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58 シノロ平原の戦い(4)

 デルマはわたしより小柄だ。

 かつての大きなオオカミの体は、どこの異空間へ吸い込まれてしまったのかと思うほど。今の獣人となったデルマは小さな少女だった。

 けれどもあの鋭い爪は、白い毛に覆われた前足の先についたままだし、後ろ足の先にもついていた。その爪が、舞い降りてきたドラゴンの爪とぶつかり合う。


「エルザ、守るッ!」


 デルマは健気にもそう叫んで、ぶつけ合っていた爪の先を外し、ドラゴンの懐へと飛び込んだ。


「ギャオオオオッ!!」


 刹那、ドラゴンの悲鳴が上がる。

 デルマは目にもとまらぬ速さで、ドラゴンの胴体にいくつもの斬撃を放っていた。うっすら魔力をまとった爪は、硬いドラゴンの皮膚をいともたやすく切り裂いている。

 大量の血を流したドラゴンは、長い尻尾を己の体の下にいる娘に向けてふるった。

 しかし、デルマはそれを華麗にかわす。


「追いかけっこ? デルマ、負けない!」


 そう言ってドラゴンの尻尾の先に追いつくと、途中からそれを断ち切った。

 悲鳴がふたたび上がる。


「おい、何をしてる! すぐに態勢を立て直せ!」


 ドラゴンの背に乗っているフロンスの兵が手綱を引くが、ドラゴンにはもう力が残っていないようだった。

 翼を羽ばたかせようとして、大きく倒れる。


「うああああっ!」


 フロンスの兵は、相棒だったはずのドラゴンの下敷きになってしまった。

 わたしは思わず顔をそむける。

 デルマは両手についた血をその場で振るい落とすと、わたしのところへ駆け寄ってきた。


「エルザ! エルザ、大丈夫か?」

「ええ、デルマさん。大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」


 そう聞いてほっとした表情を浮かべるデルマ。

 しかし、すぐにジェイド様の方をにらんだ。


「オマエがついていながら……もっと、ちゃんとエルザを守れ!」


 デルマにダメ出しをされたジェイド様は苦笑いされていた。


「それは……申し訳なかった。君に出遅れたな。助けてくれてありがとう。俺も、礼を言う」

「ふん……」


 デルマがぷいと顔を背けた先には、まだ数体のドラゴンがいた。

 ジェイド様も上空を見上げて、眉根を寄せる。


「あの飛竜部隊は厄介だな。またフロンスから爆弾を持ってこられるかもしれない」

「あれ、デルマに任せる」

「何?」

「あれを追いかけるの、面白そう!」


 デルマは空を飛べないが、何か策があるらしかった。

 追いかけっこ好きのデルマにとって、これほど魅力的な獲物はいない。大きくて、しかも空も飛んでいる、とても難易度の高い相手だ。

 デルマは手足に魔力を付与させると、猛烈な速さで駆けだした。


「デルマさん、いつのまにあのような走り方を……」

「よく知らないけれど、沼のカエルたちが言ってたわよ。最近ああやって魔力強化ができるようになったのか、って。あの速さじゃ追いつかれるのも時間の問題だ、って。戦々恐々としていたわ」

「セーミアさん!」


 すぐ横に、【庭園の魔女】のセーミアが立っていた。

 一見冷静なようだが、爆弾で太いいばらたちを粉々にされたのでかなり怒っているようだ。彼女は青い頭髪を風になびかせながら、ドラゴンたちをにらみつけていた。


「わたくしの花園を破壊した代償は大きくてよ……」


 セーミアは右手に魔力をまとわせると、戦場に向けた。するとすぐにまた植物が生えてきた。

 今度は太いいばらではなく、平たい傘のキノコたちを。それらはすぐに民家の屋根ほどの高さにまで成長し、草原に影を落とした。


「さあ、オオカミさん。それを使ってお仕置きして頂戴?」

「! ガルルルルッ!」


 セーミアの言葉が届いたのか、デルマは手近なキノコに飛び移ると、次々と上へ移動していった。やがてドラゴンたちとほぼ同じ高さになり、一気に足場を――蹴る。


「デルマ、逃がさない」


 目の前のドラゴンの背に飛び乗ると、フロンス兵もろとも爪の餌食とした。

 陽光に、デルマの爪が何度も反射する。


「わあ……すっ、すごいですね……」


 落下してくるドラゴンたちとその兵に、ネルブスがこわごわと視線を向けていた。

 一方、ジェイド様は何かを深く考えておられるようだった。


「ネルブス、あれも死霊術で動かせないか?」

「はっ……!?」


 あまりにも想定外すぎる提案だったのか、ネルブスは口をあんぐりと開けたままだった。


「できるのか、できないのか」

「えっ、あっ……そ、ソウデスネ……た、たぶんできます……」


 ネルブスはぶるぶると震えながらシャベルをふりかぶると、それをまた地面に突き刺した。


「ああ、もう~~。こんな埋葬したことないぞ!」


 【墓地の魔法】が発動し、ドラゴンたちや飛竜部隊の兵が地面の中に吸い込まれていく。そしてすぐにまた現れ、自国の兵たちを襲いはじめた。

 ネルブスはかわいそうなくらい全身を震わせている。


「ネルブスさん。大丈夫ですか」

「あ、ああ……。やれる。おれはやれる! ネビュラスのため、怖くてもやらなきゃいけないんだ」


 声をかけると、ネルブスは持っていたシャベルを強く握りなおした。

 ここは墓地。

 シノロ平原は――フロンス兵たちの墓地となる。


 わたしは骸骨や、死んだばかりの死体や、巨大な植物たちや、それらをかいくぐる生きた兵たちの入り乱れる戦場へとまた飛び込んでいった。

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