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異世界のハズレ勇者とダークエルフの第二の人生3

意識が戻ったときには、葵は2つに折られていた。

褐色肌の女の肩の上で「く」の字で固定されて運ばれていた。ベランダに干された布団のような体勢で、頭に血が上ってうまく声が出ないでいた。

気づいているのか、いないのか。女は歩みを止めず、そのままスタスタと歩いて行く。

さかさまの視界を見るに、ここは町の外だった。

(…もしかして、誘拐?)

チカチカする頭で、今まで起こったことを思い出した。投げられたナイフ、燃えるナイフ、そしてそのナイフは最後に砕けて飛び散った。

(なぜ、あんなことに)

ギルドの建物に入るべきではなかったのだろうか?

眼球のほんの数センチ前を落ちていった欠片のことを思い出して、体が震えるのを抑えられなかった。

「……ん」

葵をかついだ女の足が止まった。

「目が覚めたか、勇者」

そこでやっと地面に下ろされた。

そしてそれが、ようやくの一対一の対面だった。

葵は女を見た。

褐色肌に銀髪、きれいな緑の瞳、美しい顔に似つかわしい美しい体、露出は多いというのに下品に見えないのは彼女の持つオーラのせいだろうか。

ここが地球ではないと説明されているから彼女の存在を受け入れられているが、もし彼女が地球の何処かから来たのだと言われたならば、南米やアフリカあたりのネグロイドの血を引くハリウッド女優か何かと思うに違いない。

こんな美しい女の人が、どうして?

葵は女の顔を見た。冷ややかな印象を受けるのに、それによって美貌が損なわれたように感じないのは何故だろうか。

(教科書に載っているような、美術品の石像みたい)

生きているような、作り物のような。

「それで、勇者」

声も、体を動かす様子も、だれかに計算されたかのような綺麗なもので、

「貴様は一体なんの勇者なんだ?」

葵は見とれてしまった。

「………」

人は五感のうちなにか1つをフルに使っている時、それ以外はほぼ封印されてしまうという。

「………」

「聞こえなかったか」

聞こえてなかったのだ。

「貴様は、勇者として、何ができるんだ???」

「ひゃああ」

顔の前で一言ずつ問う。やっと意識を現実に戻した葵は尻餅をついた。

(そうだった、わたし、相手が生きてる人だって忘れてたっ!)

「はいっ」

「何の勇者だ?」

「はい?」

答えなきゃと身構えた矢先、答えられなかった。

「なんの…って、何の?」

「分からないか?神官どもに何を言われたか、ここで話せと言っているんだ」

「……?」

神官に。何を、言われただろうか。

(貴女は勇者です。バグを取り除いてください。500ゴールドありますのでお役立て下さい。そんなことくらいしか言われてないよ…?)

わからないといった様子の葵に、女は納得がいかないらしい。腕組みをして険しい顔をしていると、怒れる女神の彫像のようだった。

「勇者サンペイは自在にナイフを操る。ナカムラは騎馬の名手で、ガモウは異世界の秘術を得意とする。貴様は一体何を得意とする勇者だ?」

そこまで言われたって、答えられなかった。

「わたしは…、」

わたしは、なんの勇者でもない。

そう宣言しようとして、手が震えた。

なんの勇者でもない。なんの力も持たないのは、この世界にきてからの話ではない。

この世界に来る前だって、わたしにはなんにもなかった。

「わたしは、わたしは……」

「………」

「なんの勇者でも、なっ、から……」

鼻水が出てきた。葵は認めたくなかったが、目からも汁が溢れてきていた。

「…………」

女は持っていたカバンを地面に落とした。それは、葵のスクールバックだった。

「………私は、何のために」

声にビックリして、また謎の液体が溢れた。


これ以上何も話せなかった。

何か言えば気を損なう気がした。

日が沈んでも、それは変わらなかった。

女は火をおこして、後は寝てしまったようだ。

涙、いや謎の液体でボロボロなままどこにも行ける気がしなくって、焚き火に当たって本を読んだ。

カバンに入れたまま持ってきてしまった教科書を、ただ暇つぶしにめくる。

勉強熱心な人間ではない。ただ、活字を読んでいると気が紛れて時間を潰せる気がするのだ。

(それも、前と同じだ)

「見て」いる間は音は聞こえなくなる。この場にある音は焚き火のパチパチ音と、ページをめくる音だけだ。イヤホンをして行う読書のようで、あっというまに残りページがなくなっていく。

読み終わったら別の冊子を開いて、また一行目から目でなぞっていく。

今の時刻はわからない。まだ空は真っ黒で、あと何分何時間耐えていれば日が昇るのかも教えてはくれなかった。




朝。

どの本を何回読んだかなど忘れてしまった頃、じわじわと日が昇ってきた。

朝日がまぶしくなってくる頃、女は起き上がってきた。

(おはようとか言うべきなのかな)

昨日のこと…目の前で泣いてしまったことが、恥ずかしく、情けなく、顔を合わせたら思い出してまたなんか出てしまうような気がした。

「……」

「起きたか。いや、寝ていないのか」

髪をススッとなでて整えると、女はあちらを指さした。

「そこに小川がある。顔を洗うといい」

トボトボと言われたとおりにした。水が汚そうとか、そういうのは些細な問題に思えた。

この異世界で暮らす以上、「慣れる」ことはきっと成長なのだろう。藻も魚も気にせずに水をすくって顔を洗う、きっとこの世界の住人は、訪れた勇者たちは難なくこなせること。

