64 何度だってあなたに会いたい
その後、わたしたちは結婚式を挙げた。
王城近くの大聖堂で。
唯一神サイラスの絵が描かれたステンドグラスの下で、大司教様がわたしたちを祝福してくれる。
「汝、この者を人生の伴侶とし、病める時も健やかなる時も――」
ふたりとももう人間ではないのに。
主はこんなわたしたちでも祝福してくれるのだろうか?
わたしとジェイド様は、大司教様に問われるままそれぞれ永遠の愛を誓った。
七十年前にするはずだった、伴侶になるための儀式。
同時にジェイド様が国王として即位するための儀式。
もうずっと、このような機会は訪れないと思っていた。
でも今は、目の前に愛しい人がいる。
七十年前には知り得なかった仲間たちもいる。
そして、多くの国民から認知され、受け入れられているという現実がある。
七十年前には全て失っていた。
誰からも必要とされず、捨てられ、世界に絶望していた。
もう二度とジェイド様とも会うことはないのだと思っていた。
(ああ、神よ……感謝します……)
ステンドグラスの前に掲げられた白い三角架。
わたしはそれを見上げながら思う。
いや――。そうじゃない。
神は、七十年前にはいなかった。
この身をよみがえらせてくれたのは、「魔力の流星」だ。
あの流星は一体なんだったのだろうか。
落ちてきたあれは意思を持ち、わたしに話しかけてきた。沼と一体化し、白骨化していたわたしに「力」を与え、「カエル顔の魔女」にしてしまった。
でも、あれがなければわたしはこの世にふたたび戻ってくることはなかった。
生まれ変わったジェイド様にも、西の村のベラたちにも、王城の兵士たちにも、墓守のネルブスにも、宮廷魔法使いのリフューズにも、死霊となった父上にも、沼のカエルたちやオオカミのデルマなどの魔物にも、ヒオニから来たセーミアにも――会うことはなかった。
そして、隣国のフロンスと戦争して勝つこともなかった。
魔力の流星。
わたしの体に眠るその力の源に、わたしは深く感謝する。
ついでにジェイド様の体の中にある流星にも。
リフューズの、ネルブスの、デルマの、セーミアの、みんなの体の中に眠る流星にも感謝をした。
「エルザ。魔力の流星は……いまだにどういう原理で機能しているものなのか詳しくはわかっていない。だが、きっとあれも神が作ったものなのだろう。神は万物を作ったとされる存在だからな」
「ジェイド様……」
「俺は、神と流星、その両方に感謝している。俺は、俺だけの力では君を幸せにできなかったから……」
ベール越しに、わたしはジェイド様の翡翠色の瞳を見つめる。
「ジェイド様。この奇跡のすべてに感謝しましょう」
「エルザ……?」
「もしまた離れ離れになることがあっても、死がふたりを分かつことがあっても――」
ジェイド様の左腕をちらりと見る。
その腕は今は黒い鞘の色に染まっているはずだった。ジェイド様がひとたび魔力を行使すれば、その手には「魔を滅する剣」が出現する。その剣がもし間違ってわたしに刺されば、わたしはすぐに黒い霧となって霧散するだろう。
「どんなことが起きても。わたしは何度でも、あなた様に会いたい。あなた様にまた会える時まで、いつまでも奇跡を待つと誓いましょう」
「エルザ……。俺もだ。何が起きても、どんなことをしてでも、必ず君を迎えに行く。何度だって君を愛すると誓おう」
ジェイド様がわたしのベールをゆっくりとめくる。
そして、泣きたくなるほど優しい口づけをされた。
式場にたくさんの拍手が沸き起こる。
みな正装をして、笑顔を向けてくれていた。幸せだ。わたしたちは魔の者――魔女と魔法使いになったのに。
「ジェイド様。わたしはこれから、王城で暮らすのですか?」
「そうだな……。そのつもりだったが、エルザは【沼の魔女】なのだろう。あの沼が君の住処であり、もし離れられないのであれば、無理はしなくていい」
「決して離れられない、というわけではないのですが……」
「まあ、好きにするといい。俺は国王、君は王妃となったが……国政にはほとんど関与することはなくなった。会いたければ、いつでも、どこにでも、お互い会いに行けばいい」
「そうですね」
わたしたちは微笑み合うと、それぞれに手を取り合った。
「ジェイド様、ひとまず式が終わったらまた読書会をしませんか?」
「読書会!」
びっくりしたような顔でジェイド様がわたしを見る。
「なにか変なことを言いましたか?」
「いや……。いや、何も」
途端に大粒の涙をこぼされて、わたしはうろたえてしまう。
そんな、そんな顔をされたら、こっちまで泣きたくなってしまう。
「ああ、また、またたくさん本を読もう。世界は不思議で満ち満ちているのだから。まだまだ知ることがたくさんあるのだから……」
「ええ。ジェイド様。わたし、今から楽しみです。いずれ国のみんなにも……この読書の素晴らしさを知ってもらえたらいいですね」
「ああ……」
フロンスとの和平交渉も進み、徐々にネビュラスは自立の道を歩みつつある。
しかし、主力産業の鉱山は閉山してしまった。
また別の産業を生み出していかねばならないだろう。
幸い、農業は復活しつつある。土壌の環境問題が改善したからだ。あとは、ひとりひとりが知恵をしぼり、協力しあって、国を栄えさせていかなくてはならない。
わたしはジェイド様と仲間たちと共に、その手伝いをしていこうと決めた。
カエル顔の【沼の魔女】として。
ジェイド様の伴侶として。
二度目の人生はできることを精一杯やっていこう。もう二度と世界に絶望しないために。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
教会の大聖堂の鐘が鳴る。
入り口から外に出ると、青空に一斉に白いハトの群れが飛びたった。
流星群の夜を思い出す。
赤と、青と、白に目まぐるしく変化した星。それが長い尾を引いて地上に落ちてきた夜。
あの晩から、今。
わたしはふりそそぐ陽の下で、新しい一歩を踏み出したのだった。
完
これにて完結です。
長い間お付き合いありがとうございました。
ここでいったん終わりますが、おまけの話を追加するかもですので、そのときはまたご覧になってくださると嬉しいです。
あと、面白かったなと思われましたら、ぜひ評価・感想などをいただけますと作者が喜びます。
それでは、また次回にて。




