54 宣戦布告
二日後。わたしは王城の門の上にある演説台に立たされていた。
目の前には広場があり、数えきれないほどの人々がひしめき合っている。彼らはみな、この演説台の方を向いていた。今日は王家から重大な告知があるのだ。
わたしは額や背中に、大量の冷や汗をかいていた。
西の村の宴のときとは比較にならない。これほど多くの人の前に立つのは初めてだった。すぐそばには宮廷魔法使いのリフューズや、騎士団、憲兵のみなさんが居並んでいる。
「うう……まるで今から処刑されるみたい……」
本当にその通りだった。
ある国では今も魔女裁判といって魔女狩りが行われ、見つかると群衆の前で火あぶりの刑に処されるらしい。魔物とほぼ変わらない見た目のわたしは、そういう国では即処罰対象だろうと思った。けれど、わたしは断罪されるためにここに立たされているわけではなかった。
リフューズが木の杖をかかげ、【拒絶の魔法】を一瞬だけ発動する。
すると、雑音が広場から【拒絶】され、静寂が訪れた。
「ネビュラスの民たちよ! よくぞ集まってくれた!」
リフューズの声が遠くまでよく響く。
「僕は、宮廷魔法使いのリフューズだ。今日は王太子であられるジェイド殿下より、重大な告知がある! だがその前に!」
「えっ……えっ?」
リフューズがわたしの背中に手を当て、わたしを前に押し出す。
「この者を知っている者はいるか!」
そう呼びかけると、一部の者たちが「おおおおっ!」と声を張りあげた。
その人たちはみな一度は見たことある人たちだった。わたしが魔法で助けてきた人たち。
「この者はカエルの顔をしているが、魔物ではなくれっきとした【魔女】だ! 僕と同じように魔法を使う。彼女が使うのは【沼の魔法】――その魔法は、この土地のケガレを除去し、畑や用水路に清浄をもたらした! 今後は農作物もずっとまともに育つようになるだろう。彼女の名はエルザ、この国を救う魔女である!」
「おおおおっ!」と今度はより多くの人たちが鬨の声を上げる。
畑や用水路が清浄化したという噂は、誰でも一度は耳にしたことがあるようだった。それくらい、わたしはネビュラスの土地をくまなく巡っていた。
「ありがとうー!」
「ありがとう、魔女様ーー!」
どこからか、応援の言葉を投げかけてくれる者たちまでいる。
照れくさくなったが、わたしは頑張って前を向きつづけた。
「この【沼の魔女】エルザは、今後もネビュラスのために尽力すると誓ってくれている! よって、今後は王家公認の魔女となる。みなもよく、覚えておくように!」
観衆はさらに沸き、「魔女様」「魔女様」と掛け声が重なっていく。
そんな中、演説台の奥からジェイド様と、そのご両親である国王陛下と王妃殿下が現れた。その瞬間、胸元の碧色のブローチが輝く。
急にわたしの見た目がカエルから人間となったため、人々のざわめきはさらに大きくなった。
リフューズはそこに、また【拒絶の魔法】を放つ。
「静粛に! 【沼の魔女】は時折このように人間の姿に戻る。これからジェイド殿下のお言葉がある! 静かに傾聴するように!」
しんと静まった民たちを見下ろしながら、ジェイド様が前に進み出られる。
わたしのすぐそばに立ったジェイド様は黒い軍服をきりりとお召しになり、背筋をまっすぐに正していた。その分厚い胸から力強い声が発せられる。
「我が愛する民たちよ! この度、王家はフロンスからの支配から脱却するため、条件付きの宣戦布告をすることと相成った!」
急な戦の知らせに、さすがの民衆たちも動揺を隠せない。
ジェイド様は鉱山の各資源が枯渇していっていること、さらに【沼の魔女】がネビュラス中の農耕地を浄化したことについて話した。
これらの二つの要素は近い将来、フロンスからのさらなる収奪を誘発するだろう、と。
ネビュラスの国民の利益を守るためには、フロンスからの介入を今後は一切封じていなくてはならない、と。およそそのようなことを訴えられた。
「フロンスに与えた条件はこうだ。一、今後は対等な交易となるよう尽力すること。一、ネビュラスの土地や権利を今後も侵害しないこと。それらが守られなければ、両者の国境付近で開戦だ、とした」
苦々しい表情を浮かべたジェイド様は、だがしかし――と言葉を続ける。
「戦力差は昔以上に大きくなっているだろう。我が国がフロンスと戦うなど、無謀だと思う者もまだまだいると思う。だが、我々には『奥の手』がある。すでにいる兵士たちに加え、死霊術でよみがえらせたあなたがたの先祖たちが!」
死霊術。いま、死霊術と言っただろうか。
民たちはさらにざわつく。
「公営墓地に眠る、我らが同胞が市民の代わりに戦ってくれる。我が国は、これ以上の人的損失はあってはならない! 我らと我らの自由のために、死した彼らに戦ってもらうことを了承してほしい!」
生まれ変わりを拒否した人々が眠る王都の公営墓地。
その遺族たちはいま複雑な思いでいることだろう。だが、市民が歩兵として前線に立てば、少なからず血を流すことになる。そんな不利益をいまさら出すことはできない。
群衆はしばらく近場の者たちと言葉を交わし、ざわめいていたが、やがて幾人かの「同意」ととれる掛け声があがってきた。
「感謝する! かならずこの死霊術を使う者と、我ら常勤兵士とで隣国の脅威を退けると約束しよう! そして、この国は宮廷魔法使いのリフューズと、【沼の魔女】にも守られている! どうか安心していてほしい!」
「おおおおっ!」とまた鬨の声があがる。
わたしは「死霊術を使う者」というのが誰か気になった。だがその人物が表に出てくるのはきっと、隣国が我が国の条件を蹴り、開戦となったときだけだろう。
と、その時、上空に大きな影が飛来した。
人々は空を見上げ、口々に悲鳴を上げる。
「あれは……フロンスの飛竜部隊だ!」
リフューズがいち早くその正体を見破る。
真っ赤なドラゴンが悠々と王都の上空を飛んでいた。
たしかによく見ると、胴体にフロンスの紋章が書かれた布を巻き付けている。その背に乗った兵士が、弓をきりきりと構えていた。
「危ない!」
矢はまっすぐこちらに向かってきた。わたしは思わずドレスのすそを伸ばしたが、その前にリフューズの【拒絶の結界】に阻まれる。矢は、王都のはるか高い位置で止まった。
「ネビュラスよ! 交渉は無しだ! フロンスはそちらの条件は飲まない。よって謹んでこの宣戦布告を受け入れよう! 開戦は明朝、国境のシノロ平原でだ!」
兵士はそう叫ぶと、ドラゴンとともにフロンスのある南方向へと飛び去っていった。
リフューズは神妙な顔をして一部矢のまわりの魔法を解除する。矢はふわりと落ちてきて、ジェイド様の手に収まった。そこには文が結ばれていた。
「なるほど。あの使いが言っていたことは本当のようだ」
文をざっと読んだジェイド様はふたたび群衆に向かって叫ぶ。
「開戦は明朝、日が昇ってすぐとなった! 必ずこの手に勝利を得てみせよう! みなも勝利を願っていてくれ!」
群衆はふたたび沸き、ジェイド様や王家を称える声があがった。
ちらりとジェイド様の後ろに立つ、国王陛下と王妃殿下を見やる。彼らも国民に向かって手を振っていたが、その表情に色はなく、立場的に難しい立ち位置であることがうかがえた。
わたしはというと、昨日、ジェイド様たちから言われたことを思い出していた。
もし開戦となった場合はどう動くのかを――。




