56 シノロ平原の戦い(2)
天幕から平原がよく見える場所まで移動する間、わたしはジェイド様に気になっていたことを訪ねた。
「あの、そういえば『死霊術を使う人』って……? もう来られてるんですか? だとしたらどこに……」
「ああ。その者なら、あそこだ」
「えっ?」
ジェイド様が視線を向けた先には、見慣れた人物が立っていた。
「ネルブスさん!?」
王都の公営墓地の墓守、ネルブスだった。
相変わらずひょろひょろとした背の高い男である。彼は以前と同じくシャベルを持っていたが、落ち着きない様子でうろうろとしていた。こちらの集団に気づくと、急に直立不動となる。
「は、墓守のネルブス、準備万端であります!」
「やあネルブス。今朝も魔法の練習はちゃんとしてきたかい?」
「は、はい、リフューズ様。『来るべき日』のために、今日のために、あれから毎日練習しております。大丈夫です! おれ、行けます!」
リフューズから声をかけられたネルブスは、少し緊張気味にそう言った。
わたしはどういうことなのかとリフューズに詰め寄る。
「ああ、ネルブスはね、数日前に【墓地の魔法使い】になったばかりなんだ」
「は? 魔法使いに? どうやって……?」
流星群のあった夜からだいぶ経っている。
それなのに「数日前に魔法使いになったばかり」というのはどういうことなのだろうか。
「もともと僕には、流星群の夜にネビュラスに降り注ぐ魔力の流星を捕まえるという任務があってね。【拒絶の魔法】で捕まえると、流星は外界への影響力をなくすんだ。それを公営墓地の深いところに埋めて、『来るべき日』が来るまで備えていた――。だが先日、ちょうどジェイド様からその日が近いことを教えていただいてね。急遽流星を掘り出して、当代の公営墓地の墓守にそれを授けたってわけさ」
「それで……ネルブスさんが死霊術を使う魔法使いになった、ってわけですか」
「そうだね」
「でもそんなにうまく『死霊術』の使える魔法使いが作れるものなんでしょうか……」
「それは、生まれ変わる前のジェイド様がとても博識であられたからね。死霊術師の作り方もよくご存じだったからだよ」
わたしはちらりとジェイド様を見た。
たしかにジェイド様の蔵書室にはいろいろな魔導書が置かれていた。あれらの中には、様々な魔女や魔法使いや魔物の成り立ちが書かれていたのかもしれない。
「ジェイド様曰く、『死霊術師は、墓守が魔力の流星を手に入れるとなる』んだってさ。実際やってみたらその通りになったんで、驚いたもんさ」
「どうしてそこまで……」
「それがジェイド様の計画されていた、国の戦力強化の方法だったからだよ」
「戦力強化……」
「ジェイド様の子孫がふたたび戦に困るとき、『来るべき日』が来たとき、その策が使えるようにと――考えられた長期的な計画だった」
二日前の演説台でのことを思い出す。
市民にはこれ以上血を流させない。常勤兵士たちと、死霊術でよみがえらせた死者たちだけで戦にあたる。これは対フロンス戦でおよそ必須の戦略だった。それを、ここ数日で実現させていたとは。
「ネルブスさん。ネルブスさんは……その役目があるのを知っていて、墓守になったんですか?」
「ああ」
おそるおそる尋ねると、ネルブスは深くうなづいた。
初めて公営墓地で会ったあの日、彼はたしか「お前にはそうなった意味が必ずあるはずだ。おれにもおれの意味があるように」というようなことを言っていた。
ネルブスの「意味」。
それは、国を守るために死霊術師となって戦うこと――だったのだ。
「おれはこの日のために、死霊術の使える【墓地の魔法使い】となった。その役目は先代の墓守も同じだった。おれはおれの役目をまっとうする。お前もこの戦場に来たならば、やることはひとつのはずだ」
「はい、そうですね。共に頑張りましょう、ネルブスさん」
かつてのように、わたしはネルブスと今後の健闘を祈り合った。
ジェイド様がそばに来て、ネルブスに声をかける。
「ネルブス、此度の戦では頼んだぞ。君は、この戦の勝敗を分ける者の一人だ。ネビュラスのため、民たちのため、よい働きを期待している」
「はっ! ジェイド殿下! 精一杯やらさせていただきます!」
わたしたちはもう平原の見える場所までやってきていた。
手前には少数のネビュラス軍、彼方には多数のフロンス軍が見える。
やがて、甲高いラッパの音がシノロ平原全域に鳴り響いた。
――開戦の合図だった。




