60 シノロ平原の戦い(6)
「テレイオーシス……王太子……!」
息も絶え絶えのジェイド様の口からこぼれたのは、意外な人物の名だった。
フロンスの本陣から歩いてきた優美な男性。
彼は豊かな黄金の髪を背後で一つに結わえ、白と金の鎧を身に着けていた。その佇まいは、どう見ても高貴な身分の者だ。ということは――。
「やはり……あの方がフロンスの王太子様なのですね」
わたしも周りも、誰もが目を見張っていた。テレイオーシスと呼ばれた人物は供も連れず、シノロ平原の真ん中をひとりで横断している。
「リフューズ。早くしろ、頼む」
「はい、ジェイド様」
呼ばれたリフューズがすばやくふところから何かを取りだす。
それは白い透明な膜に覆われた「流星」だった。
「魔力の流星……!」
以前にわたしが見たものと同じだ。赤や青や白に輝く「魔力の流星」。
それがリフューズの【拒絶の結界】で覆われている。ジェイド様に手渡されると、その膜ははじけて体の中へと入っていった。
「あああああああああっ!」
わたしはすでに白骨死体になっている状態で融合したが、生身の、生きている状態で「魔力の流星」と融合することはかなりの苦痛を伴うようだった。
ジェイド様の所持していた剣が銀色の粒子となって、失った左手の場所に収束していく。
「魔力の流星をそのように保管できていたとは。他国に置いておくには惜しい人材だな」
「フロンスの王太子……。はっ、あいにく僕はネビュラスにしか忠誠を誓っていないんでね。引き抜きを打診されても、行かないよ。特にそちらの国にはね!」
テレイオーシスがこちらを見て感嘆の声をあげるが、立ち上がったリフューズはその称賛を一笑に付して拒絶した。
「僕はネビュラスの宮廷魔法使い、【拒絶の魔法使い】リフューズだ。そちらの国との戦いには必ず勝つ!」
木の杖を敵方に向け、また何重にも【拒絶の結界】を張る。
わたしも、セーミアも、ネルブスも、再び立ち上がって臨戦態勢をとった。
わたしは濃緑色のドレスのすそを伸ばし、セーミアは太いいばらを生やして、ネルブスは両陣営の兵士の死体を起こす。
デルマは……右足を負傷していたが、完全に回復はできていないようだった。魔女や魔法使いと違って、魔物の回復は遅いのだ。
「デルマも……行く!」
「デルマさん、ダメです。ジェイド様とそこにいてください。あとはわたしたちが!」
「でも……!」
なんとか起き上がろうとしているデルマを、わたしは制した。
やれやれといったそぶりでセーミアも言う。
「オオカミさん、わたくしたちにまかせて。そもそもあなたは、人間同士のいざこざに本来なら巻き込まれなくてもよかった存在……まあ、それでいったらわたくしもなのだけど。自国でもない国と国との戦いになんてもともと興味はないわ。でも、【沼の魔女】さんにはお世話になったしね。それにわたくしの花園を破壊する者には容赦は――」
「まったく、ここは何もないのがいいというのに」
語っている途中で、テレイオーシスがふたたび光の矢を発する。乱立していた巨大キノコたちにそれらは当たり、すぐさま木っ端みじんとなった。
セーミアはその光景にピキピキと青筋を立てる。
「なんってこと……!」
「これで見晴らしが良くなった。さあ、思う存分戦おう。ネビュラスの者どもよ」
「テレイオーシス!!!」
セーミアが太いいばらをテレイオーシスに差し向ける。
それらは相手の体にぐるぐると絡みついたが、すぐにテレイオーシスの光の矢によって打ち砕かれた。
「お、おれも……!」
ネルブスがシャベルを足元に突き刺し、土中からフロンスの飛竜部隊をよみがえらせる。同じくそれをテレイオーシスに差し向けたが、それらもまた、光の矢によって打ち砕かれてしまった。
「【沼の魔法】!」
わたしは沼の水を召還してテレイオーシスにかけてみた。しかし、わたしたちと同じ不死の体となっているテレイオーシスにはまったく効かない。
「どうすれば……! そもそもあの方はなんの魔法使いになってるのか、リフューズさんわかりますか?」
「わからないねえ。光魔法を使えているということぐらいしか……」
対抗策を考えようにも、あの魔法の仕組みがわからないとなんともしようがなかった。
テレイオーシスはその間にも笑いながら近づいてくる。
「我の魔法は、神の裁き。味方であろうとどこにでも、何にでも当たってしまう光の矢だ。この魔法は我が軍の兵が減ったこのときにしか使えなかった……。さあ、そろそろ終いにしよう、ネビュラスよ。そして深く後悔するがいい、我がフロンスに盾ついたことを!」
テレイオーシスはそう叫ぶと、全身をまばゆく光らせた。




