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62 終戦

 やがて、終戦の合図のラッパが鳴った。

 わずかに生き残ったフロンス兵たちは、負傷した体を引きずりながら撤退していく。


「勝ったんですか……?」

「ええ、勝ったみたいね」


 セーミアがわたしの背にそっと触れる。

 わたしは呆然とその光景を眺めていた。死者たちが累々と地に斃れている。広い、広い草原。そこはいまや気持ちのいい風が吹き、穏やかな日差しが降りそそいでいた。


 勝った。勝ったのだ。

 ネビュラスがようやくフロンスに勝った。わたしはその事実を深く噛みしめた。


「ああ……七十年前にこうなっていたら……」


 ありもしなかったことを夢想する。


 もし七十年前に戦争になっていたら――。

 絶対にこのように勝つことはできなかっただろう。この平原で斃れていたのは、フロンスの市民たちではなくネビュラスの市民たちだった。王都は略奪され、破壊され、女子供は奴隷にされていた。王族も一人残らず処刑され、わたしはジェイド様の後を追っていた。


「今だから、できたこと……ですね」

 

 わたしが魔女としてよみがえり、ジェイド様が前世の記憶を取り戻され、魔物のデルマと魔女のセーミアが仲間となり、リフューズがあらかじめ「魔力の流星」を採取していて、ネルブスを魔法使いにし、ジェイド様をも魔法使いにしたからこそ、成し遂げられたことだった。


 わたしは、胸元の碧色のブローチを見下ろした。

 ジェイド様が近くにいるときだけ光り、人の姿に戻れる、この魔法の輝きを――。


 そう、これは()()だった。

 自分自身で無意識にかけていた魔法だった。わたしは魔女となった際、自らの顔をカエルにする魔法をかけていた。それは自分が、人間として生きつづけるには値しないと思っていたから。もう二度と、人として絶望するのはごめんだと思っていたから。


 でも、あさましくも、わたしはまだあの方を愛してしまっていた。

 あんなにも悲しい思いをしたのに。

 あの方にそっくりな人を見かけただけで、わたしは自らにかけた魔法を解いてしまった。


「エルザ……」


 デルマが獣人の姿のまま、わたしのそばに寄り添ってくれる。

 彼女も「わたしと話したい」という思いだけで、この変化する魔法を身につけた。その思いに、わたしは少しでも応えられただろうか。こんな戦いにまで巻き込んでしまったけれど。

 わたしは「ありがとう」と何度も彼女にお礼を言った。


「はあ……ようやく終わったか……」


 心底疲れ切った様子で、ネルブスがシャベルを土に突き刺している。

 【墓地の魔法】が解かれ、骸骨たちが土の中へと還っていく。


 平原を見渡すと、亡くなった騎士団員たちが他の兵士たちに担架で運び出されていた。

 彼らはこれから無言で王都へと帰還する。


 ネルブスが死霊術師として亡者を操らなければ、犠牲者はきっとこれだけでは済まなかっただろう。きっともっとたくさんの市民たちが亡くなっていた。


 もともと王国軍からは騎士団員と少数の精鋭部隊だけが召集されていたのだ。

 数が足りなければ、一般市民からも徴兵しなければならなかった。

 でもそれは、ネルブスが【墓地の魔法使い】として覚醒したおかげで必要なくなった。


「おれは、この日のために墓守となり、死霊術師となったんだ……。でも、こんな大きな墓地の管理は……もう二度とごめんだな」


 ネルブスはそう言うと、シャベルを肩に担いで歩き出した。

 ジェイド様とリフューズの元へいったん立ち寄り、挨拶を交わすと王都の方角へと帰っていく。


 わたしたちもジェイド様たちの元へ向かった。

 ジェイド様たちはネビュラスの本営の前にいた。どうやらさきほどのテレイオーシスの攻撃により、天幕の一部が破壊されてしまったようだ。


「ジェイド様……」


 声をかけると、ジェイド様とリフューズは暗い表情でこちらを見た。


「何かあったのですか」

「ああ。父上と……母上が……」

「えっ」

「さっきの攻撃でね……」


 聞くと、二人はたった今、天幕の中で亡くなっているのが見つかったのだという。

 テレイオーシスの光の矢の攻撃で命を落としたのだとか。


「そんな……」

「前世の記憶を取り戻すまでは、今世の……この体を育ててくれた親だった。見送りすらできなかったとは。これも、生まれ変わりまでしてこの国を変えようとした業だな……」

「ジェイド様」


 あなたは何も悪くない。

 そうお伝えしたくて、わたしはジェイド様をそっと抱きしめた。


「エルザ……?」

「お疲れ……さまでした、ジェイド様。もう、もうよいのです」

「エルザ……」


 長い、長い、闘いだった。

 祖国のため、七十年越しに侵略国へと反旗を翻し――そして、勝利した。

 あとは本当の自由を取り戻すだけだ。


「エルザ、もう少しだけついてきてくれるか?」

「はい。少しと言わず、どこまでも」

「ありがとう」


 そうしてわたしたちは王都へと凱旋した。

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