異世界のハズレ勇者とダークエルフの第二の人生3
「勇者なら誰でもいい。私の依頼をこなせるのならば、な」
五分前。
勇者ギルドに現れたダークエルフの女性は、店主サンペイにそう言った。
人とは共存しない種族、ダークエルフ。街なかでは目立つ褐色の肌、鋼のような銀髪、宝石を埋め込んだような緑の瞳、「勇者」たちは息を呑んだ。
もはや彼女は「依頼人」ではなく「乱入者」であった。
「なるほど」
サンペイはグラスに酒をついでダークエルフに出す。
「この依頼をこなせる勇者は、多くいるでしょう」
「なら話ははやい。紹介してもらおうか」
「ですが、勇者本人が依頼を受けたいと思うかは別です」
碧眼がサンペイの胸を突いた。
「…人間、め」
「知っているでしょう。勇者は人間だ、しかしこの世界の人間ではない、と。この世界に生きるには、たくさんのものが必要なのです」
サンペイは冷静だった。
「フン。そうか、なら野良の勇者でも拾って働かせるとしよう」
「そんなこと、許されると思ってるのか!」
入口近くの席から立ち上がったのは「勇者」タカハシだった。
「それは人を騙して食おうっていう宣言と同じじゃないか!」
「ならばここで固まって傷を舐め合い責務を放棄するのは、勇者として正しいのか?」
「て、テメー!」
「やめなさいよタカハシ!落ち着いて!」
「けど、あれじゃあブラック求人じゃないか!オレはもう、あんな思いさせたくない!」
タカハシを抑えるのは「勇者」タチバナだった。しかし怒りを抑えきれてないのはタカハシだけではなく、ナカムラやガモウたちも同じだった。
けれどそんな憤怒を向けられていても、ダークエルフの女は動じず、冷たい視線を向けていた。
このままでは、何が起きるかわからない。サンペイはカウンターから出てフロアに歩み出た。
そのときだった。
「こ、こんにちはーっ!」
女、否少女の声がした。
ダークエルフの女の口角が上がる。勇者たちは立ち上がってドアに視線を向ける。外の光が漏れだして、やがて少女の姿が現れた。
「貴様が勇者なのか」
牽制の目を物ともせず、ダークエルフの女が新入りに近寄った。
少女、葵が目を丸くする。
「勇者ならば、私の依頼をこなしてほしい」
「依頼、ですか」
「ああ、たのむ」
にこりともせず、ダークエルフは依頼を、
「……!」
依頼を、することができなかった。
白刃だった、というのは後で知ったことだった。
音がした、ような気がした。
何があったのか、その時の葵は全く知らなかった。
眼前の褐色肌の美女が軽くかがむ。そして足をバネのように使って飛び上がる。
つま先のあった所に生える、黒い柄のもの。女が飛び退いたかかとの音で、やっと気がつく。
(こ、これナイフ…!?)
ハッとして見上げると、バーテンダー姿の男性が何本ものナイフを構えていた。
同じ色の柄だ。
「勇者サンペイ、なかなかの腕のようだが…!」
女は床に刺さったナイフを引き抜き、手のひらに乗せる。
そして、
「(影の炎よ)…!」
なにかの文句を口にした。葵はその唇の動きだけを見ていた。
熱が生まれる。離れた場所からでも分かる、大きな熱だ。
生物の本能か、視線を奪われる。黒い柄のナイフが燃えていた。炎の中でぼんやりと浮いたナイフに焦げは見えないが、白銀の照り返しが橙に染まっていた。
「なっなにが」
「伏せろ!」
言ったのは、どの勇者だったか。
水たまりに張った薄氷を割るような小さな音がしたのを、葵は聞いていた。
何かの破片が飛び散って眼前を通って行った。
足元の床が黒くなる。気持ちの悪い臭いがして、顔をしかめる。いつだったか、科学の実験で嗅いだような……
「無事か!?」
駆け寄ってくる青年。
なにがですか、と声になる前に、
「私につきあってもらうぞ」
冷たい声がして、そこで視界も閉ざされた。




