫ぶ。

 まったく、これだから女は、と僕は思わず思ってしまう。

 前後の話をしないと意味分かんないだろうに。 


 目を丸くして話を聞いている楽々浦の横には、初めて見るおじさんも居た。

 見た感じここの店主かな? 二人の前には、台の上に僕が持ってきた地図、というより水墨画が広げられていた。ちょうど二人で眺めていたのだろう。

 それなら話が早い。


「かあかあと、こんな風に飛んできたカラスが、吹き消すように居なくなったんだよ」

 身振り手振りでカラスの羽ばたく様子を演じながらも、要領を得ない説明をする七巳を横にどけて、僕が代わりに楽々浦たちに話してやった。

 横の七巳がウンウンと頷いている。


「本当か、それ。それならちゃんと調査しないといけないな」

 楽々浦のそばに居たおじさんが銀縁眼鏡をずりあげて身を乗り出してきた。


「ああ、こちら、ここの店主の池水正徳ちすいしょうとくさん」

 楽々浦が紹介してくれた。

「血吸い、吸血鬼? 変な名前だな」

 僕が言うと、ちすいは、池の水だから、と銀縁眼鏡のおじさんが言うが、今はそんな事どうでもいいのだ。


「もしかしたら、そこには異界への穴があるのかもな」

 水墨画の渦巻き模様を指さして、吸血おじさんはホラー映画みたいなことを言ってきた。


 大人だから、てっきり、光の屈折で……、とか、水蒸気の上昇気流と上空の冷めた空気のレンズ効果でとか、もっともらしい説明をしてくれるかと思ったら、時空の穴かよ。


「おや? 納得できなそうだね。それじゃあ早速調べに行こうじゃないか」

 おじさんが立ち上がる。

「店はどうするんですか? まさか僕は留守番ですか?」

 楽々浦が不満そうな声を上げる。


「店は閉めていこう。なに、車で行けばすぐだからいいさ。準備してくる」

 おじさんは、そう言い残して店の奥の方に消えた。

 

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