葵は何も考えずに顔を洗った。

そして焚き火に戻ると、女は何か深く考えていたような顔で、葵を見た。

「これから、どうする気だ」

勝手に連れてきた人間(?)が言う言葉ではなかったが、それでも女は躊躇いもなく口にした。

「街道ならば見回りもあるし商隊も通る。他の勇者とも会う機会があるだろう」

「街道?」

「私がここまで歩いてきた道だ」

葵が気を失っていた通り道だ。

「多少曲がりはするが整備されていて、迷うのは子供ぐらいのものだ。帰れるだろう?」

女が指す方向、遠くに建物の群れらしきものが見えた。

(あれ、私が最初にいたところ、なのかな)

自分の足でどれほど歩いたら着くのだろう。いいや、そうじゃない、それ以前に、わたしは、

(迷う、絶対迷う…!)

目の前の女は「この世界の住人)だ。首都圏育ちの子供が地方の山奥に置き去りにされたら遭難するしかない。それと同じ、葵はこの世界ではまったくのビギナーなのだ。

「あ、あの」

「なんだ」

「あそこまで連れてってもらってもいいですか」

氷のような瞳に、声が震えた。

「私が何をしたかわかっているのか?」

呆れたような声音だ。

「私は貴様を誘拐した。勇者を拐かしたともなれば、手配書の1つ2つ出ているだろう」

女に見下げられ、葵は震えながら、かねがねの疑問を口にした。

「そもそも、なぜ私を?」

「言っただろう、勇者が必要だと」

しかし、残念ながら、彼女がアタリだと思ったのは何にもできない葵だった。

(わたしがハズレ。だとしたら……?)

女にとってのアタリとは何だったのか?アタリを引くべきだったのか?そんな疑問が頭に浮かぶ。

「バグを除外できる勇者が必要だ。そのためにわざわざ、人間の国に入ってギルドまで訪れたのだ」

「バグ……」

バグを修復する者、バグによって生まれたモンスターを倒せる者、それが勇者だ。

勇者はそのためにこの世界へ召喚された。片道切符で。召喚されてすぐに、扉の女神や神官たちに聞かせられた僅かな情報だ。

「勇者……」

バグを修復できる者=勇者、勇者=バグを修復できる者なのは分かる。

しかし、

「異世界から召喚された者」は必ずしも「勇者」の特徴である「バグを修復できる」力を持つのだろうか。

(で、この人がもしアタリの勇者を連れて行ってたら、どうなったんだろう)

誘拐という行為自体、彼女にとっても良いことではないような口ぶりだった。

脳みそを懸命に動かす葵の前で、女は愚痴を言う。

「人間どもは権利を独占しすぎだ。扉の女神の加護があるとはいえ、勇者召喚などというものは人間の手には余るもの。真に世界のためを思うのであれば勇者を他の種族にも与えるべきだというのに」

ぴこぴこと、女の耳が動いた。

「あの、他の種族っていうのは」

やはり、この人は人間ではないのか。

「ああ、勇者を得ているのは人間の諸国、そして親しいエルフの一部。バグに侵されているのはそれだけではない」

「あなたは…?」

「見て分からなかったのか?ダークエルフ、東の村のダークエルフだ」

東の村のダークエルフというのは、地球で言う「日本の秋田犬」のようなものなのか、「福島県産コシヒカリ」のようなものなのか、よくわからなかった。

「つまり、ダークエルフもバグで困っていて、それで勇者が必要ってこと?ですか?」

「そういうことだ。人間の見えない所は手が行き届かず、バグに対向する手段もない。人間のような短命な種族が独り占めしていては、いずれ世界は滅ぶだろう」

(たしかもうすぐバグはなくなるって言ってたのに)

自分を誘拐した女を信じるわけにもいかないが、話が食い違っていて混乱する。

「手を行き届かせるためには人手が必要なんですよね、でもわたしみたいなのが出てきたら困るし……」

「召喚については私も詳しくない。が、やはり効率的ではないだろうな」

「…………」

おかしいと、心底思った。

やはり、何のために自分はここにいるんだろうと鼻の奥がツンとしてくる。

扉の女神を罵れば気が済むだろうか?

いいや、元々、自分が勇者として足りなくとも。元々の世界でそこそこで生きられていたならば。

舌の奥で何かが詰まるような気がしてうつむく。

「貴様、勇者システムに疑いを持ったのか」

何度もなみだはなみず大洪水の形相をお見せつけるわけにもいかず、葵は下を向いていた。

「まあ、いい。勇者も一枚岩ではないだろう。そのうち他の勇者が山ほど召喚されれば、貴様のことを忘れるだろう」

(それ、)

慰めてるのかトドメ刺しに来たのか分からない!

「知っているか、勇者ならば高賃金で働かせ無くてはならないが、ただの人間ならば安く雇えるのが人間の法律だ」

ダークエルフの女は葵のカバンを持ち上げて肩に通した。

「ただの人間ならば置いてやれる町もあるだろう。そこまでならば連れて行ってやろう」




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