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こもれびと、おぼろ月  作者: 日旅こつめ


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おばあちゃんが残したもの

ページの上には、小さく。

 ――里と、その周りのこと。

 そう書かれていた。

「おばあちゃんの……?」

 その場に座り込んで、何枚かめくる。

 最初の方には。

 コロポックルについて、細かなことがびっしり書かれていた。

 食べるもの。

 服。

 冬の過ごし方。

 里で使う道具。

 簡単な絵まで描かれている。

 小さな雪靴。

 鍋。

 葉と月の模様が入った硬貨。

「すご……」

 さらにページをめくる。

 けれど、書かれているのは、コロポックルのことだけじゃなかった。

 森の奥にいる、小さな妖精たち。

 雪が深くなると人里近くまで下りてくるもの。

 川や沼のそばから、ほとんど離れようとしない精霊。

 木と一緒に長い時間を生きるもの。

 獣の姿で山を歩き、ときどき人の姿を借りるもの。

 一人ひとりに名前があるものもいれば。

 おばあちゃん自身、結局何者なのか分からないままのものもいるらしい。

 ――雪の中で会った。白い。小さい。三人?

 ――翌日見に行ったら足跡なし。

 ――たぶん妖精。たぶん。

「たぶんって……」

 その下には、さらに小さな字で。

 ――本人たちが名乗らないので仕方ない。

 思わず笑った。

 別のページには。

 ――沢の近くにいる子たち。

 ――甘いものは好き。

 ――酒は嫌いらしい。

 ――朔太郎が勧めて怒られた。

「おじいちゃん……」

 あとで聞いてみよう。

 それでも。

 手帳の半分近くを占めているのは、やっぱりコロポックルのことだった。

 里ごとの違い。

 人間との距離。

 冬の備え。

 食べ物。

 布や道具。

 途中からは、買い物の記録も増えている。

 ――小さいからといって、何でも使えるわけではない。

 ――重さ。持ち手。熱に強いか。向こうで加工できるか。

 その下。

 ――醤油さし。

 ――急須に使えそう。

 ――茶こしは里で付けてもらう。

「……同じことしてる」

 思わず笑ってしまった。

 この前、おじいちゃんと旭川へ買い物に行った時と、ほとんど同じだ。

 その先には、店の名前までいくつか書かれていた。

 旭川の手芸店。

 昔からある金物屋。

 小さな瓶や器を扱っている雑貨店。

 それから。

 ――ミニチュア専門店『ドールハウス小箱堂』。

 ――食器、鍋、調理道具。実際に使えるものあり。

 ――飾り用も多いので、材質と耐熱は必ず確認すること。

 ――小箱堂は店主に聞くのが早い。

「ミニチュア……?」

 どうやら普通の人間のお店らしい。

 もちろん、コロポックル向けの道具を売っている店、という意味ではない。

 人間が作った、小さな道具の中から、向こうでも実際に使えるものを、おばあちゃんが探していたらしい。

 さらに。

 ――布と糸ならここ。小さい柄が多い。

 ――刃物はこっち。小型でもちゃんと研いでもらえる。

 ――瓶はここ。蓋の締まりを確認。

 ――菓子は駅前。焼き菓子は日持ちするもの。

 ――冬前はまとめて買うこと。雪が降ってから行くと面倒。

 ――駐車場が狭い店は雪が積もるともっと面倒。

「……おばあちゃん」

 なんというか。

 妙に現実的だ。

 別のページには。

 ――木綿の布。柄は小さい方がいい。

 ――大きな花柄は、服にすると花しか見えない。

 「確かに」

 その横には、花の絵まで描いてある。

 さらに。

 ――ユクル。苺ジャムは『木いちご』。

 ――甘すぎると言ったくせに、おかわりした。

「……ユクルさん」

 昔からだったんだ。

 他にも里であったこと、森で出会ったもの。

 人間の道具を渡して失敗したこと。

 妖精と話が通じなくて、お互い困ったこと。

 そんな細かな出来事が、日記みたいに残されている。

 その中で。

 一つの文章に目が止まった。

 ――便利だからといって、こちらが勝手に決めないこと。

 その下に。

 ――コロポックルでも、妖精でも、精霊でも同じ。

 ――こちらが良いと思うものが、向こうにとって良いとは限らない。

 さらに。

 ――使うかどうか。

 ――変えるかどうか。

 ――どんなふうに暮らすか。

 ――決めるのは、そこで暮らす者たち。

「……」

 少しだけ、明日のことを思い出した。

 二つの里。

 暮らしてきた場所も、考え方も、人間との距離も違う。

 それでも、明日は同じテーブルを囲む。

「おばあちゃんも、いろいろあったんだなあ」

「にゃ」

 隣に座ったたびが、何でもないように前足を舐めている。

「これ、見つけてくれたの?」

「にゃ」

「読めってこと?」

「にゃ」

「わかった」

 私はもう一度、手帳へ目を落とした。

 まだ、ほとんど読めていない。

 後ろにも細かな文字が続いているし、紙の端に小さく書き足された言葉もたくさんある。

 おばあちゃんがこの土地で暮らしながら。

 森へ行って、里へ行って、人ならざるものたちと話して。

 必要なものがあれば、今度は人の町へ出かけていく。

 そんな毎日の中で、一つずつ知って。

 失敗して。

 また考えて。

 そうやって残したものなんだろう。

 もう一度ページをめくると、『ドールハウス小箱堂』の文字が目に入った。

「……まだ、あるのかな」

 今度、調べてみよう。

 そう思って手帳を閉じる。

 表紙を撫でると、乾いた紙と、物置の埃の匂いがほんの少しした。

 おばあちゃんがいなくなって、もう一年になる。

 それでも。

 知らなかったことは、まだこんなに残っている。

「……少しずつ読もうか」

「にゃあ」

 今度は、少しだけ長い返事だった。

「それは賛成ってことでいい?」

 たびは答えず、立ち上がる。

 そのまま何事もなかったように物置を出ていった。

「見つけた本人が先に帰るんだ」

 小さく笑って。

 私も立ち上がった。

 手帳は、部屋へ持っていくことにした。

 明日は、二つの里守が、この家へやってくる。

 何を話して、 何が決まるのかは、まだ分からない。

 けれど、その前の夜に、おばあちゃんが昔歩いていた道を、ほんの少しだけ覗けたことがなんとなく嬉しかった。

 物置の灯りを消す。

 廊下の先では、たびが私を待っていた。

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