63 凱旋
花びらが舞っている。
赤、青、白と……それはかの夜の流星群のようで。
でも「魔力の流星」と違うのは、紫や黄色や水色といったような、他の色もひらめいているところだった。青空の下で、色とりどりの花が家屋の二階から振りまかれている。
「ジェイド殿下――万歳!」
「ネビュラス軍、万歳!」
王都の大通りを城へ向けて進めば、市民たちの歓声に包まれた。
馬に乗ったジェイド様を筆頭に、リフューズ、わたし、ネルブス、セーミア、デルマ、そして王国軍の常勤兵士たちが続いている。
最後尾は死者たちだった。全身に布が巻かれ、担架で運ばれている。彼らを見た市民たちは涙した。感謝の言葉をかける者、誰が亡くなったのか察しその家族へ伝えに行く者、ただ黙とうする者――様々だった。
誰も犠牲者など出したくなかった。
それでも出てしまうのが、「戦争」である。
ジェイド様はずっと硬い表情のままだった。いくら周りからあたたかい言葉をかけられても、心の底から喜べはしないようだった。
わたしたちも同じだ。
相手の出方によっては全滅だってありえた。勝算があったとはいえ、こうして生きて帰ってこれたのは運が良かっただけなのだ。
「ネビュラス、万歳!」
「ネビュラスに真の自由を!」
「万歳!」
人々は歓喜していた。
フロンスの実質的な支配からようやく解放されたのだ。
商売をしても、いままでは一方的に不利な関税がかけられていた。他の国との貿易も制限された。生きるために汚染されていない食物を取り寄せても高値で買わされていた。
それらを、これから是正していかなくてはならない。
王城に到着すると、わたしたちは門の上の演説台に上がった。
広場に集まった市民たちに、ジェイド様がじきじきに戦果を伝える。相手の国に与えた損害、こちらの国が受けた損害、そして今後行われるであろう交渉内容について――。
「此度の戦で、我が国は勝った。フロンスには今後、我々と良好な関係を築く努力をしてもらう。もしまた横暴な真似をするのであれば、また怒りの鉄槌を下すだけだ。ネビュラスはもう二度と屈しない。二度と、自由と尊厳を奪われないとここに誓おう!」
おおおおおっ!
と、群衆の歓声があがる。
「さらに、今後の国政についてだが。両親がふたりとも戦地で命を落としたため、俺はジェイド四世として即位する。だが、政治からはいっさい身を引く!」
どよめきが走る。
しかし、ジェイド様は落ち着いて言葉をつづけた。
「今後は、お前たち市民がそれぞれ代表を選出して、その議員たちがこの国の行く末を決めていく。俺はその補佐をする。なぜならこの国は、お前たちの国だからだ!」
ひとりひとりが生きやすい世の中にするために。
誰かが決めたことに従うのではなく、自分たち市民がその道を作っていく。
民たちにはまだその展望が見えないようだったが、いずれ主体的にやっていけるだろうと思った。
なぜならジェイド様が言ったように、この国はわたしたちの国なのだから。
「それともうひとつ報告がある。エルザーー」
「えっ、はい」
呼ばれて、わたしはジェイド様のそばに行く。
手を引かれ、すぐ近くに立たされると、今までより大きな声でジェイド様はおっしゃられた。
「俺は! この【沼の魔女】エルザと、結婚する!!」
「ええええっ!?」
眼下の民たちも、わたしも、演説台にいる皆々様方もみな、驚愕に目を見開いていた。
だが、しばらくして嵐のような祝福の声が湧く。
「ジェ、ジェイド様? な、なぜこんなときに……」
「なにを驚いている? 勝った暁にはこうすると言っていただろう。まさか、忘れたのか?」
「い、いえ、その……忘れては……」
「なら、今が『そのとき』だ。『もしも』のときだ。エルザ、どうか俺の伴侶となってほしい」
ああ……。
ジェイド様の翡翠色の瞳がわたしを見つめている。
七十年前と同じ、「わたしのことが愛しくてたまらない」といったような深い愛情のこもった目だ。
「……はい。あなた様の、ジェイド様の伴侶となります。なりたい、です……」
わたしはジェイド様の手をそっと握り返した。
片方は人間の手。もう片方は魔法使いになったときにできた魔剣と融合した手。
その両手を包み、正面から向き合う。
わたしの顔は今、人間の顔になっているはずだ。
でもいつか、カエルの顔のままで話してみたいと思った。
胸元の碧色のブローチが光っている。魔女のわたしと、人間のわたし。その両方があったからこそ、今のわたしはこの場所に立てている。
「ジェイド様。ああ……あなた様に、また会えてよかった」
「ああ、エルザ。俺も……君にまた会えてよかった」
割れんばかりの拍手と、喜びの声。
わたしは今、この場所に、幸せな時間にまた戻って来られたのだと、深く実感した。




