59 シノロ平原の戦い(5)
正午頃になると、シノロ平原には静寂が訪れつつあった。
鬨の声は響かなくなり、負傷者たちのかすれたうめき声が聞こえる程度になる。
「ううう……。こんなことになるなんて……」
ネルブスは自分の魔法が起こした結果に、まだぶるぶると震えていた。
ネビュラス側の兵の損害はほぼ無し。代わりにフロンス兵が三千人ほど死亡していた。大地はフロンス兵やドラゴンたちの血に染まっている。
「ネルブス、ここまでの君の健闘に感謝する。君がいなければこれほどの戦果は得られなかった。今は精神的な負担が大きいだろうが……まだ戦は終わっていない。耐えてくれ」
「……はい」
そう。
ジェイド様がおっしゃるように、まだ戦闘は継続中だった。
フロンスの本陣はまだ白旗を上げていない。そのほとんどの兵が失われているというのに。終了のラッパの音はまだ鳴っていなかった。
「なんだか気味が悪いね~。まるで隠し玉でも取ってあるような……」
リフューズが隣国の動向を警戒していると、ふいに光の矢がフロンスの本陣から飛んできた。
それは圧倒的な速度で、わたしたちに迫る。
「危ない!」
リフューズがすぐに【拒絶の結界】を展開したが、その「光の矢」は二重三重に張られた結界をいともたやすく貫通してきた。
わたしの目の前にいたジェイド様もとっさに剣を構えられた。
しかし、その矢ははじかれることなく、ジェイド様の左肩を射抜き――その後ろにいたわたしの胴体をも突き抜けていった。
「がっ……あああっ!」
「……!」
わたしの体は痛みもなくすぐに再生した。
けれど……生身の、ジェイド様の体は修復不能だった。
ジェイド様の左肩が大きくえぐれている。
いや、えぐれているなんてものじゃない。左肩を中心に、その周辺の肉体がはじけ飛んでいた。当然左腕も吹き飛び、かなり離れた場所に落下している。
大量の血を噴き出しながら、ジェイド様はその場に膝をついた。
「ジェ、ジェイド様……ジェイド様!!」
「エルザ……良かった。君は……無事、なのだな……」
思わず駆け寄ると、ジェイド様はわたしを見て苦笑された。
その顔色はどんどん悪くなっている。
「と、当然です。わたしは魔女ですから。こんなことでは死にません。なのに……どうして……」
「あのオオカミの魔物の少女に……言われたからな。もっと本気で守れ、と」
「ああ、そんな……」
「はは……守れた、ことにはならんな。これでは」
「いいえ。いいえ!」
涙で目の前がぼやける。嫌だ。ジェイド様が死ぬ、なんて。
こんなこと。あってはならない。
「これからじゃないですか。この戦に勝って、ジェイド様はわたしとっ……」
「そう、だな……まだ、負けるわけには、いかない……。リフューズ!」
「はい……ジェイド様……」
リフューズも体を撃ち抜かれていた。
よく見ると複数の「光の矢」が放たれていたようで、他の者たちも負傷している。しかし、わたしたち魔女や魔法使い、魔物の面々は怪我をしても回復しつつあった。前線にいたネビュラスの騎士団たちはダメだったようだが。
「俺に、あれを渡せ」
「あれ、ですか」
「そうだ。まだ持っているだろう」
「……まあ、そうですね。こうなることも予想はしていましたが……わかりました」
ジェイド様とリフューズは何事かの確認をしあうと、わたしたちに向かって指示を出してきた。
「エルザ、デルマ、セーミア、ネルブス。みな次の攻撃に備えろ。あれは……おそらく【光魔法】だ。魔法の中で……最速の。うかうかしているとまた攻撃を食らうぞ」
「あのね、みんな。これからジェイド様の手当てをしようと思うんだ。だから君たちは――全力で僕らを守って」
手当て。そんなことできるわけがない。
リフューズは【癒しの魔法使い】ではない。なのに……なぜそんなことを言うのか。
でも、今は二人のことを信じるしかなかった。
ジェイド様が死んでしまうかもしれない恐怖をこらえて、わたしは戦場を振り返った。
「なんとも無様だな。ジェイド王太子」
そこにはフロンスの本陣から歩いてくる、金髪の男性がいた。




