61 シノロ平原の戦い(7)
四方八方に光の矢が飛ぶ。
それらは大地をえぐり、敵味方の見境なく射抜き、両者の陣地をも破壊していく。
わたしたち――魔女と魔法使いは、先ほどと同じような攻撃を相手方に試みながら、ジェイド様たちへの被害が少しでも減るように動いていた。
ふと、沼の水を霧状にしてみることを思いつく。
どの攻撃も効かないのなら、姿だけでも隠せるようにすればいいのではないか――と。
わたしはさっそく戦場全体に毒の霧を発生させた。
「む……これは……。ゴホッ。厄介な魔法だな……」
視界が一面、濃緑色の霧で覆われると、テレイオーシスの困惑した声が彼方から聞こえてきた。
この霧すら光の矢で打ち払われる危険性があった。だが幸いにして、いつまでたってもその機会は訪れない。
「どういうことなのでしょう……相手方の攻撃が止みました」
「単にこちらが見えなくなったから、ってだけではなさそうね。光の矢を飛ばしてこないのは……いえ、光の矢を飛ばせないのは――」
「ああ。な、何か魔法が使えなくなっている理由があるのかもしれない」
わたしの疑問に、セーミアとネルブスが応えてくれる。
この毒の霧に? 光の魔法が使えなくなる「何か」があるというのだろうか。
わたしは魔法の仕組みにそれほど明るくない。
いままでいろいろな本を読んできたというのに、最後までその系統の本を手にすることはなかった。
魔導書。
それは一部の権威のある者や、専門知識、資格を持った者しか手にすることがかなわないものだった。
その魔導書を読み、数多の魔法に詳しくなれるとしたら、おそらく王城にいたあの学者ぐらいだ。それと、この場にいる――。
「光魔法は……太陽の光を、倍にする魔法だと言われている」
「ジェイド様」
そう、ジェイド様だった。ジェイド様はいくつもの魔導書を集め、研究をされていた。
であれば当然、魔法に対する知識が多くおありになるはずだ。
わたしはジェイド様に声をかけた。
「お体は大丈夫ですか?」
「ああ、この魔力の流星のおかげで……魔剣アナテマと融合しつつある。もう少しで魔法使いとして動けそうだ」
言われた通り、ジェイド様の左腕は剣と鞘、両方の質感に変化しつつあった。
「テレイオーシスの光魔法だが――おそらく本質は同じだろう。だが使用者によって、微妙にその仕組みは変わる。なるほど……そうか、君の【沼の魔法】で霧が発生しているこの状況。太陽の光が阻害されている!」
「霧が、太陽の光を遮ってる。だからあの光の矢が飛んでこなくなったってことですか?」
「ああ、おそらくな」
であれば、やることは一つだ。
わたしはもっと沼の水を召還して、霧をさらに発生させていく。地上付近だけではなく、さらにシノロ平原の上空にも。
「はっ、ならわたくしもやってみせてよ?」
セーミアが霧のさらに上にも、大きな葉っぱが生い茂るようにしてくれた。
ネルブスは死者たちをわたしたちの前に並ばせて、少しでも敵からの攻撃が当たらないように配置してくれる。
「おれも、魔力の流星で魔法使いになったときは、とにかく苦しかった……。だからジェイド殿下の苦しみもわかる。殿下が魔法使いに変わるまでは! その身、お守りする!」
それぞれが万全の態勢で構えていると。
「フフフ……小賢しい真似を!」
毒の霧の中にいるはずのテレイオーシスが、一気に目の前まで駆けてきた。
わたしは身を挺してジェイド様の前に立ちふさがる。
「エルザ、もう大丈夫だ」
「ジェイド様?」
背後でジェイド様が立ち上がる気配がする。かと思うと、ぐいと片腕を引かれ、わたしはジェイド様と入れ替わった。
直後、鈍い剣と剣とが交わる音が鳴り響く。
「ジェイド、王太子!」
「テレイオーシス王太子!」
テレイオーシスは優美な金の装飾がついたつばの剣を持ち、ジェイド様は自らの体から生み出した銀の柄の剣を持っていた。
一度切り結ぶと、すぐにまた二人は離れる。
「フフ、ここならば太陽が見える。【反射の魔法】!」
「くっ……!」
反射の魔法?
一瞬にしてテレイオーシスの周囲に、無数の小さな「鏡」が現れる。それらは太陽からの光を集め、周囲の者たちへと的確に跳ね返っていった。
テレイオーシスの光魔法。その仕組みは「鏡」のようだった。
あの「鏡」が太陽の光を倍にし、無数の光の矢を生み出しているのだ。
ジェイド様は真っ黒な左腕をふるって、それに応じた。両刃の剣がひらめいたかと思うと、光の矢が次々と斬られていく。
「魔を滅する剣――魔剣アナテマ。この宝剣と一体化した今、俺は【魔剣の魔法使い】となり、お前を滅する。我が魔法を喰らうといい」
真っ黒な左腕と、手にした銀の剣に黒い光が宿る。
「【魔剣アナテマ】!」
一足飛びで相手のふところに飛び込むと、ジェイド様がテレイオーシスを金色の鎧ごと斜めに斬った。
防御をする暇もない。
テレイオーシスは、斬られたところから黒い霧を噴き出しながら倒れていった。
「ジェイド……。ネビュラス……おのれ……!」
フロンスの王太子はしばらく何事かをつぶやいていたが、やがて跡形もなく消えてしまった。




