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13 島に上陸


 10分ほど漕いだだろうか。楽々浦の額に少し汗が光る頃、ボートは島の砂に乗り上げた。前側に乗っていた七巳が最初に飛び降りる。

 ふうっと息を吐いて楽々浦も島に降り立つ。

 そして僕も腰を上げた。

 

 映像で見た感じでは芝生くらいに見えた雑草だったけど、上陸してみたら膝下くらいまで雑草は伸びていた。

 そして島の真ん中に一本の松の樹が生えている。


 そばで見ると、その松の木の大きさに圧倒される。

 幹も太いし、樹齢はどのくらいなんだろう。

 針葉樹は光をまばらに遮るから、木陰に入ると木漏れ日が網の目のように降ってくる。


 木の幹に触ると、長い風雪を耐えてきた重みのようなものを感じた。

 僕の見つけた水墨画は、百年くらい前のもののように感じたから、ということは、この松はそれ以上の年月をこの狭い島で生きているわけだ。


「あ、あったよ」

 七巳が何かを拾い上げた。それは黒くて細い巻物だった。

 楽々浦も、周囲を見回して、巻物を拾い始めた。

 島は直径20メートルくらいの円形。そこには全部で8本の巻物が落ちていた。


「ちょっと確認したいから、どいてて」

 楽々浦が地面から小石を拾って言う。後ろに下がってと言われて僕と七巳は彼の後ろに移動する。


 楽々浦がそれを確認したあと、上を向いて石を放り投げた。

 おおきく振りかぶって、ふんっと力を込められた石が、松の木の上まで飛んでいく。

 石は松の木の上空に飛んでいくが、何も起きずに向こうの水面に落ちてしぶきを上げた。

「今度は方向を変えてみよう。こっちに回ってきて」

 楽々浦に促されて、僕と七巳も位置を変えた。


 そして、楽々浦が石を投げ上げた。また同じように反対側の水面にぽちゃんと軽い音を立てて石は落ちてきた。何度か位置を変えてみても結果は同じだった。


「やっぱり、カラスみたいに真っ黒い物しか受け付けないのかな」

 今度は楽々浦は黒い巻物を手にした。 

 同じように空中に向かってそれを放り投げた。

 ドキドキしながら見守るなか、黒い巻物は松の木の上空で消えてしまった。

 やはり、異界の穴が空いているのだ。


 

「どう思う?」

 楽々浦が僕と七巳を見て言う。

 三人で松の木の根元に座って会議だった。


「これは一大事だよ。空間に空いた不思議な穴。警察に、いや大学かな。新聞社かな。とにかく知らせて科学調査してもらうしかないよ」

 当然のこととして僕はそう発言するが、目の前の二人は首を傾げている。

 意外と冷静な顔だ。


「問題は、あの穴がなにか害になるかだよね」

 七巳が口をへの字にして言った。

「真っ黒い物にしか反応しないし、カラスの出入り口、というだけなら何の害もなさそうだな」

 楽々浦も同じように口をへの字にしていた。


 二人はこの重大な発見が気にならないのだろうか。

 科学史に残るような大発見なのに。何故か興奮しているのは僕だけなのだ。

 

「さっきのビデオ映像には、カラスみたいな人間が映っていたよな」

 楽々浦が七巳を見た。

「あれは烏天狗からすてんぐだよね」

 と、即座に七巳が答えた。

 なにか、二人の間だけで通じる物語でもあるかのような会話だった。


「烏天狗? なにそれ」

 僕が聞くと、まずは七巳が答えてくれた。

「うちの神社。言ってなかったけど、私のうち、辻文神社っていうの。私の曽祖父が神主なのよ。それで、うちの神社に年に一度だけまつる掛け軸があって、それが烏天狗様なの」


 その後を楽々浦が引き続き話し出す。

「この町には、昔から伝わる伝説があって、それが烏天狗にまつわるものなんだ。いたずら好きの烏天狗が、村人たちを驚かせることをいろいろやっていたっていうの」


 それを、また七巳が引き継ぐ。

「でも、誰にも危害は加えなかったのよね。むしろ外部からの侵略に対して烏天狗が舞い降りて加勢してくれたとか。この町では烏天狗は神聖な神様なのよ」


 ということは? と聞く僕に、七巳は、

「この事は三人だけの、いや池水さんももうわかっているだろうから、四人だけの秘密にしておこうってこと」

 そう言って笑った。


「池水さんも同じ気持ちなのかな?」

 僕は二人に聞く。

「さっき映像見てただろ。池水さんも、すぐに烏天狗だとわかったはずだよ。この町の人間なら誰でも、伝説のことは知ってるから。辻文神社も、大昔天狗のいたずらを諌めるために建てられたという話もあるくらいなんだ」

 楽々浦が答えた。


「じゃあ、あのビデオに映っていた場所は?」

 さらに僕が聞くと、今度は七巳が教えてくれた。

「たぶん、天狗の里だね。天狗の里は雪深いって、この町の古い数え歌にもあるし。それと、由紀が拾ってきた水墨画の三本枝のマークも、カラスの足跡を意味していたんだろうね」

 

 じゃあこの件は、僕がぽつんと言うと、

「一件落着だ」

 楽々浦が立ち上がって、拾い集めた巻物をボートに運んでいく。


 その後姿を目で追っていた七巳が、僕の耳に口を寄せてきた。

 こそりとひとこと言った。


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