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52 プロポーズに頷けない理由

 心の中で、セーミアに助けを求めたが、当然この場にはいないのでどうにかなるわけもなかった。


「はあ……」


 わたしはジェイド様を愛している。

 でも、この方の妻――妃になるというのは、どうしても想像ができない。


「君が躊躇する理由は、わかる。だが俺は此度の人生では何もあきらめたくないのだ。その気持ちは……君にはないのか?」

「そんなの……! わたしだって……」


 ジェイド様から鋭い指摘をぶつけられたわたしは、いてもたってもいられなくなった。


「わたしだって……! あるに決まってるじゃないですか。今世では、どんな結果になろうとも死を選んだりしないって……あきらめずに最後まであなた様を愛しつづけるって、決めてるんです! 魔女としてせっかく生まれ変わったのだから、最大限その力を尽くすって……。覚悟がないわけ……ないじゃないですか」

「では、何が引っかかっているのだ」

「それは……」


 ここまでされて、ここまで言われてなお、素直に頷けないのは、なぜなのか。

 【庭園の魔女】セーミアに言われたことを思い出す。


「なあなあでまた恋を始めてはいけないと思うわ。だって……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 そうだ。どんなに固く誓い合っても、運命というものは残酷で、容易く約束も反故にされたりする。「絶対」などない。

 だから怖いのだ。また裏切られることが。

 また愛を失うことが。


 もう二度と悲しみたくない。

 辛い思いをしたくない。

 傷つきたくない。


 ()()()()()()()()


 ジェイド様への「不信」が根底にある。だから頷けないのだ。


「申し訳ありません、ジェイド様。わたしはまだ、人間だったころの悲しみを乗り越えられていないのだと思います。あなた様を信じたいのに、信じられない……。ぬか喜びをして、あとでまた絶望したくないのだと思います。どんなに、どんなにあなた様が、強いお気持ちでいようとも……。運命は最後までわからないものですから」

「……そうか」


 ジェイド様はご自分の胸元の服を強くにぎりしめていた。

 どうにもできないことがあることを、この方もよくわかっている。だからこそ、わたしの言葉にすぐに反論できないのだろう。


「それでも……俺は君に愛を伝えつづけるつもりだ。信じてもらえなくても、信じてもらえるまで何度でも。言葉だけではなく、行動も見てもらうつもりだ。俺は――君の不安な気持ちにも、運命にも、抗っていこう」

「ジェイド様……」

「俺に力を貸してほしい、エルザ」

「力……?」

「君と俺が今世で添い遂げられるように。この国をフロンスや他の国から守れるように。ともに力を合わせてほしい」

「……」


 それは魅力的な提案だった。

 わたしは素直に頷きそうになる。でも――。


「ひとつだけ、お願いがあります」

「なんだ」

「一言だけでいいんです。あのときのことを……謝っていただけませんか? 仕方のないことだったと、十分理解しています。でも、あのときわたしが悲しんだことは……事実だったんです。誰にもその気持ちを吐き出せなくて、それで、死んでしまった。あのときのわたしを……あのときの気持ちをジェイド様にわかっていただきたいのです。それからでなければわたしは――」


 無茶なお願いだと思った。

 謝ってもらったって、スッキリできないかもしれない。

 わたしは心の底から「誰も悪くない」と思っている。昔も今も。そのうえで、こんなどうしようもないお願いをしている。

 ジェイド様は、深くうなづくと言った。


「わかった。謝罪する。すまなかった……エルザ」


 王族の方が、頭を下げて謝っている。

 わたしは急に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「あ、あ……ジェイド様……」


 なんと言っていいかわからない。自分でも今どういう気持ちになっているか、うまく説明できなかった。

 ジェイド様はまだ頭を下げつづけている。

 そして、ぽたぽたと床の絨毯の上に涙のしずくを落とされていった。いくつも、いくつも……。


「ジェイド様……」

「すまなかった。エルザ、すまなかった……」


 わたしはジェイド様の両肩に手を置くと、そっと体を起こした。

 そして、そのお顔を両手でぱちんとはさんだ。


「ジェイド様……!」

「君を、死に追いやってしまった。俺は、俺は……」


 ジェイド様はずっと涙を流されている。

 そのお姿に、胸がぎゅうっとなった。


 ああ、この方も辛かったのだ。辛かったのはわたしだけではなかったのだ、と思った。

 わたしの生死もわからず、ずっと「世界のどこかで生きている」と信じつづけるしかなかったジェイド様。

 一方、すぐに死んでしまったわたし。


 どちらがどれだけ辛かったのだろう。

 そんなこと、もうわからなかった。


 わたしはジェイド様の頬に流れた涙を両手でぬぐうと、震える声で言った。


「許します。もう、いいです。わたしも長く……あなた様を苦しめてしまっていたようです。申し訳ありませんでした。ジェイド様」

「ああ、エルザ……。エルザ……!」


 ジェイド様はそう言って、泣きながらわたしを抱きしめてきた。

 わたしも、かの方の背に手をまわし、強く抱きしめる。


 あたたかかった。

 ジェイド様はたしかに生きておられると思った。そしてわたしも、生きてまたジェイド様に会っている。

 この先どうなるかはわからない。

 でも、このぬくもりにはできるだけ寄り添っていたいと思った。


「あのー、一応僕もいるんだけど?」


 ひょっこり、すぐそばでリフューズが顔を出す。

 わたしとジェイド様は笑って彼を見た。


「お二人で盛り上がられているところ、申し訳ないんですけどね。実際問題、魔女を妃にするってのは、難しいと思いますよ?」

「それはわたしも思っていたところでした。それでも……よろしいのですか」


 ジェイド様と愛を確認し合うことまではできたが、具体的な将来のことになるとたしかにまだ決められないと思った。

 リフューズも、そこは立場的に疑問のようだった。


「ジェイド様はどこまでお考えになっているんです? この魔女とのことを」

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